ロイとしては、エドワードの軍人になった理由を聞いたからと言って、直ぐに直属の部下にするつもりはなかった。 たまに、わざわざ足を運び、エドワードの仕事振りを聞いてみるものの、彼の評価は高かった。 そのことを踏まえたからといっても、「じゃあ」と引き抜くわけにもいかなかった。 実際に、今、エドワードの仕えている上官よりも、ロイの方が地位が高く、そんな急な人事異動をすることもできた。 が、そこまでするつもりもなかった。エドワードは仕事に慣れてきたところであり、仲間の信頼を集めつつあった。 唐突に場所を変えるというのもどうか、と考えつつあったところだった。 心の中では、それでも、エドワードを自分の部下にしようという気持ちが芽生えつつあった。

「エルリック少佐は何処にいるかな?」
それとなく、エドワードに対する評価を聞くことにした。
「エルリック少佐は今、経理に話をしていました」
「そうか」
その軍人に聞くまでもなく、わかっていたことだった。先ほど経理へ向かうエドワードの姿を見ている。
「エルリック少佐は仕事熱心か?」
「そうなんですよ!」
賞賛の言葉は耳に心地よいものだった。
「私なんか、少佐よりも長くこの仕事をしているのに、教えられてばっかりで。仕事の能率もいいし、 どんどん意見を出してくれるから、助かってます!」
「そうか」
笑みが自然と浮かんでしまう。その笑みに何を勘違いしたのか、その軍人は「あの」と話を切り出した。
「エルリック少佐はあの、准将の直属の部下になるんですか?」
どこからそんな話が出たのだろう。何も話をしていない筈だったが。
「未だ未定だよ」
あからさまに安堵するその軍人を見て、彼、いや、彼らにとってエドワードが必要なのが見て取れた。




「今、エドワードを引き抜いたら、私は嫌われ者になりそうだな」
ふと、口にした言葉にホークアイが「もう決めていたのでしょう?」とロイの心を読んでいたかのようにそうすんなりと口にした。
「エドワードの優秀さは君の折り紙つきだからな」
意地悪く笑って見せると、ホークアイは少しだけ不機嫌になったようだった。
「しかし、どう伝えるべきか」
エドワードに伝える、となると考え込んでしまう。 これから君は私の部下だ、と言ったとしよう。嫌な顔をするに違いなかった。 例え、嫌な顔をされたとしても、上官命令に尉官は背けない。そうでなければ、退役するという選択肢が突きつけられる。

別に嫌な顔をされたら、何だというのだ、私は。

心の中でそう反問しながら、ロイは書類の一枚をぺらりとめくった。
そこへ、ばたんと勢いよく、執務室の扉が開いた。
現れたのは、先ほど考えてた青年そのもので、偶然にしてはタイミングがよすぎていた。
「准将」
顔が険しい。いつもなら、准将の前にマスタングがつくのに、とそんなことを考えていると、 つかつかとエドワードがロイへ詰め寄ってきた。
「さっき聞いたんだけど、私を准将の部下にすると?」
「そのつもりだ」
みんなして、口が軽いと思わずにはいられない。恐らく、先ほど話した軍人が口を滑らせたのだろう。 未だ未定だとそう言っていたのに、確定になってしまっている。 エドワードとの距離は約三十センチほどになる。もう少しでキスができそうだ、 とそんな他愛のないことを考えていると、エドワードは先ほどまで辛うじて体裁を保ってきた敬語をかなぐり捨てた。
「アンタ何言ったんだよ、アイバーに。すごく不安になってたけど。アンタひょっとして脅したんじゃないだろうな」
「そんなことするわけないだろう。ただ未だ未定だって言っただけだ」
「本当かよ」
「それ以外に何を言うんだね。他に何を?」
よからぬことを考えているに違いないエドワードにロイは気分を損ねた。
「なら、いいけど」
「前から言おうと思っていたが」
むっとした顔をエドワードは隠さない。それに、少しだけ苛立った。
「君は身内に甘すぎる。君も一緒に働いていて思ったはずだ。向上心がない者ばかりだと。 それなのに、そうやって庇おうとする君を私は甘いと思う。君の目標は大総統だと言っていたではないか。 そのような考えているとつけこまれるぞ」
「つけこまれるって?」
「そうなんじゃないのか?」
ふと、エドワードの目の下に隈があるのに気付いた。 それは、昔、エドワードがたった一人の弟の身体を取り戻すために奮闘していた頃を思い出させた。 あの執務室で再会したときよりも、心なしか痩せたようにも見える。眠れているのだろうか。 切り捨てられないのは優しいからだ。そんな幼さを羨望の思いでロイは見る。 が、それでも仮にも大総統を狙うと言っているエドワードの決意を裏返させたくなかった。 思い当たる節があるのか、エドワードはロイの顔を真正面で見据えなかった。
大体、未だ一ヶ月近くしか働いていないというのに、エドワードがいないからと言って不安になるのもどうかとそう思う。 それは、今まで培った仲間意識によるものなのかは判断がつかないが。 全く、とエドワードの仕える上官を瞼に思い浮かべた。
ヒューズはエドワードはうまくやれているようだ、とそう言っていた。そう、実際エドワードはうまくやれているのだろう。 一ヶ月という期限付きでも、彼への評価がそう語っている。
「あの人たちにはよくしてもらっているし、色々教えてもらって」
「だから?」
ロイはエドワードを冷めた視線で見遣る。
「上官が尉官に仕事を教えるのは当然のことだろう」
いつか、エドワードの甘さが命取りになるんじゃないかとそう懸念する。それを打ち払うように、ロイは言葉を続けた。
「君は明日から私の部下として働いてもらう。エドワード・エルリック少佐」
その言葉にエドワードは俯いた。 受け入れるしかないことを悟っているからか、その顔には幾分悔しさが滲んでいるのをロイは知った。