「お前、何料理してんの?」
挨拶の一言もなしにダイニングまでやって来た同居人はそう言う。 ぼさぼさしている櫛も通してないような髪に、締まりのない顔、口元には嫌らしい笑み。 世間一般ではこんな男をだらしない男だとそう言うのだろう。
夜に帰ってくるんじゃなかったのかよ
そう舌打ちしたい気持ちをぐっと抑える。
「つうか一人分の量にしちゃ多くねえ」
目ざといところもある男は急ににやにやと何かに気付いたらしい。
「見慣れない靴も置いてあるし。しかも、男物。俺の知らない間に男連れ込んだんだ。 やるねえ、お前も。何、この間に仕返し?悪かったって思ってるよ。でも、場所がなくてさあ。 そのことについては謝ったじゃん。たった二時間ほどじゃん。怒ることないっしょ?」

この間とは、同居人が女性を連れ込んできたときのことだ。その間、エドワードは外にいることを余儀なくされた。
その日は雪が降っており、凍りつきそうだった。 仕方なく、エドワードは酒場へと赴いて時間を潰した。 そんなことは、この男と暮らしていると度々あって、いつの間にかエドワードは酒に強くなっていた。 勿論、自分の私室に閉じこもり、聞こえなかったふりをすることもできただろう。 しかし、そんな空間に自分の身を静めていることなど、エドワードには不可能だった。

こんな男と同居していることをアルフォンスに言えなくて、住所を教えて逢いに行くから、 というアルフォンスの手紙に返事が書けない。きっと知られたら、同居をやめなよ、と言われるだろう。 しかし、エドワードはこの男と離れられない。だから、言えない。
「何、その男ともうやったの?そりゃあ、やるよな。こうして連れ込むほどだもんな、お前が。 お前って気付かないだけで本当は男好きだったんじゃないの?」
怒りに拳を震わせていることに気付くことなく、男は続ける。
「俺、忘れ物取りに来ただけだから、まあ、ゆっくりしていけよ。浮気もほどほどにしないと、俺にどうかされるよ?」
耳元に近付かれ、囁かれて、胸が冷えた。
「じゃあな、男によろしく!俺って寛容だからって伝えといて」
そう男は大声で言ってから、見つけた財布片手に男は扉から消えた。残されたエドワードは悔しい思いで一杯だった。 あんな奴に言いようにされている事実を目の当たりにした気がした。 男は別に悪気があるわけじゃない。それでも、こうやって男に縋りついている自分が許せない。 それを更にロイに知られてしまった。遮断された扉の奥でもロイは確かにこの会話を聞いただろう。 何と思われただろう。薄い扉だ。気付かなかった筈がない。きっと嫌われた。そんな絶望が圧し掛かってくる。
「准将…」
ドアノブを回し、それでも、ロイに話し掛けた。ロイは一心にある著書を読んでいる。ふりなのはわかっていた。
「ごめんな、嫌な会話を聞かせちゃったよな。でも、アイツそれほど嫌な奴じゃないんだよ。 ふざけている奴だけどさ、いいところもあるんだって。だから、誤解しないでくれよな?」




ロイは顔を引き攣るものを覚えた。あそこまで中傷されて、それでも男を庇うエドワードの気持ちが分からない。 エドワードと同居人の関係がわからない。それでも、言えることがある。 ロイの知っているエドワードであれば、きっとあの男の言いなりにはならない。声も傷ついて、顔も泣きそうなのに。
ハボックの言葉が蘇る。

「男と一緒に暮らしている」

何だ、それはこういうことだったのか。本当にそうだったのか。何だ、本当に――。
この感情は何と言えばいい?
ただ怒りだけが胸の中で渦巻いている。ぐるぐると。
行方が知れないこの怒りの行き先は何処に向かえばいい?

ロイは目を閉じた。それがエドワードにどう映ったのかはわからない。
それでも、聞かれたくなかったとそのことをただ言葉にした。
「いい加減な奴だよな、本当に。夜に帰ってくるってメモには書いてあったのに。財布なんか忘れてさ。間が抜けてるんだよな」
乾いた笑い声が洞のようにエドワードから響いている。痛々しいとしか言いようがないのに。
それでも、怒りがロイには渦巻いている。このままここにいると怒りをエドワードにぶつけてしまう。エドワードは悪くないのに。
「我儘を言って済まなかった。邪魔をしたな」
無表情の仮面を貼り付け、ロイは立ち上がり、ぎこちなく出口に向かって歩いた。
「准将」
追い縋るようにエドワードがロイの袖口を掴んだ。それを無意識に払っていた。

――――嫌悪なんて沸いていい筈がない。

私にはそんな資格がない。何をしようと、エドワードの勝手なのだ。 そうだ、エドワードはアンタには関係ないと以前言っていたじゃないか。 私だってそう言っていた。それなのに、何をしているのだろう。
幻滅した?
そんなこと、私が思う必要はないのに。

「……………准将」
何故、傷ついた声をする?私に嫌われようが、どう思われようが構わないのだろう?
「失礼する」
この場にいてはいけないのだとばかりに、アパートから出て行くロイに絶望に駆り立てられて、そのまま床に座り込んだ。
「理由くらい聞けよ。そうすれば、オレだって」
ロイが消えた扉のその先をエドワードは虚しく見遣った。ロイが戻ってくる気配はない。荒い足音がロイの胸中を如実に表している。
本当はさ、とエドワードの瞳に涙が溜まり始める。 オレが軍人になったのは、アンタの傍にいたかったからなんだ。そんなこと絶対に言えないけれど。