ハボックはやっとの思いで、残業から解放されたところだった。どうして、こんな残業続きなんだと思わずはいられない。
それなのに、ハボックの上官であるロイは今日デートなのだ。それを思うと、悔しいという感情以外浮かんでこない。
せっかくだから飲みに行こうとブレダを誘ったが、する気になれん、と断れた。最近ブレダは付き合いが悪くなった気がする。
女でもできたか。
自分の者以外に幸せが降り注いでいる気がするのは僻みだろうか、そうなのだろうか。そうか。そうなのか。
そんなことを一人噛み締めていると、エドワードを見つけた。しかも、何故か走っている。
「大将!」
尋常じゃない様子に思わず声を掛けていた。立ち止まったエドワードは今にも泣き崩れそうだった。
普段は見せないそんな表情に駆け寄っていた。
そして、気付いた。
着ているシャツは襟元が寛いでいて、そこから白い咽喉元が露わになっている。
だから、余計目についた。覗いているのは鬱血のような跡だ。
そんな場合じゃないだろうに、ハボックは思わず想像していた。
何があったのか、それを。襲われた、と男であるエドワードにそう言うのはおかしいだろう。
それでも、そう思わずにはいられなかった。
「どうした?何があった?何かあったなら、力になるぞ」
それでも、お節介にも、ハボックは声を掛けずにはいられない。
だって困っている奴を放っておけないだろう。そうだろう?そうだろうとも。
エドワードの顔がくしゃくしゃになったのを見た途端、そんな気持ちは吹き飛んだ。
もし、という考えは好きではない。もし、などというのは可能性でしかない。結果が全てなのだ。
「何があった?」
エドワードは頑なに口を開こうとしないが、その唇は震えていた。寒さのせいなのかもしれないと思ったが、それほど寒いだろうか。
とりあえず、ハボックは自分の着ていたコートをエドワードに被せた。
エドワードは大人しく、それを受けた。
どこか喫茶店か酒場に行こうかと思ったのだが、こんな状態のエドワードを連れ回すのはどうかと思われた。
「じゃあさ、エド。オレの家。つうか、寮に来るか?」
初めて、エドワードは顔を上げた。
「なあ、そうしよう」
そう言ってハボックはエドワードを自分の寮へと連れてきた。
部屋に連れて来て、とりあえず、ソファに座らせる。エドワードの茫然自失した表情は変わりない。
やはり、襲われたのだろうか、と考えずにいられない。
何か食べ物でも出そうかと思うが、生憎とそんなものがある筈がなく、ハボックは湯を沸かしてコーヒーを淹れた。
そのカップをエドワードに渡すものの、反応は鈍い。何か話し掛けようと思うものの、言葉が出てこない。
ぽりぽりと頭を掻きながら、ハボックは屈み込んでエドワードと視線を同じにした。
「なあ、今日はうちに泊まっていくか?見ての通りちょっと汚いけど、泊まるのに支障はないしな」
エドワードが何も言わないのを了承の証とした。
「大将、腹減ってないか?俺残業から上がったばかりでさ、腹減ったんだ。冷凍食品しかなけど食べるか?」
話せる精神状態ではないのだろう。そんなエドワードにハボックは言葉を続ける。
「まあ、冷凍食品っつーてもさ、これがなかなかいけるんだ。その代わりにレンジが必需品だけどな。
つうか今グラタンしかないんだけど、これでいいか?」
返事を求めて、振り向いたが、エドワードから返事はない。
仕方なく、ハボックは冷蔵庫から取り出したかちかちに凍っているグラタンを電子レンジで解凍する。
その間に、ハボックはエドワードに黙って、ブレダへと電話を掛けることにした。
どうやら、ブレダは女性と一緒ではなかったらしく、家にいた。
「おお、ブレダか。実は今エドがうちにいるんだけどさ」
受話器の向こうで、ブレダが続きを待っている。
「何ていうか、様子が普通じゃねえんだよ。元気がないっつうか、活気がないっつうかさ、
エドらしくないっつうかさ。それに、何だ」
首元にある鬱血のことがどうしても言いにくい。
「あー。首に痣みたいなものがあってさ、同居人と何かあったんじゃないかと思ってよ」
言わんとすることがわかったのだろう。ブレダが沈黙を保っている。
「とりあえず、俺のとこで預かることにしたんだけどさ、一応同居人のところに連絡したほうがいいんじゃないかと思ったんだけど」
「でも、それは」
「待て。お前の言いたいことはよくわかる。でも、ただの痴話喧嘩かもしれねえし。
向こうだって心配しているかもしれないじゃん?何があったか、大将全然話してくれねえんだけどさ」
未だにハボックはエドワードと同居人の関係がよくわかっていなかった。だからこその言葉だった。
「あー。一応エドの奴に聞いてからにしたらどうだ?」
ブレダの言葉にハボックは眉を持ち上げた。
「うーん、間違いなく同居人と何かあったと思うんだけど、大将今日休みだったしさ、家にいたと思うし」
「わかった。とりあえず、エドのアパートの電話番号言うわ」
「サンキュ。助かる」
「ってか、お前連絡網持ってないのか?」
「どこかになくした」
「緊急事態のときにお前はどうするつもりだ?」
そう言いながらもブレダは電話番号を教えてくれた。持つべきものは友である。その友人は最後に思ってもみない言葉を口にした。
「准将には言うつもりか?」
きょとんとハボックは思考を停止させた。
「いや、言わないつもりだけど」
「何でだ?」
「何でってそんなこと口にするもんじゃねえだろ」
以前からお前は口が軽いとロイに注意されている。
どうやら、以前エドワードと同居人のことを口にしたことが原因らしい。
確かに考えてみるといわなくてもいいことであったと思わずにいられない。
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