ハボックが誰かに電話しているのがエドワードには知覚できた。しかし、そこから先の思考が発展しない。 誰に電話して、何を話しているのか。今、エドワードは空っぽの状態だった。
「エド。お前の同居人にお前を預かっていることを話そうかと思うんだけど」
電話が終わったらしく、ダイニングへやって来たハボックがそうエドワードに声を掛けた。
それは空っぽの身体に水を注いだようだった。あっという間に言葉が浸透する。 ぱっと顔を上げたエドワードにハボックは納得の表情をする。
「一応な、やっぱり、言っとかないと心配するだろうしさ」
「――――――あいつが心配するわけない」
押し殺そうとしたものの、ハボックに気持ちは伝わっているだろう。
「一緒に暮らしているんだろう、心配しない筈ないって」
そう言ってハボックはエドワードの頭に掌を置いた。自分よりも大きな掌に、何故か安堵して涙が出そうになった。 そして、水の膜が張ったかと思うと、涙が零れていた。 泣いたことなどここ最近ではなかったことだ。 男が泣くなんて女々しい――。
そう思っているが、泣いていることを自覚してしまうと、簡単に涙は止まったりはしなかった。
「うまく言っとくからな、俺が」
ハボックはエドワードが同居人と喧嘩しているのだと勘違いしている。 違う、そうじゃないのだ。そう否定しようとするものの、言葉が出てこない。 出てくるのは啜り泣いているかのような、しゃっくりだけだ。
本当は、本当は、オレは――。





ロイは就寝に取り掛かろうとしているところだった。 その前にシャワーを浴び、熱い湯を被って、自分の高ぶった気持ちを抑えようとしていた。 が、その試みは失敗した。多分、ロイはショックだったのだ。まさか、本当にエドワードが男と―――。
「だから、それが何だって言うんだ、私には関係ないことじゃないか。別にこんなことはあるふれた話じゃないか。 大体何で私はショックを受ける?」
気持ちを整理しようにも難しい。一人でぶつぶつ呟きながら、漸く浴室から上がったときには、すっかり頭に血が上っていた。
「もう、寝よう。疲れた」
これ以上頭を働かせたくなかった。簡単にタオルで身体を拭いた後、バスローブに手を通し、 食事もせず、ロイはベッドへと向かおうとした。
そこへ、空間を遮断するような、響いた電話にロイは不機嫌を隠せなかった。
無視しようとそのままベッドへ向かったが、電話先はどうしてもロイに用があるらしく、なかなか諦めない。 ロイは気だるいながら、これで下らない用件だったら即効切ると受話器を取った。
「ロイ・マスタングだが」
「エドいる?」
この声の持ち主には覚えがあった。エドという親しみが込められた言い方に思わず、ロイはむっとした。
「いないが」
「ちっ。いないのかよ、何処行きやがった」
あからさまに舌打ちをして、男は苛立ちを込めて何かを殴った音が受話器の向こうで聞こえた。穏やかではない。
「何かあったのかね?」
口の悪さを呪いたい気持ちに駆られながら、それでも、エドワードのことが気にかかった。 エドワードが男のところにいないのだろう。
「あったさ、あいつ俺の頭に怪我させやがった。ちょっとした冗談に本気になりやがって」
「怪我させた?」
どうやら雲行きが怪しいようだ。思わず口調が鋭くなる。
「医者にかからないとやばいじゃん?あいつに金もらおうとしたら、いねえし。 てっきりあんたのとこだと思ったのに、何処行ったんだよ」
詳しいことを聞こうとしたが、相手は唐突に電話を切った。 つーつーと使えなくなった受話器を一旦元に戻し、ロイは考えた。 エドワードの行方は、と。しかし、思いつく場所が一つもない。 司令部だとはとても思えないし、今の時間では図書館も閉館しているだろう。 あれだけ傍にいながらも、場所がわからない自分に呆れる。
男の言葉を信じて、怪我をさせたのがエドワードだとしたら、今、どんな気持ちでいるだろう。
それがどんな過程で怪我をさせたのだとしても。
どれだけ生意気で大人顔負けの優秀さを持っているのだとしても、ロイにはわかっている、エドワードが優しいことを。
ロイはエドワードを探そうとしたが、一人で探しても埒が明かないと、部下を呼びかけることにした。 この時間なら、部下たちは起きているだろう。皆、エドワードの為なら、すぐさま動いてくれる筈だ。 先ずは、とロイはハボックに電話を掛けた。しかし、通話中なのか繋がらない。 別の誰かに電話をすればいいのだが、あまりに事が最初から頓挫してしまうのも嫌でロイは何度も電話をかけた。
すると、何度目かで、ハボックが電話に出た。
「何ですか、こんな時間に…」
「貴様、上官をそっちのけに誰と電話をしてたんだ?」
低い声にロイの怒りが伝わってきたのだろう。
「いや、非常事態だったんですよ」
「何が非常事態だ!非常事態はこっちだ。エドワードが行方不明だと」
更に言おうとするが、ハボックの「何で知ってるんですか?」との言葉が遮った。 もしかしたら、男からの電話がハボックにもあったのかもしれない。
「ブレダが話したんすか?」
しかし、次の言葉に何か食い違っていることを知る。が、ロイはとりあえず、説明した。
「エドワードの同居人から電話があったんだ。エドワードが行方不明だとな。しかも、エドワードがその男を怪我させたらしく」
「マジっすか」
とハボックは信じられないらしく、マジかよ、どうしようと口の中でぶつぶつ呟いている。
「准将、どうしましょう?」
「何だ、早く言え」
「エドが俺んちにいることそいつに話しちゃった」
道理で今行くから住所を教えろってせがまれたわけだ、と一人納得しているハボックにロイは怒鳴った。
「先にそれを言え!馬鹿もん!」
二人が接触したらどうなるのか想像が出来ない。しかし、あの同居人の怒りを考えると惨事になるのは目に見えていた。 ロイはすぐさま、着替え、寮へと走り出した。もう、何も考えられなかった。