この歳で全力疾走はきつい、と思わず歳を実感してしまう。仕事柄身体は鍛えているのだが、どうにもデスクワークが多いのだ。 その結果、身体は鈍ってしまっている。
「エドワードの言葉を否定できないな」
思わず一人ごちてしまう。
車を止めようかと肩で息をしながら、道路を見遣るが、生憎と車は走っていない。エドワードのいるハボックの寮まで果たして辿り着けるんだろうか。そして、間に合うのだろうか。 ロイはちらりと乗り捨てられたような路上に駐車してある車へ目を向ける。
私は軍人なんだ、犯罪を犯してはならない。しかし、このままでは。
焦りがロイの理性を揺るがしていく。
失敬しても構わないだろう。ちゃんと返すからな。
時間が迫っている中、その決断はロイにとって難しいものではなかった。 そして、ロイは犯罪に手を染めようと、車に手を掛けようとしたそのとき、車のヘッドライトがロイの周りに届いた。 ロイの目が獲物を捕らえる野生の獣の光を放った。 ロイは躊躇することなく、何かあったときの為にと持ってきた拳銃を取り出した。 そして、恐らく民間人が運転している車の前に立った。 そのまま通り過ぎることも出来ず、車はキキ―と甲高い音を立てて、ロイまでぎりぎりの距離で止まった。 乗車している運転手が危ないじゃないかと文句を言おうとして、車から出た。そこへ、ロイが拳銃を突きつけた。
「すまないが、緊急事態だ。車を貸してもらおう」
運転手は眼前に突きつけられた拳銃に目を白黒させていた。 が、自分の目の前に立っているのが国軍准将であるロイ・マスタングであることを知るなり、自分の不運を呪った。
「――ちゃんと車を返してもらえるんでしょうね。ローンが未だ残っているので」
そう、彼は僅かながらの希望を込めて、そう言った。目の前の男は笑ったように見えたのは気のせいだろうか。 何だか、とても不吉な気がして、男の背中に寒気が走っていた。





軍の権力を利用して車を拝借したロイは、茫然自失としているその男を残して、車を走らせた。 そういえば、男の住所を聞いてなかったな、と気付いたが、そんなことは瑣末なことでしかなかった。 ただただエドワードのことが心配で、胸が潰れそうだった。
人間らしさなどなくなってしまったと思っていた。
そんなものは要らないとそう思っていた。
ただ目標が、野望が達成できればそれでいいと思っていた。
それが贖罪だと。あのイシュバール内戦での。
容赦なくアクセルを踏み込み、漸く辿り着いた寮へは、もう何度か入ったことがあった。 だから、ロイには当然ハボックの部屋が何処なのかもわかっている。
「エドワード!」
ばんとハボックの部屋に入り、目的としているエドワードの姿を捜した。 何処にいるんだ、と勝手に中に入り込み、目線をきょろきょろと動かす。 落ち着かない仕草で漸く探し当てたエドワードは、酷く驚いているようだった。
「准将、何で?」
此処にいるんだ、と怪訝そうに口を開いたエドワードを思わず、引き寄せ、腕の中に閉じ込めていた。 硬直しているエドワードに構わず、思う存分抱き締めた。ちゃんといるんだ、と安堵してからロイは「全く」と溜息を吐いた。
「何で、君はこう、問題を起こすんだ!いっつもいっつも心配ばかり掛けて、たまには心配しているこっちの身にもなりたまえ!」
どうやら未だ同居人は来てないらしい。
ああ、もう何でもいい、とロイは思う。何でこうもエドワードのことばかり考えてしまうのか、なんてそんなこと――。
それでも、こうして抱き締めていると不思議にも安堵させられる。 たかが、こんな一回りも離れた子供に。いや、もう青年だな、と訂正する。
――――認めないわけにはいかない。もうこうなってしまったら。
「………………………君が無事でよかった」
黙ってこちらの言葉を聞いていたエドワードはそのとき、初めて口を開いた。
「オレ、准将に嫌われたと思ってた」
ぽつりと呟いたエドワードの言葉に思わず敏感に反応してしまう。
「嫌いだったら、こんなに心配するか」
どうやら、むしろその反対らしい、とは流石に言えない。 ロイはゆっくりとエドワードの身体を離した。名残惜しいとそう思うものの、離さないわけにはいかない。 ハボックが陰に隠れて見ていたからだ。
「ハボック!いつまで隠れているつもりだ、出て来い」
ロイの言葉にエドワードはぴくりと身体を揺らした。どうやら、ハボックの存在を忘れていたらしい。 顔が一気に紅潮するその様に可愛いなとそう思いながら、ハボックを呼んだ。
「いやあ、いいところを邪魔しちゃいけないなあとそう思って」
そう気恥ずかしげに登場したハボックをロイはじろりと睨んだ。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前は」
「いや、だって、今愛の告白をしてたじゃないですか、大将に」
「部下を心配するのは上官の務めだろう。何意味不明な発言をしてるんだ。仕事のし過ぎで頭がいかれたか」
「誰のせいっすか、仕事のし過ぎは」
むっとした顔を作り上げるハボックを無視し、ロイはエドワードに向き直った。
「何があったか、話せるね、エドワード」
そのエドワードの瞳が怯んだのを、ロイは確かに認めた。