それでも、ハボックの言葉は耳に残っていた。下卑たことを想像する、と思わずにいられない。軍という社会は基本的に男性の社会だ。女性がいないというわけではない。しかし、圧倒的に同性が多い中で、目が異性に向けられることが多いとは決して言えない。
エドワードはロイの直属の部下というわけではない。配置されている場所が違う。
それでも、わざわざ個人に挨拶してきたのは、多少なりともロイの地位が関係しているのだろう。
その後、本来ならロイの部下を紹介する場面だったが、
あの時執務室にいたのはロイ一人だったこともあり、紹介はできずに終わっていた。
それに、彼は既にロイの部下を知っている。しかし、それとは別にまた教えたいとそう思った。
「ホークアイ大尉」
副官であるホークアイを呼べば、「何でしょうか」と多少訝る響きが混じって返ってくる。
それも当然のことだろう。未だ書類が山積みに机に置かれている中、ロイに早く仕事をして欲しくないわけがない。
「鋼の。じゃなくて、エルリック少佐の仕事振りはどんな感じなのかな?」
姿を見たいとそう思う。案外、エドワードの軍服姿は似合っていた。
しかし、いつから軍人になろうとエドワードは思っていたのだろう。
「優秀ですよ、まるで水がスポンジを吸収するように、と言えばおわかりでしょう」
ホークアイは既にエドワードの仕事ぶりを知っていたようだ。
恐らく、ホークアイはロイと同じ気持ちでエドワードを見ていたのだろう。
「色々な仕事に興味があるみたいで。誰かさんにも見習って欲しいくらいです」
皮肉かそれは、と言いたいが、ホークアイの本心からの言葉なのだろう。
「じゃあ、エルリック少佐はさぞかし、重宝されているだろうね」
「それはそうでしょう。そのうえ、錬金術にも詳しいのだから、
彼に錬金術関連の書類を見てもらってはどうだろうという言葉も出ているくらいですよ」
ロイは苦笑いを浮かべてしまう。そうすると、少しはロイの仕事量が減るのではないかと。
「まさか、准将はエドワード君を直属の部下にしようと考えではないのですか?」
不意に思い立ったかのように口にするホークアイにロイは苦笑いを浮かべざるを得ない。
「そんなこと露にも考えておらんさ。未だこっちに来たばかりだというのに」
切って捨てようとするロイにホークアイが訝ったらしい。
「何故ですか?」
「何故って…」
「上にのし上がるためには信頼できる部下が必要です。エドワード君はそれに当てはまらないと?」
「大尉。私はエドワードの仕事ぶりを見ていない。彼が優秀なのは認めるが、それとこれとでは話が別だろう」
一瞬ホークアイは何か考えているようだったが、それは短いものだったろう。
「エドワード君が優秀なのは確かです。でも、私がエドワード君に抱いた印象は何か急いでいるように思いました」
ロイの目にはいつもその子供は行き急いでいるように見えた。
もう少し、肩の力を抜いてゆっくり進みなさい、とそう助言をしたくなるような。
いつもいつも早く早くと急いでいた子供。ただ一人の弟の為にと自分が傷だらけになるのを厭わない子供だ。
そのため、心配になった。子供とはそういうものなのだろう。
心配している大人の気持ちなど知らずに――。
姿を見たいと思ったが、今日は別段会わなくてもいいとそう思った。
しかし、短い休憩の間に会おうという気になったのは、好奇としか言いようがない。
会おうと思ったのが女性ではなく、自分よりも一回り下の青年とは。
よく、子供は資料室を閲覧していた。子供はただ一人の弟の為にすべてを費やすことができた。
が、今、その弟は身体を取り戻している。それでも、それとは別に子供は本が好きだった。
だから、これは勘なのでは決してない。休憩中は資料室にいるだろうと。
そして、薄暗く湿った空気が漂う空間に足を踏み出し、その空間の奥でエドワードを見つけたとき、やはり、とそう思った。
熱心に本を読み耽っているその姿に少年時代の彼を髣髴とさせる。呼びかけたとしても、今、恐らく返事がないに違いない。
これを機に、とロイはエドワードを観察した。背丈が伸びているのに、先ず注目する。
彼のコンプレックスはどうやら払拭されたらしい。
そんなロイの視線にエドワードは気付いたからではないだろう。
丁度本を読み終わったから、エドワードはロイに気付き、僅かに瞠目した。
「何か資料をお探しですか?」
資料室という場所に用があるのは、何故なのか直ぐにエドワードは答えを探したらいい。
しかし、それは不正解だ。用があるのはエドワードに、などとは考えもしないらしい。
「いや、用があるのは君にだ、エルリック少佐」
その言葉にエドワードは驚いたらしい。どこか視線が揺らいでいるのを見て、珍しいとロイはそう思った。
「司令部に来た感想はどうだね?君のことだから苛められて泣くようなことはないだろうが」
「よくしてくれてますよ」
敬語だからではないだろうに、硬質な印象を受けるには十分だった。
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