「だんまりか?だったら、私は勝手に解釈するぞ」
エドワードの首元にくっきりとあるのは鬱血だ。気付かないわけがない。つけたのは恐らく同居人だろう。
簡単につけられおって。
筋違いなのはわかっているが、怒りの矛先はエドワードに向けられる。 怒っているのが伝わっているのか、エドワードはいたたまれないとでもいうように、俯いている。
お前はエドワード・エルリックだろう。
そう怒鳴りつけたくなる。
あの伝説級の代物、賢者の石を手に入れた。
「ちょっと准将、それって冷たいんじゃないですか。さっきまであんなにいい感じだったのに」
態度が変わったとハボックは言いたいのだろう。しかし、それをロイは意にも介さない。
「何がいい感じだ。エドが何か言わないと始まらないじゃないか。そんなこともわからないのか」
「大将だって話し難いことの一つや二つだってあるんじゃないですか。 保護者じゃああるまいし、根掘り葉掘り聞くことないじゃないですか」
こんな言い合いは無用なものとしか言いようがない。が、言わずにはいられない。
「エドは私の部下だ。だとしたら、何か問題があった場合、必然としてそれは私の問題でもある。関係ないわけがなかろう」
「そんな言い方しなくてもいいでしょう?」
「ハボック中尉、別にいいから」
そのとき、初めてエドワードは頭上で交わされている言葉に口を挟んだ。
「話すよ、何があったか」
「でも、大将言いたくなかったら」
ハボックは未だ躊躇っている。しかし、それをエドワードは固持した。 自分があの男を怪我させたのは事実なのだから。怪我をさせるつもりはなかったのだとしても通用しない。 しかし、言いにくいことなのは確かであり、エドワードは言葉が出てこない。
まるで、莫大な宇宙に一人取り残されたようだ。そんな孤独感を覚えた。
こんなことは今までもあったことだ(身長のことを言われるとやり場のない怒りを暴力で訴えた) しかし、今回は事情が違っていた。
そこへ、闖入者がやって来た。足音荒く入ってくる主には聞き覚えがある。 もしかしたら、来ないのではないかとそう思っていた折だった。最悪なタイミングとしか言いようがない。
「此処にいたのか。ったく手間取らせやがって。もう血が固まったぞ」
乱暴な口調は男の特徴だった。静寂を切り裂いて部屋へとやって来たその男はエドワードを見るなり、 「ほら、帰るぞ」とエドワードの腕を取った。
「離せよっ」
思わず手を振り解いていた。触れられているその先から腕が腐っていく気がする。 嫌悪が表情から伺えたのだろう、男は自嘲的な笑みを浮かべた。そして、交互にハボックとロイを見遣る。
「何、そいつらとお前暮らすつもり?つか、お前の何なわけ?」
「オレの仕事の…」
「ああ、何だ、そういうこと。まあ、何だっていいけど。もう怒ってないから帰ろうぜ。 さっきまでお前の慰謝料もらおうかと思ってたけど、そんな気持ち失せたし。血も固まったし」
確かに血は固まったらしい。ほら、と振り向いた後頭部にはかさぶたができている。 その周りには血がついたからか、髪がぱさぱさした印象を受ける。 改めて、自分が何をしたのか見せ付けられて、エドワードは言葉が出てこない。
「ま、考えてみると俺が悪かったし、許してやるよ」
腕を更に引こうとする男の手を振り解いたのは今度はエドワードではなかった。ロイだった。思わず、エドワードはロイを仰いだ。
「何、アンタ」
男の目が鋭くなる。それに負けず、ロイの目も鋭い。こんなに冷たい目が出来るなど、エドワードは知らなかった。
厳しくもあったが、ロイは自分にはいつも優しかったから。 「君はエドワードに一体何をしたんだ?」
「はあ、あんたには関係ないじゃん。言うのめんどくさいし」
「もし、君がこの子を傷付けたのなら、私は君を許さない。例え、それで君が怪我を負ったのだとしても」
いつの間にか肩に手が置かれている。そこから伝わる熱がエドワードの頬を熱くさせる。 予想外のロイの攻撃に男は意味不明だとばかりに首を傾げてみせた。
「あんたには関係ないじゃん」
「あるとも」
「何処に?」
「エドワードは私の部下だ。私は彼を守る義務がある」
何それっと確かに男は呟いた。が、もうロイが動かないのを悟って面倒くさそうに口を開いた。
「ちょっと手を出そうとしただけ。抱こうとしたんだよ。軍ってそういうのよくあるんだろ? あんまり頭の固いこと言って欲しくないんだけど」
しれっと答られて、エドワードの頭に血が上る。 怪我のことを悪いと思ったが、一つも反省してないその様子に自業自得だと見解を改めた。
「てめえ、よくもぬけぬけと!」
怒りが隠せないエドワードに男はにやっと笑った。
「別にお前だって嫌じゃなかったんだろ、本当は。 俺がお前のことそういう風に見てるって知ってて一緒に暮らしているんだからな。 合意のセックスは強姦にはならないんだよ、知らないのかよ」
こういう男なのは知っていた。が、心の底では違うのだとそう思っていた。それが裏切られたことを知る。
「ムードがなかったのは謝るよ。でも、やることは同じだし、大して変わらないじゃん。 お前、科学者なんだからそういうの割り切れよ」
「エドワードを侮蔑しないでくれないか」
うるさいと叫びだしそうだったエドワードを宥めたのはロイだった。
「彼は大事な部下なんでね」
ふん、と男は鼻を鳴らした。
「ま、言いたいことは言ったから、俺は気が済んだけど。そんなにそいつが大事なら、首輪でもつけとけば?逃げ出さないように」
そう言って男は立ち去った。
一段楽したな、とそう安堵するロイの耳に「あんな奴だと思わなかった」というエドワードの言葉が耳に入った。 だとしたらどんな奴だと思ってたんだとロイは言いたくなった。
じゃあ、お前はどういうつもりであの男と一緒に暮らしていたのだと。
深く深くそれは胸の底で淀んでいる。