ハボックはロイが不機嫌なのを知っていた。
それは、エドワードがあの同居人を好きだということを面白く思っていないからだ。そんな節があるのだ。
どんな理由にせよ、一緒に暮らしているのだ。
好意がないわけではないだろう。そのうえに、以前見せた仕方ないなあというべき表情は、あれは家族を連想させるものだ。
考えれば考えるほどエドワードは同居人のことを好きなのだという考えに至ってしまう。
別にハボック自身は同性愛に関して偏見を持ってはいない。
軍部に在籍する以上、目にすることが少なくなかったからだ。
ハボックは同性愛思考を持っていなかったが、有り得ないことではないことも実感している
。同性しかいない中で、異性というものは遠い存在になってしまうのだ。
特に女顔の者は狙われ易かった。それでも、どこか同性愛は倒錯的なものとして映った。
ロイがエドワードに対して抱いている感情がどんなものなのかはわからないが、ハボックとてショックだったのだ。
後見人としてずっと見守ってきたロイとしては尚更だろう。
それに、ハボックはあれほどまでに憤っているロイを見たことがなかった。
ロイにとってエドワードが特別なのだということがわかる。
以前ロイが呟いた言葉が蘇る。
「私は未だ親になったことはないが、親とは虚しいものだな」
もしかしたら隠し子がいるかもしれないじゃないですか、と茶化すことが出来ないほど憂えていた。
「いつの間にかいなくなってしまうものなんだな、こっちのことは何も考えずに」
それはエルリック兄弟が身体を取り戻してからほどなくのことだった。
多分、本当にエルリック兄弟のことを自分の子供のように思っていたのだろう。
ずっと見守っていくことを決めた。
しかし、今ロイがエドワードに抱いている感情はもっと別の意味合いに思えるのだ。
「それで、どうするつもりなんだ?」
とエドワードに向き直ったロイは長年の部下の目から見ても冷たいものだった。焔という名を冠する錬金術師には不似合いだ。
「どうするって何を…」
鋭いエドワードにしては珍しくその意を掴めていない。それがエドワードの同様を如実に表していた。
「何ってあの男のところに戻るのか?じゃなかったら、ハボックのところに泊まっていけばいい」
エドワードは迷っているようだった。瞳が忙しなく動く。
「安心しろ。ハボックには連れ込む女がいないから、迷惑ではないぞ」
「ちょっとその発言は聞き捨てならないんですけど」
それはないだろうとロイは目を瞠った。
「何だ、お前、女がいたのか」
「いないっすけど!一応この部屋の主は俺なんですからね!」
ハボックはロイに詰め寄る。が、困惑しているエドワードの存在に直ぐに気付き、向き直る。
「いや、大将迷惑じゃないんだ。よかったら、全然いても構わないんだ」
「でもさ、やっぱり迷惑かけられないし。戻るよ、ごめんな、迷惑かけて」
ハボックの訂正はエドワードにとって無効らしい。エドワードは首を振った。
「荷物とかもそのままだしさ、嬉しいけど」
そりゃあないだろう、大将……………
そうハボックは思わずにはいられなかった。エドワードが気を遣っているのはわかる。
しかし、その発言は同時にロイの庇護を拒否しているようにも見える。
あれほど、エドワードの為に尽力を尽くしたロイが哀れだ。
こうして寮へと来たのもただただエドワードが心配だったからなのだ。
それなのに、それではあまりにロイを蔑ろにしてないか。
エドワードだってなんだかんだでロイに対して感謝の念やら抱いていたと思ったのに。
ちらりと上官を伺うとその顔は無垢な子供が新雪を踏み散らすような表情をしていて、見た途端寒気が走った。
決してロイ・マスタングは寛容な人間ではない。むしろ、どこまでも残酷になれる人間だ。
そのことをハボックはよく知っている。だからこそ、今後のエドワードに対するロイの態度が不安になった。
態度が豹変するかもしれない。
だからといって、ハボックにはどうすることもできない。
エドワードはと見れば、彼はロイの表情に気付いていなかった。
「………准将、ごめんな」
そう言って謝ったエドワードは多分、ロイの視線に耐えられなかったのだろう。
ただ、俯いている。エドワードとてわかっているのだ。ロイが自分に向けるどれだけ大きいものなのか。
だからこそ、借りを作りたくないと思っている。
これ以上煩わせたくないと。 それが、ロイとの距離を作っていることにも気付かずに――。
「帰るなら送るが」
「准将って過保護だよな。近くだし、大丈夫」
そう僅かに笑ってエドワードは軽い足取りで、ハボックの部屋を後にした。
その背中を見送り終わると、ロイが重たそうに口を開いた。
「車」
「車?」
思わず聞き返してしまう。
「車を借りた。後で持ち主に返してくれ」
何すかそれ、と口の中で呟いていると、何故わからないんだ、とロイが呆れた視線を向ける。
「ここまで来るのに借りたんだよ。それを後で本人の元へ返してくれ。直ぐそこにある」
自分で返す気はないんですか、と聞きたい。
部下を守るのが上官の務めなんじゃないんですかとも聞きたい。
その車の持ち主の住所は何処なのかとも聞きたい。
しかし、ハボックは「はい」とだけ答えた。
というか、准将、それ犯罪ですよ、と心の中で呟いた。
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