そんな一件があったからといって、表面上二人の間には何も変化はなかった。 あのロイの表情を見た限りでは、ハボックはこのままでは終わらないとそう思っていた。 そんな予感が胸の中で燻っているためか、必然として仕事の進みは緩慢なものだった。 それでも、見た目では本当に二人の間には何も変わらなかった。そのことが救いだった。 ロイのあまりにも進まない仕事ぶりにエドワードはいつものように詰っていたし、それをロイは飄々と受け流していた。 飽きもしないでよくやるなあと思わないでもない。恐らく、ロイは楽しんでいるのだろう。 いちいち突っかかってくるエドワードをからかっているのだ。
しかし、以前よりもそんな場面を見るのが多くなったと思うのは気のせいだろうか。
そうして二人を仕事の片手間観察していると、隣の席にいるブレダが肘でブレダを突付いた。 何だよ、と思わずブレダを見ると、長年の付き合いでちょっと顔貸せだということがわかった。 何なのだろうと思いながら、ブレダが立ち上がったのを機に、ハボックも立ち上がった。 人がいないところがいいとブレダは判断したのだろう。 場所を仮眠室に移した。 仮眠室は三つあるベッドをカーテンで囲んでいる。 人がいないことを確認してから、ブレダがその一つのベッドに腰を下ろした。 その様子を見て、ここでならいいだろうとハボックはブレダの隣に座ることなく、彼に話促した。
「何だよ、ブレダ」
「エドと准将の間に何かあったのか?」
鋭い、と思わず息を呑むと、ブレダが溜息を吐いた。
「やっぱりな」
「やっぱりって、いつから気付いていたんだよ」
「普通気付くだろうが。お前、何度も不安げに二人を見てるし、何かあったと思うのは当然だろうが」
「マジかよ、じゃあ、ホークアイ大尉も気付いてたりして…」
鋭い彼女のことだ。気付かないわけがない。 溜息とともに、ハボックもベッドへと座り込んだ。
「お前がエドを連れて来てから、何があったんだ?」
隠し事は出来ないなあと無意味に首の後ろを掻いた。
「同居人に電話してさ、そいつが俺んところに来たんだよ。エド引取りに。 そのとき、何故か准将がエドがアパートにいないことを知ってて、 それで俺のところに電話してきてさ、つい喋っちまって准将も俺のところに来たんだ。それで、その同居人とやりあっちゃって」
「やりあったって、まさか…」
ブレダの表情に陰りが見えた。
「あ?過激なことは何もしてねえよ。でも、俺には全然わからねえよ。何でエドはあんな奴がいいんだ?」
世の中は知らない間に変わったのかなあと呟く。
「お前、それってエドがそいつのこと」
「わかんねえけど、そう思うと辻褄が合うし」
禁煙なのを忘れて、ハボックは胸ポケットから取り出した煙草にライターで火を点ける。 そして、思いっきり煙を吸おうとしたが、ブレダに煙草を取り上げられた。
「あー!俺のニコチン!」
「未だ話は終わってないぞ」
「ちょっとくらいいいだろう?ケチなこと言うなよ」
そう言ってハボックは煙草を取り戻し、思う存分煙草を吸った。 最近では禁煙禁煙と煙草に対する周囲の目が厳しい。が、ハボックとしては大声で叫びたい。 煙草は精神安定剤なのだと。ストレスが溜まり易い職場なのだ。これくらい許して欲しい。
「それで、結局エドはそいつのところに戻ったんだな」
「准将それ絶対気に入ってない。すっげえ不機嫌だったし。俺、エドは准将のこと好きなんだと思ってたんだけど、違ったのかな」
「エドはその男とどこで知り合ったんだ?」
不意な質問にハボックはたじろぐ。
「あいつ、あちこち旅をしてたわけじゃん。ま、知り合いは多いだろうけど、聞く限りそんないい奴ってわけでもないんだろ。 一緒に暮らしているってことはそれなりに親しい間柄だということだし。でも、お前はそいつのことを全然知らないんだろ?」
「知らないな」
「だとしたら、俺たちが知らない間に知り合ったんだろう」
「あっ。士官学校時代か!」
ブレダの言わんとするところが、ハボックには漸くわかった。
「お前が知らないってことは俺も知らない可能性が高いしな。軍人ではないな、少なくとも」
その男の正体を掴んだところで、一体何になるのかハボックにはわからない。が、ブレダは何か考えているらしい。
「何かそいつがやばいことに手を染めているって言いたいのか?」
それってあまりにエドワードが気の毒ではないだろうか。
ハボックは思わず不安になってブレダに詰め寄った。
「いや、そういうことじゃなくて…」
まどろっこしいブレダにハボックは焦れた。
「だったらさっさと言えよ。言わねえとわかんないだろうが」
このところ、神経が張り詰めていた。それがあっさりと切れたことを知った。
「ブレダ中尉が懸念しているのは、その男が准将に対して何か危害を加えるんじゃないかということよ」
確か、ブレダが人がいないことを確認した筈ではなかったか。 それなのに、ホークアイがもう一つのカーテンに囲まれたベッドに隠れていた。
大尉、何をしてるんですか、と思わずにいられなかった。
しかし、はっとして気付いた。執務室にホークアイはいなかった。 ということは、初めから二人の会話を聞く目的でカーテンに隠れていたのだ。 ブレダも噛んでいたに違いない。ブレダを見遣ると、長年の友人は何処行く風とばかりに彼方に視線を向けている。
「てめえ、騙しやがったな」
思わず罵ると、ホークアイが口を開いた。
「私が言い出したことなの。エドワード君も准将も何も話してくれないし」
ホークアイはその鋭敏な感覚で何事か気付き、既に二人を問い詰めていたらしい。素早い行動だなあと思う。 それとも、自分の行動があまりに単純だからか。後者のような気がするのは気のせいだと思いたい。
「足場を固めていきたいこの時期に、内部から壊れていったらどうしようもないもの」



ホークアイの言葉に、ハボックはすみません、と謝りたくなった。
そうだ、未だエドワードが配属されてから一週間ほどしか経っていないのだ。