ロイはブレダとハボックが戻ってくるのが遅いなあと思いつつ、エドワードと遣り取りをしていた。 仕事を急かすエドワードを見るのはどこか楽しい。歪んでいるとしか言いようがない。 それでも、自分の言動に振り回されているエドワードを見ると、暗い喜びが湧き上がってくるのを感じずにはいられない。 このエドワードの一挙一動が自分の手の中にあるのだとそう思うと笑ってしまいそうになる。 暗く深い海の底に沈めていたこの感情を思い出させたのはエドワードだ。だとしたら、責任を取ってもらう。 エドワードはロイのその感情の変化に気付いていない。だから、反応も今までのものと変わらない。
しかし、苛立っているのがわかる。
それが伝わってくる。
「准将、いい加減に仕事をして下さい」
「こんな陽気な日に私は閉じこもって仕事をしなければならないなんて、君は酷いことをさせるな」
「雨の日じゃなくても無能なんですね、准将は」
呆れた、とそんな顔をしている。そんなエドワードを壊したくてたまらない。嗜虐的な気持ちはどこからやってくるのだろう。

「なら、そんな上官の面倒なんてもうみたくないだろう?」
本当に楽しい、どうしてこんなに楽しいのだろう。
「私の補佐役はホークアイ大尉のみで十分だ」

エドワードは何故そんなことを言われなければならないのかわからない、とそんな顔をした。 しかし、現実を認識した途端、顔を強張らせた。
何故困る、とロイは言いたい。
初めから君は私のところで働きたくなかったのだろう?
私のことをうるさい上官だと思っているのだろう?
口を開けば、君は私の悪口しか言わないじゃないか。
君はもう私の庇護を必要としないのだろう?
君にとって私は一体何なんだ?
ふとそんな疑問が湧いた。
ファルマンとフュリーが事の成り行きを見守っている。次に何が起きるのだろうと固唾を飲んでいる。 訂正しなければいけないとそう思う。このままでいれば、仲間の結束が緩んでしまう。 ロイの野望を叶えるためには仲間が必要だった。それをみすみす失うわけにはいかない。 それでも、それでもいいとそう思う自分がいるのもロイは知っている。
審判のときを待つような気持ちでロイはエドワードが口を開くのを待った。 何か拒否の言葉を出せばいいと思う。その一方で諾の言葉を待っている自分もいる。 もうエドワード一人に振り回されたくはなかった。これ以上自分の気持ちを掻き乱されたくはない。 ロイは何かをエドワードに期待している。が、それは悉く打ち下されてきた。 エドワードの特別な存在になりたいのだ。恋人や、友人や、親を超越した存在に。 エドワードがアルフォンスに向ける、見返りを必要としない、ただ傍にいてくれればいいというそんな存在に。 しかし、そんなことは有り得ない。エドワードはロイを必要としていない。それなのに、求められる必要がない。
どろどろと醜い感情が溢れて歯止めがきかない。
本当は、本当は困らせたくなんてない。笑っていて欲しい。笑ったときの顔が本当に可愛いのを知っているから。 私の前では見せないが、ちゃんと知っているから。 しょうがないじゃないか。
心の中で言い訳をする。
どうしたらいいのかわからないのだから。
こんな感情持て余してしまう。

早く、とロイは嘲りの表情を浮かべてエドワードを見遣った。
早く何か言え。

無言の圧力を受けて、エドワードは漸く「オレは」と切り出したとき、ばんと執務室の扉が開いた。
誰なんだ、とそう思い、エドワードの後方を見ると、そこにはヒューズがいた。 「よう、ロイ!」とそう手を挙げ、その場にあった緊迫した空気を飛散させた張本人はつかつかとロイの前まで来て、 絶えない愛情を向ける相手の写真を披露する。
「ほら、見ろ!うちの天使、エリシアちゃんだ。可愛いだろ?お前の為に焼き増しにしたんだ。 これを飾れば、厄災が降りかからないこと間違いなしだ!」
どうしてそう思えは口達者なんだ、と変なところに感心しながら、ロイは苛立ちを込めて机をばんと叩いた。
「ヒューズ!不審人物として追い出すぞ」
「おま、冷たいこと言うなよ。何棘棘してるんだ?怖い顔してると女の子が逃げていくぞ」
全然緊張感のないヒューズに肩の力が抜けた。
「まあいい、何の用だ?」
からからと笑っているヒューズを見ると毒気が抜けていく。
ああ、これを目的としていたなら、やはりヒューズはロイのことをよく知っていると言うべきだろう。
「よお、エド、久し振りだな、元気か?ちゃんと飯、食べてるか?」
エドワードはヒューズの登場に、先ほどの質問を忘れてしまったらしい。
「うん、ちゃんと食べてる」
「そうか。食べ盛りだからな。ただでさえ、お前は小さいんだから、食わないと大きくなれないぞ」
あはははとと笑い、エドワードの肩をばんばんと叩いた。
エドワードは禁句を言われたことに耐えられなかったらしく「誰がアリンコみたいなちびって!?」とヒューズに食ってかかる。 しかし、ヒューズと言えば笑っている。
「それだけ言えりゃあ、元気だな。まあ、怒るな怒るな」とエドワードの頭を子ども扱いして撫でている。 エドワードの怒りはそれで更に高まったが、ロイは知っている。それがヒューズの気遣いからくる言動だということを。