アルフォンスの手紙を読むとどうしようもない郷愁が胸に押し寄せてきた。
アルフォンスの手紙にはリゼンブールの出来事が連ねてあった。それを、エドワードは何度も何度も読み上げた。
本当は、とアルフォンスは書いている。
手紙を書くとエドワードが帰りたくなっちゃうかもと思ってやめようかと思ったけど、でもそれじゃあ冷たいかなとそう思って。
本当にその通りだ。今、たまらなくお前の顔が見たいよ。ちゃんと元の身体を取り戻したお前が。
戻ったらきっとアルフォンスは何も言わずに受け入れてくれるだろう。そのことがわかってる分余計に。
ごめんな、お兄ちゃん弱くて。でも、ちょっと疲れちゃって。
公衆電話からロックベル家に電話を掛けた。
心が弱っているのだとそう思う。衝動に任せて覚えている番号を押した。からからに咽喉が渇いている。
「はい、ロックベル機械義肢装具です」
あまりにも久し振りで懐かしさで声が詰まる。言葉が出てこない。無意味に指を動かした。気持ちがそれを機に焦った。
「もしかして兄さん?」
黙ったままでいるのに、アルフォンスは何故かエドワードだとわかったらしい。無意識にエドワードは受話器を戻していた。
してはならないようなことをした気分だった。
優しいアルフォンスのことだ。今ごろ心配しているだろう。手紙には頑張ってね、と書かれていた。
決していつでも戻ってきていいから、とは書かれていなかった。それが寂しかった。
公衆電話ボックスから出た後、エドワードはそれでも司令部に戻ろうという気が起きなかった。
どんな顔をしてロイに会えばいいのだろう。きっとエドワードは取り乱して、ロイに捨てないで、と縋るだろう。
そんな惨めな真似をしたくない。まるで、女のように。
甘えるだけ甘えておいて、掌を返されたからと言って縋るなどあまりに自分勝手ではないか。
ヒューズの言うようにロイにそう言えばいいのだ。
オレみたいな優秀な部下がいて有難く思えと。
そう言えばきっと。
それでもその後、「君なんか要らない」と言われたら?言われない保障なんてない。そんなことを言われたら立ち直れない。
エドワードの住むアパートはそれほど司令部から離れてはいない。今なら男もいない筈だ。
軍服を着たまま、エドワードはアパートへと足を踏み入れた。
予想が裏切られることを知っていた。が、何故今日に限って、と思わずにいられない。一人になりたかった。
一人になって心を落ち着かせてから、司令部へと戻るつもりだった。
ベッドの上では絡み合っている男女は間違いなく、男は同居人だ。
女の長い金髪が広がり、男が動く度にその髪が揺れる。荒い呼吸が空間を満たしていた。
ベッドの下には服が散らばっており、行為への性急さを物語っているようだった。
以前にも、この場面を見たことがあった。
あのときは逃げるようにその場を離れて、男の哄笑が後に続いていた。それでも、今は何の感情も浮かばない。
感情が死んでしまったようだ。
「何だよ、エド。もう終わったのか?」
行為に夢中になっているのかと思いきや、男は女から顔を逸らした。女としてはそれは悔しい以外の何でもない。
「ちょっともうやめるの?」
「ああ?お前見られながらやるのがいいの?」
「趣味悪いこと言わないでよ。後味悪いだけよ」
そう言って女はエドワードに構わず、ベッドから降り、床に広がった服を着始めた。白い身体の輪郭が露になる。
そんな中で、男はエドワードを楽しそうに見ている。
粘つくような視線だ。今思えば、男はエドワードにそんな視線を向けていたような気がする。
「私が出て行くことに対して、あんたは何も言わないわけ?」
女は何の頓着もしない男を心外だとばかりに睨みつけた。
「うっせえな。それよりもそのでかい胸と尻しまえよ。みっともねえ身体早く隠せ」
「さっきまで夢中だったじゃない。感謝する気はないの?」
「お前に感謝する奴なんていねえよ、何処探しても」
「一度死ねよ、ろくでなし」
女は服に身体を通し終わると長い髪を束ね、そのまま振り向きもせずに、部屋を出た。
「何も言わないで帰しちまっていいのかよ」
「いいんだよ、別に。あいつは俺がいないと駄目なんだから、直ぐに戻ってくるさ」
男は全然心配していない。ベッドの中で横になりながら、天井を仰いでいる。
「それよか、お前何があったわけ?」
それほどエドワードはわかりやすい表情をしているだろうか。
何も言わないエドワードに対して男は気にした様子がなく、ただ
「ああ。あの准将に何か言われたのかあ。俺でよかったら、慰めてやるよ」と無感動にそう言った。
女は憤りで一杯だった。男との会話はいつも交わすものと変わりはない。
それでも、憤りが消えないのは男の同居人のことだ。明らかに男は自分よりもあの同居人に比重が傾いている。
これだけ尽くしているのに、どうしてあの男は感謝の言葉一つ口にしないのだろう。
そのうえ、自分に黙って同居人など置いて。許せない。
それに、と女は歩きながら考える。男は確かに前言ってなかったか。たまには男を抱いてみたいと。
そのときは軽く流したものの、それは本音ではないか。
それに、最近は夕食前には帰路に着いている。だから、今日はわざわざ出向いたのだ。
明らかに自分に対する興味が失せたからではないか。
このままではならない、とそう思った女は家に帰るのを中止して、司令部へと向かった。
心の中は男に対する憤りだけが吹き荒れていた。
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