ロイ・マスタングは名指しで呼ばれ、「誰からだ?」とそう尋ねた。当然のことだろう。
しかし、その軍人は明らかに困った顔をした。
「それが金髪の女性からです」
どういうことなのだろう、とロイは首を傾げる。周囲の部下はそんなロイに対して冷たい視線を向けている。
エドワードを探しても見つからなかったので、執務室に戻ってきた時以上に視線が冷たいと思うのは、気のせいではないだろう。
「早く行って来て直ぐに戻ってきてくださいね」
ホークアイは笑顔すら浮かべて言い添えた。言わんとするところはエドワードが見つかっていないのに、
何をしてたんですか、この無能と言ったところだろう。わかってしまうところが、彼女との付き合いの長さを語っている。
「わかった、今行く」
後にしようと思ったのだが、執務室に残るいたたまれなさに、女性の元へと軍人に案内を頼んだ。
はっきり言ってその女性に見覚えがなかった。有象無象と変わりない。印象が薄いというわけではない。
顔かたちも決して、美人と称されるものではない。が、プロポーションは見事だった。
服が身体のラインを浮き立たせているものだから、思わず目を引いた。
場所を何処かに移そうかと言おうとしたが、女の苛立たしげな表情に無駄なことだと悟る。
司令部の門から少し離れた路地だった。そんな場所はいえ、誰が見ているのかわらない。
昔とはまた違った意味で用心深くなった自分をロイは感じていた。
「貴方がロイ・マスタング准将ね?」
確認してから、女は用件を切り出した。そこに、自分との付き合いがいないことが明白になった。それなのに、何故と疑問が湧いた。
「貴方の部下のことで話があるんだけど」
どういう意味だ、という顔をしたのだろう。女は続けざまに言い放った。
「貴方のところの若い軍人。そいつが私の男と出来てるのよ。貴方上官なんでしょう?
嗜めてくれなくてどうするのよ、だらしない」
苛立たしげに爪を噛む女の言葉にまるでぽっかりと穴が穿たれたようだ。
「若い軍人?」
思い当たるのはただ一人だった。そして、今、その軍人は何処にいるのかわからない。あまりにも符号が合い過ぎている。
「そうよ。ちょっと本当に知らないの?そいつが私の男を寝取ってるの。男同士で気色悪い。
だから、貴方の口から注意してくれない?」
あたしが言ったんじゃ、嫉妬になるじゃない、との言葉にその通りなのだとそう思う。
この女は嫉妬に駆られて、ロイの告げ口にしに来たのだ。
「さっきだっていきなり邪魔にしに現れて、一体どういうつもりなのかしら?きっと今頃…」
女の瞳にどす黒い闇が浮かぶ。その瞳にどきりとした。自分の鏡に映る瞳によく似ていた。嫉妬の仄暗い光だ。
エドワードはアパートに戻ったのか。あの男の元へ。
黙り込むロイに女は自分の言葉の攻撃力に気付いたようだ。
「とにかく貴方から一言忠告してちょうだい」
そう言って女は帰路についた。ロイは暫く動こうとしなかった。いや、動けなかった。
ただ拳を固く握り締めていた。
男の言葉に我に返った。慰めなど必要ない、と男の元から離れ、その足で司令部へと向かった。
これは自分が決めたことなのだ。軍人として働きたいと。そして、それはロイの傍にいることと同義なのだ。
それなのに、どうして今更そこを離れるような真似をする?必要とされたいなら、それだけの努力をすればいい。
それだけのことだ。あの男を前にして気付かされた。そうだ、そして言えばいい。アンタの下で働きたいと。
司令部の門を潜る。
どこかしら、擦れ違った軍人が険しい顔をしているように見えた。
が、今はそんなことよりも何よりもあの男に会いたい。
会って、一番大切なことを言いたい。
「准将!」
執務室の向こうにいるのがロイ・マスタングだ。その男に向かって駆け寄る。他の者がいないことをこれ幸いと。
顔を上げたロイの顔は無表情だ。冷たい、とそう思った。そのことに、今更仕事を放り出してきたことを思い出した。
「准将、ごめん、仕事放り出して。オレ、でもやっぱり准将の傍で仕事していきたい。
あの、でもアンタにとっちゃ迷惑以外の何でもしれないけど、でもオレはやっぱり…」
拳を固く握り締める。
アンタのことが好きだから。
視線が突き刺さってくるかのようだ。自分の顔が赤らんでいるのが嫌でも意識する。
いつから好きだったのかはわからない。それでも好きなのだと意識すると、目の前の男とどう接していたのか思い出せない。
「准将…」
言葉が欲しくて縋るような口調で求めてしまう。ロイが椅子から立ち上がり、自分の直ぐ前へとやって来た。
顔がとてもではないが、見れなくて、咽喉元へと向けてしまう。
「君はさっきまで何処に行ってたんだ?」
咽喉が動き、言葉が紡がれる。ロイの言葉に戸惑う。
即座に答えようとして、それでも仕事を放り出してきたアパートへ行ったとは言いにくかった。しかし、嘘を吐きたくなかった。
「―――アパートに」
「そうか」
納得の言葉と共に、ロイが自身の椅子へと再び腰を下ろした。
何かを考えているようかのような沈黙に、エドワードは心臓が痛むのを感じた。
「―――准将?」
あの危機感が胸元まで駆け上がってくるのをエドワードは感じた。
―――――――――――――――――捨てられる、壊れた玩具のように。
要らないと言われる。
「そんなに私のところで働きたくないか?」
「違う!」
否定を口にしたのに、ロイは信じていないようだ。それに焦燥を覚え、もう一度きっぱりと否定する。
「違う」
ロイがそんなエドワードを無情な目で見遣った。
次いで。
「疲れているんじゃないか」
「え?」
そんなことはない、と首を振るとロイが被せるように言葉を続けた。
「休暇をとってみたらどうだね?仕事尽くめだからね、皆休暇を欲しがるが、許可を私が与えよう」
「……………准将」
「暫く休みなさい」
ぽんと軽く肩を叩かれ、ロイはそれから、執務室を出て行った。恐らく、休暇届を提出するためだろう。
エドワードはロイが戻ってこないことを知りながら、暫く呆然と扉を眺めていた。
そういえば、この場面を前も見た気がするとそう思った。冷静な自分をエドワードは意識した。
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