別に昔を思い出したせいではない。もう少し話をしたいとそう思った。
「准将は暇なんですか?」
「いや、そんなことはない。ホークアイ大尉が執務室で早く仕事をしろと待っているからな。 ただ少し君の仕事振りが見たいと思ったんだ」
「趣味悪いですよ」
「光栄だ」
今、エドワードは休憩中なのだと聞いている。ので、この時点でロイはエドワードに会う理由を喪失している。 だからといって、エドワードはロイの言葉を糾すようなことをしなかった。 沈黙がそれを機に広がる。 ただ会おうと思っただけで、何を話そうかなど考えていなかった。エドワードとて特に聞きたいことがないのだろう。
しかし、暫くの沈黙がロイの背中を押した。
「――君は一人暮らしだったかな?」
多分、それが一番聞きたかったことなのだ。
今はエドワードと二人きりだ。ハボックの言葉を裏返すには最適だ。
「いいえ。部屋を借りて同居してます」
話し辛いというわけではないらしく、すんなりと出てきた言葉に内心で驚く。が、表情に出したりしない。
「君の色気づいたものだな」
ちらりとロイを見て、エドワードは少しだけ躊躇の色を滲ませていた。
「准将が何を考えたのかはわかりませんが、そんなにいいものではありませんよ」
「ハボック辺りに聞かれてみろ。殴られるぞ」
部下の名前を出すと、エドワードは薄っすらと口元に笑みを浮かべた。
「そうかもしれませんね」
以前であったら、そんな余裕のある返答などできなかったろう。 また一つ、とロイはエドワードの知らない面が広がっていくのを知った。
だから、口が滑ったのだとそう思う。
「しかし、君が軍人になるとは思わなかったな。君はそのままリゼンブールで暮らすのだとばかり思っていたから」
「意外だと?」
「そうだな。軍人は嫌いだとそう思っていたから」
棚に背を預け、ロイはエドワードの真意が読み取れないかと目を探った。が、深い金色の瞳からは何も伺うことが出来なかった。
「今でも軍人のことはあまり好きになれません。正直言うと」
「そうか。だとしたら、何で軍人に?」
衝撃は特に受けたりはしなかった。はぐらかしてもロイには無駄だろう。そのくらいには同じ月日を重ねていた。
「秘密です」
そう言うだろうと思わなかったのは嘘ではない。きっと答えないだろうと。
「君はつれないね」
落胆してみせると、少しだけ笑みが返って来る。
「女性のようにはいきませんから」
「手厳しい」
憎たらしい子供のままだと、その頭に手を載せようとしてもうその子供はいないのだと気付き、中途半端に手が宙に浮いた。 手の行き場所は見つからず、ロイはその手を元のところへ戻した。
そして、雑談を交わした後、ロイが戻ってくると、部下たちが待っていた。何やら集まって話をしていたようである。
「あ、准将!大将はいましたか?」
正面切ってそう聞いてきたのがハボックだった。
「いたとも。何だ、お前たちも会いに行ったのか?」
「いや、大将いなくて。会ってはいないっす。大将は何処にいたんすか?」
「資料室だ」
そう言ってロイは執務室の椅子に腰を掛けた。目の前の机には未だ書類が山積みにされている。 面倒くさい、とそう思いながらも机の上に置かれたペンを取り、一枚一枚の書類に目を通した。
「大将どうでしたか?」
「どうでしたかって。特に変わってはいなかったな。だが、少し背は伸びてたな。前と目線が少し違った」
「そりゃあ、よかった」
エドワードの身長へのコンプレックスを知っている面々からはそう言葉が出てくる。
「それで、准将」
「何だ?」
「今度週末空いてますか?」
嬉しそうなハボックの言葉にロイは一瞬動かしていたペンの動きを止めた。
「何だ?何かやるつもりなのか?」
「エドの歓迎会やろうと思って」
「そうか」
なら、週末は開けておこう、とそう思ったのはごく自然の流れだった。




実際にエドワードの仕事はやり易かった。親身になってくれる上官も多く、周囲は好感を持てる人物が多かった。 それは恐らくロイの影響によるものが大きいのではないかとそうエドワードは思った。 ロイがその環境を作ったのだ。こうして離れたところで見る、ロイの優秀さに思わず舌打ちをしそうになる。 勤勉とはとても思えないのに、その実陰ではそれなりの働きをしているのだ。 それでも、そんなことを考えているとは露知らないロイはわざわざエドワードの様子を見に、資料室へと入ってきた。 敬語は時々つっかかることもあったが、ロイは問い質したりしなかった。 それよりも、エドワードが軍人になったのだということに驚いているようだった。 弟であるアルフォンスですら「何で?」とという言葉が出たほどだ。ロイには尚更だったろう。
そのことを思い出し、回想に耽っていると、肩にふと手が触れた。 誰なのだろうとその手を追っていくと、ロイの部下であるハボックだった。 隣にはブレダの姿もある。そう言えば、とエドワードは壁時計を見遣ると、エドワードの就業時間は過ぎている。 周囲には人気がまばらだった。
「よう、大将」
「ハボック少尉…」
中尉だ、とそう訂正しつつ「全く何の連絡もせずに軍人になって」と水臭いとハボックはエドワードに文句を言う。 苦笑いを浮かべずにいられない。そういえば、と思い出した。ハボックは世話好きだった。そして、ブレダもまた然りだ。
「ごめんごめん」
「驚いたぞ。大将が軍人になるなんて」
「全くだ」
ブレダが相槌を打つ。
「また顔見せに来いよ。歓迎するから」
「ありがとう。准将には挨拶したんだけどさ。みんな出払っていたし、その後仕事があったし」
「だったら、休憩使えばよかったのに。探しに来たら大将いないしさ」
「資料室にいたんだ」
「真面目だな、相変わらず」
「週末空いてるか?せっかくだし、みんなで飲みに行こうぜ」
ブレダがそう切り出す。どうやら、それが言いたかったらしい。
「週末?」
「何だ、何か用事があるのか?」
「そうじゃなくて、色々買出ししなくちゃいけないからさ」
「ああ。そうか、お前二人分買わなきゃならないから――」
その言葉に一瞬だけ、思考が空転する。
「それ、准将から聞いたの?」
ハボック辺りが聞いたら、とそうロイは言っていた。だから、ハボックに話をしたのだろうかと。
「いや、他の奴から聞いたんだけど」
「ああ。そっか。うん、二人分だからさ、好き嫌い激しい奴だし、一日中家を空けていることも多いけど、 一応二人分買わないといけないじゃん?自分一人だったら適当にやるんだけど、そうするわけにはいかないし…」
生活している空気が漂うエドワードの言葉にハボックとブレダが一瞬顔を見合わせたことに、エドワードは気付かなかった。