「だから、准将。兄さんは何か悩んでいることとかありました?」
「それは」
エドワードはきっとロイのことで悩んでいたに違いなかった。原因は私なのだ、とは言いにくかった。
「あったのかもしれないね。何せ未だ司令部来て一ヶ月近くだし、色々と悩むこともあったろう」
曖昧に誤魔化しているのを自分でも意識する。が、どうしても言えない。
「そうですよね。あの、でも、兄さん頑張ってますか?」
ロイの言葉はアルフォンスには冷たく聞こえただろう。しかし、それでもエドワードのことを尋ねてくる。
それは、アルフォンスがロイだったら、と信頼しているからだ。それは彼の手紙からも伺えた。
「頑張っているよ」
私相手に。
ロイ以外の誰もがエドワードの為に評価した言葉だ。今なら、確かにそう言えた。
少しだけアルフォンスは嬉しそうに笑った。が、その笑顔は憂慮の為に凍りついている。
「よかった。准将にそう言ってもらえるなら、その通りなんでしょうね。
それで、准将、兄さんの住んでいるところ教えてもらえますか?」
「そうだったね、地図でも書こうか?此処から近いところにあるアパートに住んでいる」
アルフォンスがポケットから紙切れを取り出したので、それに地図を書こうとして、手が動かなくなった。
「准将?」
アルフォンスの言葉が遠くに聞こえた。
今、エドワードはあのアパートで何をしているだろうか。
もし、アパートにいるなら。
何を?
組み伏せられている身体が瞼の裏を掠めた気がした。
もしかしたらという可能性の範囲内にしかないが、その場にアルフォンスを行かせることは考えられなかった。
が、アルフォンスがその場に入り、エドワードを詰れば、エドワードはどう思うだろう。
ただ一人の大事な弟だ。エドワードは弟の為に賢者の石を探していた。
その弟があの男を別れるように言ったなら、恐らくエドワードはその通りにするだろう。
そんなことを考える自分をロイは信じられなかった。それでも、想像だけが加速していく。
別れた後、エドワードはきっと傷付いているだろう。そのエドワードを慰めてあげればいい。
真綿で首を締めるような優しさで。そうすれば、エドワードは陥落するだろう。
自分の手の中に。
どくどくと痛いほど心臓が脈打っている。まるで、犯罪を犯す前のような。
「いや、直接私が案内しよう。その方がわかり易いだろう?」
急に考えを変えたロイをアルフォンスは不思議そうに見上げていた。しかし、その言葉は兄を心配するアルフォンスには天啓だろう。
「お願いします」
そうアルフォンスは言った。その言葉がロイには頼もしく聞こえてならなかった。
そのアパートに足を踏み入れたのは一度だけだった。が、もう何度も足を踏み入れた気がするのは何故だろう。
「…此処が兄さんの住んでいるところなんですか?」
感心するアルフォンスに、ロイは軽く頷いた。
外観はコンクリート造りで冷たさを感じずにはいられないが、中央ではそれが当然だった。
現に何軒も同じようなアパートが連なっている。
そのアパートに入る為の階段の前で、アルフォンスはひとしきりアパートを眺めていた。
アパートの周りには駐車場があり、人工的だと感じさせるには十分だったろう。
「このアパートの二階に住んでいる。こう見えて中はそれなりに広いよ」
「そうなんですか」
無邪気なアルフォンスの言葉にロイの心が痛んだ。これが良心と言うものなのかもしれないと。
階段を上り、ロイはエドワードのいる一室のインターフォンを心なしか弱めに押した。
しかし、扉の奥には届いていることだろう。しかし、返答はない。
そこまで来て、わざわざ来るよりも、電話で不在を確かめてからのが、確実だったとそう気付いた。
が、その電話の主がロイではエドワードがいたとしても、受話器を下ろす可能性が高かったのではないだろうか。
「――――兄さん、留守なのかな?聞いた軍人さんは今日は休みだとは言ってなかったけど」
「いや、エドワードは今日は休みだよ。私が取らせたんだから」
自分の試みが失敗に終わったとわかると、何もかも投げやりになってしまう。
口に出た言葉にアルフォンスは目を瞠ったのが視界の隅に映った。
「とらせたってあの兄さん調子が悪かったんですか?」
「いいや、そうじゃない。私が無理やり休みを取らせたんだ」
「何で?」
心配するアルフォンスに言いたくなった。
私は君のお兄さんが好きなんだ。だから、君のお兄さんが他の男と一緒に暮らしているのが許せなかったんだ。
だから、傍に置きたくなかったんだ。傷付けてしまうことがないように。
沈黙しているロイにアルフォンスは何を思ったのかはわからない。
が、少なくとも事情があるのだと察しているようだった。賢く、そして、優しいのは兄弟共に同じであるらしい。
「でも、ボクせっかく中央まで来たんだから、兄を待つことにします。このまま帰ったんじゃ、ウィンリイに叱られるし」
「そうか。なら、私の家に泊まりなさい」
すんなりと出てきた言葉に我ながら内心で驚く。
「え?そんなの悪いですよ。市内のホテルをとります!」
固辞するアルフォンスに重ねて言う。
「学生なんだろう?だとしたら、まだまだ金が必要な筈だ。とっておきなさい。
エドワードもいつこのアパートに戻ってくるのかわからないし」
とりあえず、胸元のポケットから一枚破り取り、メモを書いて扉の隙間に押し込んだ。
エドワードか男がアパートに戻ってくれば気付く筈だ。
「せっかく中央に来たんだ。買い物もしたいだろう?」
重ねての言葉はアルフォンスの背中を押すのに十分だったらしい。
「じゃあ、言葉に甘えさせていただきます」
そう言ってアルフォンスは深々と礼をした。そんなことを申し出たのは、自分の中の罪悪感があったからではないかとそう思う。
アルフォンスを餌として使おうとしたのだ。それは決して見守って来た者のすることではないだろう。
親のような気持ちで接してきたとはもう思えない。そんなところまでいつしか辿り付いてしまったのだ。
「――――ところで准将、もう仕事終わったんですか?」
「いや、終わってないが」
「駄目じゃないですか、もう戻らないと!」
途端にアルフォンスはロイの背中を押す。真面目なところがエドワードにそっくりで、やはり兄弟なんだな、とそんなことを思った。
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