「兄さん、幾らなんでも酷いよ」
朝食が終り、その片づけをしているときに、アルフォンスがそう言った。ロイは既に仕事に出かけている。
アルフォンスには「みんな君に会いたがっているから会いに来なさい」と声をかけたが、エドワードには何も言わなかった。
ただ瞳が傷ついていることがわかり、エドワードは唇を噛み締めていた。
「准将はボクたちのこと気遣ってくれてるんだよ。それなのに、あんな言い方しなくても…」
「好きだったから」
それ以上アルフォンスに言わせたくなかった。
ああ、そうだったんだ。だから、オレは。
青臭い理想を掲げてはいたけれど、それは全てアイツに繋がってたんだ。
「好きだから一緒にいたくて軍人になったんだ。
それでやっと一緒に働けるようになったのに、アイツはオレのこと子供としか思ってなかったんだ」
そう、独り言のように呟いた。
受け流すかと思っていたが、アルフォンスは「そっか」とそう言って「ごめんね、気付いてあげられなくて」と続けた。
水音が蛇口から響く。その音を聞きながら泣きそうになるのを堪えていた。初めからわかっていたことだ。
全部初めから叶うことはないとそうわかっていた。
いいじゃないか。子供でも。ただの他人よりはましだ。大丈夫だ。この気持ちはきっと捨てられる。休みの間に全部清算しよう。
「アル、今日はお前どうするつもりなんだ?」
「うーん。もうちょっと中央にいたい気もするけど、リゼンブールに帰るよ。ウィンリイも心配するだろうし」
「そっか。じゃあ、よろしく言っといて。オレは頑張ってるからお前も頑張れって」
「兄さん、手紙出しなよ。ウィンリイも本当は来たがったんだよ?ボクが中央に行くって言ったら。
仕事があるから来れなかったけど。でも、その前にせっかく来たんだから、みんなに挨拶しとくよ」
「それやめろよ。それ、マジで恥ずかしいから」
「でも、大切なことだよ」
そうアルフォンスは言いきるが、勘弁してほしい。
「あとさ」
「うん?」
「オレがアイツのこと好きなの秘密な。こんな感情間違ってるし、そのうち忘れられるだろうから」
きっと誰にもアルフォンスは言わないだろうが、そう言わずにはいられなかった。
「兄さん…」
「湿っぽい話はこれで終り!みんなに挨拶した後、オレが中央案内してやるよ」
明るいエドワードの声を聞きながら、アルフォンスは悲しくなった。どうして気付いてあげられなかったのだろう。
そうすれば相談に乗ってあげることだってできた筈なのだ。そのうえ、ロイに結婚を勧めてしまった。
あのときのロイはかなり乗り気だった。もしかしたら、結婚を考えていたのかもしれない。
その背中を押してしまった形になってしまったのかもしれない。
誰かのものになってしまうロイの傍にいるのはエドワードにとって辛いだろう。
弱音を吐かないエドワードになんと言葉を掛けたらいいのかわからない。
もどかしい気持ちに駆られながら、アルフォンスはただただ食べ終わった皿を洗い続けていく。必要以上に。
「兄さん、長期休暇ってどのくらいあるの?」
「あと、6日かな」
「え?そんなに。大丈夫なのかな、そんなに休んで。昨日もテロがあったのに」
「いいんじゃねえの?テロなんて珍しいことじゃねえし」
軽く笑うエドワードに兄はもう軍人なのだという実感が強くなる。
「兄さん、軍人になったんだね」
「まあ、アイツに愛想つかされないうちは、軍人として働くよ。オレでもアイツの役に立てるだろうし」
「兄さんって健気だったんだね」
「どういう意味だよ」
それだけ、ロイのことが好きなのだと言うことだ。弟してはどうすればいいのかわからないことではあるが。
「でもさ、兄さんそれだけ休みがあるんだったら、リゼンブールに来れば?」
何気なくアルフォンス帰郷を誘った。多分、嫉妬したからかもしれない。ロイにエドワードを取られたようで。
出勤してから、先ずハボックに聞きたいことがあった。が、生憎と今日ハボックは休暇だったらしい。
今ごろハボックは何をしているだろう。
「ハボックは明日も休暇だったか?」
ホークアイに確認すると「いいえ。明日は出勤です」とそう返ってくる。
「そうか」
執務室には今、ホークアイと二人きりだった。だからこそ、ホークアイに話をしたかった。自分の決意を。
「ホークアイ大尉」
「何ですか?」
少なからずホークアイはロイが決断したエドワードを遠ざけるという手段を快く思っていないことを知っていた。
だから、余計に言いたかった。
「私はエドワードの父親になりたいんだ」
「父親、ですか?」
「そうだ。つれなく要らないと言われてしまったがな。父親になるにはどうすればいいかな?」
「私は父親になったことがないからわかりませんが」
全くもって当然のことだ。長年の部下だ。こんな答えを予想していなかったわけではない。
「私がエドワードに抱く感情は間違っている。だからというわけではないが、彼が成長していく様を見守っていきたい。
傍でみていたいんだ」
「養子にしたいというわけですか?彼には父親がいますよ。不可能ですよ、どう考えても」
「だが、姿を見せない。7年も失踪していれば、法律的には死亡したと世間一般では認められるのだろう」
「一言いっておきますが」
とホークアイはロイの言葉を遮った。
「私は感情にいいも悪いもあるとは思っていません」
それに、とホークアイは言葉を付け加えた。
「養子にするには結婚が不可欠ですよ。結婚するつもりなんですか、准将は」
「――してもいいと思っている」
エドワードを繋ぎ止める手段がこれしかないというならば。
「そんな考えで結婚するなんて女性が可哀想ですよ」
「だとしたら、私はどうすればいいんだ?」
これ以上ホークアイに言わせたくない。どうすればいいのかわからなくて袋小路に立っているというのに。
「私は彼の恋人にも、友人にも、家族にもなれない。ましてやいい上官ですらない。エドワードを傷付けてばかりだ。
あの子が私のことを嫌っているのはわかっている。でも、仕方ないじゃないか。どうすればいいのかわからないんだから」
全部言い訳に過ぎないのはわかっている。
模索していけば済むことなのだ。
そんな自分が歯がゆくてならない。
「あの子の何かになりたいんだ」
ああもう自分が何を言っているのかわからない。
まるで子供だ。玩具を欲しがるようにあの子が欲しいといっている。
自分がこれほどまでに融通が利かない人間とは思っていなかった。
「正直に気持ちを言えばいいじゃないですか」
ぽつりと独り言のようにホークアイが呟いた。
「そんなことをしてみろ。気持ち悪いといわれるのがオチだ。少なくとも私だったらそう思う」
「私たちはもう十分准将に付き合ってきたと思います」
そう言うホークアイもこの状況にうんざりしていたのだとそう知れる。
「特にブレダ大尉は准将に対して反発を高めています。他の部下もそれは同じでしょう。
それだけエドワード君に対する態度が露骨だということです。私たちは貴方についていくとそう決めています。
何があってもそれは変わらないと私は信じています」
信じさせて欲しいというのがホークアイの意味するところだろう。
「ありがとう」
とロイはそう口にする。
「そうだな、私らしくない。いつまでも悩んでばかりで。当たって砕けてみるよ。
暫くは再起不能だろうが、見捨てたりはしないんだろう?」
「状況によりけりです」
「厳しいな、君は」
これだけ自分を信じてくれる者がいるのだ。そのことを忘れない。
「だが、生憎とエドワード今日は休みだ。伝えようにも相手がいない」
「貴方には足があるじゃないですか」
「ハボックがいないんだ。運転手がいない」
「………私をこれ以上怒らせないでください」
ぴしりとホークアイの顔が引き攣った気がする。気のせいか、温度も下がったようだ。
「わかったよ。今から伝えてくる。だから、銃を出すのはやめたまえ」
今にも拳銃を出しそうな不穏な気配にロイは焦る。
「だとしたら、早くしてください。仕事はエドワード君がいない分、溜まっているんですからね」
そんなホークアイに背中を押されて、直ちにその場を離れた。
きっと嫌われただろうな、とそんな思いが消えないものの、確かにこの状況はロイには辛い。
もしかしたら、明日には変態のレッテルを貼られるかもしれないが構うものか。あの子の心を手に入れるためだ。
そのくらいの代償はつきものだろう。
しかし、司令部を出たところで、ロイはエドワードがどこにいるのかわからないことに気づいた。
「私の家に未だいるだろうか?」
エドワードには休暇を取らせてある。そのうえに、今、アルフォンスがいるのだ。きっとどこかに連れ出しているのだろう。
公衆電話、とロイは周囲を見回した。が、生憎と都合よく置かれているわけがない。
仕方ないと、とりあえず、家に行くか、と思っているとその周囲の人込みの中にロイは一度だけ見た姿を発見した。
あの同居人の女だ。何があったというのか、髪を振り乱している。
服も乱れ、その様はあのときのエドワードを思わせた。襲われたような。
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