私は何も悪くない。何も悪くないのに、何であんなこと言われないといけないの? 私はアンタみたいないい加減な人間と付き合うようなそんな女じゃないのよ。 憤りで一杯だった彼女は不意に声を掛けられて「何よ」と喧嘩腰に振り向いた。 その男には見覚えがあった。男の同居人の上官だった。
「マスタング准将…」
知っている顔だとそうわかった途端、女は自分が一人じゃないとそんな思いに駆られて、頼りたくなった。 気づいたときには、彼女はロイに縋り付いて泣きじゃくっていた。 突然の行動にロイが驚くことはなく、ゆっくりとあやすかのように背中を撫でていた。





往来の中で、その姿は目立つ。ましてや、軍人のシンボルとも言うべき、青の軍服での姿なのだ。 それでなくても、軍人は目を引きやすい。それも、彼であるなら尚更――。
「あれって准将?」
そう言ったのはアルフォンスだ。エドワードは最初人違いなのだとそう思っていた。 しかし、自分が彼を見間違うわけがないのだ。
「あの人、誰?」
見えたのは女性の後姿だった。 その女性を抱き締めているのはロイ・マスタングだった。 ぎしぎしと何かが軋む。何の音なのかわからなかったが、それがやがて自分の足音なのだと気付いた。 エドワードの知らない女性だった。以前いた女性とは明らかに違っていた。 わかっていた筈なのに、とエドワードは唇を噛み締めた。でも、何でこんな場面を見るんだ。 嘗て腕の中で抱き締められた、それが今はあの女性のものなのだとそう思うといてもたってもいられない。 ロイを詰りたい。しかし、そんな権利がエドワードにはないのだ。 押し黙っているエドワードにアルフォンスが気遣いを見せる。
「でも、もしかしたらただの知り合いなのかもしれないし」
「だたの知り合いをこんなとこで抱き締めるかよ、普通…」
嫉妬が見え隠れしていたのだろう。アルフォンスが顔を曇らせた。笑った顔ができない。 笑えない。そんな顔できない。顔が歪むのが自分でもわかった。
「別にわかっていたことだし」
そう、エドワードは自分を納得させるように呟いた。



司令部の門を潜ってからは、次第に気持ちが落ち着いてきた。 それに、どうやってみんなにアルフォンスを紹介しようかとそう考えるゆとりもできた。 紹介といっても、ロイの部下である彼らは既にアルフォンスを知っている。 が、アルフォンスも会いたがっているし、何よりもみんなにアルフォンスを見せたかった。 自分たち兄弟のことを気遣ってくれている人がいることを忘れたことはない。 そして、執務室に入った途端、面々は驚きの顔を浮かべてこちらを見ていた。 正確にはエドワードを。アルフォンスに対してならわかる。しかし、何故エドワードなのだろう。 確かに休暇ではあるが、休日出勤など珍しいことでもないだろうに。
「お久しぶりです」
エドワードの前面に出たアルフォンスがそう挨拶をすると、彼らは我に返ったようだった。
「久しぶり」
やがて、彼らの間には笑顔が現れ、挨拶が始まる。彼らがアルフォンスに会うのは約三年ぶりだ。 三年という月日は大きい。ましてや、鎧姿が馴染みであった分、アルフォンスの姿に戸惑いもあるだろう。 何せ、身体を取り戻してから一度挨拶したきりなのだ。 それでも、こうして喜んでくれている、そんな姿を見ると身体を取り戻したことを実感しないわけにはいかない。 自分の身体を取り戻したことも嬉しかったが、 それよりもアルフォンスの身体を取り戻せたことが何よりエドワードにとっては嬉しいことだった。 だから、彼らの反応は自分のことのようにエドワードには嬉しかった。 そんなエドワードにホークアイが声を掛けてきた。どこか顔が憂えているようにも見えて、エドワードは僅かに眉を持ち上げた。
「エドワード君。准将に会わなかった?」
それはまるでエドワードがロイに会うのが当然だという響きが混じっていた。だから、エドワードは軽く眉を持ち上げた。 先ほどのロイと女性の姿が瞼の上に浮かび上がった。 そうだ、ロイは仕事中の筈なのだ。それなのに――。
「女の人と一緒にいた。仕事中の癖にサボりやがって」
「え?」
驚いているホークアイに言葉を続ける。
「しかも、抱き合ってた。人通りの多い通路でさ、目立ちまくりだっつ―の。恥ずかしいから声を掛けなかったけど」
嘘だ。声を掛けたくなかったんだ。 その女性がロイの結婚しようとしている女性なのだと、そんなことを知らされる気がして。
「有り得ないわ。そんなこと。だって――」
何故か動転しているホークアイにエドワードは笑ってみせた。
「でも、昔っからじゃん。女たらしなのは」
そんなエドワードを見やってホークアイが何かを口にしようとしたが、躊躇ってか、口を閉ざしてしまった。 それを確認してからか、ハボックが代わりに口を開いた。
「それ、本当に准将だったか?」
「何だよ、ハボック中尉まで…」
「見間違えたんじゃないのか?」
自分の言い分を信じない面々にエドワードは苛々した。
「オレが准将見間違うわけねえよ」
そう言ってエドワードはぷいと横を向いた。 これ以上この会話をしたくなかった。すればするほど不愉快になるだけだ。 何より、喚いてしまいたくなる気持ちを抑えるのに精一杯で。そうしないと泣いてしまいそうだ。
そんなエドワードを察してか、アルフォンスが口を開いた。
「あの、准将、何か兄さんに用があったんですか?」
「ええ。あったのよ。それなのに――」
ホークアイは幾分怒り気味だ。 ロイは一体自分に何の用があったというのだろう、とエドワードは少し考えていることにした。しかし、思考が定まらない。
「用って何だよ、それ」
疑問がいつかそのまま口に出ていた。 答えを求めてホークアイを見やったが、彼女は硬く口を閉ざしたままだ。 なので、一番聞きやすそうなフュリーに顔を向けた。が、彼はあからさまに困った顔をして、俯いてしまった。 それが、何かよくないことなのだとエドワードには予感させた。