暫く泣いていた彼女は気丈にも三十分程で落ち着きを見せた。目元が赤く腫れていたが、それでも、大丈夫なのだとそう言った。
「ごめんなさい、突然で驚いたよね」
感情が高ぶっているのか、嗚咽が言葉に混じっている。
「いいや。逆に嬉しい限りだ。こんな美人を手に抱けるなんて」
「美人だなんて言葉初めて聞いたわ。ブスって言う言葉はよく聞いていたけどね」
「失礼だが、何かあったのか?」
「なければ泣かないわよ」
瞳には再び涙が盛り上がっている。 それを拭いながら、「あなた暇なの?だったら付き合ってくれない?あたしみたいのでよければさ」と誘ってきた。 暇でないと断ることもできた。が、ロイはそんなことをしなかった。あの男のことを知るいい機会だとそう思ったからだ。
「こういうときはお酒でも飲みながら、っていうのがいいかもしれないんだけど、 あたしお酒飲めないから、何か食べながら付き合ってもらってもいい?いい店知ってるのよね。あたし、食べるの大好きなの」
だから太るんだけど、と彼女は付け足したが、それほど太っているわけではない。 標準体重というところだろう。もしかしたら、コンプックスなのかもしれない。
「この店!パンがすっごくうまいよ。一緒に食べようよ」
朝食をしっかり摂っているので、ロイはそんな彼女に断り、コーヒーだけ注文した。 「付き合い悪い」と彼女はそう零したが、如何せん無謀な挑戦だ。 コーヒーを一口啜りながら、エドワードは今何処にいるんだろうなとそう思う。 アルフォンスを連れてセントラルを案内しているだろうか。 もしかしたら、この場面を見られているんじゃないだろうなとそう懸念が過ぎったが、 それは彼女が口を開いたことで、直ぐに掻き消えた。
「こう見えてもあたし、いいとこのお嬢様なんだよ」とパンをひとしきり食べながら、彼女は言った。
「あたし、あいつに会ってから変わったと思う。服とかもさ、あいつの趣味に合わせてさ、ダイエットもしてさ 、化粧もしてさ。その頃のあたしはブタみたいに太ってたから、よく男の子にはからかわれてたのに。 髪も頑張って巻いたり、染めたりしてさ。それに、あいつに金渡したりしてさ。親の金。 自分にこんな度胸あるのかって思ってたけど、やったら今度は止まらなくなっちゃって 。親にばれても全然反省しないし。あたしいつからこんなに変わっちゃったんだろう? なんかもうどうでもよくなっちゃった。それなのに、あいつにはいいように扱き使われるしさ」
「彼と喧嘩を?」
いつものことだけど、と彼女は唇を尖らせた。
「だって、あいつすげえ馬鹿でエロイし、ブスだってあたしの悪口ばっかり言う最低男だもん」
言葉使いが幼いものへと変わっていく。それが彼女の地なのだろう。化粧と服装で気付かなかったが、彼女は未だ若い。 もしかしたら、十代なのかもしれない。 雲行きが怪しくなってきた、とロイは懸念する。彼女はこのままでいたら、男と別れるとそう言うつもりなのだろう。 誰かに自分の気持ちを共有してもらいたいのだ。こんな酷い男なのだから、と。 しかし、もし、彼女が男と切れた場合、その男がエドワードに手を伸ばす恐れがある。 仮に、であるが、エドワードが本当に男に好意を抱いていた場合、この展開はエドワードにとって喜ばしいことではないだろうか。 もしかしたら、彼女のことがあって踏み切れなかっただけかもしれない。しかし、その障害は消えた。
だとしたら――?
ロイは何としても、彼女を男と別れさせるわけにはいかないと、そう決意する。 勿論、彼女はただ愚痴を言いたいだけの可能性もある。 しかし、長年付き合ってきただろう男の自分に対する仕打ちに鬱憤が積もっているのだろう。 苛々と自分の赤いマニキュアを塗った爪を齧る姿にはそう思わせるものがある。 それにひたすら爪を噛む合間にパンを口に運んでいるその姿にも、だ。
「―――――あなたから、言ってくれた?自分の部下のことだから、言ってくれたよね?」
上目遣いで見てくる視線には今度は怯えが混じっている。エドワードと男の関係のことだろう。 言うだろうと予測していたが、実際に聞くと驚きを隠せない。もし、という可能性を考えているのだろう。 ロイが返答しないでいると、彼女は最悪の可能性を思い浮かべたのか、再び涙を浮かべていた。
「あいつ、あんまり友達いないんだよね。あたしと一緒。 だから、あいつが一緒に暮らすって言ったとき、ああ、女と暮らすのかってそう思った。でも、それが男とじゃん? あたしはあいつと一緒に暮らしたくないけど、何それって思うじゃん。あたしってあんたの何なのよって?」
それなのに、と彼女は泣きながらパンを齧っている。
「あたし、あいつに捨てられたらどうしたらいいんだよ。親からも見捨てられるし、あいつにも捨てられるあたしって何? 全部あいつの所為なのに。あいつがあたしをこんな風にしたんだよ。それなのに、今更捨てるってありかよ。 あたしはどうしたらいいんだよ。あたしは元々食べるのが好きで、家でごろごろしているのが好きで、そんなただの怠け者なんだよ」
別れ話を持ちかけられたらしい。周囲の者は同情の眼差しと好奇の眼差しを彼女に向けている。 事態は最悪だった。





それも、司令部に戻ってからの言葉によって、事態が最悪なのを思い知らされた。
「准将!」
そう言って駆け寄ってきたのはブレダだった。
「何だ?今、疲れてるんだ。たいしたことじゃなければ、今度にしてくれ」
「たいしたことですよ。エドが准将が女の人を道の真ん中で抱き締めているのを見たって言ってました。 准将、一体何してたんですか?しかも、こんなに時間かかって」
ああ、もう最悪だ、とロイはうなだれた。しかも、抱き締めていたという脚色がついている。 正確には抱き止めていただと思うのだが、とそう思うが、訂正しても同じことだと口にはしなかった。 しかし、希望に縋り付く様にブレダに声を掛けた。
できたら、嫉妬していてくれれば、と。
「エドワードはどんな反応をしてた?」
「言ってほしいんですか?」
剣のあるその言葉にきっと落ち込むだろうということが容易く想像がついた。
「やっぱりいい」