アルフォンスが列車に乗って帰るのをエドワードは見送った。
見送りたい、とそうみんなは言ってくれたが、生憎と仕事があったのだ。それなのに、とエドワードは拳を握る。
その部下たち筆頭のロイ・マスタングは女といちゃついてやがったんだ。
エドワードの中で一旦抑えつけていた感情が唐突に吹き上がる。
顔が変化したのだろう、アルフォンスは苦笑いをしている。
「何だよ、アル」
別にと、アルフォンスは否定するが、嘘だろう。それでも、エドワードは追求しなかった。
「じゃあな、アル」
「うん、たまには電話とかちょうだいね。ボクも電話するから」
「了解」
「ボクを頼っていいんだからね?」
何故そんなことを言うのだろう。
「頼りにしてるよ、いつも」
そう笑って言えば、アルフォンスが苦笑いした。違うだろう、そこは笑うところだろうとそう思う。
が、どうやら素直に笑えないようだった。
こうして、エドワードはアルフォンスを見送った。
さて、とエドワードは何をしようかとそう考える。
アパートを探そうと以前から思っていたことを実行しようかと思う。
が、暗礁に乗り上げてしまってから、実行する気力がなくなっていた。
かといって、とエドワードは目の前のアパートを見上げる。そこには同居人がいる。
かんかんと音を立てて、階段を上った。鍵を使うまでもなく、ドアノブが軽く開いた。
どうやら、同居人はアパートにいるらしい。こんな昼から珍しい、とエドワードは中にするりと入った。
そこで中の異常に気付いた。クローゼットが開き、中から服が飛び出し、テーブルは床に転がっている。
強盗にでも入られたのかとそう一瞬思った。だとしたら、と男の姿を探す。
何かあったのではないかと、事情を聞こうとした。が、男は何事もなかったかのようにベッドで寝転がっている。
日常的な男の姿そのものだった。
「何があったんだよ」
「おっ。顔見るの久しぶりじゃん。元気だった?」
「質問に答えろよ」
「そんな怖い顔するなよ。知ってるだろ?お前の方が強いこと」
「何があった?」
興味がないと言わんばかりに男が寝返りを打った。
「おい」
「喧嘩だよ、いつもの」
「いつもの喧嘩じゃここまでしないだろ」
何度も喧嘩をしている場面を、その後を見た。が、部屋がどうにかなるほどの喧嘩は初めてだ。
「説明するの面倒くさいんですけど」
「面倒くさがるな。どうせ掃除するのオレだろ!事情を言え」
当然の権利を主張すると、男は再び寝返りを打った。視線がエドワードとぶつかる。
「あいつさ、俺とお前のことマスタング准将に言ったんだって」
「な!?」
「ご丁寧に注意してくれないかってそう言ったんだとさ」
「な、何だ、それ……」
「つまり、俺とお前の仲はマスタング准将も公認になったってわけだ」
「それっていつの話だよ」
「結構前だとさ。笑えるだろ、あいつわざわざ司令部まで行ったんだとさ」
誤解された、とエドワードは思う。以前も誤解されるような場面があったのだ。これできっと確信したに違いない。
それでと、エドワードは思う。唐突に休暇を与えられたのもこれが原因だったのではないだろうか。遠ざけようとして。
――――嫌悪されたのだ。自分は。
そうだよな、オレだって反対の立場だったらそう思う。
それでも、ロイは元通りの関係を築こうとしたのだろう。
ロイの「君たちを自分の子供のように思っているから」との言葉が蘇る。
それは、きっと彼なりの精一杯の自分たちへの愛情表現だったのではないだろうか。それなのに、自分は拒絶した。
自分は知っていたのに。彼が与えてくれるものがどれだけ大きなものなのか。
取り返しのつかないことをしたとそう思った。
「それで、喧嘩したのか?」
「たいしたことじゃねえよ。あいつは俺から離れられない。口ばっかだからな」
「彼女は?」
「知らねえ。どうせ、またいつも通りになるし」
男は気楽に物事を考えているようだった。
きっと、彼女はエドワードが彼に近づきすぎているとそう思っているのだろう。
自分の存在は彼にとってどういうものなのか計りかねているのだ。不安に感じているのだろう。
だからこそ、余計にエドワードはアパートを借り、一人暮らしをしようとそう思っている。
「ちゃんと否定したのかよ」
ごろりと男は寝返りを打った。男の顔は見えなくなった。それが答えだ。否定しなかったのだろう。
彼女との関係の先行きをどこに設定しているのだろう。
なんとなくではあるが、やはり何も考えていない気がした。
この前までご機嫌取りに出掛けていたくせに、掌を返したように興味をなくす。
それがいい証拠に思われた。その程度に思っていたということだろうか。
エドワードは男の背中を無感動に眺めた。
「オレ、このアパート出て行くから」
それでも、このままというわけにはいかない。
「お前、本気か?」
男が背中でそう聞く。たじろいでいない。
「出て行く。だから、彼女に言えよ。心配ないって」
「もう住むとこ見つけたのか?」
「見つけた」
見つけていないとは言いにくく、エドワードは嘘を吐いた。
男はそれ以降、顔を見せようとしなかった。
エドワードはリビングに入り、そこに無造作に置かれた著書を見つけた。
ロイから借りたものだった。未だ全てに目を通していない。
それでも―――。
行く当てなどどこにもなかった。
それなのに、何処かに行かねばならない、そう思ったときに向かった先はロイ・マスタングの家だった。
どうしてそこに向かったのかはわからない。
心のどこかで彼ならば、とそう思っている自分がいることをエドワードは知っている。
一度とはいえ、嫌悪されたと知った者のところに行くのは勇気が要る。それでも、彼以外に考えられなかった。
それに、と司令部の皆のことを考えた。きっと何かあるのだと。それを確かめるチャンスかもしれない。
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