腕の中に唐突に包まれ、エドワードは困惑していた。以前抱き締められたときとは、違っていた。 あのときは、心強かった。しかし、今はとても脆いものに感じる。 それは、微かではあるが、ロイの腕が震えているからかもしれない。 自分が何かすれば、今にも腕を解かれそうで、エドワードは動けなかった。いや、できなかった。 凍ってしまったように身体が動かない。 ロイの腕が自分を抱き締めているのだと意識すると――。 何分か経った気がしたが、実際には何秒という単位だろう。それから、するりと自然にロイの腕が離れた。 かと思うと、おもむろに視線が重なった。 いつも見ているロイの瞳とはそのとき違う気がした。 いつもよりもその瞳は底が知れない色を放っていた。 吐息が混じろうとしている中、エドワードは見てはならないものを見てしまった気がして、顔を背けた。
「何、気色悪いことするんだよ。オレ、女じゃねえっての」
――――――期待するから。
「……そうだな」
我に返ったかのようにロイはそう言って、エドワードから離れた。 自分で言った言葉にエドワードはどうしようもない落胆を覚えた。 そうだ、オレは女じゃない。大体どうして同じ男なんか好きなんだ。おかしいじゃねえか。 エドワードはロイの顔を見ることができなくて、ただじっとその場に立ち尽くしていた。 ロイはそんなエドワードに声を掛けたりしなかった。いや、できなかった。 何よりも、拒絶されたことがエドワードの気持ちを表しているように見えた。 心のどこかで、もしかしたら、という期待が消えないのだ。 しかし、今、エドワードの言葉でロイの中の期待は跡形もなく消えた。
「何で抱き締めたりしたんだよ?」
どう答えばいいのだろう。 気持ちを話そうか。もういっそのこと嫌われてしまえばいい。 しかし、エドワードに冷たい視線を向けられるのはやはり、耐えられない。
「たまには抱き締めるくらいいいだろう」
「オレ、女じゃないから」
「知ってる」
心がざらついていく。 その言葉を予想していなかったのだろう。 エドワードはどうすればいいのかわからなくなったらしく、ただ俯いていた。が、やがてにやりと笑ってみせた。
「今の、黙っといてやるよ。その代わりに本くれよ。そうだな、三冊くらい」
「がめついな、君は」
「うっさい。いいだろ?沢山持ってるんだから」
許されたことに安堵している一方で執行猶予が伸びた気分だった。 エドワードはロイの家に来ることを撤回したりしなかった。 もしかしたら、同居人と何かあったのかもしれない。だとしたら、こちらとしては付け入る隙が出来て助かるところだ。 しかし、今となってはもうどうでもいいことだ。だから、聞いたりなどしなかった。
「エドワード」
「何だよ」
「もし、私が―――」
君を好きだとそう言ったら――。
ロイはそれでも、と希望を込めてエドワードの顔を見る。が、迷惑そうな顔をしているエドワードに言葉が続かなかった。
「いや、何でもない」
そうして、ロイは言葉を断ち切り、ソファへと座った。エドワードもソファへと座り、書斎から持ってきた本に見入る。 そんなエドワードを横目で見ながら、ロイは何をするでもなかったので、コーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着かせようとした。
「そんなに見てくるなよ。本が読めない」
唐突にエドワードが文句を言ってきた。
「君が?何だ、私に見られて緊張しているのか?」
「ち、違う!落ち着かないんだよ、アンタに見られていると思うと」
それは緊張していると言っているようなものだとはわざわざ言うまでもないと言わなかった。 それが自分でもわかったのか、言葉を続けてくる。
「だって、アンタさっきなんて抱き締めてくるし、意識しない方が難しいだろうが」
その通りなのだろうが、慌てているエドワードは可愛く映った。 からかいたい気持ちが湧いて来るのは、歪んだ愛情からくるものなのだろうか。
「何だ、いつもは意識してないのか?この私に」
「意識する方が不自然だろうが!男相手に…」
「何だ、面白くない」
「面白くなくてもいいじゃねえか!」
「だったらもっと意識してもらえるようにするか」
不敵に笑うとさも迷惑そうにエドワードが眉を顰めた。
「アンタって悪趣味…!」
「光栄だ」
そして、エドワードへと戯れに手を伸ばしかけたところで、ふと電話が掛かってきた。 一体誰からなのだろうか、とロイは思う。かかってくるのは限られている。 最近は女性からの電話もあまりない。 つれなくしているからだろうとそう思うが、エドワードへの感情を意識してからは、女性に会う気も薄れていた。 今は、エドワードが傍にいてくれればいいと思うほどにエドワードの存在が大きくなっている。
「仕事?」
「いや、そうじゃないだろう。今日は全て終えている」
「いつも仕事しろよ。給料泥棒」
そんなエドワードの文句を背中で受けながら、ロイはリビングの隅に置かれている電話へと向かった。 本当に誰なのだろう。もしかしたら、ヒューズか、と親友を思い出した。
「誰だ?」
「あたしだけど」
その声にああ、と妙に納得する。同居人の恋人だ。別れさせるわけにはいかないと、相談に乗るから、と電話番号を教えていたのだ。 しかし、声はエドワードにも漏れるだろう。そうすれば、何故なのかとエドワードは訝る筈だ 。同居人の恋人なのだ。声くらい聞いているだろう。
「ねえ、さっきあいつに会ったんだけど、出てったんだって、あの子。ねえ、あたしの所為かなあ? あいつ不機嫌だしさあ。違うよね、あたしの所為じゃないよね? でも、あいつ本当にあの子のこと好きみたいだよ。ねえ、聞いてる?」
返事をしないからだろう、彼女は確認を取って来た。
「聞いてるよ」
そう答えるものの、意識はソファに座っているエドワードに向けられている。 なので、生返事になってしまったことだろう。エドワードの視線がロイの背中へと向けられている。
「誰か、そこにいるの?」
「いや、いないよ」
別にいても変なことではないだろう。しかし、否定してみせた。 それは、自分の中にエドワードに対する疚しいことがあるからだろう。
「嘘吐き。誰かいるんだ?変なの、別に隠すことじゃないのに」
そう言って、彼女は電話を切った。 そして、振り向いたとき、エドワードは冷めた目つきをしていた。
「彼女から?」
「いや、違う。間違い電話だ」
「別に隠すことじゃないのに」
何故二人から同じことを言われなければならないのだろうとそんな懸念が湧いたものの、ロイは深くソファに腰を掛けた。 暫くそうしていたが、ふと未だ食事を摂っていないことに気付いて、 ロイはエドワードに「食事はどうする?」と聞いたが、「オレ、要らない」と素っ気無い言葉が返ってきた。 作ってくれないんだな、とそう思ったが、それは筋違いだろう。