生活リズムが狂ってしまったのか、起きるのにとても時間がかかった。
起きて、顔を洗い、軍服に着替え、朝食を食べ、それからロイと一緒に司令部へと向かった。
道中、ロイは何度も「眠たそうだな」と言っていたから、エドワードは顔に眠たいと書かれていたのだろう。
昨日、夜遅くまで本を読み耽っていたのが祟ったのだろう。
ロイは何度も早く寝なさいと言っていたが、それでも、やめられなかったのだ。
ロイの家にいる利点の一つは読書だった。簡単にやめられるわけがない。
それに、とエドワードは思う。読書に没頭している間は何も考えなくて済むのだ。
そして、漸く辿り着いた司令部で、エドワードとロイはハボックに開口一番、「今日飲み会をしますんで!」とそう言われた。
「大将の歓迎会です!未だやってなかったでしょう?」
とそう続けて。
「唐突に何を言ってるんだ…」
ハボックの突然の発言に憮然としたのはロイだ。
もしかしたら、今日用事があるんだろうなとそう考えてエドワードは気分が悪くなるのを感じた。
また、あの女性とデートなのかもしれない。
何故朝っぱらからこんなことを考えなくちゃいけないんだ、と理不尽に駆られながら、エドワードは口を開いた。
「オレ、参加する。酒飲みたいし」
准将は、とロイを僅かに仰ぐと、彼は一瞬迷っていたようであったが、「そうだな、飲みに行くか」と軽い調子で決めた。
もしかしたら、女性と会う約束を取り付けようとしていただけなのかもしれない。
それも嫌だ、と思いながらも何も言うことが出来ない自分が恨めしい。
「准将」
執務室の奥からロイに声がかかる。ホークアイだ。
「何だね?」
「今日、新たに未決済の書類を発見しました」
「……………………………何だって?」
「因みに期限は今日までです」
ハボックに隠れて見えなかったが、執務机の上には山積みの書類が置かれている。
暫く休んでいたので、その眺めを見ると唖然とする他なかった。ロイも同じらしく、唖然としている。壮観な眺めだった。
「しかし、今日は飲み会があると」
「それが何です」
エドワードにも、他の者にもわかっただろう。ホークアイは明らかに怒っている。この執務室という空間にいる者全員が戦慄している。
「准将一人残ってでも、片付けてもらいますからね」
それは、ホークアイが飲み会に参加することを暗に示していた。
「准将、ホークアイ大尉に何かした?」
エドワードは小声でロイに聞くが、そんなことするわけないだろうと否定した。
「気付かない間に何かしたんじゃないの?」
「してないと言っているだろう」
「だったら、何で怒ってるんだよ」
そして、無意味な会話を繰り返していると、ホークアイがにっこりと笑って「さあ、仕事をしましょう」とこの場を仕切った。
仕事は久し振りではあったが、順調に片付いた。なので、結果として、6人で飲み屋に出掛けることになった。
ロイ一人、残った書類を片付けることになった。
山積みだった書類は何とか三分の一まで減らせているが、未だ時間がかかることは明白だった。
いつも仕事を早くして下さいとそう言っているエドワードですら、今のロイは哀れに映る。
きっと、ホークアイの逆鱗に触れるようなことをしたのだろう。
それでも、エドワードはロイを置いて、飲み会へと行くことにした。
「じゃあ、准将、仕事さぼるなよ」
「ちょっと待ちなさい!」
そして、ロイがエドワードを引き止めた。
「何だよ、仕事したくないって言うんだったら却下だぞ。大体准将がいつも仕事しないからこういうことになるんだぜ。
自業自得って言葉知ってる?」
「いや、そうじゃなくてだな」
「だったら、何だよ」
あのな、とロイは口篭っている。珍しいなあとエドワードはロイが口を開くのを待っていた。
「これからも頼む」
言われて何のことなのか初めわからなかったが、それは仕事のことを言っているのだと気付いた。
もしかしたら、飲み会に行けないかもしれないから、と今言うことにしたのだろう。
ロイの気持ちはもう揺らいでいないらしい。そう思うと、安堵した。
「前、言ったじゃん。オレはアンタの下で働いていきたいって。今も気持ち変わってないよ」
時々やめたくなるけど、とは言わなかった。正直、辛いと思うことはある。ロイへの気持ちを自覚してからは尚更だ。
休暇の間に気持ちを捨て去ろうと努力はした。それでも、捨てられなかった。不毛だ、と思わずにはいられない。不毛すぎる、と。
「但し、准将がもたもたしていたら、立場が逆になるかもしれないけどな」
そう言って釘を刺すと、ロイは流石に苦笑いをしていた。
エドワードが執務室を出ると、廊下では、ロイの部下たちがエドワードを待っていた。
「何を話してたんだ?」
「准将に発破駆けといただけ。仕事直ぐさぼるから」
そう、エドワードは笑顔で言った。
飲み屋は歓迎会以来だった。また歓迎会なんだな、と思わずハボックに聞くと
「前は大将が司令部にきたお祝いで、今回は俺たちの仲間になったお祝いだ」とそう言った。
が、本当はただ飲みたかっただけなのではないかとそう思った。
エドワードは甘いカクテルを飲みながら、次第にアルコールの作用なのか、陽気になってくる自分を感じていた。
いつの間にか、手足の力は抜け、頭の芯がしびれたようになっている。
あ、ちょっと酔っ払っちゃったかも。
そんな自分を意識しつつ、エドワードはグラスを傾けていた。
しかも、あまり睡眠を取っていないからか、瞼が重くて仕方がない。
「それにしても、准将遅いな」
エドワードは扉の方へ目を向けた。その扉がそのとき、偶然にも開いたが、入ってきたのは知らない若い男だった。
ロイから祝いの言葉を貰ってはいるが、それでも、気になった。ちらちらと扉へと顔を向けてしまう。
「准将は来なくてもいいわ」
突き放したようにそう言ったのは、ホークアイだ。
どうやら、本当にロイはホークアイの逆鱗に触れたのだろう。
周囲はそんな彼女に説明を求めて、目を向けている。ホークアイは理性的な人間だ。
そんな彼女をここまで怒らせるのだから、余程のことをロイはしたのだろう。
ちょっと気の毒だと同情していたが、それもホークアイの次の言葉にする余裕がなくなった。
「准将、昨日も女性と会っていたし、もう十分楽しんだでしょう」
一瞬、ホークアイの顔を見遣った。そこに、嘘が覗いていないかと。
しかし、ホークアイは顔を俯かせたので、嘘を覗くことはできなかった。
「仕事だったんじゃ…」
一縷の希望に縋りつくが、ホークアイに代わってハボックが口を開いた。
「いや、仕事だったのは、俺とファルマンだけど」
「でも、准将が…」
仕事だって言ってたんだ。
そう言おうとして、彼らに嘘を吐くメリットがないことに気付く。ならば、ロイが嘘を吐いたのだ。
何で――?
何で嘘を吐く必要があるのだ。
ロイの自分への価値が見えた気がした。適当な存在だとそう思われているような。
足元が揺れているようなそんな感覚を味わった。
何で――。
エドワードは暫く、グラスの中の黄色い液体を眺めていたが、やがて、手に取り、一息に流し込んだ。
「おっさん、お代わり!」
「おお。剛毅だねえ、お客さん」
カウンターの後ろにいる店主が驚きの声を上げながらも、次のカクテルの準備を始めた。
「おい、エド。あんまり無茶するな」
ブレダは隣でそう忠告するが、心の中でもう駄目だな、とそう思っていた。
向き合ったエドワードの目は据わっていた。酒乱じゃないよな、とブレダは心の中でそう確認していた。
ブレダが歓迎会を企画したのには理由がある。
しかし、このエドワードの様子では台無しになりそうだ、と思わずにいられなかった。
アルコールの力を借りて、エドワードの同居人の男性のことを聞こうとしたのだ。
こんな機会でなければ、プライベートのことなど聞けやしない。
「エド。本当に大丈夫なのか?」
エドワードが浴びるようにカクテルを飲んでいる中、ブレダは心配で仕方がなかった。
「だって、酒美味しいし」
「美味しいってお前…」
少なくともブレダの目にはとても楽しそうに見えない。
先ほどロイのことが出るまでは、エドワードは楽しそうに見えた。
しかし、ロイが仕事ではなかったと聞いてから、顔が険しい。ロイとの間に何かあったのかもしれない。
そういえば、とブレダは思い起こす。エドワードは以前にもこういうことがなかったか。
突然、豹変するようなことが。しかし、特に気にしていなかったことから考えるに、取るに足らないことなのだろう。
しかし、何故か引っかかる。
「……………准将と何かあったのか?」
「何かあったって」
エドワードの目が信じられないほど凶悪になっていた。確信がついた。
「そんなもんあるわけねえだろ」
わかったのだ。ロイのエドワードに対する位置が。
「准将にとって、オレは使える子供でしかねえし」
――――すげームカつく。
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