「准将、エドに何かしましたか?」
突然、慎重に話を切り出すハボックにロイは一瞬ぴくりと肩を揺らした。
周囲の部下たちがこちらに目を向けてくる。
「何かって何だね?」
「いつまで経っても背が伸びないとか、牛乳が飲めないから背が伸びないんだぞとか、 軍服を着ていても服に着られているなあ、これが馬子にも衣装っていうやつだなあとか」
黙って聞いていれば、ハボックは未だ言いそうである。 それはお前が思ったことなんじゃないのか、と言いたい気持ちを堪えながら どうして私がそんなことを言わなければならないんだと思う。 見ればロイの仕事が溜まっているのがわかるだろうに。 これを前にしてどうしてわざわざそんなことを言いに、エドワードのところに行かなければならないのか。 例え、そんな暇があるとしても、何故エドワードに会いに行かなければならないのか。理由を言え、とハボックに言いたい。
「――お前は私がそんなに暇な上官だと思っているのか?」
表情を隠して笑顔で取り繕う。しかし、怒りは伝わっているらしい。
「エドの奴、歓迎会行くのやっぱりやめるって言い出したんですよ。この前乗り気だったのに」
「何か事情があるんだろう」
「ごめんって言うだけで。だってエド嬉しそうだったんですよ。それなのに、急にころっと気持ちが変わるなんてエドらしくない」
「だからって何で私なんだ」
ハボックの回りくどい説明にロイは無意味にペンの背で机を叩く。
「准将。いつもエドをからかってたじゃないですか。エドが言ってましたよ。大佐ほどムカつく上官はいないだろうって」
「ほう。なら、その通りにしてやろうじゃないか」
ぶちりと、頭の中で糸のようなものが切れた気がする。
椅子から立ち上がると、ホークアイが何か言おうと口を開いたが、静止の声はかからなかった。




「エドワード・エルリック少佐」
さあて、どんな反応を示すか、楽しみだ、嗜虐的な喜びを胸に、ロイはエドワードの目前に立っていた。 見上げてくる瞳には何の揺らぎもない。
「准将、自ら何の用なんですか?」
エドワードはロイの直属の部下ではない。彼の上官は別にいる。 しかし、エドワード一人、呼び出すのはわけないことだった。 それでも、ロイはエドワードを呼び出すことをせずに、自分自ら足を運んだ。
エドワードの直属の上官は渋い顔をこちらに向けたが、ロイは気にしたりしなかった。 文句があったとしても、自分より上の階級に物を言うにはそれ相応のリスクが伴う。
「君に用事があるんだ。エルリック少佐」
「仕事の方は大丈夫なんですか?」
にっこりと笑みが浮かべられる。それが何とも憎らしくて仕方がない。
「暇なんですか?准将ともあろう方が」
刺があるとしか思えない言葉に、ロイはぴくりと顔が引き攣りそうになるのを覚えた。 気持ちとしては今直ぐこの子供を焼いてしまおうか、というくらいに腹が煮えくり返っている。 エドワードからの非難は聞き慣れているものであり、いつも受け流していたのだが、今日に限ってそれはできなかった。
はらはらとエドワードとロイの対峙を見ている軍人たちは非常にいたたまれない様子をしているが、二人の目に彼らは入ってなかった。
「上官命令だ、来なさい」
職権乱用だ、とホークアイは言うだろうが、使わなければエドワードは動かなかっただろうに違いなかった。 エドワードは一瞬目を瞠った後、納得していないように大仰に眉を顰め、大人しくロイの後ろに従った。 一気に沈黙した室内では、何事だろうと二人のその後の行方を口に出していた。




「何の用なんですか?」
場所を会議室に改めたのは、そこが今日は使われないからだ。 ぱらぱらと置かれている机と椅子をエドワードはひたすら見つめ、ロイからの視線から逃れようとしていた。 ロイの顔を見ようとしない。見たくない、という意思表示が伝わってくる。 それが、今のロイには怒りが増す要因でしかない。ますます腹立ちが大きくなってくるのを感じながら、ロイは用件を切り出した。
「今度の歓迎会、行くのをやめたそうだ。どうして、明日になろうとした日にそう言ったんだ?」
「別に、特に理由はありません」
ロイとしては同居人絡みだと思っていたので、予想外だった。
「だとしたら、参加すればいいだろう。ホークアイ大尉も、ハボックもブレダも、みんな楽しみにしていた」
その、みんなに少なからず、自分も入っていたのだとロイは思わずにはいられない。
そうだ、私も色々話せるだろうとそう思って――。
新しい環境に、不安もあるだろうとそう案じていたのに――。
「ハボックが」
ふと、そう口を開いた。
「ハボックなんかはな、私が君に何かしたんじゃないかと勘繰ってきたぞ。それだけ、楽しみにしてたんだ」
三年もの月日が経っている。懐かしいと、話をしたいと、そう純粋に思ったのだろう。 手紙での遣り取りは数度していたが、それは近況報告に過ぎない。 それだけでは、わかるものなどほんの一握りのものでしかない。 いつもそうだ。子供は心配している大人の気持ちなど考えない。 あれほどまでに身を案じることなど以前なら考えられないことだったのだ。 それなのに、その気持ちを足蹴にされた気がする。

そうだ。だから、私はエドワードが軍人になったと知ったとき、ショックだったのだ。

私は彼の何かになれたのだとそう思っていた。それは幻想だったのかもしれない。 彼にとっては過ぎ去った思い出でしかないのだろう。たまに思い出し、懐かしがるだけのもの。 もしかしたら、私は彼の親か何かになった気でいたのかもしれない、とふとそんなことを思った。
「……………………准将には関係ないだろう」
その言葉は拒絶以外の何でもない、とそう判断してから、ロイはエドワードを置いて、会議室を出た。 エドワードの顔を見たくなかった。見たら、きっと殴ってしまっていただろうことが予想できたかたらだ。
ハボックにはエドワードは今、そんな気分にはなれないのだとそう説明することにした。