公衆電話ボックスの中へと入る。 一つ深呼吸をしてから、エドワードは馴染んだ番号を一つずつ確かめるように押した。
「ウィンリイ?」
昔ながらの幼馴染だ。電話をかけるときに、昔何を話そうと度々思ったことがある。 喜ばせたいとそう思っている一方で話す話題は大概暗いものばかりだった。
「エド?」
聞き返してくる言葉が小さい。
「うん、オレ、久し振り――」
言い終らないうちに「馬鹿っ」と耳にきーんと響くその音量にどれだけ、彼女が怒っていたのかが知れる。
「馬鹿馬鹿馬鹿っ」
「ちょっ。お前そんなに連呼するな!」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ、馬鹿!」
「おい、ウィンリイ?何で怒ってるんだよ?」
「アンタぜんっぜん連絡くれなかったじゃない?手紙の一つも寄越さないし」
「それは」
「アルはアンタに会ったって言うのに、何か落ち込んでるし。それなのに、聞いても答えてくれないし」
「そうなのか?」
落ち込んでいる理由はなんとなく想像がついた。それだけに、気が咎めた。
「全部、エドのせいだからね!」
「オレのせいかよっ」
強ち間違っているというわけでもない。 しかし、反論すると、ウィンリイは更に声を張り上げ、怒鳴った。
「当たり前でしょ、全部あんたのせいだからね…!」
もし、その場にいたならば、スパナを何回も食らっていただろうことが知れた。
「ごめん、ウィンリイ」
「私、許してないから」
そう、今度は呟くような声がした。
「あんたが軍人になったこと」
「うん、知ってる」
何で、とそう瞳を揺らした幼馴染の顔は瞼に焼きついている。
「戦争は未だ起きないの?」
「ああ。未だ大丈夫らしい」
ただ、均衡を保っているだけに過ぎない。 それでも、未だ大丈夫だろうとそんな確信がつく。 しかし、近い将来戦争が勃発するのは目に見えている。
「そうなの」
合点がいかない様子のウィンリイにそれ以上の説明は省いた。幼馴染は戦争を嫌っている。そして、軍人も。両親が失われたからだ。
「あんたさ、今、未だマスタングさんのところにいるの?」
「う、うん」
アルフォンスが話したのだろうと推測がついたが、マスタングという言葉が出るとどきりとした。 これまでの遣り取りが否応なく頭を過ぎる。 「よくしてもらってるんだ」
「別にそんなことねえよ。大体准将は仕事直ぐさぼるし、女たらしだし、いけすかねえし」
悪口ばかりが出てくるが、そればかりではないことをエドワードは知っている。
面倒見がいいことも、優しいことも。
息が詰まる。
ロイに嫌われたかもしれないと思うと。
「それでも一緒に働いているんでしょ」
「う、そうだけどさ」
でも、とエドワードは言葉を続けた。
「一緒に働いててもなんか」
遠い、とそう思わず呟きそうになった。
距離ばかりではない。気持ちが遠いところにある気がするのだ。 一緒に暮らし始めてから、ロイの色んな面を知った。 それでも、遠いとそう思う。 一番奥にある扉に辿りつけていないような、そんな感覚。
「私さ、軍人のこと嫌いなの知ってるんでしょ?」
「知ってるけど」
「でも、私、マスタングさんたち嫌ったことはないのよ。何でかわかる?」
「それは…」
言葉が出てこない。きっと気持ちは一緒だとわかっているのに。
「あの人たちがどんな思いで軍人をしているのか知っているから」
遠いとそう思うのはきっと気持ちだけではない。
ウィンリィの言っていることを身近に見てきたエドワードなら一番わかる筈なのだ。 目標が大総統だとそうロイに以前言った言葉に嘘はない。 しかし、以前彼が力になってくれたように、今度はエドワードが、と考えなかったわけではないのだ。
そう回想に耽っていると、電話口で安心したように笑う気配がした。
「だから、エドがさ、マスタングさんのところで働いているって知ってちょっと安心した」
「そう?」
「そうなの。とりあえず、これからはもう少しまめに電話くらいしてよね。 それから聞いた?アルが講義を受けにセントラルに行くかもって話」
「えっ。聞いてない」
「そうなの?じゃあ、言わない方がよかったかな?」
「アルは今いる?」
電話口に聞こえてくるのは、幼馴染の呼吸の音だけだ。この時間だ。もしかしたら、寝ているのかもしれない。 そう思ったが、ウィンリィの言葉は否定するものだった。
「いないの。きっといたら、エドと話がしたかったとそうは思うんだけど。 実習があるからって学校にいるの。今、忙しいみたいでこの頃帰るの遅いのよ」
それなのに、この前は会いに来てくれたのかとそう思うと、温かいもので胸が包まれる。
「エドに黙って突然会いに行く筈だったのかな?」
「アルなら言いそうだけどな」
「そうね。あと、いつリゼンブールに帰って来るの?」
リゼンブールに来れば、とそう言ったアルフォンスの顔を思い出した。 エドワードは「今度の休みには帰るよ」と自然と口に出ていた。 忙しさを理由に今は、帰郷しない必要はなかった。 帰れば、きっと甘えてしまうとそう思い、エドワードは逃げ場所を作らなかった。 それは旅をしてきたときのように。 しかし、今はそんなことを考えたりしない。 ただ帰りを待ってくれる者がいるのが嬉しい。 そう思えるようになったのは、きっとウィンリィのおかげだろう。 エドワードの口元はいつしか笑みを形作っていた。





公衆電話ボックスから出た後、ロイの自宅へ帰ることなどとてもではないが、それでも、エドワードには考えられなかった。 どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。 嫌われたかと思うと尚更だ。 必然として向かったのは、以前のアパートだった。 荷物を運び出していなかった為、未だ荷物は残っている。それを理由にアパートにいてもいいだろうとそうエドワードは決めた。
慣れた扉を開けた途端、真向かいのテーブルにいる男が弾かれたように顔を上げた。 しかし、取り繕うように男は笑みを形作った。その手にはビールの空き缶が握られている。一人晩酌をしていたのだろう。 珍しく、ビールのつまみにだろう、チーズが皿に乗っている。 部屋は照明で明るく照らされているのに、何故か男の顔が冴えないように映ったのは見間違いではない筈だ。
「何だ、もう捨てられたのか?」
「違う」
「それじゃあ、今度は俺にしねえか?」
「馬鹿なこと言うな。そんなことばっかり言ってるから、彼女に誤解されるんだろ!」
「あんな面倒な女なんてどうでもいい」
「嘘吐け、じゃなきゃ准将の家に電話なんてしないだろ」
図星を指されたからか、暫しの沈黙の後、男はわざとらしく、椅子に深々と腰を下ろし直した。気にしているのだろうことがわかった。 ロイとどんな会話をしようとしたのかはわからないが、内容がいいとはとても思えない。
「なあ、仲直りは?」
していないことは明白だった。 どうして、こんなにも、不器用なのだろう。 きっと、一度口にしたら戻るものであるだろうに。 がちゃりとそのとき、ドアが開いた。元々、鍵などかけていないも同然の部屋だ。開いたとしても不自然ではない。 しかし、ドアノブを回したのは、今話していた人物、シリルだということが問題だった。 時間が静止したように感じた。 大きなコートのその前に手に持っているものは白い箱だった。ケーキか何かお菓子の類が入っているだろうことが知れた。 彼女はエドワードを視界に入れた途端、大きく肩を震わせた。そして、踵を返した。
「ちょっと、待てって!おい、デニス!」
そうして、振り向き、男に女を追うよう促した。
「早く行けよ、そうすれば」
きっと元通りになる筈だ、とそうエドワードは思って声を掛けたが、男はただ顔を背けていた。