動く気が欠片も感じられないデニスにエドワードは見切りをつけ、女の姿を追った。 女と距離は直ぐに縮んだ。鍛えている軍人に女がたちうち出来る筈がない。
「待てよ!」
足を止め、呼吸を整えようとしている女にエドワードは声を掛けた。
「仲直りしに来たんだろ?オレ、今日はたまたま来てただけで、シリルが思ってるような関係じゃないんだ」
「…………ってる…」
「え?」
聞き取れなかった言葉をもう一度と拾おうとすると、彼女は大きな声を張り上げた。
「そんなの最初っから知ってる!そんなこと知らないわけないじゃない。ただ、あいつと私の距離が遠過ぎるの…! ずっと思ってた。あいつにとって私は1番じゃない。あいつにとって私なんて直ぐに替えが出来る遊び道具でしかないのよ…! 飽きたら捨てられるっ。いつだって、直ぐに別れ話なんて出た。 その度になんだかんだでまた関係が始まって、また壊れてってその繰り返し。こんなことばっかり。 もう嫌なの、あいつに振り回されるのは…!」
それはずっと彼女の中で溜めてきた思いだったのだろう。聴いていて、誰かに似ているとそう思った。 それは紛れもなく、自分の中にあるロイへの思いだった。 信じて欲しい、とそう言ったロイに肯定できなかった自分は彼女と同じ思いを抱いていた。 自分のどこがロイに気に入られているのか、それすらわからなかったから。
自信がなかった。
「でも、あいつは、デニスは後悔してる」
「何、私の味方してくれるの?聞いたんでしょ、私がマスタング准将に何を言ったのか」
沈黙を彼女は肯定と受け取った。
エドワードを傷つけようと、彼女は唇を歪めて、言葉を出した。
「どうして、私がマスタング准将に言ったか知ってる?手紙を見つけたの。ダンボールにそれだけ集められて入れてあった。 大切そうにしまってあった。だから、准将に言ったのよ」
もしかしたら、とそう思わなかったら、嘘になる。彼女はあまりエドワードと接点がなかった。 口が軽いくせに、あまり語りたがらないデニスが話すとは考えにくかった。
「あいつは、あんたのことを誤解してる」
誰に対して、なのかは敢えて言わなかったが、彼女には伝わっていたらしい。
「准将とのこと?本当に何もなかったと思ってるの?」
ぎくりと身体が強張ったのがわかった。
もしかしたら、と頭の隅で考えていたことを見透かしているようだった。
「何も、してないんだろ?」
音を出すことがこれだけ難しいことだとは知らなかった。唇がかさついている。
「准将に聞けばいいじゃない?何で聞けないの?准将のこと信用してないからでしょ?」
違う、と否定出来なかった。
きっと、彼女には何もかも見透かされている。
ロイのことを欠片も信じていない自分のことを。
「ほら、信用してないんじゃない。それなのに、偉そうなこと言わないでよ!」
シリルは感情の全てを箱に託し、思いっきり地面に叩きつけた。
箱の原型は崩れてしまった。
中のものは恐らく潰れてしまっているだろう。
ぐしゃりと潰れた音をエドワードは聞いた気がした。
エドワードがその箱を拾おうとすると、闇に紛れて行こうとするシリルの足がふと止まった。 目がエドワードに吸い寄せられているのを否が応でも感じた。
「…………准将とは何もなかったから」
エドワードが目を上げると、シリルと視線が交わった。 一瞬、彼女は怯んだように思う。 それでも、視線を逸らしたりしなかった。
「相談に乗ってもらってただけだから」
だから、心配するようなことなんて何もないのだ、とそう彼女が言う気になったのは何故だったのだろう。





エドワードはアパートに戻るなり、デニスの目の前に潰れたケーキを置いた。
「お前にほんとに愛想尽くしたみたいだぜ」
今日お前の誕生日だろ、とそう言うとデニスは目を瞠った。しかし、直ぐに唇を歪めた。
「明日だよ。あいつ、覚えるのが苦手だからな」
ケーキが入った箱の中にはメッセージカードが添えられていた。
誕生日おめでとう、と。
きっと前から彼女は準備していたのだろう。 それで仲直りをしようと思ったに違いなかった。
「お前さあ」
「お前の言うことはわかるから、うざいし、言うな」
顎に手を置いたかと思うと、デニスは何か考え事をしているらしい。一体何を考えているのかはわからない。 いつものろくでもないことを考えているわけではないらしく、眉が寄せられている。 「オレに気を遣ったんじゃないよな?」 もしかしたら、と否定しつつ思っていたことを口にすれば、そんなわけあるか、と返された。 出会った頃を思い出した。
行き場がなかったそのときに、声を掛けてきたのはこの男だった。







ロイのいる家へと向かったのは、言わなければならない言葉があるからだ。 別れよう、と。 それなのに、決心したというのに、ロイの姿はなかった。 明かりがついていないことからも、いないということはわかっていた。 しかし、いざ室内に入ったときの人の気配のなさに、感じたものは寂寥だった。
「何でいないんだよ、准将っ」
ダイニングに荷物を放り出し、エドワードは拳を握り締めた。 こんなにも寂しいものだったのだろうか。と、ふと思う。 ロイの家にいてから、その家主がいないこともままあった。そのときには感じなかったことだ。今は、ただ、淋しい。 自分が本当は何も持っていない人間だと知らされるようで。
「准将…」
オレってこんなにも弱い人間だったかな、とそう思う。 一人の人間に振り回されている。 エドワードは時計を見遣った。長針は10を指している。
「何やってるんだよっ」
仕事をしているのだろうとそうは思った。ヒューズもいたくらいだ。仕事の話をしているのは間違いない。 しかし、今のエドワードにはとてもそれが理不尽に思えた。 寝室に行こうかとそう思ったが、今のエドワードには寝室を使う気になれず、ダイニングの机の上で突っ伏した。 一体どれくらいの時間が過ぎただろう。