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戦争というものは何故起こるのか、漠然と今まで考えるものでしかなかった。そして、今もそれは変わらない。いつかと思っていたことは遠い先のことのように思えていた。しかし、意外に早くやって来るものだと知った。 国家錬金術師を投入する、と言い出したのは誰だったのだろう。気付けば、エドワードは戦場の中にいた。クーデターが勃発したのだ。軍事国家アメストリスでのクーデターは次第に激しさを増すばかりだった。内部でのクーデターだった筈なのに、いつの間にか隣国アエルゴまでも巻き込んでいた。元々アメストリスとアエルゴは、領土問題で長く交戦状態にあった。アエルゴはアメストリスのクーデターに乗じてきたのだ。 戦争はいつ終わるのか知れないとそんな言葉がよく似合う。救いは、アルフォンスがこの場にいないことだった。「兄さん、大丈夫?」とそう心配そうにエドワードに言ったアルフォンス。身体を取り戻したかったと改めて思う。ずっとそう思っていたのに。 「今日から別の司令官が来るってさ」 がたがたと揺れるトラックの荷台の上で、エドワードと同じく国家錬金術師がそう言う。国家錬金術同士、小隊を組むようにと言ったのは誰だったのだろう。 ふと、渦巻く感情がある。 誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰が。 こんな馬鹿げたことをさせているのだろう。疑問、不審、恐怖、あらゆる感情が戦場には満ちている。何もかもよくわからなくなってきたように感じる。 「そうか」 この前、エドワードたちの司令官が殺された。その代わりなのだろう。指揮は誰が今後するのだろうと話があったところだ。しかし、誰が司令官になったところで、することは一つ。敵の殲滅なのだ。だとしたら、誰であっても同じなのだとそう思う。無線で戦況を確認していたが。その無線器は粉々に吹き飛ばされており、錬金術でもっても再生は出来なかった。その為、肝心の次の司令官の名前は聞いていない。 トラックはひたすら砂漠を走り、西へと走り続けている。その向こうにも、敵がいるのだ。トラックの中にはこれまでの戦闘で負傷した者もいた。その者たちの血の臭いが耳に触る。そういえば、と思う。風呂を最後に入ったのはいつだったのだろうと。血の臭いばかりではなく、体臭もきついよなと麻痺した鼻ではわからないことを思う。鼻ばかりではなく、耳も少し、悪くなった気がする。耳を劈くような爆音を何度も聞いていたからだ。その爆音の先にあったものを、いつでも思い出せる。 「誰だろうな」 「どうせ、同じだろう?」 「違いない」 はははと乾いた笑い声を出してしまう。 人を、殺したのは大分前のことのように思う。錬金術は何の為にあるのだろう。そんな疑問が湧いた。人の為にあるのではなかったのだろうか。 崩れて、地に倒れて行く人々。その目は絶望に打ちひしがれていた。 エドワードは一切の食事を摂れなくなっていた。気分が悪くなり、とてもではないが咽喉を通らなかったのだ。水分だけは摂らなくてはと、水だけは飲んでいた。胃の中は水しか入っていなくても、何故か空腹は感じていなかった。 隣の男もそのことを思い出しているのか、いつもは陽気な口調が何処か陰気だった。 「終わったら、何がしたいんだ?」 「やり残したことがあるから、それをやらなくちゃな」 「じゃあ、生き残らないとな」 ふと、何故この場所にいるのだろうとそう思う。青い軍服に袖を通し、この場所にいる自分はと。 「あそこか」 ふと、誰かが口を開いた。 声に反応して、顔を上げる。トラックが向かう先に森がある。その森の手前に、誰かが立っていた。きっと、新しい司令官なのだろう。こちらを見ている。 その誰かに近付いていく度に見覚えがあるように感じた。最後に会ったのはいつだったのだろう。いつものように話をして、それで別れた。彼であって欲しくないとそう思ったのは、願いだったのだろうか。その誰かの輪郭が露になると共に、エドワードは大きく目を見開いていた。 「ロイ・マスタングだ」 その名前を呼んでいた。もう会わないかもしれないとそう思っていた人物。 「そっか。お前はマスタング大佐が後見人をしていたんだっけ」 「何で…」 「それだけ人がいないってことだろう。国家錬金術師が」 ロイは地位が大佐なのだ。上層部の人間と言ってもいいだろう。そんな人物がむざむざ戦場へとやって来るとは、戦況がそれだけ酷いのだろうか。 懸念を隣の男も抱いたのだろう。 「まあ、そんなもんかもな。けど、噂は聞いてるぜ。上から煙たがられている男なんだろう?国家錬金術師なのを幸いにと、死んでくれればとそう思って送り込んできたんじゃないか?」 その推測は強ち間違ってはいないかもしれない。 そして、トラックが向かった先にいたのは、ロイだった。エドワードに気付いただろうに、ロイはただ一瞥をくれただけだった。 「これからこの小隊は私が率いることになる。私が言うことは一つ。生き残れということだけだ」 元は十名いたエドワードのいる国家錬金術師の小隊は、今や七名となっていた。戦線離脱した者、死亡した者が三名はいる計算となる。戦争の経験がある者が残ったその中で四名。戦争の経験があり、イシュバールの英雄と呼ばれるロイがいることは助かることなのだろう。それでも、男たちそれぞれの顔つきは優れなかった。尖った顔つきをしている。多分、エドワード自身もそんな顔をしているのだろうとそう思った。 「他の、戦況はどうなんですか?」 そんなことはどうでもいいと一人の男がロイへと視線を向ける。エドワードは質問した男に一瞬だけ顔を向けた。妻を亡くし、子供を四人抱えている男だ。家に帰らなくてはとそう何度も呟いていた男。そう、自分に言い聞かせていたのかもしれない。楽しんでいる者などこの場には誰一人いなかった。 「うまくいっているとそう聞いただけだ」 嘘だろうとそう思う。きっと、戦況は悪い。そう同じことを思っているからだろう、固い表情をしている男たちの顔を確認した。 ***************** その日、そのままその森で野営をすることになった。陣を組み、そのまま話し合いに興ずる。話していた内容は主に作戦についてだった。それぞれの錬金術をロイが把握し、それぞれの役割分担を与えていく。その後で、恐らく、とそうロイが言った。 「近いうちにった一人で部隊を相手にするように言われるとそう思う」 「………戦況悪いんじゃないですか」 言葉の奥に文句が続きそうになっている。こんなところにいたくない、とそう小隊を組まれた後で、最初に口にした男だった。貧相な男で、どちらかというと部屋に篭って研究に勤しむ方が似合っている。 「未だ決まってないさ」 「いつまで戦争は続くんですか?」 「わからん」 「貴方は大佐なんでしょう?聞いている筈だ」 「終わらせなければならないとそうは思っている」 淡々とした静かな声にロイの覚悟が透けて見えたように思う。ロイの野望は聞いている。その理由も。こうして、目の前にいるロイがその為に今この場にいるのだとはっきりとわかった気がした。 顔を上げれば満天の星空が広がっている。こんなときでも、酷く綺麗だった。こんなにもゆっくりと星を見ることがあったかなとそう思う。一人になりたい気分になった。誰も彼もが陰鬱な顔をしており、それが今後の未来を描いているようで耐えられなかったのだ。見張りを申し出、テントの中から出てみると、酷く解放感を感じた。 暗い夜の中、それでも、こうしていれば、孤独を感じなかった。 そんなとき、テントの中から一人、誰か出てくることに気付いた。眠れないのだろうか。それとも、と頭の中から浮かんできたのは、逃げ出すのではないかということだった。それぞれが、それぞれの理由で国家錬金術師となっている。しかし、こうして戦場に連れ出され、嫌だという者もたくさんいることも知っていた。そんな彼らを待っている者たちがいることも。 「鋼の」 そんなエドワードの後ろに、さくさくと草を踏みしめて、ロイが現れた。ロイだったのかと少し安堵する思いだった。 「ああ、大佐。大佐も見張り?」 「いいや、違う。君の顔を見に来た」 その言葉に心の中に噴き出すものがある。それでも、押し殺した。 「そっか。何か話す?」 自分で言っておいて、何を話すことなどあるのだろうとそう思った。一体何をと。最後にロイと下らない話をしたのはいつだったんだろう。そのときと状況が百八十度違っている。そのとき、彼はどんな顔をしていたのだろう。もう、思い出せない。遠い過去のものとなってしまったようだった。それほど昔ではなかった筈なのだ。 「あんたとこんなところにいるなんてな。そんなことになるなんて思いもしなかった」 その頃には賢者の石を探し出し、元の身体を弟同様取り戻せるのではないかとそう漠然と思っていた。 「私も同じだよ」 その言葉に、何故か笑えた。 「聞きたかったんだけどさ」 「うん?」 「………中尉たちはどうしてる?」 軍人である彼らロイの部下たちの動向が気になった。ロイが戦場にいるのだ。彼らもまた同じなのだろうとそう半ば気付きながらも。軍人でありながらも、優しく接してくれた彼らもまたこのような場所にいるのかとそう思うと、彼ら一つ一つの思い出が蘇ってくる。 「………私たちと同じようなところにいるよ」 ロイに嫌な思いをさせたのではないかとその言葉に感じた。 「そっか。ごめん、嫌なこと聞いた」 「いや、いいよ。皆私の部下だ。活躍しているよ」 「うん、だろうな」 それから、言葉もなく、ただ一緒に星を眺めていた。暗い空に粒のような光が点々と散らばっている。何処までも、星空はきっと遠いのだろう。 → |