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エドワードは気が付けば、空が広がっている、そんな場所に横になっていた。開けた場所だった。敵の位置もわかるが、敵にも居場所が知れてしまう。じゃりじゃりとした感触の砂漠が広がっている場所だった。 もう直ぐ朝が来るのだろとそう思っていたが、白々とした光が満ちている。星が遠ざかっていた。 「生きてる」 思わず、呟いてしまう。 足は未だ痛みを訴えている。それでも、生きている。 「鋼の。目が覚めたか」 傍にロイがいる。彼も生きている。 「目、覚めた。此処は?」 「あの廃墟からそう遠くない。砂漠だよ」 「そう」 砂漠は気温の差が激しいところだからか、自分の身体が冷たくなっているように思う。それでも。 「大佐」 「うん」 「オレ、未だやれるから」 「うん」 「未だ進めるから」 にかっと笑ってみせる。 それこそお前だ、とそう言われた。ここは地獄か。そう思うときもある。それでも、前を見て、歩いて、そうすれば終わるのだと、そう信じて(信じていなければ生きていけない)それでも、生きるということはこういう意味なのかもしれない。 ロイの身体が目覚めたエドワードを見て安堵したのか、崩れ落ちる。 「大佐!?」 その身体をどうにか支える。 無茶が過ぎたのだ。そうしてみると、この開けた場所にいる理由が知れる。 ロイも限界なのだ。 置いていってくれとそう言ったのに。ぎりっと歯を噛み締める。いつか、もしかしたら、この男の優しさが命取りになるかもしれないと思っていたのに。 「一生恨むぞ」 自分のことを。 あんたと一緒にいたいとそう思った自分を。 きっとずっといつまでも。 「すまないね」 「謝るな!」 まるで、ロイが死ぬことを宣告されたような気がした。こんなにも伝わる体温は温かいのに。やっぱり此処は地獄なのだ。そう思った。 エドワードはふと、気付く。左肩だけではなく、他にもロイはあちこちに傷を負っていた。返り血なのだと思っていたところにも。血の臭いが、濃くなっていく。ざーと自分の血の気が引いていくのがわかった。 オレは何て馬鹿なんだと悔やんでも仕方がないことを悔やむ。ずっと、一緒にいたというのに、怪我に気付けず。自分の足のことだけ考えていた。 オレは馬鹿だと再度、思う。 「手紙を、くれただろう」 荒い息の中、ロイがエドワードを見る目が何故か優しい。 「ああ?何で今…」 「あのとき、酷く後悔したんだ」 そのときよりは気分はずっといいよとロイが言う。 「君からの手紙はまるで恋文みたいだったよ」 「何、寝ぼけたこと言ってるんだよ」 いつ、この地獄は終わるのだろう。そう、男の身体を支えながら漠然と考える。目を閉じて、開けば夢だったんじゃないかと思うんじゃないか。そう、願う。 咽返る様な血の臭いは誰のものだろう?自分の?それとも、ロイのもの? オレが思う、ロイ・マスタングについては、色々複雑だった。 出会いが出会いだったからだろう。 あまりいい感情を持っていなかった。 子供みたいに反発したり、噛み付いたり。 今、思えば、オレはガキだったのだ。 今でもガキのままだけど。 よく、あんたはオレのこと面倒見ていたと思う。 それでも、最後くらい、自分らしくないけど、感謝の言葉を言いたかった。 だから、手紙を送ったのだ。 短い手紙だけど、気持ちが伝わればいいと。 なあ、ほんとにあんたに感謝してるんだ。 言えなかっただけで。 だから。 なあ。 頼むよ。 オレの目の前から消えないでくれ。 誰かこの男を助けてくれ。 信じていない神に祈ってもいいとそう思う。 自分の無力を思い知る。こんな思いを二度と味わいたくないとそう思っていたのに。 目を上げれば、やはり、空が綺麗だった。黎明の空。それが憎らしく思えた。 ふと、足元を見れば、そこに何か柔らかいものが当たる。何なのだろうとそう思って見てみればそれは花だった。砂漠に花が咲くとは珍しい。しおれかけてい るが、確かに咲いている。 「花……」 春の訪れを示しているかのような、そんな黄色い小さな花弁が風に揺れていた。この場所にもいつか春が来るのだろうかとそう思った。リゼンブールの春のようにはいかないのだろうが。優しい季節が来るのだ。それはきっと、遠くないのに。 「馬鹿野朗!」 何だかずっとエドワードに怒られているような気がするのは、気のせいではないだろう。 どうやら助けられたらしいとそう状況を把握する。生きていると生を確認するのは何故だか変な気分だった。ぞわぞわと背中に走るものがある。 テントの中にはエドワードとロイしかいない。もしかしたら、誰かが見張りをしているのかもしれなかった。どうやって助かったのかそのことが気になったが、その前に言わずにはいられなかった。 「鋼の。何だか君はずっと私を怒っていないか?」 「あんたが馬鹿だから怒ってるんだろう!」 「仮にも上官なのに」 笑って言えば、くしゃりとエドワードの顔が泣きそうに歪んだ。あ、泣きそうだとそう思ったが、エドワードは泣いたりしなかった。 「馬鹿に上官もくそもあるか!ホークアイ中尉だって怒るに決まってる!」 次々とエドワードの口から罵声が飛ぶ。馬鹿だ馬鹿だと。 「本当に馬鹿になった気がするから、あんまり言わないでくれないか?」 「馬鹿なんだから、いいんだよ!」 心配を掛けたんだなとそのことがわかり、ロイはエドワードの身体を引き寄せた。愛しい子供。暴れるかとそう思ったが、そんなこともなく、大人しい。 「君だって足のことを黙っていただろう?」 少し、引きずっているのに気付いていたが、敢えて言わなかった。言えば、隠すだろうとそう思ったのだ。 「それとこれとは話が別だ!」 別じゃないだろうとそう思っていると、エドワードが蚊の泣くような小さな声で呟いた。 「………オレ、こんなとこやっぱり嫌だ」 この子供が弱音を見せることは珍しい。思わず、嘆息してしまう。全くだと。 「そうだね、私も嫌だよ。君にも来て欲しくなかった」 言わないでおこうとそう思っていた本音をロイも口にした。 「どうやって助かったんだ?」 「こんな中でも、医者やっている人たちがいて、偶然見つけてくれた。ウィンリイの両親みたいに。敵味方なく助けているから、危ない目にも遭っているみたいだけど」 「そうか」 「…………そういう人たちもいるんだって忘れてた」 「そうだな」 「今、別の怪我した人のところに行っているから、後で紹介するよ」 「ああ、是非お礼を言わせてくれ」 治療されたからだろう、身体のあちこちで包帯が巻かれている。包帯を取り寄せるだけでも、大変だろうに。自分は多くの出血があった筈だ。もしかしたら、助からないくらいに。輸血もされたのかもしれない。 瞼に浮かんだのは、医者は人を助ける職業なんだとそう言って、治療に専念する人たちだ。 生かされた、そんな自分に出来ることを改めて考える。 ふと、視界の隅に花の姿を見た。黄色い花弁に思わず目を吸い寄せられる。花がコップに挿されている。ロイの隣に置かれている。しかも、一輪だけだった。瑞々しい花だ。 「花?」 「ああ。砂漠に咲いてたんだ。砂漠に頑張って咲いてたのに、思わず取ってた」 今にも壊れそうに儚く笑うエドワードにそんな顔はさせたくなかったのに、とそう思う。 「その花すごいんだぜ。コップに水入れてさしておいたら、綺麗に咲いた。しおれかけていたのに」 ロイに見せようとそう思ったのだろう。戦場には似合わない、そんな花を。 「そうか。確かに綺麗だ」 怒ってばかりいたエドワードはロイの言葉に、泣きそうに笑った。 「ありがとう」 怪我だらけだ、何処もかしこも。誰も彼もが皆。 それでも、生きているということに感謝を覚えた。誰に対してか。生きているということは、奇跡なのだとふと思った。 「鋼の。絶対に此処から帰るぞ。帰ったら、いやらしいことをたくさんしよう」 出来なかったからな、と半ば本気で言うと、エドワードは口を金魚のようにぱくぱくさせている。それは以前のロイの反応ではないだろうか。 「リゼンブールにも一緒に行くぞ。決めたからな」 一人でそう決めて、ロイはエドワードの手を取った。生身の腕でさえも、冷たく凍っていた。それでも、何か心に点ったものがあるとそう思った。希望に似た何かが――――。 |