キスコレクション




何ヶ月振りに会うことになるのだろうと執務室の扉を開ける前、そうふと、思った。
そして、扉を開けた先にいたロイは机に向かって、書類に目を通しているようだった。書類はでんとその存在を主張するかのように何十センチと積まれていた。書類作業にいつものことではあったが、追われているようだった。そんな姿を呆然と見ていると、「やあ」とのんびりとした口調でロイは言った。
「久し振りだね」
「まあな。また仕事溜めてたのかよ」
「終わらなくてね。しかも、中尉が目を光らせているからさぼることもできなくて」
ホークアイは現在、その場にいなかったが、定期的に様子を見に来ているようだった。軍部の誰も彼もが忙しそうに廊下を歩いている姿を執務室に来るまで見ていたので、忙しいのかもしれない。
「さぼることを前提に言うなよ」
「元気だったかい?どうだった?」
「よくなかったから、此処にいるんじゃないか」
「それもそうだね。報告書は後でもいいかね?」
「いいけどさ」
普段であったら、エドワードは早く読めと催促するのだが、流石に口には出来なかった。ロイの顔に憔悴が滲んでいたからだ。エドワードは「これ」と薄い報告書をロイに差し出した。ロイは頓着する様子もなく、受け取り、引き出しにしまい込んだ。
「兄さん、どうする?図書館にでも行く?」
アルフォンスがそれでもう終わったと思ったのだろう、これからどうしようかと提案する。
「うー、どうしよっかな」
エドワードは考えるふりをしていると、ロイが書類にサインを施しながらも意見を口にした。
「新しくまた本を入れているみたいだし、図書館に行くのはいいと思うぞ」
「本当か?じゃあ、行こうかな」
忙しいのだろうな、とエドワードは踵を返しながらも、ロイの姿を視界の隅に入れた。久し振りに会うというのにとそう思う。
「オレたち二、三日イーストシティーにいるから」
アルフォンスに顔を向けると、「そうだね」と弟は頷いた。
賢者の石に関する情報を基に各地を旅しているエルリック兄弟であったが、報告書を提出しにイーストシティーに来たときは、図書館に寄るのが常であった。
「そうか」
ロイは一人言のように呟いた。興味なさそうな言葉のように聞こえた。
不意にエドワードは何ヶ月前の夜のことを思った。再び旅に出るその前の夜のことを。そのことを思い出すと、酷く胸が熱くなる。二人、ベッドの中にいた記憶だ。ロイは「今度会うのはいつになるかな」と少し寂しそうに言いながら、エドワードの身体を背後から抱きこんだ。熱い手に、身体。自分という器に水を流し込まれたかのような満たされるものも感じていた。
ぴたりと不意にエドワードは足を止めた。アルフォンスの足も自然と止まった。そんな弟にエドワードは「アルフォンス。ちょっと先に行ってくれるか?直ぐオレ行くから」とそう、告げた。
「うん、廊下で待ってるね」
素直なアルフォンスは兄の言葉を受け、執務室の扉を
開け、がしゃんがしゃんと音を立て出て行くのを確認し、エドワードは回れ右をして、数歩歩き、ロイの目の前に立った。
「鋼の」
どうしたのだろうと、ロイが文字を追っていた目をエドワードへと上げた。多分、彼の目に映る自分は不機嫌な顔をしているのではないかとそう思う。実際、不機嫌なのは確かだった。
「仕事、全然終わらないのかよ」
「まあね。報告書は後で読むよ」
「ちゃんと読めよな。睡魔と格闘しながら書いたんだから」
「ちゃんと読める字で書いてるんだろうね?前は虫が這ったような文字で読めないところがあったぞ」
「そんなのあったか?」
軽口を叩き合う。傍にいたいという気持ちと、アルフォンスを待たせているから早く行かなくちゃという気持ちがせめぎ合う。きっと、自分の前では話せないことなのだろうと気を遣ったのだとそう思うから。
「大佐」
ロイを呼んで、押し黙る。次にどう言えばいいのか考える。
「何だね?」
敏い男なのだ。わざと言っているのではないかとそう危ぶんでしまう。言おうとしていた言葉が不意に拡散した。
「………………………じゃあ、オレ行くわ」
「鋼の」
「え、おい!」
踵を返そうとしたその途端、腕を掴まれ、引き寄せられたとそう思ったら、机越しにロイの顔が近付き、キスをした。かと思ったら、その反動でロイと一緒に椅子ごとがたんと大きな音を倒れ、床に倒れ込んだ。大量に積まれていた書類の紙吹雪が宙を舞う。
身体中を打ったように思う。ロイの身体に乗った状態だった。恐らく、ロイも何処か頭でも打ったのではないだろうか。しかし、その心配よりも前に抗議の声を上げようとしたところに、ロイに直ぐに唇を塞がれた。
「んっ…」
きっちりと唇を合わされ、離すことが出来ない。いや、離すつもりもなかった。それでも、互いの唇が離れ、逡巡することもなく、もう一度とキスを交わそうとすると、「兄さん!どうしたの?」とアルフォンスが扉を開け、入ってきた。
「あー、何でもない!」
ロイの上に乗っているこの状況を見られたら説明に困る。早くどかないと。
そう思っていると、これで最後だからとばかりに身体を引き寄せられ、素早くキスをされた。エドワードが抗議を言わんばかりにロイを睨みつける。アルフォンスに見つかったらどうするのだと。しかし、彼は何処吹く風とばかりに涼しい顔をして、そして、笑顔だった。満足と言わんばかりである。その彼の周囲には書類が何枚か落ちている。
「何でもなくないよ。どうしたの?書類散らばってるけど」
「だから、何でもないって」
エドワードは立ち上がり、アルフォンスに姿を見せた。アルフォンスが言う通り、何十枚あるのだろうとそう思う紙が散らばっていた。
「どうせ兄さん身長のこと言われて、怒ってこんなことになったんでしょ?」
「……………違うって」
アルフォンスは執務室に散らばった書類を一枚一枚拾い始める。 ロイも先程のことなどなかったかのように、立ち上がり、書類を拾い上げていく、その顔には笑みがある。その笑みを胡散臭いとエドワードはそう表現したい。
「ありがとう。アルフォンス」
「いいえ、すみません、喧嘩っ早い兄で」
「いいや」
アルフォンスとロイとの会話にエドワードはやってられるかとばかりに、アルフォンスの腕を掴み、執務室を「じゃあ、大佐、またな」と言ってから、今度こそ執務室を出た。 「もう、兄さん。大佐の仕事邪魔しちゃ駄目でしょ?というか、書類拾わないと」
「いいんだよ、大佐は」
自業自得なんだから、とエドワードはアルフォンスの腕を未だ掴みながら廊下を歩き続けた。歩いているうちに、少しかさついていた男の唇の感触を思い出し、顔を赤くさせた。廊下の窓から射して来るオレンジ色の夕日に負けないくらいに。
「兄さん、顔赤いよ」
「何でもない」
アルフォンスの指摘にエドワードは即座にそう言った。
大佐の馬鹿野朗とそうエドワードは口の中でロイを罵る。
どうしてくれるのだ。もっと、キスがしたくなった。