唐突な休暇。 何をして過ごそうかというときに、暇を持余すことは考えられなかった。 修行や、幻影旅団の動き、そして、仲間の眼を取り戻すために動くのが本来のクラピカの普通だ。 しかし、諭されるような、センリツの言葉。
「休みの日はしっかり休んだ方がいいわよ」
今度いつ休暇があるのかわからない、という裏の意味がわかった。 今や、ノストラードファミリーは危機に瀕していた。 頼り切っていたネオンの占いが失われてしまったのだ。 何故占いが出来なくなってしまったのか、取り戻すことができるのか、それ自体もわからない。 そんな中の休みが貴重な筈がない。

思ったのは一瞬。
そして、動いたのも一瞬だった。
クラピカは携帯電話を手に取った。



「ああ、いーよ、いーよ、入れよ。そんな気を遣う中でもないだろ」
インターフォンを押した後、既に走ってくる足音がドアの奥で聞こえてきた。 そして、現われたのは懐かしい顔だった。 ほんの数週間の筈なのに懐かしいとそう感じる。
「お邪魔する」
「どうぞどうぞ。何にもないけど」
そう人好きのする笑みを浮かべて、レオリオが来客用であろうスリッパを玄関に並べる。 クラピカはそのスリッパに足を入れ、レオリオに案内されるまま、室内へと足を進めた。 簡単に言えば、とてもシンプルなものだった。 必要最低限の調度類が置かれてる。 もっと、汚れているかと思っていたが、片づけをしたのだろう。 リビングに入れば、机の上には勉強に使っているのであろう本が何冊も置かれている。 積み上がっているのは、分厚い医学書だった。
「勉強しているんだな」
そう、思わず呟いた言葉にレオリオがこう返す。
「おい、何だ、その勉強しているのが意外な言い方は」
どこでも座っていいぜ、とクラピカに言うと、ダイニングキッチンへと姿を消した。 その場にクラピカは腰を落とした。 途端に、気分が落ち着かなくなる。 その理由がクラピカにはふと、わかった。

そうだ、私は友人の家を訪ねるのが久しぶりなんだ。
幻影旅団に奪われたものの一つ。

ふっと、目の前に突然カップが出され、クラピカの沈んでいた思考は浮上する。
「ほれ、コーヒー」
「ああ、すまない」
「どういたしまして。てか、何でぼーとしてたんだよ」
レオリオも自分の分を用意していたらしい。 コーヒーの香ばしい匂いが部屋に立ちこめる。
「いや、何でもない。それより、今日は突然だったのに良かったのか?」
何でもないという言葉をレオリオは信じたのかはわからない。
「ああ?別に。どうせ勉強しかしてねえし、気分転換の一つくらい必要だろうし。それより、クラピカ行きたいところはねえのか」
案内するぞとそう言われたが、別にクラピカは観光がしたくて来たのではないのだ。
「いや、大丈夫だ。君の勉強のが大事だ」
「一日勉強したくらいで変わる気もしねえけどな。じゃあ、ご飯は美味しいところに連れてってやるよ」
「よろしく頼む」
「ろくなもん食べてねねえからな。うまいもんオレも食べたいんだよ」
レオリオの笑顔を見ていると、ふと和む。 一口、コーヒーを飲むと、優しい味がした。 ミルクを多く淹れているのだろう。

本を読み、一緒にご飯を食べ、他愛ない話をしていると、いつの間にか時間は過ぎていく。 帰らなければならない時間は近付いてくる。 休暇は二日。 もう一日が終わろうとしている。 朝には帰る。
寝心地が悪いという理由からベッドに一緒に眠った。 ハンター試験で隣で寝ていたことを思い出し、少しだけ思い出し笑いをしてしまった。


「ではな」
クラピカは翌日の朝、レオリオの部屋から出て、そう挨拶をした。 次、いつ会えるかの約束はしなかった。 それは、ゴンやキルアとも約束をしていない。 しかし、次はある筈だと漠然と信じている。 別れの挨拶をして、直ぐに帰ると思っていたのに、レオリオが恥ずかしそうに頬の辺りを指でかきながら言った。
「あのよ」
「何だ?」
「オレさ、絶対医者になるから」
「わかっている」
レオリオの医者に懸ける気持ちをクラピカは十分知っているつもりだ。 一緒にいたからこそ、わかる。
「……だからな、やってやろうな」
言っている言葉のその先が、クラピカには伝わってきた。
「…………ああ」
レオリオは本当に温かい、そんな男なんだと思う。 名残惜しい気持が訪れる。
「じゃあ、ほら、握手」
したことなかったろう、とレオリオが手を差し出した。
「ほら」
戸惑ったクラピカに再度促される右手。
「ああ」
クラピカも手を差し出し、握手をした。 そういえば、レオリオと握手をするのは初めてだ。 手を、離したくないと思ってしまったのは何故なのだろう。 顔を上げたそのときに、レオリオは未だ何か言いたげな顔をしていた。
「今日、お前が来てくれて嬉しかった。頼ってくれてんだなと思って」
手が離れたそのときに、やっと言えたと吐息がレオリオから漏れた。
「何かこういうの、恥ずかしいなー」
ふっと笑みが漏れた。
「お前にも、ゴンにも、助けられてばっかりだったからなあ」
オレだって力になりたいんだよ。
その言葉に、改めて感謝が足りなかったとそう思う。
「いや、そんなことはない。私は充分君に助けられている」
「……そうか?今日のクラピカはやけに素直だなあ」
「本当にそう思っているだけだ」
レオリオの手がふと伸ばされ、頬に当たった。 温かい体温。
それを感じたかと思ったら、レオリオの唇がクラピカの額に触れた。
「………うちの故郷の別れの挨拶」
レオリオの顔がかすかに赤い。こちらが恥ずかしくなりそうだ。
「そんな習慣聞いたことがないが」
「いいんだよっ。さっきオレが作ったっ」
「君は政治家か」
「うっせーな。したかったからしたんだよっ」
視線が合わさる。
ああ、たぶん私たちは。
自然とレオリオの顔が見れずに、俯いてしまった。
「そうか、覚えておくよ」
「………ああ。覚えておいてくれ」
クラピカはレオリオの頬に手を当てた。 少し髪にも触れた。 多分額にキスのお返しが来ると思ったのだろう。
咄嗟に屈み掛けたレオリオの唇に、自分の唇を押し当てた。 キスのときは眼は瞑るものだ。 だから、レオリオがどんな顔をしていたのかはわからなかった。
「クルタ族の挨拶だ」
レオリオは固まっている。 そう来ると思わなかったのだろう。
「では、今度こそ、またな」
もちろん、クルタ族にこの習慣はない。 けれども、レオリオにはわからない筈だ。それで良かった。
先にお前がやったんだからな、そう心の中で言い訳をしながら、どうかこのお節介な男が医者になれますように、とそう願った。