クロロとヒソカの対峙。 それを飛行船の中で、ひそかに見ていた。 やがて、戦闘体勢だったヒソカはクロロと幾度かやり取りをした後に、パクノダと一緒に飛行船へと戻っていく。 クラピカたちが乗っている飛行船同様、やがて空へと飛び立っていくのだろう。

幻影旅団は頭がいなくなっても、動く。 それこそ手足一本一本全てが幻影旅団なのだ。 頭さえいなくなれば瓦解するとそう思っていた。 が、自分の考えは甘かった。 飛行船の中で、クラピカがガラスに手を触れた。 クロロの姿が少しずつ遠くなっていく。 視線が合うのがわかった。

と、同時にクラピカに飛行船に乗っている仲間から視線が集まっているのも感じた。 思考は果てしないように動く。 が、動いてくれていた四人に言わなくてはならないことがある。 クラピカはクロロを見るのをやめて、口を開いた。

「皆が無事で本当に良かった」
本当は、感謝を伝えたかった。 本来だったら、幻影旅団に対する復讐はクラピカ一人でやる予定だった。 こうして、仲間と一緒に行動するとは考えもしなかった。
「特にセンリツは急なことだったのに、直ぐに動いてくれて助かった」
その言葉に、センリツが柔らかい笑みを浮かべた。
「仲間だもの。手伝えることがあれば、手伝うわ」
それでも、ありがとうという言葉がなかなか出て来ない。

この仲間たちがいなかったら、きっと私は。
取引に至る前までに、私情に駆られて、あの車の中で、クロロを殺していただろう。 同胞の敵。 見ているだけで、話をしているだけで、自分の手の中にこの男の命があるのだと、思い知らせてやりたくなった。 自分にとって何が大切なのか。 ずっとそれは、同胞だった。 復讐をすること。仲間の眼を取り戻すこと。 けれど、今の仲間の方が大事だとそう思えたのは、この場にいる皆がいたからだ。 心なしか、皆の笑顔が眩しい気がする。

「皆がいなかったら、私は……」
その後に続く言葉を飲み込んだ。

どこから変わっていったのだろう。 いつから? 仲間を作るつもりなどもうずっとなかったのに。 なければ、使命を取っただろう。 昔の自分だったら。

思考に飲み込まれそうになったクラピカの思考を中断したのは、レオリオだった。
何かに気付いたらしい。
「クラピカ」
「何だ?」
さっと伸ばされた手を普段なら避けれた筈なのに、避けれなかった。
額に手を当てられる。
「お前、熱あるぞ!すごい熱だ。顔赤いと思ったんだ」
「熱?」
途端に、体調を自覚した。 ずっと緊張の連続だった。 きっと、それで体調に表れたのだろう。 身体がだるく、何より重い。 緋の眼でいる時間も、訓練のときより、ずっと長かった。 念を使い過ぎたのもあるだろう。
「レオリオ、君の手は冷たいな」
冷たくて、気持ちがいい。
「馬鹿、お前が熱過ぎるんだ!いつからだ?」
「君に馬鹿と言われるとはな。全く気付かなかった。流石医者志望だな」
「こんなときに褒めるな。解熱剤持ってるんだ。今出すからちゃんと飲め」
レオリオの手がクラピカの額から離れる。

「大丈夫?」とゴンとキルアが直ぐ駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ」
直ぐに治る。 いや、治すと言った方がいいだろう。
「そういうことを言う奴が一番大丈夫じゃないんだよっ!」
レオリオが尖った声を出す。
「私の笛も、疲労回復効果があるから」
センリツも駆けつけ、笛で曲を奏でようとする。 本当にいい仲間たちを持った。 そう、実感した瞬間だった。
酷い立ち眩みがした。 自分で自分の身体が支えなくなっている。 ふらついた身体を支えたのは、一番近くにいたレオリオだった。 熱を指摘された途端、今までの反動が押し寄せてきたらしい。
「おいっ。クラピカ」
大丈夫だともう言えなかった。 レオリオの腕が、酷く頼もしく感じた。 クラピカの気持ちに呼応するように、抱き寄せられる。 だから、クラピカは襲い掛かってくる気だるさにそのまま身を委ねることが出来た。 目も、いつしか閉じていた。
そして、そのまま世界は暗転した。



夢を見た。
昔の夢だ。
母がいて、父がいて、そんな家族がいた。 友達もいた。大好きな人たち。
けれど、彼らの顔がクラピカには思い出せない。 顔の輪郭があるだけだ。。 何故顔がないのか、クラピカにはわかっている。 私が忘れてしまったからだ。 忘却は恐ろしい。 いつの間にか、何もかも記憶の彼方に置き忘れてしまう。 幻影旅団に何もかも奪われたあのときに、自分に誓ったことでさえも、その輪郭を失ってしまう。 同胞の虚ろな眼窩。無念だとあれだけ語りかけていたというのに。
もう、私一人しか残されていないのというのに。

ふっと、目を覚ますと布団の中にいた。 見知らぬ天井が目の前に広がっていた。 どういうことだ、記憶を探る。
自分の額の上に濡れたタオルが置かれているのがわかった。 冷やしてくれているのだろう。
そうだ、熱が出ていたんだとそのことを思い出した。
ふと、ここは何処だろうと周囲を見回すと、レオリオが窓辺に立っていた。 それだけで、クラピカは安堵するのがわかった。 瞼が自然と落ちるのがわかった。
多分、私は――。
思っているよりも、ずっとこの男を好きなようだ。
「起きたのかと思ったが、未だ寝てるか」
レオリオ声がする。 とても遠くで聞こえているが、きっと、傍にいるのだろう。
「みんなお前のことを心配してるんだ。だから、早く目を覚ませよ」
優しい励ましの言葉だろう。 ゴンとレオリオとクラピカでハンター試験へのナビゲーターを探していたときのことを思い出した。 恐らく、主人に化けていたナビゲーターの息子にも同じような励ましの言葉を掛けていたのだろう。
「みんないるし。………オレもいるからな」

そして、再び世界は暗転した。