誰かの声に否応なく反応してしまうのを何と言うのだろう。

「どうしたんだ、その傷は」
挨拶の言葉もないものの、振り向いたその先には男の姿があった。 顔見知りになってからというもの、エドワードは度々男と鉢合わせになることが増えた。そして、言葉を交わすことも少しずつ増えた。 わかったことは、男はしがない研究者だということ、一人暮らしをしていることだった。 会話をしていると、ここはやはり、アメストリスではないのだと再確認させられる。 エドワードは瞬時、どう答えようかと迷い、口を開きかけた。しかし、口は閉ざし、ただ歩みを続けた。 そんなエドワードに構わず、男は横へと並んだ。
「血が出てるぞ」
男の目が注がれているのは、左頬の傷だった。もう出血は止まったとそう思っていたが、そうではなかったらしい。 煩わしいと一瞬そう思った。 アンタには関係ないだろうとそう言おうとした。 しかし、男を振り解けない自分の弱さをエドワードは持っていた。
「転んだんだよ」
エドワードの少ない言葉から男は何かを感じ取ったらしく、足に目を止めた。 靴音が片方ずつで違うことをこの目敏い男は気付いたのだ。 この世界に機械鎧の技術はなく、したがって、ホーエンハイムの用意した義手、義足を仕方なく使っていた。 しかし、慣れない為、どうしても不安定になってしまう。足がよろけ、転んでしまうことは多々あった。 義手、義足を使いこなす為には、慣れが必要だとホーエンハイムは口にしたが、エドワードにはとてもそんな気にはなれなかった。
帰るのだから。
そんな思いが未だにエドワードの中で沈殿している。
戻らなくてはならないのだから、と。
「手伝おうか」
エドワードは夕食の材料を腕に抱えていた。一人分なのだから、それほど量が多いというわけではない。 しかし、エドワードを庇って、男は手伝いを申し出たのだろう。

何もかもが癪に障った。

まるで、アメストリスにいるようなそんな錯覚に陥るのに、男の所作一つ一つで我に返る。 ここは違うのだと。 それなのに、何かをどうしても期待してしまう。

「別にいいよ。重くないし」
「私が気になるんだ。少しくらい手伝わせてくれ」
続けての言葉に断ることが面倒になり、エドワードは結局半分の荷物を男に渡した。男は何故かそれを笑顔で受け取った。
「今日は何を作るんだ?」
「別に。考えてないけど。安そうなもの買っといた」

男が会話を発展させようとするが、エドワードの言葉はそっけない。 それにも関わらず、男が何故エドワードと関わろうとするのかそれが不思議だった。 恐らく、傍目から見ても、エドワードは男に対してそっけなく映っているだろう。自分でも男に対して冷たいのはわかっていた。 足を踏む度に、石畳の感触が伝わる。足音が片方ずつで違うことに聡い男は気が付いているかもしれない。 エドワードは固く目を瞑った。

「じゃあ、これで」
「ああ」

エドワードと男が一緒になるのは、市場を通る間だけだった。そのため、必然としてそこで、別れとなる。 男から荷物を受け取り、エドワードは礼を言うこともなく、そのまま歩き出した。そんなエドワードに構わず、男も家路を後にする。 呆れてくれればいい。礼儀知らずな子供だと。 それなのに、エドワードはどうしても男の姿が気になり、振り向いてしまう。 男はエドワードに気付かず、ゆっくりとした足取りでアパートへ向かっている。 少しずつ小さくなっていく背中を見送っていると、瞼が熱くなるのを覚えた。

別人なのに。
そう心の中で呟いた。

エドワードと男が鉢合わせするのは、その時間帯を選んで男の帰り道にエドワードがいるからだ。 男の姿を見れば、現実を思い知るのに、かさぶたを剥がすように、せずにはいられない。 時間を合わせて、アパートを出る。男はそのことを知っているのだろう。だからこそ、エドワードに声を掛ける。 知り合いに間違われたことから、エドワードのことが気になるのだろうことは確かだった。 可哀想な子供だとそう思われているのだろう。

アパートへと入ると、そこはわかっていたことだったが、無人だった。 ホーエンハイムはいつ帰って来るのかわからず、また便りもない。 そんな生活感がないアパートの一室に荷物を下ろし、エドワードはすっかり日課となった窓辺を見遣った。 そこには変わらない景色が広がっている。 エドワードはそこから断絶するように、カーテンを閉めた。



考えてみたことがある。
そっくりな自分がいたのだ。
だとしたら、そっくりな、しかし、本人とは違うロイ・マスタングもいるのではないかと。
それだけはない。
きっと、この世界にはアメストリスの住人が別の環境で別の生き方をしているのではないかと。
――――覚悟はしていたのだ。
しかし、実際に会ってみると、衝撃が強過ぎる。

「………………………もしかしたら、アルにそっくりな奴もいるのかな?」

見たら、きっと泣いてしまいそうだ。