気付けば、ベッドの中にエドワードはいた。 目を開けば、そこには木目の天井がある。

「アル?」
エドワードはきょろきょろと周囲を見渡した。 見慣れた鎧を探す。 しかし、そこにはアルフォンスはいなく、中央司令部にいる筈の男の姿がある。 しかも、何故かスーツを着ている。
「大佐?」
違う。確か、階級が上がった筈なのだ。しかし、出てきた言葉は口に乗せるのに慣れた大佐という階級だった。 男が振り向いた。 その顔は間違いなく、ロイ・マスタングその人だった。 それなのに、どうして、表情が痛ましそうなのだろう。

ベッドまで足を運び、屈むと、視線が同じになる。

「エド」
何故、名前を呼ぶのだろう。いつもは銘で呼んでいるのに。
何故、髪を撫ぜるのだろう。いつもはそんなことをしないのに。

慰めるように。 視界が雨で遮られたように、見苦しい。 エドワードは顔を覆った。 この世界に来てから、泣くことなどなかったのに。 目の前の男のせいだ。 エドワードは唸った。

ロイ・マスタングと同じ顔をした男がベッドに乗り上げ、エドワードを腕に囲んだ。 腕に閉じ込められると、涙が止まらなくなった。



泣き止むのをオーベルトはただ待っていた。 この少年は本当なら一人で泣くことを厭わないだろうということも理解していた。 それなのに、放っておけないのは、この少年の知り合いに自分が似ているからだろう。

先の大戦で誰もが色々なものを失った。 そのことに気付いているからこそ、もしかしたら、自分が何か役立てるのなら、と手を差し伸べたくなるのだ。 腕の中に囲っている体は小さく、細かった。 そして、やはり、片手は義手だった。 そして、方足も。
――――ただ痛ましかった。
勿論、自分もそうだ。
色々なものを失った。今でも思い起こすことが簡単に出来る。

「君は孤児なのか?」
違う、とエドワードが首を振る。
「親父がいる。今はいないけど」
今、エドワードを一人で放っておくということがどういうことなのか考えなかったのだろうか。 彼は一人で悩んでいる。
「なあ、教えてくれよ。オレはどうしたらいいんだ?帰らなきゃいけないのに…!」
彼の瞼は泣き腫らしていた。これまでずっと一人で苦しんでいたのだろうということが知れた。 こうして自分に縋ってくるように。

パラレルワールドと口にした彼の言葉を信じているわけでもなかった。 しかし、どこかで彼の力になりたいと思っている自分がいるのだ。 それほどまでに、自分は優しい人間ではなかった筈なのに。

「今はただ眠りなさい。傍にいるから」
こくこくと頷く彼を腕の中で抱き締めながら、オーベルトはきっと夜はこの青年にとって残酷なものだったのだろうと何故か思った。



目覚めたとき、隣にその男が眠っているのを知ったとき、エドワードはあれ、何でと口に出すことしか出来なかった。 何でアンタがいるの?
そう振り返ったときに昨日の行状が蘇った。 泣いて縋って、男の身体を離さなかったのはエドワードだ。顔が赤くなるのを自覚せずにいられない。

どういうつもりなんだろう、とそうエドワードは思いながら、男の髪に触れた。 硬い感触があるそれを何度も触っていると、犬猫を思い出させる。 みじろぎをする男にエドワードは声をかける。

「おはよう」
一緒に目覚めるのがこの男だとは誰も思うまい。 それにしても、何故か挨拶の言葉が気恥ずかしい。 紛らわせる為に、ぶっきらぼうな言葉になってしまった。

「おはよう。今何時だね?」
「朝の7時半」
「何だって?今日は研究所に行かなければならないのに!」
途端に寝ぼけ眼だった頭が覚醒する。 乱れていたシャツを直し、鏡の前で髪型を直しだした。
「聞いてなかったんだけどさ、アンタ何研究してるの?」
「ロケットだよ」
「ロケット?」
眉を持ち上げるエドワードにオーベルトは微笑んだ。
「知らないのかな?」
「…………知ってるけど」
「興味があるかい?」
頭の中に浮かんだのは紛れもなくリゼンブールだった。
――――帰れるかもしれない。
もしかしたら、とはオーベルトの頭にも浮かんだかもしれない。
「研究とか見せてくれる?」
「勿論」

何故こんなにもこの男は優しいのだろうと何故かエドワードは思った。 ロイとは違う。 あの男だったらここまで甘やかしたりしない。 エドワードは男が走り去るように、アパートから出て行くのを見送ってから、ベッドから立ち上がった。 そして、不意に気付いた。 床に万年筆が転がっている。 エドワードには見覚えがない万年筆だった。 ということは、必然としてオーベルトのものだと考えるのが妥当だろう。 何かが彫られているが、エドワードには生憎とドイツ語で書かれているため、その文字が読めなかった。