オーベルトは約束を守る男だった。
彼が持ってきた設計図や書物を見るにつけ、エドワードの中で希望が膨らむようだった。
果たして、エドワードに設計図や書物を見せることが許されることなのかわからなかった。
本当は良くないのだろう、とそう思いはしたが、今更戻して来いと言えるわけがない。
広げるのは、エドワードのアパートメントが多く、必然として、彼といる日常が多くなった。
そのためか、最初に感じたわだかまりは直ぐに消えた。
一緒に研究をする時間がたまらなく、今のエドワードには楽しい時間だった。
オーベルトは大学での講義が終わるとエドワードのアパートメントに寄る、それが日常と化していた。
オーベルトはエドワードが頭がいいとそう褒めた。
そのうえで、一緒に過ごす時間が楽しいよ、とそう言った。
そう言われれば、エドワードとて嬉しくないわけがない。
そのため、週末も一緒にいることが多くなった。
ただ、エドワードは恐らくオーベルトが忘れた万年筆を彼に返していない、そのことが気懸かりだった。
タイミングがずれてしまい、いつも返しそびれてしまう。
後になって、エドワードは後で返せばいい、とそう思った。
それに、オーベルトも忘れたことに気付いたなら言うのだろうとそう考えていた。
「君に見せたいものがあったんだが」
そう言ってオーベルトは鞄を中を漁った。
しかし、目的のものを見つけられなかったらしく、「ない」とそう呟いた。
「忘れたんだ」
「あ、そうだ。忘れないように机の上に置いて、そして」
「案外間抜けなんだな、アンタ。アンタん家ここから近いんだろ?」
一度だけ、エドワードはオーベルトの後を追ったことがあった。
アパートメントを知っていた。
「ああ、そうだが、しかし」
「アンタん家行ってもいい?」
何故オーベルトが躊躇っているのか、それがわからなかった。
オーベルトのアパートの外観だけは目に入れていた。
しかし、中には入ったことがなく、一体中がどうなっているんかは知らなかった。
研究者の室内ということで、乱雑な部屋を想像していたが、思ったよりも中は綺麗だった。
「へえ、結構綺麗じゃん。男の一人住まいにしては」
「まあな。汚いのが嫌いなんだ」
「ふうん」
食事食べなかったから、ご飯食べねえ、腹減ってない、とエドワードは冷蔵庫を漁った。
食材は殆ど買い揃えられ、整然と冷蔵庫の中で並んでいた。
きちんとしている中身を見れば、男の性格が表れているようだった。
「エド。言おうと思っていたんだが、私には恋人がいるんだ」
エドワードの冷蔵庫を漁る手が止まった。
別に驚くことではなかった。
オーベルトの歳で恋人がいない方がおかしい。
それに、とエドワードは思った。
綺麗に整えられた部屋が恋人の手によるものであれば。
それに、万年筆、とエドワードは思い返した。
書物を読み耽り、設計図も今では読めるエドワードにはあの名前が読めた。
名前はモニカとなっていた。
彼女のものをオーベルトが貰ったのかはわからなかった。
「まあ、アンタくらいの歳でいない方が変だし」
変に声が掠れる。
動揺しているのだ、とエドワードには現状が把握できた。
何故動揺する必要がある?
「えっと、それよりもさ、何を食べる?」
そして、台所に向き合ったエドワードの背中に誰かがしがみついてきた。
この部屋には二人しかいない。
誰かなどというのは間違いだ。
オーベルトだ。
「あの、ロイ?」
身体を振り向かせられたとそう思ったら、オーベルトと目が合った。
かと思うと、顔が近付いてくる。
自然と唇が触れ合ったのは必然だった。
抵抗はしなかった。
ミュンヘンに来てから気付いたことがある。
エドワードはロイのことが好きだった。
離れてから気付く、というのは間抜けなことだとしか言いようがない。
会いたい、という気持ちに蓋をすることは出来ない。
しっとりと触れ合ったキスが深くなるまで時間がかからなかった。
アパートメントから出た後、エドワードは頭の中が沸騰しそうになるのを堪えていた。
キスをしたのを初めてだと言うことは出来ない。
昔、幼馴染と試してみようとキスをしたことがある。
そのときも後からすごく羞恥に追い込まれたが、今日ほどのことではなかった。
恐らく、エドワードの頬は赤くなっているに違いなかった。
「あ」
胸のポケットに万年筆が入っていることに気が付いた。
返さなくてはならないといつも入れているのだ。
また今日も忘れるところだった、とエドワードはオーベルトのアパートメントに引き返した。
そこで、エドワードはオーベルトの部屋の前にいる女性に気付いた。
恐らく、その女性はモニカなのだろう。
赤毛のパーマがかかった髪を短くしている。
服装も整っており、遠目から見ても、可愛らしい女性なんだろなということが知れる。
その女性をオーベルトは笑顔で自室へと招いた。
歓迎しているのだとそうわかる。
そのとき、確かにオーベルトの瞳がエドワードを見つけたとそう思う。
→
| |