エドワードは来るのだろうか、とそう思いながら、ドアを眺めた。
決まって訪れる男のことがいつの間にか心の中で大きい存在になってしまったのだ。
当然のことかもしれない、この世界で、今ホーエンハイムがいない中、オーベルトだけが知り合いなのだ。
今更ながらホーエンハイムを呪わずにはいられなかった。
がたんと戸を叩く音がして、エドワードは一瞬だけ身体を震わせた。
しかし、エドワードに用があるわけではなかったらしく、足音が遠ざかっていく。
はあ、と溜息を吐いて、エドワードはベッドへと蹲る。
「何でオレにキスしたんだろう?」
思い浮かぶのは一度だけのキスだった。
もしかしたら、と思うことがあった。
気持ちを見透かされているのではないかと。
優しい男だ。
きっとエドワードがオーベルトに似た男のことを好きなことにも気付いているに違いない。
そのうえで、きっと同情しているのだろうと何故か思った。
気持ち悪いって思うのが普通じゃねえの?
そう自嘲したりもする。
来ないのかな、とエドワードは窓辺に立ち、外を眺めやる。
そこにはいつもと変わらない景色が広がっていた。
腹が減ったな、とふと気付き、エドワードは食卓に立ち、食事の準備を始めた。
そういえば、とエドワードは思う。
食事を作ることにも大分慣れた。
ホーエンハイムが未だ戻ってこない為、必然として料理を作らなければならないのだ。
当然だろう。
こんこんとノックの音が響く。
オーベルトだ、と思い、一瞬身体を硬くさせる。
どう接したらいいのかわからなかった。
いつもだったら、出迎えていた。
しかし、今は出来そうにない。
放っておけば出て行くだろうとそう思ったのだが、かちゃりとノブが回される。
そして、部屋へと現れたのはオーベルトと、そして、女性だった。
誰なのかエドワードにはわからなかったが、髪の色が見事な赤毛なので、モニカだと思い当たった。
彼女はやはり、整った顔立ちをした可愛い女性だった。
歳の頃は25、6歳だろう。
隣に立っていると二人はお似合いだった。
どうして一緒に?
「いないのかと思ったんだが」
声を出さなかったことを言っているのだろう。
む、とエドワードは一瞬怒りが渦巻いた。
別にここはアンタの部屋じゃないだろう、と。
「聞こえなかったんだよ」
「そうか」
気付かなかったとそんな顔をするオーベルトにエドワードは一瞬申し訳なくなった。
次いで後悔する。
オーベルトの視線が柔らかくモニカを見つめてたからだ。
これは何という感情なのだろう。
腹の底で何かが渦巻いている。
この男とロイは違うのだということをわかっているのに。
「ごめんなさいね、突然お邪魔して。私の名前はモニカ・キュルテン。貴方の話、ロイから聞いてて是非会いたいなって思ってたの」
「え?」
僅かの躊躇いがオーベルトには伝わったらしい。
少しだけ苦笑いをしてみせる。
「君が研究熱心なことをモニカに話したんだ。そしたら、会いたいって言って」
「今日も行くって言ってたらか私も行くって言って。私がいても大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。汚いところだけど」
それで良かったら、と言うとモニカは綺麗に微笑んだ。
「食事はもう済んでる?一人暮らしだって聞いたから食事の用意をしてきたの。グラシュ食べれる?」
「大丈夫です」
「ロイの大好物でもあるの。台所使わせてもらっても大丈夫かしら」
「はい」
そうして、いそいそと食事の準備をするモニカに何となく視線を向けていると、オーベルトが苦笑いをしてみせた。
「すまないね」
「別に謝ることじゃないだろう?大体アンタずっとオレのところで話し込んだりしてたろ?彼女と時間取ってたのかよ」
小声だから、モニカには届いていない筈だ。
本当に申し訳ないことをしたとそうエドワードは思う。
「それは否定出来ないね」
ふと、料理を作っていたモニカから声が掛かる。
「ねえ、ロイ。やっぱり、エドワード君、あの子に会わせてみてはどうかしら?」
「あの子って」
「話してたじゃない、アルフォンス君のことよ。だってエドワード君、ロケットに興味があるんでしょう?
アルフォンス君貴方の教え子の中で一番出来がいい子だし、
あの子にとってもエドワード君と会うのはいいことだと思うの。今、あの子ちょっと悩み事があるみたいだし」
「アルフォンス?」
世の中には同じ名前を持つ人間がたくさんある。
現に、今ロイも同じ名前、同じ顔を持つロイ・オーベルトと会っている。
だからこそ、エドワードはもう動揺したりしなかった。
「私の教え子だ。君と同じで優秀だよ。今は確か、トランシルバニアにいるんだったな。歳も君とあまり変わらないようだし、
気が合うかもしれない。もし、君が本当にロケットを研究していきたいとそう思うのなら、会ってみるのもいいと思う。
連絡してみようか」
エドワードはモニカの顔を見た。
その顔は優しい笑みを浮かべていたが、これ以上オーベルトと一緒にいて欲しくないと思っているのがわかった。
オーベルトに近付きすぎたのかもしれない。
これ以上、オーベルトと一緒にいるのは、モニカの為にも、オーベルトの為にもよくないだろう。
そして、自分自身の為にも。
オーベルトには帰る方法を教わった。
そして、今、提示をされた。
いつも、そうなんだ。
八方塞がりの状況を打ち破る手段をアンタは与えてくれる。
瞼が一瞬熱くなったような気がしたが、それは本当に一瞬だった。
「会ってみるよ」
ありがとう、と今なら言える気がした。
昔なら言えなかったその言葉を、今なら。
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