ホーエンハイムが帰ってきたのはそれからまもなくのことだった。
何やら変なことに首を突っ込んでいたんだろうな、とエドワードには何故か知れた。
それでも、エドワードは今更その男に対して何か言おうなどとは思わなかった。
「久し振り」
そう言うと、今まで掛けられたことのない言葉を貰った、とばかりに目を丸くした。
そんなホーエンハイムにエドワードは顔を背けた。
「済まないね、時間がかかった」
「何してたんだよ、アンタ」
「ははは。ちょっとね」
てっきり研究か何かで出かけたのだろうと思っていたので、その言葉にエドワードは驚く。
まさか、自分の為にこの男が動くとは思えないけれど、まさかそうではないだろうな、とエドワードは視線を鋭くさせた。
「オレさ、ちょっと出かけることにした」
そう言うと、ホーエンハイムが今度こそ驚いたようだった。
今までのエドワードの状態を何より知っているのはホーエンハイムだった。
だからこその驚きだろう。
「何処に?」
「トランシルバニア」
「それはまた」
何故だ、とそう聞くホーエンハイムはやはり父親なのだな、とそう思わせた。
「ロケットを研究している奴がいるんだ。そいつに会ってくる」
「そうか」
ホーエンハイムなりに何か思うことがあったようだったが、結局何も言わず、ただ今までの気持ちを吐き出すように言った。
「エドワード」
「何だよ」
「私は父親失格だと自分でも思ってるよ。お前に対しても実際どうしたら、いや、どうして接したらいいのかわからない」
「………わかってりゃあいいんだよ」
「でも、これだけは信じて欲しい。お前が戻れることを誰よりも願ってるよ」
「そりゃ、ありがと」
何だ、これは、とエドワードは思う。
一体突然この男は何を言い出すのかと。
それでも、悪い気はしなかった。
許せるわけがない。それはずっと前から思っていたことだ。それでも、きっとこの男も苦しんでいたのだ。
旅立つ前に、オーベルトにも会おうとそう思ったのは、当然のことだった。
彼には随分世話になってきた。
それでも、心のどこかで胸が痛むのを感じずにいられない。
「そうか、明日行くのか」
「早い方がいいし」
「うん。連絡したら、いいってことだったし。もしかしたら、暫く世話になるかもしれねえ。親父も帰ってきたし」
「何だか、あっという間だったな」
「そうかな?オレには長過ぎたくらいだけど」
どうしたらいいのかわからなくて、ただ鬱々と一人閉じこもっていた日々を思い出す。
だからこそ、こうして今動くことが出来た、そのことがとても嬉しい。
二人して笑って、その後、沈黙が続く。
何を話していいのかわからない。
さよならを言いに来たのだ。
それなのに、口に出来ない。
アルフォンスに会いに行くなら今度もきっと、オーベルトに会う機会があるだろう。
しかし、これからは今のような距離で話をすることはないだろう。
だから――。
エドワードはオーベルトに視線を合わせた。
「あのな、一度だけだから、よく聞けよ」
「うん?」
「ありがとう」
ずっとずっと言いたかった言葉なのだ。
オレをあの絶望から救い出してくれてありがとう。
オレのことを見守ってくれてありがとう。
オレのことを心配してくれてありがとう。
アンタがいなかったら、オレはここにはいなかった。
本当なら、ロイ・マスタングに向けての言葉だったのだが、オーベルトは受け止めてくれた。
オレはアンタのことをアイツと重ねていたのかもしれない。
それでも、オレはアンタのことが好きだよ。
自分がこう思うのは不自然なのかもしれない。
でも。
どうか、幸せになって。
「じゃあな、ロイ・オーベルト」
エドワードは慣れたその空間から逃げ出すように、コートを翻した。
一瞬、オーベルトが捕まえようとするかのように手を伸ばしたが、その手はエドワードには届かなかった。
それでいいとエドワードは思った。
エドワードのいなくなった部屋の中でオーベルトは溜息を吐いた。
「私はふられたんだな」
そう嘆く。
いや、厳密に言うとふられたというのは語弊があるかもしれない。
それでも、彼がいなくなるのは寂しい。
そう思っていると、遠慮がちなノックの音が響いた。
誰なのかと思ったら、モニカだった。
「モニカ?」
「聞いたわよ。貴方教授になったって」
「ああ、それは…」
「良かった。貴方の研究が報われたのね」
華奢な身体がオーベルトに抱きついてきた。
その身体を受け止めながら、どうしてここに、とオーベルトは思わずにいられない。
しかし、今度こそ離さないように、オーベルトは力を込めた。
「変なこと言っていい?」
「何だい?」
「私、エドワード君に貴方を取られるような気がしていたの」
ふと、今までの心境をモニカは語った。
そんな気持ちを今までモニカは語ろうとしなかった。
不安にさせていたのだろうとそう知れた。
エドワードが指摘したように、モニカとの時間が少ないことも自覚はしていたのだ。
それでも、エドワードと過ごす時間には変えられなかった。
「そうか」
「変ね、あの子は男なのに。どうしてそう思ったのかしら」
軽く笑えば、モニカも笑った。
しかし、そんな中で、不意にオーベルトは思った。
どうして私はエドワードのことがこれほどまでに気になったのだろう、その理由を。
キスをしたときも、何故そうしたのか後になっても原因がよくわからなかった。
自分はこれまで同性を好きなことなどなかったのだから。
最初は本当に同情から来るものだとそう思っていた。
しかし、エドワードの言葉を信じるのなら。
向こうの世界と繋がっているのだとしたら。
もしかしたら、向こうの大佐という人物はエドワードのことが好きだったのかもしれない。
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