バレンタインデーと言えば?
美琴にとっては、友達にチョコレートを配る日だった。チョコレートを交換し合い、友達との関係作りに役立つ日。父親に渡すときもあるが、それは稀だ。 それなのに、父親以外の異性に渡そうなど、初めて思った。 しかも、手作りのチョコレートクッキーを渡そうなどとは。
「御坂さん、ほんとに誰に渡すんですか?」
「友達にあげるのよ。もちろん佐天さんにも」
先程から、無難な答えを返すのだが、佐天涙子の追求が止まらない。
以前も、佐天からキッチンを借りてクッキーを作っている。黒子の目から隠れてまでクッキーを作る 美琴に好奇心旺盛な佐天は気になって仕方ないらしい。
チンと音が鳴ったオーブンから天板にのったクッキーを取り出す。 見事にチョコレートクッキーが焼けている。
「御坂さん、クッキー好きなんですか?前もクッキー作ってたし」
「前上手に作れたからね、クッキーにしたの」
本当はそれだけじゃない。以前、当麻にクッキーをお礼にと渡そうとしたが、渡せなかったことがあるからだった。
味見にと、四角いクッキーを恐る恐る口に入れる。 お菓子作りは分量通りに作ることが大切だ。きっちり分量通りに作ったクッキーは香ばしくて、甘く、さくさくと口の中で溶ける。
「上出来!」
「御坂さん、私にも下さい」
手を挙げる佐天の口に一つクッキーを入れる。
「美味しい!さすが御坂さん」
クッキーを咀嚼した後に見せた佐天の笑顔は本物だ。
「初春さんの分も今渡すわね」
既に用意していたラッピング用の袋に次々に詰める。 初春は黒子と同じく風紀委員の仕事で忙しいらしい。そのため、部屋にいなかった。
大量にクッキー生地は作っている。まだまだ焼いていく。
「御坂さん、ありがとうございます。初春とこのクッキーでお茶しますね」
佐天の追求はこれで終わったらしい。 後の問題は一つだ。 どうやって、当麻にこのクッキーを渡すか。


電話をするのに、何故こうも躊躇われるのか。ボタン一つ押すのにかなりの勇気が必要だった。繋がるかどうかの不安もあったが。
「どうしたんだ、御坂。電話なんて」
聞こえる当麻の声に心臓が煽られる。
動揺に携帯電話が揺れ、当麻とペアのストラップが揺れるのが目の端に映った。
「え、えっと」
「何だ?」
「どうせあんたのことだから暇でしょ?例の壊れた自販機のところに来て。今すぐ」
「はあ?何で」
「つべこべ言わずに来なさい!」
緊張が頂点に達して、美琴はつい怒鳴ってしまった。
「カミヤン、電話誰からにゃ?」 と、誰かの声がする。
「おい、土御門、ちょっ」
ぷつっと電話がきれた。
どうやら誰かが割り込んで来たようだ。
掛け直して来ない当麻に、美琴は溜息を吐いた。
「来るのかな、あいつ」
もう一度電話しようかと思ったが、電話する気になれなかった。
既に美琴は、壊れた自販機がある公園にいた。 自販機近くにあるベンチに座り込み、鞄からクッキーが入った袋を取り出す。 本日は2月13日。バレンタインデーの前日だ。本来なら、バレンタインデーに渡したい。渡したいが、当麻を好きだと思われそうで、美琴としては渡しにくい。
どうしても素直になれない美琴は前渡せなかったクッキーの代わりに、今度はチョコレートクッキーを渡そうと決めたのだ。
これは御礼。以前の御礼なんだから。
1分経った。5分、10分、20分経った。当麻は現れない。
「来ない」
当麻に電話してから、1時間経った。
「約束してないもんな。当たり前か」
美琴はどうやってクッキーを渡そうかシミュレーションを散々頭の中でしてきた。が、渡す相手が来ないと役立たない。
「仕方ないけど」
自分の自信なさそうな言葉に、自嘲してしまう。
素直に気持ちを伝えれたらいいのかもしれない。
けれども、自分の中にある、当麻を認めたくない気持ちが勝るのだ。助けてと言って、救ってもらっておいて。
それでも、今回はクッキーを渡したかった。前回渡せなかったクッキーの代わりに。
だから、美琴は時間が許す限り待つつもりだった。
「悪い、待たせて」
自己嫌悪で前を向く気力がなく、手元のクッキーをひたすら見ていた美琴の前に、当麻の声が届く。
ぱっと、美琴は顔を上げる。
当麻の顔を見た途端、ぎゅっと心臓が縮み上がった。 文字通り、心臓を掴まれたみたいな。
「悪い、ダチに捕まってて。何かあいつおかしなこと言ってて明日バレンタインデーだからって」
まだ続きそうな当麻の言葉を、美琴は遮る。
「これ、あんたにあげる」
ラッピングされたチョコレートクッキーを当麻に差し出す。 美琴の気持ちが入っている。
「マジで!?俺に?」
当麻の顔が本当に嬉しそうだ。顔を赤くして。
「上条さん、幸せです」
つられて顔が火照る。
「い、言っとくけど、これは御礼だから。前、あんた手作りクッキーが欲しいって言ったでしょ?」
「あ、そういうことか。上条さんにはやっぱり不幸の星が」
「あんた人にクッキーもらっておいて、不幸言うな!」
「不器用ながら作った御坂のクッキー早速食します」
リボンを解き、当麻は袋からクッキーを取り出す。
「こらっ、あんた!」
「ふーん、美味いじゃん」
「あんた、もっと美味しそうなリアクションしなさいよ」
そう不満を漏らすものの、美味しいと言ってもらえて満足だった。
「家で食べればいいのに」
「家持ってったら食われちまうからな」
「え?」
「隣に住んでる奴にな」
「ふーん」
「いや、本当に美味いよ!」
何か言いたいことがあった筈なのに、当麻が笑顔を見せるものだから、言葉が出なくなった。
「じゃ、じゃあ、私行くから。じゃあね」
「ああ、サンキュ」
表情を変えず、スタスタと歩きながら美琴は心の中で喝采していた。 あの様子だとチョコレートを渡したのは私が最初ね!
しかも、美味しいって!
にやにやと笑みが零れているが、美琴は気付かない。
待ってた苦労が報われた。
まあ、美琴さんにかかればこんなもんよね。



当麻は貰ったクッキーをもう一つと齧る。美味しい。
「スーパーお嬢様だな、ビリビリ」
同居人のインデックスに食べられる前に、と当麻は次々口に入れる。せっかく自分の為に、美琴が作ったのだ。
自分のことを気に入らないと思っていたのに。レベル5のプライドはレベル0の当麻によって崩されているだろうに。
「まさか、ほんとにクッキー作るとはな。可愛いところあるじゃん」
当麻の口元が自然と綻んだ。





美琴が押して押してってやったら個人的にはくっつくと思う。 佐天さんの追求はバレンタインデー後に普通にあります(笑)