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雑踏の中、エドワードは行き来する人々の間を立ち尽くしていた。迷子になったような、そんな感覚がもたらされる。そんなエドワードを人々は通り過ぎていく。 ドイツ、ミュンヘンの地。 頭の中では理解している筈なのに、少しだけ、頭が真っ白になっているようだ。 同じロンドンにいたエドワードは空襲で死んだ。なら、きっと、他にもあのアメストリスの誰かがいるのではないかとそう思ったのだ。 自分が気付かずに通り過ぎてしまうこともあるのではないかと。 そう思った途端、エドワードはそこから動けなくなった。買い物の袋を手に持ったまま、一縷の希望に縋りつくように、足が動きを、止めた。 頭の中で何度も何度も考えた。 だとしても、自分はどうするんだ? 何をする? 何をする必要がある? アメストリスを知らない者に一体何を話すというんだ? 答えは、決まっている。 帰ろう、とエドワードは踵を返した。 ホーエンハイムのいるアパートメントへ。 癪ではあるが、今のエドワードはホーエンハイム頼る他はない。それが未だに熾き火のように胸の中でエドワードに巣食っている。 何で頼らなくてはならないのかと。 歩き出したそのとき、エドワードは不意にその人に気付いた。まさか、と頭の中で警鐘が鳴っているようだった。行ってしまう。 「………待って!」 足が先ず、動いた。その人のコートの裾を思わず握りこんでいた。俯いたまま、顔が上げられない。 振り返ったのだろう、気配でわかる。不審に思っている。 「…………あのっ」 顔を上げたそのとき、そこにあるのは、見知らぬ他人の顔だった。 覚えたのは紛れもなく失望。 男にもそれは伝わったのだろう。 「何か用ですか?」 声まで違う。 黒髪に、黒い瞳、中背中肉。 もう、簡単な特徴しか覚えていないのかと自分のことを嘲ってしまう。 「いえ、すみません。人違いでした」 歯切れ悪く、エドワードはそう言っていつまでも握っていたコートの裾を放した。どくどくと心臓が血を送り出している音が聞こえた。 「遅かったな。何をしてたんだ?」 買い物に出かけたまま、帰ってこないエドワードをホーエンハイムは待っていたらしい。テーブルの上で、本を広げていたが、ぱたんと閉じた。 分厚い本だった。何かを調べているのだろうか。出て行く前もずっと、本を読み耽っていたな、と思い返す。 必要なものしか置いていない室内は何処か暗く映った。 「………何でもないだろう。オレは寝る」 「さっき寝ていたんじゃなかったのか」 ホーエンハイムといつまでも一緒にいたくなくて、アパートメントを出たのだ。 「眠くなったんだよ」 「エドワード」 テーブルの上に買ったばかりの品物をどんと置く。パンとりんごとバターと。 「何だよ」 「誰を探してたんだ?」 頭の中に浮かんだのは顔は、いつの間にか輪郭が溶けている。 遠い過去なってしまったようだ。 最後が、ただ、気になって。 「別に何でもねえよ」 振り切るようにエドワードは口の中で呟いた。 「エド…」 「何でもねえ!寝る!」 ばたんと寝室へと続く扉を開け、直ぐにベッドに寝転がる。 ただの八つ当たりだ。 そんなことはわかっている。 例え、行きかう人たちに、知っている顔を見たとしても。 「―――――――――知ってるよ、アメストリスじゃないことくらい」 ここはドイツ、ミュンヘンの地。 そんなこと、わかっている。 いつも一緒だった弟もいないのだから。 錬金術も、機械鎧も存在しない。 あー、マジで眠くなってきた。 うつらうつら思考が溶けて行く。 そんな中、扉を開け、中へと入ってくる音が聞こえた。 「エドワード。寝てるのか?」 寝てます。つうか、ノックしろ。ホーエンハイム。 思考がもう、霧のように拡散していく。留めているのがやっとだ。ホーエンハイムは何も言わない。自然の、沈黙が続く。 一体何をしに来たんだとそう思った頃に、声が耳に届いた。 「………本当にお前たちにはすまないことをしてきたと思っているよ。お前だけは何としてでも帰すからな」 髪に指先が触れた感触がある。 振り払いたい気持ちもあったが、一瞬で過ぎ去った。 瞼の奥がふと温んだ。 この感覚は久しぶりだ。 自分たちが犯した罪を考えてしまう。 優しい、大好きだった母さん。 ベッドに寝転がったときに落としたブランケットが、優しい声と共に身体に掛けられた。 「おやすみ、エドワード。いい夢を見なさい」 |