探石よもやまばなし

(NOー5)
持ち帰る石の数(H18.7)
筆者の場合、探石で持ち帰る石の数は、探石の場所によって異なる。
良く行く場所の場合は少なく、遠方でめったに行かない場所の場合は多い、という傾向がある。
理由は簡単で、最近良く行く場所には、ほとんど良い石が無いからである。さらに、良く行く場所なら、今日はついてないのでまた出直そうと、すぐに諦められるからである。
遠方の場合は、出直しなどままならず、時にはもう訪問できないだろうという場所もあり、簡単には諦められないからである。でも、欲張ってたくさん持ち帰っても、そんな時には良い石が入っていないことが多い。



(NOー4)
探石の穴場(H18.1)

有名な川での探石も、昨今採りつくされた感があって、ハッとするような石にはなかなか出会わない。
収穫ゼロということも少なくない。
河原の探石で、初心者の頃は始めから終わりまで「河原」だけを歩き回っていた。
今では、駐車場に車を止めて探石の目的場所への歩行中も下を向いてきょろきょろしている。
というのは、良い石がある川というのは、川だけでなくその地域に良い石があるらしいと実感することが良くあって、川以外の場所で良い石に出会うことがあるからである。
畑の脇とか、道路工事で石が山積みされているところが意外にも探石の穴場だったりする。


(NOー3)
探石する人のマナー(H17.12)

探石は広々した川や海岸など、いろいろな場所でできる。
探石するときに守らなければならないマナーは、時と場合でいろいろとあると思うが、「絶対」守らなければならないのは「違法なことはしない」に尽きると思う。
よく知れ渡った探石場所へに出かけて、地元の方から「この前来た人は……」などと苦情を聞かされることがある。
水石を楽しむ上品な人でも、探石になると目の色が変わるのかもしれない。
ところで、探石の後にも守るべきマナーがある。
それは、採石した石が気に入らなかったとき、「探石してきた川とは別の川に捨てる」行為である。
筆者の地元の多摩川に「渡良瀬川の桜石」や「はっきり安倍川の石とわかる石」があったりすると、とても複雑な思いがする。


(NOー2)
何回も出かける場所でも見つかるわけ(H17.12)

「多摩川石」の探石で、よく同じ場所へ出かける。
何回かに一度は、そこそこの石を見つけることができる。
増水で河原の石が動いたわけでもないのに、今まで見たことも無いものが見つかることがある。
何故かと言えば、歩きながら見る河原の石は角度によって、まるで違う石に見えることがあるからである。
まあまあの石を見つけて、他に良い石が無ければ帰りに持っていこうなどど考えて、ちょっと大きな石の上に乗せて置くことがよくある。
収穫が無くて、帰りにさっきの石を持っていこうと思い、その石を置いたあたりで立ち止まってきょろきょろしても探しても見つからないことがある。あれっ?と思って何分も探しても見つからないこともある。
そんな経験から、河原の石は何度行ってもすべてを見尽くすということが無いということを感じている。




(NOー1)
水石の産地に付いて(H17.11)

水石の産地の多くは「川」である。
筆者は住んでいる地域の関係で「多摩川石」の探石によく出かける。
水石を始めた頃は、多摩川に行けば「多摩川石」が見つかるのだろうと、漠然と考えていた。
ところが数年の経験で、水石として「多摩川石」と呼ばれるような石は、ある特定の地域に集中して産出することがわかった。
最近はもっぱら同じ場所に繰り返し出かけて、そこそこの石をゲットしてくる。
ということで、水石展に展示される「多摩川石」は、多摩川なら何処にでもあるというものではないのである。
このことは、他の産地でも同じではないだろうか。
水石の産地だけ聞いて、そこに探石に出かけても、まず良い石にはめぐり合わない可能性が大きい。


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