燈台(林哲夫作、油彩画) TOP
2005年6月30日(木)雷鳴を聞くともなしに蜘蛛の番
朝日新聞6月29日号文化欄「文芸の風」に荻原魚雷が登場した。古山高麗雄について編集委員の由里幸子女史にインタビューされたのだ。《ぶっそうなペンネームと違い、静かな人だった》って、ここが一番おもしろかった。
今日のパリ本、富沢有為男『ふるさと』(桜井書店、一九四三年再版、初版は一九四二年)。「林泉」という一篇はパリとベルサイユに別れて滞在していた晩年の岡田三郎助夫妻の微妙な関係をある種の名文で綴っている。日本へ品物を送る際に《普通絵の場合なら印刷物として送るのが当時の私達の習慣であつた。中にはそれをもつと安上りにさせるために商品見本とする人もあつたが、本来、絵なぞは貴重品と云ふのが至当なのかも知れない。》・・・今でも宅急便で送るときに「絵画」とは書きにくいこともあるので、同じだったのだナと納得した。
富沢有為男『ふるさと』、表紙は木版刷り。再版にはカバー、初版には函があるようだ。
ギックリでバタンキューより10日間ほどのナベツマ。先週はラッキーなことに自宅近くの仕事場だったので、蘊蓄のお迎えつき。ところが、今日は大阪の南の果て、K市で朝から講演のお仕事だった。乗換えが何度もあるので、腰のことを考え、余裕を持って1本早く着く予定で出かけた。しかーし、悲劇はN電鉄T駅での乗り換え時に起こったのだ。ホームに入って来た電車に、ふっと乗車してしまった。魔がさしたとしか思えない。扉が閉まった。「あれ? みんなどうして乗ってこないの?」なんて・・・これ普通電車じゃん!
ぎゃっ、と叫んだがすでに遅し。二分後発の急行電車に乗らなければならなかったのよ! 柄にもなく(?)取り乱して騒ぎまくったあげく、たまたま目についた大学生の兄ちゃんをつるし上げ、じゃなくて対処法を教えていただき、猛スピードで電車一番後ろまでダッシュした。すごい形相で車掌に詰め寄るナベツマ。車掌のほうもぎょっとして大慌てで車掌室から出てきた。
「ど、どうされましたか?」
「急行よ、急行、キューコー!」
「えっ、お客さんはこうおっしゃりたいんですね、急行はどこだ? じょ、冗談ですよ、それはですね・・・」
ダイヤグラムを覗き込む車掌。
「急行はずう〜っと後ですね」
「ええーっ、じゃあこの電車がK市まで一番早いってこと?」
「ピンポーン。さようでございます」
「があああああーん!!!!!!」
なんて落ち込んでる場合じゃない。さっきの大学生のいる車両まで猛然とリターン、その兄ちゃんをつるし上げ、じゃなくて拝み込んで携帯を貸してもらい、講演の担当者に連絡を取った。結局、講演が始まる時間ジャストには、一時間も前に着いて待ちくたびれたわよ、てな顔をして演台に立っていた・・・。
ナベツマの見る夢は10本に1本は空を飛んでる夢、5本に1本は総天然色カラー、そして3本に1本は講義に遅れてうんうんうなされる夢なのである。夢が正夢になって、腰の痛みをすっかり忘れていたナベツマであった。
夏のルビーと呼ばれる桜桃が、当然ながら、食べるたびに減ってゆく。ちなみに宝石の「ルビー」と「ふりがな」を意味する「ルビ」は同じ
ruby である。大正七年五版の『活版術捷径』(渡辺八太郎、明治三十一年初版)には「欧文活字大小種類」として見本刷りとともに次のような名称が掲げられている。小さい方から順に。
ペール Pearl
エゲート Agate 米国 ルビ Ruby 英国
ノンパレール Nonpareil
ミニオン Minion
ブレビア Brevier
ボジヨイス Bourgeois
ロンプライマー Long Primer
スモールパイカ Small
Pica
パイカ Pica
イングリッシュ English
グレートプライマー Great Primer
ペール(真珠)、エゲート(めのう)、ルビ(紅玉)・・・誰が何故こういう名前を付けたのだろう。15世紀後半に英国で初めて活版印刷を行ったカクストンは、ブリュージュやケルンで修行した。その当時からこれら外国風な名前が用いられたものか? なおルビのサイズは5.5ポイントに相当する。
ウンチクの最新装幀本ができた。『宮本常一 旅の原景−なぎさの記憶』田中慎二・荒木肇(写真)佐田尾信作(文)・みずのわ出版刊・2625円。書肆アクセス半畳日記に書影が出ている。瀬戸内海の島々をカラー写真と文章で紹介する中国新聞連載をまとめたもの。瀬戸内海はまだまだ美しい!
今日のパリ本、正宗得三郎『マチス』(アルス、一九二五年)。アルス美術叢書6。正宗は正宗白鳥の弟である。「マチス訪問記」がのんびりしていていい。モンパルナス通のベルネエム・ジュン画廊の裏口で《マチスの大きな絵を荷馬車に積んでゐる》ところに出会い、マチスと知り合う。郊外クラマアルの自宅を訪問する。一九一六年のことで、マチスとマルケに正宗が日本へ帰る話をするところでは、《今は戦争の為め航海の事や寄港地の模様を話した。地中海は通れない為め日本にはこれから二ヶ月後でなければ着かない》という発言もある。
正宗得三郎『マチス』、奇妙な焼け方をしている。
夕張甜瓜(メロン)と山形桜桃(さくらんぼ)のいただきものあり。夫より妻が大事と思いたい、ナベツマであった。
『coto』10号出来上がる。「腰のあるうどんのような高松の底力」(古書へんぺん記6)を寄稿した。例の『スタイン抄』を発見した顛末など、郷里高松での古本漁りについて。ご注文はキトラ文庫 kitora@sikasenbey.or.jp(頒価300円、送料100円)まで。麻生信之と安田有の詩が好きだ。
「本の愉しみ つくる・治す」が学校法人遺愛学院ホワイトハウス(函館市杉並町23-11)で開催されるという案内葉書。書物の歴史と保存修復に関する研究会主催。
『辻馬車』11号(大正十四年一月号)に小野勇(松二の弟)が次のように書いている。
《何処かで第一書房の主人が月下の一群や日夏の定本詩集や、敏詩集は営利本位でないと威張つてゐた。だが、月下の一群に訳された仏詩人の原本は、仮綴のそれでゐて気持ちがいい、丸善で高くつて一円五十銭位ではないか。書斎の永遠の飾りとして買へる人にはいい、だがぼく達のやうに下宿住ひにとつてはこけおどしにすぎない。一体、とても豪華な本、売れる見込みの少ない本を出すことが、営利本位でなく、そして、芸術的良心にでも富んでゐさうに見えると思ふやうな事は、いささか時代めいてはゐないだらうか》
まったく同感である。ただし《書斎の永遠の飾り》にもならないだろう、あの造本では。とにかくどの本もセンスに乏しい。貧乏人のヒガミかも知れないが。
ついでに、改造社の円本について塩澤実信氏は次のように書いている。
《全36巻、菊判上製、6号活字、ルビつき3段組み、600ページ、単行本4、5冊分にあたる3200枚の原稿を1冊に収め、定価は各巻1円という前代未聞の安さだった。》《当時、単行本は1冊2円から2円50銭はしていた。その3、4冊分の分量が収まって、10分の1近い値段で買えるというわけである。/東京市内のタクシーが、メーター制ではなく、どこへいくにも1円で足りた時代だった。》(『週刊20世紀1926』朝日新聞社、二〇〇〇年四月二十三日、p34)
要するに一文字あたりの値段が画期的に安かったということでしかない。文中《当時、単行本は1冊2円から2円50銭はしていた》というのはどうかな? 小野勇の非難する『月下の一群』は4円80銭だったけれども。
今日のパリ本は獅子文六『山の手の子』(創元社、一九五一年)。《一体、文士があれだけあちらに出かけながら、巴里や欧羅巴を描いた作品が一冊もないといふのも、甚だ不思議なことである。精々、巴里や欧羅巴にゐる日本人を描くに過ぎない。》・・・てあなたも?
獅子文六『山の手の子』、帯で四分割に見えるような仕掛け。
長新太死去。『おしゃべりなたまごやき』(福音館書店)は息子に買い与えて自分が楽しんだ。長新太の装幀本もちょっと集めてみたい気のするもの。もうひとり、奥崎謙三死去。彼の自動車修理工場が神戸の湊川神社の近くにあって、長田に住んでいたころにはよくその前を通った。檄文が外壁にびっしりとペンキで書き込まれていた。「ゆきゆきて神軍」は日本映画の私的ベスト3に入る傑作だ。
「[本]のメルマガ 」 vol.217 [万引は許せない 号]、特別掲載「万引犯、許すまじ――現役店長の立場から」/
本屋一郎→書店員になってから20年、万引き犯と日々向き合い続けてきた苦悩の顛末・・・《昨年度の私の勤務する書店の最終ロス率がだいたい2%強だった。細かい計算は省くが、ごくおおざっぱに言って一日40,000円分の商品が売り場から消えている勘定になる。40,000円ですよ? もちろんロスが生まれる原因は万引きだけではないが、それにしても一日40,000円、一ヶ月に1,200,000円、一年間に14,400,000円という金額の書籍の、確実に大半が万引犯の毒牙にかかっているのである。》・・・新刊書店の泣き所だろうか。それにしてもキビシイ。
西村氏よりメールあり。《〈最近の佐野本収穫〉『青果の市』芝木好子/文藝春秋/昭和17.07.15 → なんと¥2,000でカバ付見つけました、芥川賞本でとても高額本(ん万円!)であるらしくあきらめていたものです》、やっぱり熱心に勝る極意なし。
今日のパリ本はカルコ『芸術放浪記』(永田逸郎訳、青木書店、一九四〇年)。昭和八年に『モンマルトル・カルティエ・ラタン 芸術放浪記』(永田逸郎訳、春秋書房)として刊行されているもの。原題はDe
Montmartre au Quartier Latin (モンマルトルからカルチェ・ラタンへ)、第一次大戦前後における芸術家の溜まり場の変化を表している。
青木書店版『芸術放浪記』
わが家の冷蔵庫は製氷モードにしておくと、できた氷がガラガラッと冷凍庫の氷ケースに落ちる仕掛けになっている。その音がうるさいのだ。OFFにし忘れて、夜中に氷が落ちると、ミカンが飛び起きてウロウロするほど。
ここのところミカンの食欲がない。熱でもあるんじゃないかと心配したナベツマが電子体温計を買ってきた(やっと買い物に出られるくらい回復しました)。ミカンは三十七・七度、問題なし(犬はだいたい三十八度が平熱)。ついでにウンチクも三十六・六度で平熱。ところがナベツマがなぜか三十六・八度もある。いつも三十六度弱なのだ。あわてて計り直したら今度は三十七度! 「急に気分が悪くなってきたわ」・・・と言いながら近所の新刊書店へ涼みに行った。戻ってから計ると平熱になっている。あんたは変温動物か。
『光の詩人 福原信三・信辰・信義 写真展』(6月14日〜7月17日、ハウス
オブ シセイドウ)の図録が届く。ピクトリアリズムの信三、抽象性の高い信辰(路草)、メープルソープみたいな花を昭和ヒトケタに撮っている信義、不思議な写真世界である。
『凶會日』(大阪市北区天満1-7-23-601 松村方)創刊号が送られてくる。松村信人氏編集の同人雑誌。松村氏の「私的七十年代(一)」が面白い。寺山修司が選者をしていた『高3コース』に落選するところから始まって、七十年安保前年に関西学院大学の文芸部へ入り『十字星』に係わり『縊死』を創刊する。学園祭での講演者捜しに上京し、電話帳を調べながら、大江健三郎、吉本隆明、寺山修司、天沢退二郎らに依頼するも断られ続け、村上一郎にやっと承諾してもらう・・・次号以降も楽しみな連載である。装冊子=倉本修。ちなみに凶会日(くえにち)とは、悪事の集まる凶日、婚礼・旅行などすべてに悪日、月毎に特定の干支の日をあてる、そうである。
23日にパリ本の箱を開けたので、その中から『せ・し・ぼん』の表紙(岡本省吾)を掲げてみる。堀口大学の序文にいわく《僕の同時代人の中では、薩摩治郎八君が僕の知る限り、ヨーロッパの社交生活に、長期に渡って一番派手に金を使い続けた日本人だ。》《ところが薩摩君のは、只なんとなく使ったのだ。ヨーロッパの社交生活を楽しむために使ったのだ。自分も楽しみ、人を楽しませる以外の目的なしに只何となく使ったのだ。》
薩摩治郎八『せ・し・ぼん』山文社、一九五五年
『彷書月刊』7月号、特集・このさき諸星大二郎一丁目。編集部イガグリ・トリオの鈴木君の企画らしい。一九七〇年の『COM』への投稿作品や細野晴臣まで登場して愛好家必見に仕上がっている。南陀楼綾繁の連載「『本コ』教室で学んだこと」には本コの長所と限界がきちんと書き込まれていた。近代ナリコ『インテリア・オブ・ミー』(PARCO出版)の広告あり、六月下旬発売予定(!)。
弥生美術館・竹久夢二美術館『美術館だより〜近代の挿絵と竹久夢二〜』81号。「華宵の会」報告、嶽本野ばらギャラリー・トークの記録、竹久夢二デザイン作法〜美術雑誌『ユーゲント』からの図像借用について、内藤ルネ初公開コレクション展の案内(7月1日〜9月27日)など。
『立原道造記念館』34号。「立原道造賞」の創設! といっても詩の分野じゃなくて『日経アーキテクチュア』誌の建築設計コンクールに応募した二十代の最高作に送られるそうだ。夏季企画展は「立原道造が綴った真情〜美しい書簡に託して」(7月1日〜9月25日)。
ちなみに立原記念館と弥生美術館・竹久夢二美術館は東京大学工学部の北隣(暗闇坂)に並んでいる。弥生式土器の名前は美術館などの裏手にある弥生貝塚に由来する。昔の地図で言えば、第一高等中学校(後の第一高等学校)を含む本郷区向ケ岡弥生町(現・文京区弥生)。『江戸切絵図集』では広大な「水戸殿」の屋敷内である。弥生貝塚をネットで検索してみると、面白い逸話が書いてあった。坪井正五郎が弥生式土器を弥生貝塚から出たものだと思い込んで論文を発表したところ、それがそのまま土器の様式名となってしまったが、じつは問題の土器は別の場所から出土しており、弥生貝塚からは縄文式土器しか出ていないそうである。弥生式土器は弥生とは無関係なのだ。
かもねぎショット公演「ロシアと20人の女たち」が下北沢ザ・スズナリで8月3日〜10日まで行われる。
寺町三条上の額縁店へ。用事を済ませば古本屋・・・のはずだが、今日はぐっと我慢して岡崎公園に向かう。まず加守田章二展を見る。装飾性に優れていて、色彩感覚がじつに渋い。ただ、図柄の目新しさが勝ちすぎていると思う作も少なくなかった。近々講談社から『加守田章二全仕事』が出るらしく、束見本(ジャケットは付いているが、中はまっ白)が並んでいた。
常設展示では谷中安規の版画26点ほど(いつも長谷川潔の並んでいた部屋)と千種掃雲の22点が目新しかった。
府立図書館へ。『復刻版辻馬車』(日本近代文学館、一九七〇年)を通覧し小野松二関連記事を再チェック。『井伏鱒二全集索引』(双文社出版、二〇〇三年)の小野松二をチェックし『井伏鱒二全集』(筑摩書房、一九九六〜二〇〇〇年)から必要箇所だけコピーする。井伏は『作品』と小野についてほぼ同じ内容をいろいろなヴァージョンで昭和六年から昭和五十八年にわたって十回以上書いている。
帰宅して休息。テレビ録画でアニエス・ヴァルダ監督のドキュメンタリー「落穂拾い」(2000)を見る。じつに面白い。ミレーのあまりにも知られた作品「落穂拾い」(Les
Glaneuses)から始めて、いろいろな品物を拾うことに執着している人々、貧しさのためもあれば、趣味もアートもあり、もったいないからという人々まで、さまざまな映像をインタビューで拾っている。原題は「Les
Glaneurs et la glaneuse」で「拾う人々と拾う女」、「拾う女」とは監督自身のこと(なお glaner は「落穂を拾う」で「拾う」はラマセ(ramasser)が普通だが、映画の趣旨から意訳した)。
印象的だったのは、ミレーの絵で落穂を拾っているのはみな女性であり、彼女たちは収穫の終わった後で、おこぼれを頂戴しているということと、落穂拾いは基本的に女性の仕事でグループで行うのを常としていたということ(だから原題は女性形複数になっている)。「落穂拾い」を眺めてのどかな風景だなあなどと思うのは大間違い。発表当時(1857)には社会主義的だという批判がなされたほど、バリバリの社会派絵画なのである。
フランスでは今日も法律によって収穫後の畑などで残った作物を拾うことは認められている。一五五四年の勅令以来の伝統だそうだ。それにしても日本では物が大事にされないなどと苦言を呈する識者が少なくないけれども、フランス人もそうとうな捨てる人種である。バンバン捨てている。それをまた拾う人がいるのだ。拾い魂に火がつく映画。85点。
ちなみに『出埃及記( シュツエジプトキ)』第二十三章十一節に《但し第七年にはこれを息(やす)ませて耕さずにおくべし而して汝の民の貧しき者に食らふことを得せしめよ其余(あま)れる者は野の獣これを食らはん汝の葡萄園も橄欖(かんらん)園も斯のごとくなすべし》とある。
昨日、ナベツマが電話したら、郷里の母が収穫済みの苺畑から苺を拾わせてもらったという話になったそうだ。それで苺ジャムを作るのである。売り物にならない苺、ただし酸味も甘みもまったく劣らない(苺っていうのは今がシュンなのだ!)。グラヌーズは日本でも健在なり。
ナベツマは腰痛をおして(めったにない)仕事へ出かける。講師のようなことをしている。幸い、わが家からさほど遠くない向日(むこう)町。競輪で有名。正午過ぎに会場まで車で迎えに行く(往きは渋滞の懼れあり、電車利用)。
途中、久しぶりに「ブ」をのぞく。本棚のレイアウトががらりと変わっていて別の店のようになっていた(ちなみに会場までのルートを調べた地図帳では、四角文字白抜きの「本」記号のあとに《オフ》と記載されている)。変わったのは配置だけで、内容にそう変化はなかった。澁澤龍彦『玩物草紙』(中公文庫、一九八六年)のみ、105円なので。
『サンパン』の次号の原稿にかかっている。小野松二は大正十一〜二年頃にイギリスへ渡った。詳細は不明ながら、当時の渡英のルートなどを調べようと資料を探す。パリ本はいろいろあるのだが、イギリスとなると・・・。いずれにせよルート的にはスエズ運河経由の日本郵船が普通である。シベリア鉄道はシベリア出兵(1918〜22)によって考えにくい。例外的にアメリカ経由で行くこともあった(長谷川潔は、大正七年末に、第一次大戦後初の欧州航路第一便が満員だったため、横浜からニューヨーク経由でパリに向かった)。
日本郵船ならば、神戸からマルセイユまで四十日、ロンドンまでさらに八日かかった。少し後、昭和四年の資料では、神戸〜ロンドン間の三等料金は42ポンドである。昭和四年のおおよその為替相場は1ポンド=5ドル、1ドル=2.3円、すなわち1ポンド=11.5円だから、42ポンドは483円ということになる。当時の1円=今日の4000円で計算すると1,932,000円、ざっと200万円は必要だった。それも一番安い三等で。大正十四年刊の萩原朔太郎『純情小曲集』(新潮社)に「途上」という有名な一篇がある。
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん(下略)
「あまりに遠し」というよりも「あまりに高し」だったかもしれない。ちなみに大正十年に岡本一平が世界一周の旅に出ているが、これはトーマス・クック社が募集した日本での第二回目の世界一周パック・ツアーだった。その費用は8,500円(×4000で3400万円)だったという。
『一平全集 第八巻』(先進社、一九二九年)世界一周漫画漫文集他
ナベツマのぎっくり腰は日々少しずつ良くなっている。そのため、料理担当になったウンチクが適当に作っていると、チェックにやってきては小言の連射。ニンジンが分厚いだの、キュウリに塩もみをしてないだの、氷の作り方がなってないだの、レンジ周りが汚れているだの、ミカンの水を換えてないだの、世に小言の種は尽きまじというかんじ。イントレランスとはこういうことか。ま、馬耳東風、本日はナベコレの青クーザンスを使ってカレーなど作ってみた。
久しぶりに古書店すむーす堂の整理する。売り切れた本に注文が重なるので、削除と追加。
五月に上京したときの写真をやっと現像した。いまだにフィルム・カメラ愛用のウンチクである。しかしロクなものを撮っていない。なかで白眉(?)は荻窪のささま書店を訪れた(5/9)記念の一枚。月曜日の真昼間ですぞ、この風景。

熊本の五高記念館所蔵「肥後村々雨乞行列彩色画」などには、神主が巨大な陽物(人の大きさと比較して三メートルはある)を着けて巫女を追いかける雨乞い行列の図が描かれている。『みんぱく』6月号にそんな絵巻がいくつか紹介されており、聖職者の堕落が干ばつの打破を呼び込むという連想を喚起するものだろうか、といった解説が施されていた。まあ、そんな構造解釈をせずとも、単純に、楚の襄王が夢の中で巫山の神女と交わった(巫山の雨、または巫山の夢)という故事に習ったと考えておく方が自然のように思われる。つい数日前にも、徳島県の渇水したダムで古式の雨乞いが行われたというテレビ報道があった。そこでは神主の前で褌と簑傘だけを着けた男たちが裸踊りをしていた。神女との交接によって雨を呼ぶ、ストレートなアイデアである。
「太陽の塔」の中を見学しませんか?
という案内が届いた。7月24日に決行(6月30日申込締切)。詳しくは、デイリー・スムースで見ましたと言ってこちらまで shio123@star.odn.ne.jp
昨日の続きで花森安治の装幀本。昭和七年《天下泰平の当時東京、パリ間のメールはシベリヤ経由で二週間、アメリカ経由は一カ月、海路スエズの運河だと四十日近くかかつた。重要書類は正本をシベリヤ、副本をアメリカ廻りで出すのが銀行、会社の取扱いぶりであつた。》と『フランス通信』(岩波書店)で知られる著者の滝沢は書いている。
滝沢敬一『ダンナさまマーケットに行く』暮しの手帖社、一九五九年二刷
夏椿は沙羅の花のこと。一日で花が散る。近所の住宅に植えられており、つぎつぎ白い花を咲かせては路上に落としている。なお、シャカ入滅時に植えられた沙羅双樹というのは、フタバガキ科の樹木(ヒンズー語でサール、Shorea
robusta)で夏椿とは別種だそうだ。
パウル・クレーの新しい美術館 Zentrum
Paul Klee がベルンに今日オープンした。このサイトのトップには《世界中のほとんどの美術館は月曜日休館で、わたしたちも例外を作るつもりはありません。でも、今日は例外的な月曜日、オープンの日です》などと書かれている。へんなの。
デイリー・スムース読者の方が、ナベツマのぎっくり腰を心配して「東洋療法桂治療室」を教えてくださった。わが家のごく近く(歩いて十分以内)なのだが、まだそんなに歩けないので車で連れて行く。住宅地の中で少々迷う。たどり着いたところは、天井の高いフローリングの室内に観葉植物や型染めの暖簾、壁面には万里の長城や五島列島、海の夕日、瀧、噴火口などの写真が掛け廻らされており、治療室というよりも東洋風カフェといったかんじである。診察してから鍼治療。日常生活や散歩についていろいろアドヴァイスをいただく。ぎっくり腰よりも肩こりの方がヒドイそうだ。むろんそれらはすべて関連があるわけだが。筋肉をもう少し自然に無理せず鍛えなさいとのこと。
遠藤哲夫さんより東京スムース友の会のときの写真が送られてきた。ありがとうございます。先日の『関西文学』食特集をお送りしたところ、ブログ上でウンチクのエッセイの内容を要約紹介してくださっている。興味のある方はのぞいてみてください。読んだつもりになれます。「ザ・大衆食つまみぐい」6/18。
小野松二編集の雑誌『1928』創刊号、第二号、『1929』六月号、九月号の四冊が今年の七夕古典会に出品されている。入札最低価格8万円。単純に一冊2万円パーである。どこか図書館か文学館が購入してくれれば閲覧や複写の可能性は残るのだが・・・。神奈川近代文学館あたりどうですか?
姫路で買った花森安治。今さら集めるつもりもないが、安いとつい手が出る。これ案外珍しい。
花森安治『暮しの眼鏡』創元社、一九五三年、著者自装
姫路文学館へ。最終日。今日は間違えないように番号を確かめてバスに乗り込む。念押しで運転手に(若い女性だった)「文学館へ行きますか?」と尋ねてみた。ところが「行きません」という答え。「え? 市之橋の文学館ですよ」「あ、行きます、行きます」。ひょっとして知名度、低くない?
おお、わが書物絵画の展示は搬入時のまま整然と並んでいる。われながら美しい・・・が、少々さびしい。どうも古書即売会自体の認知度が低かったようだ。まあ、初めてだからしょうがないだろう。あらためて会場の本をゆっくり見て回ってみると、それなりに拾えるのだ。とくに徳島から参加した書店さんの台が良かった。目録からは桑島玄二『詩集竹薮』(天秤発行所、一九七五年)を注文していたので受け取る。午後三時撤収開始。市内にお住まいの知人Kさんが手伝ってくれたので助かった。
昨日、扉野良人より桑島玄二の『兵士の詩 戦中詩人論』(理論社、一九七三年)のコピーが届いていた。椎の木社(5/5、5/6)のところでもちょっと触れた『葩の思意』の著者浜名与志春についての論考など。ちょっと気になったのは《百田宗治によって創刊された生活派的な詩誌『椎の木』も、第三次、四次と重ねていくうちに、モダニズムの波に洗われていった。》とあるところで、第四次椎の木というのがあったのかどうか?(単なる桑島の勘違いか?)。
また《浜名与志春は、北園克衛をシュルレアリストとすることに反対したのであった。つまり、歴史的にみて、北園はコミュミズムへの傾斜がないから、シュルレアリストでないとするのである。》《北園はシュルレアリストではなく、超現実的近代風俗抒情詩人であるとした。》と桑島は書いている。こんなシュルレアリストの定義が行われていたとは少々あきれた。
下図は扉野の送ってくれたコピー。カッサンドルのパクリ装幀と内山書店のレッテル。
桜井忠温『土の上 水の上』実業之日本社、一九二九年十一版、装幀=著者(!)
同書に貼付のレッテル「上海
内山書店」
先日、奥歯の詰物がポロリと取れて近所の歯科医院へ出向いた。十ほども治療台(椅子)のあるけっこう大がかりな歯科なのだが、さらに15インチの液晶テレビがセットされた治療台をいくつか増設していたのには驚かされた。ズラリと治療している様はロボット工場かと見まがうほど。ほとんど待ち時間もない。『少年ジャンプ』の「ハンター×ハンター」を探す余裕もないほど(連載が不定期なのでどの号に載っているか分からないのだ)。
以前から担当だった院長先生は、三年ぶりだったせいか、頭髪が少々薄くなっていた。治療そのものは接着剤で着け直すだけなのでさほど手間もかからなかった。作業に取りかかってしばらくすると、スタッフの女性が院長にこう告げた。
「奥様から内線がはいってます」
「なんやて?」
「歯が痛いから診て欲しいそうです。今日でも、明日でもいいからと」
「なんもいうてなかったな。すぐに来たらええやないか」
歯科医の妻でもやはりギリギリまで我慢するものなのだ。こちらの治療が終わった頃、奥方らしい初老の女性が隣の席にやってきた。お大事に。
昨日届いていた『北の文庫』41号、小特集・えぞ文庫 Forever(北の文庫の会 札幌市西区西野7条6丁目1の17)。えぞ文庫古川實氏を偲ぶ特集。デイリー・スムース1/22で『古本えぞの細道』を紹介した記事が転載されている。高価な限定本や初版本じゃなく、汚くても薄っぺらいくても、変わった資料を見つけたときにドキドキする感じがうれしい・・・、そのとおりですね。
同号では亀井秀雄「貸本屋さんの文学史」も教えられるところが多い講演記録だ。円本時代の一円がいくらかという点について、大正時代末の《1円は現在の3,500円前後。使い方によっては、4000円くらいの使いデ感がある。》《1円50銭か2円程度の日給で働かされている労働者にとって、1円は遙かに貴重だったはずで、つまり1冊1円の本は決して安くない。むしろ高嶺の花の、知的装飾品だったはずです。》と書いておられて、まったく同感である。コーヒー10銭からしても1円は現在の4000円前後と思える。その円本(エンポン)がバンバン売れたのだから版元は笑いが止まらなかっただろう。本が売れるという幻想はこのとき作られたか?
西秋書店さんより、渡辺一夫装幀『時代と運命』(浅野晃、白水社、一九三八年)、佐野繁次郎の記事・挿絵などの掲載雑誌、洲之内徹の小説「砂」掲載の『中央公論』(一九五〇年十一月、文芸特集号)など届く。よくぞ見つけてくれたというようなものばかりで感激する。浅野は書いている。《日本だつて今なほこれほどウルトラが沢山ゐるのであるから、支那に至つてはなほ更さうの筈である。極言すれば、現在支那の若いインテリゲンチアがウルトラにならなかつたとしたらおかしいくらゐなのだ。そうだとすれば、日本のウルトラ思想が、支那の青年たちに多大の影響を与へてゐだらうことは容易に想像されるところである》(「戦争と思想」)・・・う〜む、中国ウルトラの母は日本だったか。
ナベツマは最近eBayで4連勝してしまった。すごい!(まっ、他の人が興味を持たないとこうなる。)
で、やって来たのはかわいいダンスクの片手ソースパン、一番小さなタイプでバターウォーマーとも呼ばれている。色は、茶色がかった渋いオレンジ/BURNT
ORANGE。ほら、ヤフオクの即決価格でゲットしたソースパンの妹分にあたるのだ。
そのバターウォーマーをのせているのは、アメリカからの段ボール箱。えっ、あにこれ? チビ鍋にこんな大きい箱なんてあり? というよりも、「郵便局でーす。定形外郵便をお持ちしました!」と言うので、玄関を開けたら、バイクのトランクをパカッと開けて取り出したのがこの段ボール箱(遠目に見たが、入っていたのはこの箱のみ。というか、これだけで満員)。ハンコを持ち出したら「定形外郵便ですから、ハンコいらないんですよ」と言われた。うそ、しかもまじ軽い。中を開けても緩衝剤だらけで、中身がどこにあるのかさえ分からない。もちあったけど。
いやー、お国違えば、定形外郵便も違うのね。計ったらサイズ100のゆうパック並で、北海道から送ってもらったら1600円かかる計算だ。
じゃあUSAからは? $18.95よ〜ん。なんだ、変わらないじゃん。ようするに、軽けりゃ安いのが「letter-post」。これで、発送5日で京都安着。以前はこのletter-postでひどい目にあったので2度と利用したくなかったが、今回の出品者はこちらが「必ず小荷物で送ってね」と頼んでもそれには返事なしで、安い送料を知らせてきた。どう考えてもletter-postの値段だったが、それ以上はどうしょうもできずで諦めた。そしたら、デカデカ箱で到着となった次第。おおっそんな手があったか!
「早い!安い!無キズ!」で相当うまみがあったソースパンとなった。ちゃんちゃん。

直径9.5cm、容量0.5L、360gの軽〜いプチナベなのだ。右の写真は、それぞれの鍋と鍋が入っていた段ボール箱。左が
letter-post「定形外郵便」。右が航空小包。
姫路文学館へ陳列に出かける。午前中に着こうと思って早めに家を出た。チケットの関係で三ノ宮まで阪急、そこでJRの新快速に乗り換える。姫路駅まで二時間余り。駅前からバスに乗り込んだ。たくさん路線があってはっきり分からなかったので、運転手さんに「文学館、行きますか?」と尋ねた。行くという返事。安心して乗っていたら、姫路城大手門のところで右折した。左折のはずだが・・・と一瞬不吉な予感がかすめた。美術館、博物館を通り過ぎた。遠回りして行くのだろうと自分を納得させた(これが良くなかった、美術館前で降りるべきだった)。するとバスはどんどん姫路城から離れて郊外の街道を突っ走る。ぐんぐん緑の山が迫ってきて、ようやくバス一台が通れるほどの道に突っ込み、それでもまだしばらく走った。そしてついに「終点です!」。客はウンチク一人。
道路の奧は木立。ひなびた住宅街。畑。バス停のひょろりとした標識、古びた木のベンチ。一時間に一本しかない運行表。日差しがきつくなってきた。さきほどのバスがUターンしてくる。憮然として乗り込む。「文学館にはどうやって?」とふたたび尋ねる。「姫路駅まで行くしかないなあ。お客さん、降りないで乗っとって」と運転手。じたばたしても始まらない、姫路の郊外風景を楽しもう。燕がフロント・ガラスの前を掠めて飛び去った。
二十分ほどで姫路駅前着。振り出しに戻った。当然、他の乗客は降りてしまう。そのままバスは車庫に入らず鉄道に沿ってしばらく走った。「文学館までは行けんけど、近くまで送ります」と運転手さんは言う。思わぬ貸し切りバス状態。文学館の標識が見えたところで降ろして貰う。不思議なミニ姫路ツアーだった。正しいバスの乗り方はこれです[JR・山電姫路駅前から市営バス6・8・9番系統、神姫バス(UFJ銀行前)11・12番系統に乗車約7分、「市之橋・文学館前」下車、北へ徒歩3分]。
古書店会場は北館の二階。なかなかいいかんじの展示スペースだ。「書物の肖像」は全点ショーウインドウの中に飾った。けっこうカッコイイぞ。ぜひご来場ください。姫路城も遠望できるし、安藤忠雄の建物も眺める分には悪くない。駐車場もある。19日昼頃にはウンチクも会場に出かけます。最終日なので午後3時まで。
《今日届いた目録、月曜倶楽部+五反田古書展、月の輪書林『ARE1〜10号一括美本』20000円、注文殺到? では。》とMさんよりメールあり。そういえば、そんなこと高橋さん言ってたな。なにしろ表紙は手彩色ですから(月の輪書林
tel.03-3734-2696)。
「YAFOO!」というフィッシング・サイトが摘発された。「YAHOO!」としなかったところがニクイ(?)。ヤ、フォー!ってあんたはハードゲイか。
つい最近「アルチュール・マンボー」というタイトルを古書目録で見つけた。てっきり北杜夫のパロディ本かと思ったら、クロード=エドモンド・マニー著、有田忠郎訳、白水社、一九八二年となっていたので、単なる誤植のようだ。大岡昇平の『昭和文学への証言』のなかに青山二郎のダジャレ命名法について、中島健蔵を「泣かじ負けんぞ」そして《小林秀雄を「小噺しすんだか」は説明をきかなければわからなかったが、ランボオ「地獄の季節」の出版記念会を、「アル中乱暴の会」とつけたのは、傑作の方だった。》(p102)とあったのを思い出した。
『古書通信』911号の拙稿に誤植があった。「ブログ」とあるべきところが「プログ」となっていた。二カ所の「、、」が「○」に。ただし、送信および郵送した元テキストは間違っていない。校正はファックスで送られてきたのだが、文字が潰れ気味で濁点までは判別できない状態だった。書いた方としては当然「、、」と思って校了した。とんだ落とし穴だった。
『関西文学』50号の拙稿にも、引用部分に間違いがあった。これはあきらかにウンチクの誤写である。《それにパンを乗せて》(p7)としたが、《それをパンに乗せて》でなければおかしい。上下逆転してしまう。
『播州と書物』にも誤記があった。「東側」と「西側」が一カ所混乱してしまった。これもウンチクの間違い。
さらに『クチン』25号の《『現代俳句』第二十八号》は《『俳句現代』第二十八号》の誤記(デイリー・スムースにも間違って書いた)。阿瀧康氏の指摘であるが、ゆゆしいのはそのあと、俳句の定型条件のうち「切れ」を即「切字」と解釈してしまったのは、まさに素人の浅はかさであった。「切字」は「切れ」の一つの表現形態でしかない。切字のない意味上の断絶
extinction も「切れ」なのであった。訂正いたします。
小野松二が執筆している『英語青年』が「日本の古本屋」に出ていたので購入してみると、『英語研究』(研究社、昭和四年五月号)だった。英語関係に強い本屋さんならではの勘違いか。
また、なぜか古書現世の向井若旦那のことを「透史」ではなく「秀史」と書いてしまった。デイリー・スムースもそうだし、郵便物の宛名まで間違えた。申し訳ない。しんにょう注意、「すけし」と覚えておこう。ボケも入って誤植だらけの日常である。
ごく近所に「みはら病院」という産婦人科がある。いつも「はらみ病院」と読んでしまう。
古書現世『逍遙』67号。『安東次男詩集 死者の書』(書肆ユリイカ、一九五五年、小島輝正宛献署入)が出ている。これがなんと15,000円(!)。即注文・・・といきたいところだが、ああ、貧乏人の辛さよ。また『石神井書林古書目録』66号も昨日届いた。欲しい本が目白押し。心臓に悪い。小野松二の名前も単行本の『十年』を別にして二カ所に出ている。一つは神戸雄一編『小説・エッセイ』(朝日書房、一九三二年、『ヌウヴェル』創刊号を上製装としたもの)。井伏、横光ら錚々たるメンバーに小野の名前もまじっている。52,500円。石神井さんの近くに引っ越したい。ちょっと見せてもらえるでしょ。
『日本古書通信』911号。ウンチクの「憎さもにくしなつかしさ」がエッセイ巻頭に出ている。おそれ多い。
若松伸哉氏より雑誌『作品』についての論考抜刷(『緑岡詞林』第二十九号、二〇〇五年三月)をいただく。小野松二の『作品』における経営理念を時代背景のなかで考察しており秀逸。たいへん参考になる。若い研究者に心ゆくまで調べてもらいたい雑誌である。ウンチクは力不足を実感する毎日、え、金不足じゃないかって? 金は力なり。
最近もらった古書目録では寄席演芸・風俗趣味関係を専門とする佐藤藝古堂(埼玉県富士見市鶴瀬西3-18-17)のものが面白かった。カバヤ児童文庫とか珍しい雑書が盛りだくさんに並んでいる。値段はかなりなレベルである。
8日、クリスティーズ・ロンドン。一枚ものの世界地図としてはオークション史上最高額の545,600ポンド(約1億680万円、約100万ドル)でワルトゼーミュラー・ゴーズ(Waldseemueller
Gores)が落札された。ゴーズとは端が三角形のギザギザになった、すなわち球体をつくれるようになっている、地図の形状を指す。正式名称は『Cosmographiae
Introductio』。1505年、ロレーヌ公ルネ二世がストラスブール近郊ヴォージュのサン・ディ修道院に学者たちを集めて世界地図を作らせた。その学者団を率いたのがマルティン・ワルトゼーミュラーだった。ルネ二世が同年リスボンから入手したアメリゴ・ベスプッチのフランス語訳旅行書を基にして学者たちは1507年にこの新地図を刊行した。アメリゴ・ベスプッチに従って新大陸「アメリカ」を明記した(ということは太平洋の存在、アジアの東端ではなくてアメリカは独立した大陸だと認めたことになる)。
これまでこの地図は三枚現存する事が知られていたが、出品者で書物や写本のコレクターである某氏が、2003年2月のある朝、新聞を読んでいたら、このワルトゼーミュラー・ゴーズの記事が目にとまった。「あれ? これと似たようなものがうちにもあったぞ」と自分の所蔵品の中から探し出し、クリスティーズに持ち込んだということらしい。なお2003年に同じくワルトゼーミュラー・グループが1507年に刊行したより大がかりな地図(一枚ものではない)が1000万ドル(10億円以上)でワシントンの国会図書館によって購入されている。(以上「GUARDIAN
UNLIMITED」他の記事を参照)
世界地図ということで気づいたのは『Cosmographiae
Introductio』が、左の端にイギリス、右端にアメリカ大陸という並びになっていることである。ジパングが記載されているのかどうかネット上の図版でははっきりしないが、これはよく日本の世界地図は日本が真ん中にきていると言われる並びと似ている。ごく普通のイギリスの世界地図なら間違いなくイギリスのグリニッジ子午線0度が中央だ。だからそこでは日本は東の端っこ、地図から落っこちそうなところに描かれているわけである。それを見て日本真中世界地図に慣れた日本人はギョッとするわけである。
しかし例えば、明治時代の地理の教科書では日本はちゃんと場所をわきまえて東の端に描かれていた。下図は明治二十三年五刻(明治十七年版権免許)の『新撰小学地理書巻一』(発行=森本専助、吉川半七)。日本が少々大きいのはご愛敬。

まあ、おそらく外国の地図帳から引き写したのだろうから、日本を中央に据えるなどということは思いも寄らなかったにちがいない。他に架蔵本では明治三十一年発行の『SANSEIDO'S
NEWEST ATLAS OF THE WORLD』(三省堂書店)巻頭の世界図も中央はイギリスである。この地図は日本、朝鮮半島、中国大陸だけ日本語、その他の地域は英語の地名記載で統一している。昨今、ナショナリズム論議がかまびすしいが、日本を中央に据えたのもかつてのナショナリズム時代の産物かもしれない。不思議なことに地球というのは球体である。アーサー王の円卓ではないけれど、この点はじつによくできている。
『彷書月刊』に年四回、すむーす堂の目録を掲載している。山本、扉野、ウンチクの蔵書から選んだ販売目録である。六月号では扉野出品の世界大衆文学全集『厳窟王』上下、黒岩涙香訳、がたいへんな人気で注文が殺到した。シリーズをすべて集めるうえではこのあたりがキキメになるのだろうか。このすむーす堂イラスト目録を『sumus』のホームページにアップしたのでご覧下さい。
昨日の留守中に電話で『読む人』(スムース文庫)の注文が入った。ナベツマが住所氏名をメモした紙を渡してくれた。「大きいに点です」というメモの横に注文主の名前が書いてある・・・「○○犬」。おいおい、大に点なら「太」だろ。それから住所の地名に「まつたけのたけ」というメモがあった。念のためと思い、郵便番号簿で照会してみたが、「茸」という字名はどうしても見あたらない・・・・そうか!「松竹の竹」だ。それならある。電話の聞きとりは難しい。
昨日、Sさんが見せてくれた山本文庫の堀辰雄訳『アムステルダムの水夫』(アポリネエル、一九三六年)も掘り出しだったらしい。山本文庫については『ARE』10号に吉田勝栄氏が総目録を執筆しておられるので、吉田氏によるリストを掲げる。奥付発行日はすべて昭和十一年六月〜十一月。装幀意匠には二種類あり、叢書名のない戦後版(別意匠)もあるとのこと。詳しくは『ARE』10号または『ニッポン文庫大全』(ダイヤモンド社、一九九七年)p317参照。
1 青年文學者への忠言/玩具の談義 ボオドレエル作;中島健蔵、佐藤正彰共訳
2 小散文詩 ボオドレエル作;三好達治訳
3 地の糧抄 アンドレ・ジイド;辻野久憲訳
4 アリサの日記 アンドレ・ジイド作;山内義雄訳
5 青春/書取り アンドレ・ジイド;今日出海訳
6 ゲーテの言葉 石中象治訳
7 從軍日記 カロツサ作;片山敏彦,竹山道雄共訳
8 謝肉祭 ハウプトマン作;大野俊一訳
9 真珠孃(マドムアゼル・ペルル) モオパツサン;岸田國士訳
10 ヴェニス物語 アンリ・ド・レニエ作;草野貞之訳
11 ソグーブ大尉のお茶 ケツセル作; 柳瑞穗訳
12 田園詩 トルストイ作;平井肇訳
13 小鳥の英文學 ジェフリズ他;戸川秋骨訳
14 百花村物語 佐藤春夫訳
15 愛人への手紙 チエホフ;湯淺芳子訳
16 ロオレンスの手紙 織田正信訳
17 ランボオ詩抄 中原中也訳
18 アムステルダムの水夫 アポリネエル作;堀辰雄訳
19 ドニイズ/花賣娘 レエモン・ラディゲ作;堀口大學訳
20 蜜月・幸福 マンスフイルド作;平田禿木訳
21 雄鷄とアルルカン コクトオ作;佐藤朔訳
22 ターニヤ セイフーリナ作;湯淺芳子訳
23 獅子狩 フイリツプ作;堀口大學訳
24 戀する人 リルケ作;茅野蕭々訳
25 ポオ論 ボオドレエル作;小林秀雄訳
26 夜の歌 ニーチエ作;登張竹風訳
27 エピキユルの園 フランス作;草野貞之訳
28 博物誌抄 ルナアル作;岸田國士訳
29 千載一遇 ジエームス作;平田禿木訳
30 病中日記 ドストエフスキー;中山省三郎訳
31 旗手クリストフ・リルケ愛と死の歌 リルケ;笹澤美明訳
32 鋸山奇談 E・A・ポオ;戸川秋骨訳
33 北京の菓子 周作人;松枝茂夫訳
34 ララビアタ(片意地娘) パウル・ハイゼ;生田春月訳
35 晩秋 ダウスン;平井程一訳
36 魔法の馬 日夏耿之介訳
37 銀の指拔 フランソア・コペ;大野俊一訳
38 鏡影綺譚 アマデウス・ホフマン;石川道雄訳
39 乙女らは何を夢みるか ミュッセ;戸川エマ訳
40 婚約 ヘルマン・ヘツセ;植村敏夫訳
41 馬車 ニコライ・ゴーゴリ;平井肇訳
42 アンジェールへの手紙 アンドレ・ジイド;山内義雄訳
43 抒情插曲 ハインリツヒ・ハイネ;阪本越郎訳
44 勝誇れる戀の歌 トゥルゲーネフ;伊藤職雄訳
45 午後七時 フエレンツ・モルナアル;鈴木善太郎訳
46 娘への手紙 トゥルゲーネフ;神西清訳
47 愛の封印 グラツィア・デレッダ;岩崎純孝訳
48 狂癲院 エドガ・A・ポオ;内藤吐天訳
49 鳩の夫婦 キャサリン・マンスフィールド;崎山正毅訳
50 街々の隅から フランシス・カルコ;内藤濯訳
51 ヒアシンスと薔薇 ノヴァーリス;田中克己,服部正己共訳
52 キャンタヴィルの幽靈 オスカア・ワイルド;西村孝次訳
53 希臘の舞姫・花 アルトゥール・シュニッツレル;菅博雄訳
54 林檎みのる頃 テオドル・シユトルム;立原道造訳
55 二十六人と一人 マキシム・ゴリキイ;湯淺芳子訳
56 吸血鬼 バイロン[実はポリドオリ];佐藤春夫訳
57 新しいイヴと古いアダム D.H.ロレンス;原百代訳
アンドレ・ジイド『地の糧抄』辻野久憲訳
カロ・ブックショップ・アンド・カフェでの「読む人」展最終日。スケッチ会は盛況とまではいきませんでしたが、それでも何人かの読む肖像を描かせていただきました。他にも、デイリー・スムースの読者の方や古本者のMさん、Sさん、MILBOOKSさんらと談笑。とくにSさんは他に自慢する相手がいないからと堀辰雄の初版本などを持参。野田書房、江川書房、山本書店など、現在ではめっぽう高価になっているものばかり。中也訳、野田版『ランボオ詩集』もあった。ごく安価に入手されたとか、うらやましいかぎり。
午後五時から撤去、梱包と売上げの精算を終え、これにて一件落着である。手伝ってくれたみずのわ氏と梅田は大阪駅前第一ビル地下にある英国パブ「シャーロックホームズ」へ。生ギネス、フィッシュ・アンド・チップス、ソーセージでささやかに打ち上げ。ダーツ席はグループ客で満員。一方では中高年ミステリー好きサークルが「ミリオンダラー・ベイビー」鑑賞帰りらしく映画批評で盛り上がっていた。
2005年6月10日(金)後髪ひとりで縛れる蕾百合
疲れがたまってきた。明日のこともあるし、今日は大阪へ出るのを止める。明日は終日(午後五時まで)居ります。
夜、来場してくださった方よりメールあり。《今日、Caloに行って拝見しました。本当は月曜日に行って林さんのウンチクを聞きたかったのですが、平日の夜は出にくくて行けず、残念でした。/いろいろな読む人のスケッチ、面白いですねー。電車とか街でこっそり盗み描きしたのですか? 女性のは服の模様までしっかり細かく描いているのに、おっさんのは肩だけとか、林さんの好みもあるんでしょうか。/手の中にある本の大きさや綴じ方で、「これはきっとコンピュータのマニュアルだ」とか「ペンギンブックスかも」とか想像できて面白い。「この判形でこの太さは洋書かも」と私が言うと、「いや、案外、コロコロコミックかも」といっしょに行った友人。そうかー、洋書の文庫ってコロコロコミックの判形だったのかーと妙に納得したりして。/久しぶりに見た犬の絵もかわいかった。絵はがき買って帰るの忘れたので、またネットで注文しますね。/Caloっていい雰囲気のお店ですね。面白そうな本がいっぱい。/ところで、今日、高菅出版の高菅さんが林さんに会いに来られていました。高菅さんが待ち合わせをされていた、にいたにさんという女性がたまたま私や友人の知り合いで、「あれ、こんなところで!」と言っていたところへ、来られました。なんか、世界は狭い。というより、林さんって、博学の上にお知り合いが多いのですね。高菅さんからお名刺いただきました。(私は手ぶらで、ぺこりとしただけ・・・。)また、どこかでイベントなどされるときにも案内を送ってください。今日はとても楽しいひとときでした。では、また。》
カロさんよりメール。《戸田勝久さん?(ポストカード集を置いていかれました。作品も購入していただきました、一番入り口にかかっていたの。)/高菅徹夫さん(装丁をお願いしたいのでまたご連絡します)/高菅さんと一緒にこられた仁井谷さんという女性の方/ちょうちょぼっこ真治さんなどなど》
やっぱり出勤すべきでした。みなさん申し訳ありません。
【ナベツマ通信・あきらめてまた参戦!の巻】
初めてル・クルーゼのビンテージ鍋をヤフオクで見かけたのは昨年の11月のことであった。それはかわいいチョコレートブラウンの『注ぎ口のあるソースパン』、蓋にラインやロゴがないシンプルなデザイン。一目見てガーン、ストンと恋に落ちた。これがそもそもすべての始まりだったかもしれない。
ところが、それ以降、何度も同じ色デザインのソースパンに入札したのだが、なんともご縁がなかった。そして、今回また性懲りもなく同様の鍋に入札してしまった。結果は・・・高値更新で・・・あきらめた。
と、いつもならそれで終わりなんだが、今回はなぜか違った。「もう終了したかな?」と思ってオークションを覗いたら、まだ延長でやっているじゃないか。むむっ、I
will be back! と渋くつぶやいたかどうかは置いといて、なぜかその後、また参戦してしまったのである。
ナベツマはあきらめの良いほうなので、これは自分でも意外だった。オークション始めて、ほんと自分の知らない部分が色々でてきて驚かされるのなんのって。
で?? そりゃあここまで書いてるんだからゲットしたにきまってるじゃん。さあみなさん、ご覧あれ!

** 直径20cm、2Lの容量、2.5kg、70年代のものだそう。
2005年6月9日(木)活版の凸凹なじる黒麦酒(ギネス)空く
朝から大阪へ。十一時半ちょうどに「ルール・ブルー L'HEURE BLEUE 」(地下鉄四ツ橋線肥後橋駅8番出口より徒歩数分、出口を出てUターンするかたちで西へ進み、右手の金光教会を過ぎて最初の角を左へ曲がるとすぐ右)へ。今、この界隈ではもっとも人気のあるフレンチ・レストランだとのこと。今日のランチは茶美豚のヴァプール、サラダ、パン、コーヒーで1000円。パン(バゲット)はブランジュリ・タケウチのようだった。十一時四十分ころには満席(16席)。野菜が新鮮で、ドレッシングやソースの味付けがさっぱりしている。
カロさんへ。来客いろいろ。ナベツマも一時過ぎにナベ・オークションを終えてやってくる。ナベ仲間のコトコさん来場。雑談に花が咲く。カロの常連デザイナーのヤナギハラ氏に大阪のうまいもの店を教えてもらう。みずのわ出版の柳原氏、次に出す本の本紙校正を持参。いいかんじに上がっている。売れれば言うことなしなのだが・・・。売れそうな企画について無い知恵を二人で絞る。
デイリー・スムースの読者の女性が声を掛けてくれる。京大生だそうだが、授業をさぼってゾーヴァのサイン会に出かけたといってデジカメ映像を見せてくれた。行列ができていたそうだ。
キトラ文庫さん、ちょうちょぼっこの次田さん来場。出版と古本についてあれこれ雑談。キトラさんは『coto』という雑誌を出し続けておられるが、今度はじめて単行本を手がけたとのこと。近々出来るらしい。午後八時までそんなことで会場に居た。九時過ぎに帰宅。
郵便物など。『記録』6月号。塩山氏の書評はめずらしくも激賞だ。曽我部司『北海道警察の冷たい夏』(講談社文庫)。《同文庫の警察告発物は伝統が、とページをめくり始めて深く後悔。面白すぎる》。障害者プロレス団体ドッグレッグスの北島行徳氏の連載、ロリコンレスラーのデビュー話もいい。
徳島の小西さんより『創世ホール通信』。同封されていたペーパー「日下三蔵氏が徳島に来た日」が徳島古書店案内になっていてとても参考になるし、面白い。《講演会終了後は、県外のマニア諸氏をお連れして、徳島大学常三島キャンパス近くにある「徳島古本流通センター」へ行った。私は県外から来た人を可能な限りここにお連れするようにしているのだ。》《十一時半過ぎ怒濤の古書店ツアー開始。次の順序で回った。@モウラ、A山本書店二軒屋店、B山本書店栄町店、Cソラリス、D蔵本堂佐古店、E蔵本堂本店、F吉田書店、以上七店》などなど。
古書目録もいくつも届いているが、え〜、先日の出来事により、注文したくてもできない状態になっている。申し訳ない。悪しからず。
『本とコンピュータ』終刊号(特集・はじまりの本、おわりの本)届く。河上進氏の「そして、本だけが残る」をまず読む。金沢文圃閣、名張市立図書館、出版組織体アセテートの三者三様を紹介しながら「出版企業の商品」とはちがう「本のつくりかた、ひろめかた」への思いを語っている。『sumus』は小出版社特集などでも分かるように残された本から出版人の姿を追い求めるというのが一貫した姿勢なので、河上氏の主張に共感するところ大である(同人に対して他人行儀な言い方ですが)。ちなみに「本」という漢字は「木」に根本を指し示す「一」を加えた形である。物事の根本、はじまりを意味している。「本」はいつだって「はじまり」なのだ。
今日は自宅で著作権アンケートに回答を記入する。けっこうな手間である。カロさんよりのメールでは《今日は、おひげの方がいらっしゃいました。(そういえば分かるといっておられました)》とのこと。誰だろう? 橋爪さんかな。
カロ・ブックショップ・アンド・カフェの日記に蘊蓄斎ナイトの写真がアップされている。
古書目録『播州と書物』(本棚の会)届く。6月17〜19日まで姫路文学館にて開催。巻頭に木山捷平の原稿や著書、その他けっこういい本がある。書肆ユリイカの本もかなり並んでいる。西東三鬼の短冊が10万円か・・・。吉田ふみゑ、加納成治、大安榮晃の各氏そしてウンチクがエッセイを寄稿。表紙画はウンチク作。レイアウトははっきり言っていまいちだが、二冊並べるとちょうどいい。林哲夫「書物の肖像展」も同時開催。神田で見逃した方はぜひお越し下さい。
午後からカロへ出勤。さすがにきょうは静かな一日だった。阿佐ヶ谷よるのひるねの女性の方来場、阿佐ヶ谷に住んでいたことがあるので、そんな話など。他に何人かの知友来る。夕方、仕事帰りのナベツマと落ち合い、梅田で夕食をとって帰宅。
エエジャナイカに「蘊蓄斎ナイト」の感想が書かれていた。チン前田君の友人で海文堂書店のサイン会にも来てくれていた青年だった。エエジャナイカは神戸周辺の風景が目に浮かんでくるようなブログ。文章に独特の味わいがある。
『未来』6月号。向井透史「早稲田古書店街外史」再開、平野書店の巻。《平野書店目当てに早稲田を訪れる人は多い。それは、この店に初めて入った日の、棚を見つめる自分にいつでも再会できるからである》・・・!
蒼穹舎より森山大道『宅野』(二〇〇五年)届く。おお、サイン本だ。宅野は島根県、森山の父の生まれた村だという。幼少期のある時間を森山はここで過ごした。粒子が粗くコントラストの強いモノクロ画面(コピー機を通したようなかんじ)ばかりなのだが、それがかえってひなびた港町のしっとりした空気をじつにうまくとらえている。森山大道の原風景だ。巻末、森山による短文を原稿用紙のまま図版掲載してある。とても素直で几帳面な文字にも好感をもつ。
西村氏より佐野装幀本『月・水・金』(建文社、一九三五年)のコピー届く。明治大学文芸科卒業製作選集1。吉田甲子太郎編集、横光利一、豊島与志雄ら跋文。創元社版『機械』と同じ頃の装幀で、手書きタイトルがすばらしい。佐野繁次郎の装幀参照。
午前中にヤクオクで落札した雑誌二冊届く。ちょうどいいタイミング、蘊蓄斎ナイトのネタとして持参することに。正午、個展会場に入る。肥後橋のあたりはオフィス街なので、OLのランチ客で満席になる。産経新聞のM氏、国際美術館のS氏など来場。産経新聞社は夏に社屋移転だそうで、いろいろ大変らしい。夕方まで来客絶えず、初日らしくそれなりに忙しい。デッサンも三点ほど売れる。
五時過ぎに山本来る。トークについて簡単な打ち合わせ。3日夜のヤフオク途中参戦はやはり山本だった。仕事場から奥さんに電話をしてウンチクが終了5分前になっても入札していなかったことを確かめた(ウンチクのIDは履歴のナベ記録からすぐに分かったとのこと!)。「やっぱりお金がないんやな、それなら僕が・・・」ということで、8,600円の札を指示して入れてもらったというのだった。赤貧シビアな山本が8600円、これでおおよそその雑誌の価値が判ろうというもの。
むろんこちらはあきらめたわけではなく、狙った獲物には終了ギリギリに入札するのが常識というナベツマの意見に従ったまで。だから終了1分前に8510を入れ、当然まだ足りないので8850でジャスト終了時間になった。ただしこの時点で5分延長になっている。そこから「オオガネモチゾウ」(仮名)の登場だ。既報のようにデッドヒートとなって結局二倍以上の落札価格で決着した。この雑誌が何かということはそのうちどこかに書きたいので、しばらくは伏せておく。
そんな話をしているところへ「電話ですよ」とカロの石川さんが取り次いでくれたのは、未知の某氏でデイリー・スムースの読者だという。その某氏からショッキングな情報提供があった。オオガネモチゾウは出品者の別IDである、落札値をつり上げる手段として行われており、氏の周辺では要注意出品者として知られている、そういう内容だった。
もちろんナベツマもナベのセリでは何度かそういうフェイクを経験しており、この場合も、まったく警戒しなかったわけではない。出品者の評価欄には某氏の「非常に悪い」すなわち「不可解な入札」の指摘が掲載されていた。自分で競り上げて、万一自分で競り落とした場合には「出品者の都合によりキャンセルしました」という形で始末をつけるわけだ。ただ、これは「非常に悪い」の評価として残ってしまい、実際二件のキャンセル(落札者は同一ID、「オオガネモチゾウ」ではない)が記録されていた。
だが、それはそれとして、当該の雑誌そのものがたいへん珍しいということも事実で、出品者がつり上げてきているとしても入手したい品物だったのである。恣意的に操作されたのが事実とすれば、たしかにいい気持ちはしないが、モノはちゃんと届いたし、状態も良かった(目録をもらっていた時代にもトラブルはなかった)。それで満足するしかないだろう。山本も、あの値段なら高くない、もし某専門書店の目録に載ったとしたら一体いくらになるか分からない・・・などとなぐさめてくれた。「でも、そのうち1500円で見つけたりして」と釘を刺すことを忘れなかったが。
それよりなにより、トークショーでは、どんでん返しまで用意されている、このヤフオク話でおおいに盛り上がった(なんておバカな人という視線が痛かったけど)。別の意味で某氏にお礼を申し上げたい。
蘊蓄斎ナイトについてはちゃりんこ日記がうまくまとめてくれている。アセテート編集者日記にも言及あり。参加いただいた皆様にお礼申し上げます。
■読む人展会場風景
2005年6月5日(日)短夜の長き闘い蹴りつける
kyoto-inetのメールはまるまる一日かかって復旧した。メールに頼り切っていることを再認識。
『関西文学』最新号届く。復刊50号(創刊は一九六三年十一月、通巻450号)。特集「食で読む百年の日本文学」、ウンチクの「にぎりめしと焼き芋の愚直」が掲載されている。山下清、富岡鉄斎、西東三鬼、吉田健一らを式場俊三の『花や人影』(牧羊社、一九八二年)に沿って対比させながら紹介した。特集の編集担当は寺田操さん。
昨日、カロへ向かう途中、梅田の萬字屋均一台で『ファブリ世界名画集58 エルンスト』(平凡社、一九七〇年)を250円で見つけた。荷物を両手に抱えていたのだが、これは逃せない。解説・澁澤龍彦。神田のある古書店ではとんでもない値段が付いていた。状態もかなりいい。さい先よし。
午後六時から作品の展示を開始し、みずのわ出版の柳原氏に手伝ってもらいながら午後八時前に無事終了。上の写真はその一部である。ぜひ、実物をご覧いただきたく、ご来場をお待ち申し上げる。明日と最終日(11日)は終日会場に居る予定。火曜と木曜、金曜の三時頃からは在店。その他の日も出るかもしれない。ご用の方はメールください。
先月末日に書いた芝書店主が写っている写真について吉田健一本蒐集家でもある西村氏よりご教示いただいた。《48頁の写真と思われますが、同じ頁に吉健訳・ポオ『覚書』の書影写真がありますが、集合写真に吉田健一がいませんので、吉健訳・ポオ『覚書』出版記念会との判断は困難です。》そうだったか、吉健さんは写っていなかったか。
一昨日のヤフオクをウオッチしていた知人より驚きの感想メールがいくつか。いやいや、当人がいちばん驚いてます。ナベツマは自分のナベではないので、熱意がいまいち、そこを肩もみしながらなだめすかして継続。途中、赤貧山本らしき名称の入札があり、まさか・・・とは思いつつ一蹴。最強のライバル(ニックネームがおもしろすぎ、例えば「オオガネモチゾウ」といったような名前)とのつばぜり合いの後、ようやくこちらの札で「終了」の表示が出た。ところが安心したのもつかのま、直後に何故か再延長になった。これは裏技か(?)、ちょっとショックだった。負けたと思った(なにしろ「オオガネモチゾウ」だもの)けれども、もうひとふんばりした。さらに三度の延長でようやく落札。古書蒐集の忍耐とは執念ということだーーー(コーフンの余韻あり)。
2005年6月4日(土)馬手麦酒弓手荷風の川涼み
昨日から私用のkyoto-inetのメールが使用不能になっている。午後三時現在でも使えない。もうすぐ大阪へ出かけるが、ご用の節は右へお願いします。sumus_co@yahoo.co.jp
昨夜、ヤフオクの入札で激しい競り合いを経験した。延長の連続で45分ほども戦った。ぜひとも欲しかった雑誌なので執念でゲットしたけれど、強敵だったのでけっこうな値段になってしまった(むろん操作はナベツマ様におまかせ)。あとで出品者が判ってみると、以前、手書きコピーの目録を送ってきていた業者だった。最近パッタり来なくなったと思ったらオークションに鞍替えしていたのか。
明日は「読む人OASAKA」展の搬入に夕方から出かける。蘊蓄斎ナイト予約もまずまずの集まり。まだ余裕ありなので是非参加されたし。
デイリー・スムース5月27日、聖ヒエロニムスの本について少しだけ触れた。それに関連して何か資料がないか探していて、ほとんど関係はないが、『The
Archimedes Palimpsest』(CHRISTIE'S NEW YORK, 29 Oct. 1998)というクリスティーズのカタログがあったのを思い出した。カタログといっても、アルキメデスのパランプセスト(仏語Palimpseste、英語の発音はパリンプセスト)一冊だけの売り立て。予想落札価格は80万〜120万ドル。
パランプセストとは元々は、文字を書くための粘土板、かつ文字を削ることによって何度でも書き換えができる粘土板を意味した。ローマ時代末期からビザンチン時代以降、写本の材料が不足し、不要と認められた既成文書(パピルス、羊皮紙、犢皮紙など)の文字や図形を削り取って新しくテクストを記入することが多く行われた。その再製された羊皮紙などをパランプセストと呼ぶ。語源はギリシャ語「palin
ふたたび」+「psestos 表面を削りとられた」(アクセント記号省略)。
ボードレールが『人工楽園』(「オックスフォードの幻影」)のなかで人間の記憶についてこの言葉を用いている。渡辺一夫の訳は「〓(冊+りっとう)皮紙(ルビ=パランプセスト)」で、訳注には《パピルス或いは羊皮紙に記された文字を消し去って、その上に新しく文字を書き記したるもの。パピルスの場合は水洗いにし、羊皮紙の場合は削るかあるいは薬品をもって記された文字を消去する。》(角川文庫、一九九三年四版、p226)とある。
『アルキメデス・パランプセスト』はコンスタンチノープルで十世紀頃に作られたギリシャ語の写本で、十三世紀初めにそのテクスト表面が削り取られて、新たに祈祷文が書き込まれた。アルキメデスのいくつかの科学・数学論文がひとまとめにパランプセストとされてしまったわけである。その後、エルサレムの修道院へその写本は運ばれ、十九世紀半ばまで保存された。さらにコンスタンチノープルへ戻り、一時行方不明の後、一九二〇年代にフランス人のコレクターの手に渡りパリへもたらされた。一九九一年にパリのクリスティーズに持ち込まれ、『アルキメデス・パランプセスト』であることが判明。九八年にニューヨークで競売にかけられた。予想の二倍近くの値段で無名氏によって落札され、現在はメリーランド州ボルチモアのWalters
Art Museumに寄託され精査中とのことである。
アルキメデスは紀元前三世紀にシシリアで活動した科学者、数学者。アレキサンドリアでユークリッドの後継者たちとともに学び、ローマ軍によって征服されたシラクサの獄中で死亡した。前212年。一説には、数学の証明を終えるまで待ってくれるように要求して獄卒の怒りをかって殺されたとも言われる。
彼の論文は没後すぐに散逸して現在では失われてしまっているが、六世紀にエウトシウス Eutocius、九世紀に数学者レオ
Leo によってラテン語に訳され、さらには一二六九年にウィリアム William of Moerbeke のラテン訳が完成する(ヴァチカン図書館蔵)。競売されたアルキメデスのパランプセストはギリシャ語の写本なので論文の内容もラテン語本とはかなり違いがあるようだ。
『The
Archimedes Palimpsest』(CHRISTIE'S NEW YORK, 29 Oct. 1998)
黒い文字がアルキメデスのテクスト(図像処理後、肉眼ではもっとずっと薄い)。アルキメデスの一枚の羊皮紙をふたつ折りにして九十度逆方向に祈祷文が書き込まれている。この図は祈祷書の一ページ分(アルキメデスのテクスト下半分)。なお、このクリスティーズのカタログは青空古本まつりで100円だった。
今月のデイリー・スムースの背景画は『ハイネ詩集』(生田春月訳、新潮社、一九二一年三十版)である。文庫よりいくぶんタテが詰まっているくらいの大きさ。初版は大正八年(一九一九)二月十日だから良く売れている。拾い読んでみると、夢二に代表されるような大正時代のロマンチシズムでむせかえっている。愛と別れと死、神への不信(おや、セカチュー?)。
誰でも自殺をしたものは
十字路のわきに埋められる
そこには青い花が咲く
それを哀れな罪人の花とよぶ
夢二の絵のキャプションのような一節である。《十字路のわきに埋められる》というのは、自殺者を墓地には埋葬しないという風習を言ったもの。ゴールズワージーの小説にもそんなくだりがあったように思う。汎ヨーロッパ的な風習だろうか。この文庫版泰西名詩選の表紙図案にはタネがある。扉野良人が教えてくれた(版元を知らせてほしい)。
泰西名詩選『ハイネ詩集』
RACINE'S
AUSGEMAHLTE TRAGODIEN, BIBLIOGRAPHISCHES INSTITUT
ジキタリスは薬草であり毒草でもある。数日前から近所の露地に咲いている。
web読書手帖で本の収納が話題になっていた。本好きにとってはこれが一番の悩みのタネであろう。岡崎の買いっぷりは例の地下書庫があってのこと。地下だから重量を気にしなくていいのが何よりだ。わが家は木造の古家、しかも二階に本を置いているのでかなりヤバイ。だからあまり買わないように努めている。ある意味ブレーキになっていて好都合。かつて『彷書月刊』にも書いたけれど、書棚は置かず(現在では三本もあるが)、段ボール箱に整理して床に積み上げる、または押入に納めている。たしかに背が見えないのは不便このうえないが、阪神淡路大震災経験者としては、書棚を壁にめぐらせるというリスクは避けたいのである。
開けゴマ!
押入の本はすべて箱入りなり