
◆林哲夫装幀展―自作回顧と装幀本コレクション 10月28日〜11月6日 京都パラダイス(山崎書店二階)
●『月の輪書林それから』に出ていた西村伊作兄弟がモーター・サイクルで紀州から東京の大石誠之助に会いに行く逸話が面白かった(西村伊作自伝『我に益あり』からの引用)。兄弟はまず大阪でピストルを買う。当時(明治四十四年頃)にはピストルは許可なしで売買されていたようだ。そして、そこを読んだスグ後、たまたま諸橋晋六『私の履歴書』(日本経済新聞社、一九九七年)をめくっていると、次のようなくだりがあった。
《書斎には奥さんしか入れなかったが、私たちはよく忍び込んだ。そこは寝室も兼ねており、机の上に原稿用紙と英国のオノトの万年筆が何本も置いてあった。子供たちでこっそり引き出しをあけたら、黒光りするコルトの拳銃があったので息をのんだ。》
諸橋晋六は大漢和の諸橋徹次の三男、母は西脇順三郎の従兄弟だという。晋六は中学生時代に落合へ引っ越したが、三軒隣に菊池寛の家があった。長男英樹と仲良くなってよく菊地邸へ遊びに行ったそうである。そのときの印象が上の記述になっている。中学一年生がオノトとかコルトを知っていたのかどうか多少疑問ではあるが、戦前においては、拳銃所持は紳士のたしなみだったのかもしれない。
●スティーブン・グリーンリーフ『匿名原稿』(黒原敏行訳、ハヤカワ文庫、一九九八年)というミステリーをナベツマが読んでいる。彼女はミステリー専門。そこに出版の費用について具体的な数字が出ていると教えてくれたので手にとってみると、ジャケット表4に《弱小出版社の社長の前に忽然と現れた未完の匿名原稿は、ベストセラー確実の傑作だった》という惹句がある。その21頁にアメリカでの標準的な出版費用の計算が示されていた。《標準的なサイズのハードカヴァーでページ数も部数も少ない本の場合》
・装丁に三千ドル
・ジャケットのデザインにやはり三千ドル
・製版のコストが一ページあたり二十ドル、それが百ページで二千ドル
・PPB(紙・印刷・製本)が十冊単位で一ドル十セント
・広告費が一冊につき一ドル
・著者への印税、これは本の定価の十パーセントだから、この場合は一冊一ドル
これで合計一万四千ドルちょっとになり、さらに間接費用がかかると書かれている。原著は一九九一年刊行なので、現在の状況とはかなり隔たりがあるかも知れないが、どういう計算をするのかという参考にはなる。文中、装丁とジャケットのデザインが区別されているのが気にかかる。おそらく訳者が《装丁》としたのは「book
design」ではなかろうか(?)。これは日本では編集作業に含まれるだろう。日本での「装丁・装幀」にあたる《ジャケットのデザイン》すなわち「jacket
and cover design」が三千ドルというのは取りすぎという気がするが、それだけ本の見た目が重視されているという証拠かもしれない。
試しに、ニューヨークの Budget
Book Design という自費出版を扱っている会社のサイトを見ると、一般のカバー・デザインは千ドル以上するが、うちは350ドルからスタートとうたっている。Complete
book layout(本文のレイアウト全般)はデータが揃っていればやはり350ドルからスタートだそうだ。両方で700ドル、後はページ数・部数、PPBなどによって総額が決まってくる。
●「文字力100冊」、昭和初期の本や雑誌が好きなのでどうしても多くなる。『ディスク』はなかなか丁寧な編集で作られている。《フルトヴエングラー博士が問題を起して、国立歌劇場、フイルハーモニツク管弦団を辞任しました。クラウスが就任し、ワインガルトナーが動くなど異状を呈しました》(「編輯室より」)、そういう時代だった。賢治全集は野々上慶一の文圃堂書店。高村光太郎の字がいい。『書窓』の棒と円、さすがにうまい配置だ。『抒情』は西郷信綱が発行人。丸山静、水野一彦ら同人十二人。本郷菊坂町十六番地 春秋館内 西郷方。日本近代文学館に四冊所蔵されている(この巻号はない)。
・69 ディスク 第七巻第二号 グラモヒル社 昭和十年二月一日
・70 宮沢賢治全集 第二巻 文圃堂書店 昭和十年九月二十日 装幀=高村光太郎
・71 書窓 第二巻第一号 アオイ書房 昭和十年十月十日 装幀=恩地孝四郎
・72 抒情 第一巻第二号 抒情社 昭和十二年五月十日 表紙=長内俊雄

2005年10月19日(水)上衣着て赤き実を踏む幾たびも
●このところ装幀展の記念に『SHAPES
OF BOOKS』という小冊子を作っていたが、今日でおおよそ仕上がった(造本・レイアウト=ナベツマ。とりあえず装幀展オープニング用に50冊。装幀展が終了するまでは、会場のみの販売とします(500円)、ふるってご来場ください)。
●装幀家の間村俊一さんより電話あり。めちゃくちゃ忙しいそうだ。『たまや』を編集しているヒマ、どころか、お酒を飲むヒマもないほどだとか。けっこうけっこう。ウンチクの本の絵を装幀に使いたいとのこと、有り難いお申し出である。何の本かは、本決まりになったら発表するが、ウンチクもぜひ読みたいと思う回想集である。
●『月の輪書林それから』読了。最後の三田平凡寺の章は、まだ見ぬ目録の制作過程なので、よりいっそう、高橋流目録作法というのが如何にとりとめのないものか、そのわりには、いつの間にかそれらが連繋と整合性をもってしまうのは何故か、分かるような気がする。要するにカンがいいのだ。真剣師と呼ばれる理由もそこにある。ひとつ誤植をみっけ。293頁『田村義也の本』のキャプションが「月の輪書林古書目録第17号」となっている。正しくは第14号。増刷したら直るでしょう。
●『石神井書林古書目録』67号届く。いつも古本メールをくれるMさんところには昨日届いていたようだが……。まあ、これはあまりガツガツして見る目録ではない。欲しい本で、なんとか買えるものがあれば、葉書を出そう(ハガキ!)というところ。なにしろ今月の予算はほぼ使い切ったのである。来月早々、百万遍だし。パッと目にとまったのは山頭火『草木塔』(大山澄太、一九三三年)の句入り21万円也。字は上手、上手すぎる、ともかく句はいい。
うつむいて
石ころはかり
また、杉山平一さんの『夜学生』(第一芸文社、一九四二年)、『背たかクラブ』(国際出版、一九四八年)にかなり高価な値段が付いている。『夜学生』は戦争詩が含まれており、戦後の一時期は作者自身もそれらを否定していた。
●そうそう、「本のバザール」の目録にスムース文庫の広告を出すことにした。十二月末に銀座松坂屋で開催される古本市に合わせて発行される予定である。
●「文字力100冊」、まだまだ昭和初期の文字があったので加えておく。佐野は一点だけと思ったが、『作品』はやはり外せない。『街塔』は大阪で発行されていた短歌雑誌。『関西歌人』を改題したと「あとがき」にあるが、両雑誌ともにネット検索では確認できない(戦後『関西歌人』という雑誌が出ているが別物だろう)。
・65 パンフレット 20号 大原社会問題研究所編 同人社書店 大正十四年七月三日
・66 街塔 第一巻第十一号 街塔社 昭和五年十二月一日 表紙=服部駒
・67 1と2 内田忠 椎の木社 昭和四月十五日
・68 作品 四十四号 作品社 昭和八年十二月一日 表紙=佐野繁次郎

2005年10月18日(火)血と尿を眺めた後の刈田かな
●東京から旧い友人が来ているというので午前中に三条のホテルまで会いに出かける。どこか画廊でも見たいということで、芸術センターを案内する。旧明倫小学校。昭和五〜六年に築造されたシブイ建物。校庭の隅のベンチで旧友の消息などをあれこれ聞く。
京都芸術センターの一部
三条に戻って、湯川書房へ寄り装幀展のDMを渡す。海鯛先生の話題が出る。
湯「山本さん、元気にしてる? 海鯛くんが、最近、遭わんて言うてたよ」
ウ「相変わらすですよ。この前、天神さんで海鯛先生にいたぶられてましたけど、ふふふ」
などと軽口をとばしていると、ガラリと戸を開けて、当の海鯛先生が入ってくるではないか!
海「どうりでくしゃみが止まらんと思たわ、悪口言うてたんやろ、がははは」
で、ひとくさり天神さんと四天王寺で見つけた稀覯書についての講釈を拝聴して退出。京阪書房の段ボール箱から一冊拾う。
・詩学 第七巻第九号 詩学社 昭和二十七年九月号 表紙=阿部展也 カット=永田力 50円
三条御幸町の同時代ギャラリーで「今井康雄展」を見る。ここも古いビルを改装して再利用している。アスタルテ書房にもDMを置かせてもらい、スマートで昼食を摂って、ヒルゲート・ギャラリー「小林一彦展」を見る。そこで別れて帰宅。
●西京の保健所で行われている市民検診へ。五十歳という節目なので。レントゲン(意味ないと噂の)、身長体重計測、尿検査、血圧、血液採取を行う。この一連の検査は四十のときにやって以来だから十年ぶりだ。身長体重も普通、血圧と尿は異常なし。自らの血と尿をジッと見る。
●「文字力100冊」、もう少々昭和初期の雰囲気を。61はハンガリーの小説、日本語が表紙(背、表4)に一切書かれていないのが特徴的。訳者の浜野修は上林暁の「二閑人交游図」に登場する将棋の好敵手だ。藤沢桓夫は「新鋭文学叢書」の一冊。堀辰雄『不器用な天使』とか龍膽寺雄『放浪時代』などからプロレタリア文学まで取り揃えているシリーズだ。公楽座は大阪新世界の映画館で、これは表紙含む12頁のチラシである。フォックス社の「街の令嬢」、「貞操切符」などが予告宣伝されているから、それらの製作年(1931)の翌年発行か。『エコー』には北園克衛や村野四郎らが執筆している。高橋錦吉は『詩学』(詩学社)や『本の手帖』(昭森社)のタイトルもデザインした。臼田捷治『装幀家列伝』(平凡社新書、二〇〇四年)では「幻の装幀家」に分類されている。
・61 鉄火の試練 ベラ・エルレス 浜野修訳 アルス 昭和五年十一月六日
・62 辻馬車時代 藤沢桓夫 改造社 昭和五年十一月十日
・63 KORAKUZA
NEWS SP.71 公楽座 昭和七年?
・64 エコー 392号 三省堂書店 昭和十五年四月一日 表紙=高橋錦吉

2005年10月17日(月)木犀の法をも知らず香を降らす
●今日は終日、装幀の指定原稿を作るのに費やした。いまだに切り貼りの手作業ばかり。フォーマットが決まっていたので、案外と手早く仕上がった。『「銀河鉄道の夜」の世界』というタイトルである。そうしていると、川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』の装幀の資料が届いた。デイリー・スムースでもすでに触れたように、右文書院から近々刊行される予定になっているもの。ゲラを読むのが楽しみだ。
別に書いても問題ないと思うので書くが、『ぼくの早稲田時代』の編集担当は南陀楼綾繁である。装幀資料といっしょに「不忍ブックストリートが選んだ50冊」(往来堂書店、二〇〇五年)というフリーペーパーが同封されていた。A3大の紙を三度折って16頁に仕立ててある(造本設計・イラスト=内澤旬子)。なかなかシブイ品揃えになっている。
●アンダーグラウンド・ブックカフェの目録で注文した『文学雑誌』第二号(三島書房、一九四七年一月二十五日)が届く。そうか、もう始まっているのだ。今夜はライブをやっているんだなあ。百万遍が待ち遠しいゾ(!)。『文学雑誌』より杉山平一「市電」全文。杉山さん三十歳。
待ちに待ちし市電
いまし来れり
ダイヤの燈ともし
ポールには青きスパーク
つり手もおどるごとくゆれ
待ちに待ちし市電
町角をカーブし来れり
●「文字力100冊」、昭和ヒトケタの本の賑やかさ。これらの本が大衆を目標にしていることがハッキリ分かる。左端のデザインは恩地孝四郎スタイルではあるが、装幀者名は記載されていない。二番目の訳者「井草住雄」はペンネームだろう。井草に住んでいたということか。
・57 ヘンリー・フォード―人及びその事業 有川治助 改造社 昭和二年十二月三日
・58 予の産業哲学 ヘンリー・フォード 井草住雄訳 大森書房 昭和四年六月十五日
・59 酔ひどれの太陽 グラトコフ 井田孝平訳 平凡社 昭和五年三月五日
・60 人を動かす カーネギー 加藤直士訳 創元社 昭和十二年十一月十二日四十版

●昼前に近所のコジマへプリンター複合機(カラーコピー機、スキャナーとしても使える)の調査に出かける。ナベツマはカデンツマに変身だ。店員をこき使って、試し印刷を何枚もさせている。こちらはPCをそろそろ買い換えないとなあ・・・などと思いながら、あれこれ触ってみる。最近のマックのデザインはイマイチ。VAIOは以前からもうひとつ。案外、日立のプリウスがいいじゃないか。ただしアイコンはチャチ。機能にはほとんど興味がなく、ただただデザインだけが気になるのであった(性能評価についてはカデンツマにお任せ)。結局、プリンターの複合機はまだまだ使えないというのが本日の結論だった。
●展示パネルをほぼ仕上げて、DMの宛名書きに移る。その合間に『月の輪書林それから』を読み継ぐ。はっきり言って、月の輪さんは、ズブの素人、素人でありつづける人だ。プロの古本屋というのはこういう本の買い方、売り方はしない。しないというより、できない。変人率のそうとう高い古書店人のなかでも、ウンチクの知る限り、月の輪さんのような古本屋はザラにはいない、特異な存在のように思える。目録の原稿を書くのに2Bの鉛筆を一日に一本費やす古本屋って考えられないでしょ。要するに天才ですな。
●岡崎より電話あり。京都に来ているそうだ。
●「文字力100冊」、53は師範学校、高等女学校用の図画教科書。題簽は斜めになっているのもお構いなしというところが気に入った。内容は絵画からデザイン、建築まで幅広く、カラー図版も多い。54は裸本だが、このデコ風の書体が時代を象徴しているように思う。佐野本、今回は『時計』だけを選ぶことにする。文字力をもっとも強力に押し出した近代装幀家の先駆けであり代表であろう。結城信一の編集した雑誌『象徴』。なかなか、敗戦後の高揚感の溢れる内容だ。会津八一の字は、嫌いではないけれども、ちょっと評価が高すぎるような気もしないではない。
・53 女子図画教範3 原貫之助+石谷辰治郎 修文館 大正十五年二月十六日再版
・54 カフエー・コーヒー・タバコ 喜多壮一郎 春陽堂 昭和四年九月五日三版
・55 時計 横光利一 創元社 昭和九年十二月十五日 装幀=佐野繁次郎
・56 象徴 秋季創刊号 福村書店 昭和二十一年十月二十日 題簽=会津八一

●山本善行よりメールあり。《阪急百貨店でのイベント、決まったので、ホームページで宣伝してもらえないでしょうか。同期間に知恩寺青空があるので悩みました。今年は知恩寺は行けないかもしれません。》とのこと(上記)。知恩寺は行けない・・・間違いなくシャミセンである。おのおのがた、油断めされるな。
●古書目録が次々に届く(といってもたいした数ではありません)。今月の予算はだいたい使い果たしたので、眺めるだけ。『第31回ヨコハマ古書まつり』の聖智文庫さんのところに関口良雄『昔日の客』(三茶書房、一九七八年)が8,000円で出ていて、ウッと思う。『大阪古書組合新会館落成1周年記念古書ブックフェアー通信販売カタログ』も品物はなかなか良さそうだ。戦後の『ぷろふいる』が8,000円で二種出ている。『第77回新宿古書店』では立石書店に『洲之内徹小説全集』(白川書院、一九八三年)の署名入・版画欠が10,500円、これは以前もどこかに出ていて迷ったが、今回も踏ん切れない。版画はいらないけど・・・。この目録、表紙が永島さんの自画像だ。

【ナベツマ通信《ああ、魔力、そして返品!》】
eBayで2連敗した後2連勝してしまったナベツマ。その後、なんとなくヤフオクにて、ふと美しいブラック・ダンスクのフォンデュポットに目がとまってしまった。「ふーん、黒・・か。たまには黒もいいな」なんてね。
そして、つい魔が差してふらふらっと入札してしまい、気がついたら落札。あ〜あ、前にもこんなことあったなあ・・と思ってると、ウッ! おんなじ出品者のオークションだった。もしかして、この出品者はPCのむこうから「こっちこ〜い、こっちこ〜い!」と超能力を使ってるんでは???
ところが、到着したダンスク見てどっきり! おえ、ベース(フォンデュポットを載せる台。真中の空間にろうそく、もしくはアルコールの燃料を入れる)の支柱が1本壊れてるじゃん!!! しかもオークションではエクセレントの表記だったのに、
鍋の外底にはひっかき傷のような傷が何本も入ってるし、取手もぐらついてる・・・。もおおお!
返品だ!返品だ!と、ひとりでうるさくわめいたのち、次の日さっさと送り返したとさ(どっかで聞いた台詞だな?)。

**フォンデュには、チーズやオイル、チョコレート等の種類がある。例えば、ポピュラーなチーズフォンデュでは、専用鍋のなかで温められとろけたドロドロ状のチーズを、串刺しのフランスパンなどにからめて食する。美味しいのでついつい食べ過ぎて、あとで胸焼けがする料理(と、昔友人がそう言っていた。この友人は、他にも、ヨーグルトを食べ過ぎて蕁麻疹がでて、半年以上乳製品をカットしなければならなかったという経験談を持つ。なんでも毎日500mlのブルガリアヨーグルトを2パック食べていたのだ)。
2005年10月14日(金)犬薊未踏の方を歩むべし
●パネル作りの続き。材料が足りなくなったので、近所のホームセンターを何軒か回る。丸太町通の西、太秦映画村のあたりに「ブ」ができていた。知る限りでは京都で五店舗目(宝ヶ池、三条、五条、久世橋、太秦)。ちょっとのぞく時間がなかったのでいずれまた。
●夕方のTVニュースで、最近の京都観光は知る人ぞ知る場所を訪ねるのがハヤリだという話題を放送していた。ウンチクとしては、それほどシークレットではないが、紅葉なら、京阪(JR)の東福寺駅から歩いて泉湧寺〜東福寺〜稲荷神社と歩くコースがおすすめ。阪急嵐山線上桂駅から西へずっと歩き、細道を池大雅美術館へ抜け、そこから松尾大社というルートもわるくない。
●『月の輪書林それから』(晶文社、二〇〇五年)が届く。一ページ目から読み始める。二〇〇二年一月からの日記になっている。《「古書店へ行くということは、未来への視線を鍛えることだ」》(p19)とこれは坪内さんの発言引用。かっこよすぎ(!)。《「裏道を歩け、未踏の方を歩め、安全地帯ばかりを歩くんじゃない」/大西隆志の阪本を悼む言葉が、ぼくの脳には阪本周三の言葉に聞こえてくる。》(p41)・・・大西さんは旧知の詩人である。さすがいいこと言うじゃない。
高橋徹『月の輪書林それから』装幀=南伸坊
●向井氏より送ってもらった『玄鳥』二巻一号〜五号(玄鳥発行所、一九六八年一月〜五月号)を繙(ひもと)く。石田波郷の雑誌『鶴』の鹿児島支部らしい。巻頭に石塚友二が「鶴連衆あれこれ」というエッセイを連載している。『石塚友二伝』を執筆した清田昌弘について、昭和三十三年《当時鶴新人会の代表者として、年刊句集『郭公』を編んだりした人物で》《この清田昌弘が、人人の注目を振切つた形で句作を中止したのには、それなりの訳があつたのだが、私との個人的な関係は変らず今も続いてゐて、正月元旦か二日には必ず顔を見せてくれることになつてゐる》と石塚は書き、『清田昌弘句集』(一九五八年)から「君の手はぼくの手袋手を入れる」など三句引用している。
●「文字力100冊」、得意の高桐書院から渡辺一夫関連を三冊。同じく京都の版元、世界文化社の一冊。この時期の、造本も印刷もないがしろにした(せざるを得なかった)本、しかし出版の情熱がひしひしと感じられる本が、いちばん好きだ。
・49 水いらず・壁 サルトル 伊吹武彦+吉村道夫訳 世界文化社 昭和二十一年十二月三十日
・50 パンタグリュエル占筮 ラブレー 渡辺一夫訳註 高桐書院 昭和二十二年十二月一日(装幀=渡辺一夫)
・51 燈下言 ラブレー 三好達治 高桐書院 昭和二十二年十二月二十日 装幀=故六隅許六
・52 ロマンチックについて 中島健蔵 高桐書院 昭和二十三年八月二十五日 装幀=故六隅許六

2005年10月13日(木)木犀の木陰に肉刺を吹いている
●装幀展の展示用にパネルに桟を張ってゆく作業に没頭。常日頃は絵筆より重い物を持たない(「古本はどうなのよ!」とナベツマ)ので体の節々が痛む。肉刺もできた。
●ある人に「桜」の文字が入った四文字熟語か短い語句で良い言葉を知りませんかと質問された。ちょっと探したが、てきとうなものが見つからなかった。漢詩には桜はほとんど出てこない。Web漢文大系で「櫻」を検索すると王維「敕賜百官櫻桃」がヒットするが、これは「桜桃」だろう。『日本文人詩選』(中公文庫、一九九二年)にもないようだ。頼山陽詩抄に嵐山に遊んだとき(もちろん桜の花見)の詩があるけれど、ここにも桜という字は出ていない、「花」とだけ。桜は『万葉集』にも詠われ、『古今和歌集』以来、日本の花の代表のようになったが、花期の短い染井吉野が明治時代に全国に植えられたことなどもあって、日清戦争後に軍人賛美に結びつけられた。本の姿もそうだが、良きにつけ悪しきにつけ、日清日露が大きな曲がり角だった。
●『未来』10月号。向井氏より。連載は関書店の巻。《八月の早稲田は、街の空気が地を這っている》なんてフォークナーみたい(!?)。今回はとくによく書けている。日月堂・佐藤真砂さんも「印刷解体」について書かれている。佐藤さんがこんな文体(田村編集長みたいな)を駆使される方とは知らなかった。「活字文化」などという言葉を最近よく耳にするけれども、たしかに、今はもう活字文化を担っているのは古本屋だけだろう。
●書き忘れていたが、11日に大丸梅田で見た「ホルスト・ヤンセン展」は良かった。鉛筆デッサンは見事だ。かなり前に西武大津で見たときの驚きが甦った。
●志賀直哉『或る男・其姉の死』(細川書店、一九四六年)をMさんよりいただく。いつもありがとうございます。お礼は改めて。さっそく今日の「文字力100冊」に追加する。
●「文字力100冊」、一九〇〇年のパリ万博をきっかけにアール・ヌーヴォが日本へどっと入ってくる。藤島武二装幀の『みだれ髪』(明治三十四年=1901)などがその嚆矢。その後しばらくヌーヴォ調が続き、大正時代になると、ダダ・未来派的な要素に影響されたさまざまな文字体が工夫される。45などはそのささやかな一例。アール・デコ風の先駆けになるのが46のプラトン社本。そしてキネマ文字の時代が到来する(例は省略)。作品社の書籍は大体この調子でシンプルだ。右端は細川本の追加(函)。
・45 孤独な散歩者の夢想 ルツソオ 新城和一訳 新潮社 大正十年七月十五日五版
・46 夜の心 吉井勇 プラトン社 大正十三年六月二十五日 装幀=山六郎
・47 一九三八年文藝豆年鑑 作品社編輯部編 作品社 昭和十三年二月一日
・48 或る男・其姉の死 志賀直哉 細川書店 昭和二十一年十二月十五日

2005年10月12日(水)脚五本蜘蛛を追いやり日蓮忌
●『coto』10号に掲載した拙文「腰のあるうどんのような高松の底力」(古書へんぺん記第六回)を読んでくださった方からお手紙をいただく。
《「古書へんぺん記」のなかに記されている高松のS堂書店のことが気になり、ペンを執りました。S堂書店とは「讃州堂書店」のことでしょうか? 線路脇にひっそりとたたずみ、長い時間店内を隈無く眺め入っていても「小言」ひとつ言わない店主のいる古本屋。S堂書店がまちがいなく讃州堂書店であるならば、ぼくは以前、この店で『眼の引越』(青山二郎・昭和27年・創元社)『櫻の實』(安西冬衛・昭和21年・新史書房)などを、それぞれ1000円均一で購入したことがあります。値ぶみを間違えているのではないかとおもわれるくらいに安く、買うことのできる古本屋さんであり、とても居心地のよい(雰囲気・値段ともに…)店であることを憶えています》
この話はデイリー・スムースにも書いたが、たしかに讃州堂書店である。それにしてもいい買い物されている。
●『アイ・フィール読書風景』秋号届く。「聞き書き事始め」特集。海月書林の市川慎子さんが花森安治に関する聞き書きを進めておられるとのこと。戦中「安並半太郎」というペンネームを使って花森は生活社の雑誌に執筆していたそうだ。なるほど(!)。
内堀さんの連載二回目は、田辺茂一と反町茂雄の対比。二人は同世代で、田辺は昭和二年に店を開業、反町は同じ年に一誠堂の店員となっている。因習の中にあった古典籍の世界で「知識」を武器として対抗しようとした反町、そしてまったく新しい書店像をめざした田辺、二人は似ていると内堀さんは指摘する。また北園克衛や春山行夫も同じ世代なのである。小野松二も。
●吉田勝栄氏が「[書評]のメルマガ
」233号に櫻井毅『出版の意気地 櫻井書店と櫻井均の昭和』(西田書店、二〇〇五年)を松本八郎『加能作次郎
三冊の遺著』(スムース文庫08)も引用しながら批評している。たしかに子息が書かれたということがある意味の物足りなさを露呈してしまった。父の思い出や書き残したことも大事だが、それらを客観的に判断して位置づけたうえで櫻井均や櫻井書店の像を構築するのが研究というものであろう(自戒)。松本の本格的な櫻井書店探求が実現することを願う。
●向井透史氏からのメールに早稲田古本まつりの反省があった。《やはり、今、プロの古本屋に足りないのは「一箱古本市」のような意識だと思います》とのこと。これがプロにとってはいちばん難しいかもしれない。
●「文字力100冊」、明治後期の実用書三冊。冨山房の出版書目も教科書や参考書が多い。明治の日本人は演説や祝辞が好きな人種だったようだ。いや、今でも必ず会合の前には誰それの挨拶がある(やれやれ)。四冊ともに針金綴じ。冨山房の太ゴシック体が目新しい。
・41 唐宋八大家文講義 鹿島長次郎編 興文社・石川商店 明治三十一年五月七日十九版
・42 軍人青年祝文演説摸範 富文館編 富文館・文陽堂 明治三十七年一月十五日
・43 祝辞文範 中村〓 誠進堂書店 明治三十六年五月二十日八版
・44 冨山房出版図書概要 冨山房 明治三十六年六月

2005年10月11日(火)針ゆるく「ノルウェーの森」花紅葉
●メルマガ「早稲田古本村通信」82号。「チンキタ本バカ道中記〜チンさん・キタさん本好き対談〜第4回 神戸古本屋巡り」おもしろく読む。若い人が見る神戸の古本屋像も参考になる。ちんき堂さん苦しいのか、キバッてほしい。
●午後から西宮へ。大谷記念美術館の「生誕100年今竹七郎大百科展」を見る。作品展示、アトリエの再現の他に、今竹の好きだった鉄道模型のセット、愛用したカメラ(パテ・ベビー含む)、愛聴したレコードとステレオセットなどの展示があった。「ノルウェーの森」がちょうど流れていた。
●大阪へ戻って、第三ビル地下の古書街をかなり久しぶりにのぞく。百円の文庫などを数冊。
・郷愁伝 寺下辰夫 寸鉄社 昭和三十七年十月二十五日
・吊り橋のある駅 瀬戸内晴美 集英社文庫 昭和五十八年五月三十日十一刷 j.
加納光於
・追憶の哲理 キェルケゴール 吉田健一+堀田善衛共訳 大地書房 昭和二十三年八月一日 装幀=高橋忠弥
『追憶の哲理』は拾いものだった。『郷愁伝』にはカフェ・パウリスタやモナミが出てくる。戦前の写真も入って参考になる。
●紀伊國屋書店の棚をチェック。『中央公論』の本の特集をざっと見る。若者に本を読まそうというとんでもない主旨の企画。紀田鹿島両先生の対談から始まって、岡崎武志の神保町案内、永江先生らの座談会と続く。『Meets』もそうだったが、岡崎はなかなかフォトジェニックである。
●新阪急ホテルでK氏と落ち合い本を作る相談。私家版とのことなので、装幀だけでなく編集も一任される。その後、梁山泊の百円均一をざっと見てから帰宅。
●「文字力100冊」、明治の教科書四冊。37と38は糸綴じ貼題箋という江戸時代以来のスタイルを踏襲している。ただし37が本文木版なのに、38は活版である。37の初版は明治十七年、38は二十六年。維新以降、本の形が大きく変わるのは、明治二十二年の帝国憲法発布がひとつの境となっていると思われるが、この二冊はその違いがはっきり出ているようだ。文字力ということでは37の落書きがスゴイ。なんて書いてあるのか分からない。38は表紙にエンボス文字「大槻家本」これもちょっと面白いではないか。大槻磐渓はもちろん大槻玄沢の息子であり『言海』を作った大槻文彦の父である。39と40はもうひとつの山「日清日露」を越えた後の出版で針金綴じ本である。39の表紙の渋さ。巻頭は「だい一 こたろーのむら」《こたろー の 村 には、いへ が、 百五十けんほど、あります》。裏に「第貳学年/巽新太郎」という記名。40の丘浅次郎は近代動物学の先覚者。挿絵がいいのだ。
・37 新撰小学地理書 七 森孫一郎他編 森本専助・吉川半七 明治二十三年七月十日五刷
・38 冊修近古史談 下 大槻磐渓 大槻茂雄 明治二十九年八月一日四版
・39 尋常小学読本 四 文部省 大阪開成館 明治三十九年四月三十日
・40 近世動物学教科書 丘浅次郎 東京開成館 明治四十一年三月八日訂正十一版
