
◆林哲夫装幀展―自作回顧と装幀本コレクション 10月28日〜11月6日 京都パラダイス(山崎書店二階)
西側の壁面展示
●本日定休日。木曜日からの疲れがたまっていたので、ぐにゃりとして過ごす。DVD「ボーン・スプレマシィ」(グリーングラス、2004、原作=ロバート・ラドラム)をナベツマが借りてきたので見る。息もつかせぬアクションの連続で、特別に新味はないにせよ、ソツなく作ってある。故意に残された主人公ボーンの指紋を疑いもなくCIAが受け入れる点と、暗殺者がインドでボーンを狙ったときに死体確認をしないという点は「ありえない」だろう。
●『ガーネット』47号が阿瀧康氏より。日録を読むと、じつによく古本即売会を回っておられる。近作俳句では「人のゐる椅子をらぬ椅子ほうせんくわ」「縦に並ぶ釦穴や秋の草」「鉦叩句点読点なき便」など好きだ。また大橋政夫氏の三好達治「雪」に関するアンケート結果というのがすこぶるおもしろかった。三好の「雪」(『測量船』第一書房、一九三〇年)はよく知られている二行の詩。
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
この作について、太郎と次郎は兄弟だろうか、二人は同じ屋根の下にいるかいないか、などの質問を前々号で行い、その回答を整理している。11人回答のうち、兄弟としたのは5人、そうでないが4人。同じ家にいるとしたのは4人、別の場所が5人。けっこう拮抗している。珍回答として、二人は人間ではなく犬だというのがあったそうだ(映画の影響?)。さらに、太郎は次郎のクローン人間だという解釈もあったとか(三好がそう考えていなかったことだけは確かだろうけど)。
手元にあるので参照してみると、『三好達治詩集』(旺文社文庫、一九七四年十一刷)の編者・村野四郎は、二人は特定の子供ではなく、あちらの家の腕白坊主、こちらの家の腕白坊主、と考えたいとしている(どうして腕白?)。ウンチクは兄弟で同じ家だと思っていた。命名の法則からして兄弟と考えるのが自然だし、作者はそう取られることを想定していたはずだ。むろん、どうにでも読めるから詩は面白いともナンセンスだとも言えるだろう。そういう意味では、村野とは正反対に、この二人を特定の人物、ひょっとして富永太郎と次郎のこと(?)などと考えてみるのも一興では。眠らせ・・・はまずいか。
2005年10月30日(日)露台ありてビヤーは旨し吾亦紅
東側の壁面展示
●正午前に会場に入り、昨夜の残り物などを整理する。十二時半ごろ、冷蔵庫からカマンベール、生ハム、果物などを持ち出し、バゲットとともに、露台にて食す。ビールを飲み干す。天高く風やわらかに、ごくらく、ごくらく。スタニスロース・ジョイス『兄の番人』(みすず書房、一九九三年)が肴である。ジェイムス・ジョイスの弟が書いた兄の回想。《兄は犬が嫌いで猫が好きだ》(p26)とあって、何故かというと、少年時代に犬に石を投げつけてひどく噛みつかれたからだそうだ。また《子供の頃の兄の唯一の弱点は、雷雨への恐怖心だった》(p40)そうで、それは大人になっても変わらなかった。
●本日の来場者は、若いお客さんが何人か。ウンチクの絵の方の弟子だった方一名。井上明彦さんとギャラリー16のお嬢さん。山崎さんが『赤嵌記』(西川満、日孝山房、一九四〇年)という台湾で発行された木版画入りの限定版随筆集を見せてくれて、これ誰でしょうね、と首をひねっているときに扉野良人が来場。彼が西川満につていていろいろ知っていて驚かされる。『赤嵌記』は二年後に書物展望社からも刊行されているようだ。扉野くんにごほうびとしてチーズとビアーをふるまう。
すると、扉野くんの知人久保田氏の夫人とそのお友達が来場。その婦人はウンチクが装幀した木辺さんという作家の方とお知り合いだとか、表紙を見て驚いておられた。今日もまた世の中が少し狭くなった。久保田夫人はナベツマの隠れファン(いや、隠れというか、初対面なので)でナベクエストを買ってくださった。「あんなにたくさん鍋を買ってどうするの、なんて質問はぜったいしちゃだめですよね」とナベツマが喜ぶようなお言葉。「で、どこに置いてるんです?」・・・いや、誰しも心配になります。
さらにDMのミカンの話になり、久保田氏は犬がずっと嫌いだったけれど、あるとき一匹の犬が氏になついてきて、そのことから、「おれも犬に好かれることがあるんだな」と犬に開眼したというのだ。今では、犬を飼っておられるとのこと。ジョイスの逸話を読んだばかりだったので何ともおもしろく感じた。
●昨日の帰り道、午後八時を回っていたが、神宮道の歩道から地下鉄の駅まで、女性たちの行列でびっしり埋め尽くされていた。地下鉄も通勤電車なみの混雑だった。何人かの女性が座席表の載ったパンフレットを持っていたので、コンサート帰りだということはすぐに分かった。揃いも揃って二十代後半の微妙に若くない世代で、服装の趣味もやや保守的。ロック系じゃないことは明らか。「クラシックかしら」とナベツマ。クラシックのファン層にしては若すぎる。
「?」のまま帰宅していたのだが、今日の夕方頃になって、山崎書店にナベツマよりメールが届いており、山崎さんが「昨日のコンサートは森山直太郎だったそうだよ」と教えてくれた。なるほど納得である。平安神宮で野外ステージだったらしい。昨日は午後四時頃まで雨が降っていたのだから、森山くんは立派な晴男のようだ(ちなみにスガシカオはどうしようもない雨男らしい)。すると山崎さん、「ところで、森山直太郎って、誰?」。
そして今日の帰り道。六時すぎに駅に向かっていると、似たような服装(昨日よりもややカゲキ、レザー系のファッション)、年代(二十前後)の女子、そして男子も、三々五々、今度は平安神宮の方へ歩いていた。あ、今日もコンサートがあるようだけど、誰だろうなあと思いつつ帰宅して、ナベツマに報告すると、すでに京都市文化市民局のページを調べていた。「誰でしょう? 矢井田瞳よ」。ヤイコか、これも納得だ。
2005年10月29日(土)秋雨は一冊読めるさびしさよ
展示室の片隅(製本用プレス機、カバン堂)
●朝からずっと雨(上の写真は昨日撮ったもの)。来場者なし。しずかな展示室にて新書を一冊読破。夕方、小やみになって、沖縄から来たというアメリカ人のお兄さんとしばらく話す。京都へは学会で年に六回くらいは来るそうだ。アメリカの大学院時代の指導教官が戦時下の宝塚について研究しているとのことで、カバン堂から宝塚の絵葉書や川西英の絵葉書を買ってくれた。むろん流暢な日本語を使う人だった。帰宅後、検索してみると、その先生はジェニファー・ロバートソンで、著書は『踊る帝国主義―宝塚をめぐるセクシュアルポリティクスと大衆文化』(堀千恵子訳、現代書館、一九九八年)だった。
姫路から大西隆志さん来場。お会いするのは何年ぶりだろうか。彼が編集していた『凡画廊新聞』のバックナンバーを持参してくれる。これは以前にお願いしていたもので、ウンチクも寄稿しており、神戸の震災のときにどこかへ取り紛れてしまったのだった。有り難い。
午後六時からはナベツマ主催のナベ・パーティが開かれた。ナベツマの友人たちと、マン・レイさん、山崎さん、うちの息子、飛び入りで次ぎに装幀することが決まっている福島さんという画家の方たちと。メインはオレンジのル・クルーゼで作ったラタトゥーユ。午後八時頃まで、にぎやかに。
●アルマンが22日にニューヨークで没した。一九二八年十一月七日、ニース生まれ。パリで柔道を通してイヴ・クラインやクロード・パスカルと親しくなった。デュシャンのチェスのパートナーなどを務めていたこともあり、一九六〇年にイヴ・クラインらとヌーヴォ・レアリスムのグループを結成して以降、作家として注目されるようになった。同じレディメイドでもデュシャンのような上品さではなく、パワーで勝負する作品。けっこう好きな作家。
2005年10月28日(金)山照らず昔語の錦あり
山崎書店と二階「京都パラダイス」
●昨日し残した展示の仕上げをする。一時すぎからぼつぼつ来場者がある。『彷書月刊』の田村さんより電話。何かと思えば、明治のクリスマスについてのご質問。来月号の特集だそうだ。神戸では明治末頃にクリスマス・ツリーや飾り物を作って輸出までしていたとか。すぐに思い浮かんだのは、岸田劉生宅でのクリスマス祝いに参加したという誰かの手記だが、これは大正時代だな・・・。
登尾さん(ウンチク装幀本の著者の方)見える。京都新聞の岩本氏来る。美術担当になったとか。登尾さん帰ろうとしているところに、滋賀県に住むベテラン編集者の草野さん見える。お二人は二十数年ぶりの邂逅とか。奇遇なり。話がはずむはずむ。草野さんは満州建国大学出身者の聞きとり調査を地道に続けられているという。お二人の歴史を拝聴して一日が暮れた。佳き日なり。
●帰宅すると『彷書月刊』10+11月号が届いている。特集は「大正抒情イマジュリィのデザイン・シーン」、舌かんじゃった。古本小説大賞にデイリー・スムースにもときどき登場する吉田健一コレクターの西村氏が応募していた。坪内さんが、本人の方が面白いといったニュアンスの感想を述べているけど、たしかに、あのすごさをそのまま出せば大賞取れたかも。
●「文字力100冊」最終回。本の数だけ文字がある(って当たり前だが)。かなり片寄った選択だったにせよ、近世から近代へかけての文字力の変化、ウンチクの好みを分かっていただけたかとも思う。ドンジリはスクラップ・ブック。新聞紙の活字を切り抜いて貼り込んだこのセンスに乾杯(!)。
・97 夜の果てへの旅 セリーヌ 国書刊行会 一九八五年一月二十五日 造本=杉浦康平+鈴木一誌+佐藤篤司
・98 梶井基次郎全集 別巻 筑摩書房 二〇〇〇年九月二十五日 装幀=中山銀士
・99 キズアト 石内都 日本文教出版 2005年2月20日 装訂=間村俊一
・100 天誅組罷通る 菊池寛 画=木村莊八 東京日日新聞 昭和十六年一月一日〜六月三日

2005年10月27日(木)松茸の匂いだけ喰う分かれ道
●午前十時、山崎書店に到着。搬入開始。まずは指定原稿・原画などのパネル類を壁に設置していく。これがあんがいと手間がかかった。本の方はざっと並べただけ。明日、パラダイス開店前にもういちどきっちり並べ直そう。店は午前十時から開いているが、二階は十二時から。そこのところ、よろしく。ご来場お待ちしております(月曜定休)。
●朝日新聞(10/24)の連載「エンタメ研究所」坂田藤十郎の巻、本文の出だしに《心地よさげに女形に膝枕する初代藤十郎》と出ていて眉をひそめる。「よさげ」ってね、新聞で読むにはまだ抵抗感があるぞ。「豚もおだてりゃ木に登る」が古くからの諺だと思っているような若造が増えておる(おお! ウンチクもガンコおやじになってきたなあ)。
●阪神のニュースが出る度に、敗因をあれこれ解説するので、「うるさいわネ、そんな泣き言は聞きたくないの!」とナベツマに一蹴されてしまった。
●「文字力100冊」、遊んでいる感じ、装幀にはこれが大事だ。装幀のみならず、真剣勝負であればあるほど「遊び」は必要だ。阪神にはその余裕すらなかったものなあ(またまたグチが・・・)。
・93 慈童 香山雅代 書肆季節社 一九八五年一〇月 装訂=政田岑
・94 スフィンクス アンヌ・ガレタ 新潮社 1991年6月20日二刷 装幀=望月通陽
・95 酒はなめるように飲め 酒はいかに飲まれたか 北沢恒彦・山田稔 編集グループ〈SURE〉2004年11月1日
・96 私は猫ストーカー 浅生ハルミン 洋泉社 二〇〇五年四月二一日 装丁=川名潤

2005年10月26日(水)どよめきが嘆息にかわる肌寒や
●ある阪神ファンより、午前中、次のようなメールが届く。けなげな逆転勝利の構図だが・・・。
《いやいやロッテ強い! プレーオフの時は応援してましたけどなんだか、どんどん強くなってますね。いや、阪神がどんどん弱なってるのか・・・・。
でも、今日、杉山の意外性で一勝をもぎとり、奮起した井川が鬼の形相で1−0で二勝目をリベンジ、安藤は帰ってきた打線の爆発で三勝目。さすが下柳、勝てばいいなと思って投げて胴上げ投手。そう祈りましょう。もし、万が一、今日も二ケタで負けたらこれは、敵対的買収に対する、いわゆる焦土作戦であったとそう思うことにしませんか。》
残念ながら、阪神ファンの一縷の望みも空しく、阪神の完敗に終わった。責任うんぬんではなく、すべては岡田監督の采配に帰結するであろう。第一戦の戦いぶりに甘さが露呈していたように、優勝後の選手管理から情報戦にいたるまで、あらゆる点で未熟だった。ただし、昨年の後半失速したペナント・レース失敗を繰り返さず、二年目にして優勝という結果を出したわけだから、岡田監督の学習能力はかなり高いはずだ。来年に期待したい、雪辱を。
●「文字力100冊」、山藤章二(いわずと知れた阪神ファン!)が筒井の本を何冊か装幀している。山藤もけっこう文字にこだわっている。が、ここでは筒井の字を採ることにした。平野甲賀については敢えて書き文字を採らない。戸田ツトムの文字組が現れたときには革命的に思えた。
・89 骨 小松左京 集英社文庫 昭和52年6月30日 j. 筒井康隆
・90 大いなる助走 筒井康隆 文春文庫 1995年1月30日八刷 j.
筒井康隆
・91 紙のライオン 沢木耕太郎 文春文庫 1987年1月10日 j. AD=平野甲賀
・92 世界が終わっても気にすんな俺の店はあいている 三代目魚武濱田成夫 角川文庫 平成七年七月二十五日 j.
戸田ツトム

2005年10月25日(火)ゆらゆよ〜ん、へちまの揺れる隣組み
●しばらくぶりにアセテート編集者日記を見ると、ウンチク装幀展の紹介をしてくださっている。有り難い。なかに、《ニコニコ通信でナイスな評を書いていただいた(著者の長嶋さんがいたく感じ入っている)林哲夫さん》という紹介文があって、ど、どんなことを書いたのか心配になったので、あわてて読み返してみた(デイリー・スムース8/24)。まったく失礼なことを書いている。でも、気に入ってもらえたのならよしとするか。
コピーついでに近所のセブン・イレブンで『Lmagazine』12月号を立ち読みする。本棚通信のページにアセテートの中谷氏と北浦女史が登場しており、オッと思う。また山本善行堂のイベント宣伝もあった。今朝、山本からは、《阪急イベント大変です。1000册ぐらい用意できますか、と言われて、自分でもどうなることやらなにがなんだか分からなくなってきました。》というメールが届いていた。いや〜、1000冊あれば楽しめる!
装幀展の会場でもカバンひとつの「ポチ古本まつり」をやろうと思っている。ヒトクセある文庫を中心に並べよう。もちろん、拙著のほか、拙作装幀によるみずのわ出版の書籍も販売します。また、先にちょっと触れたように『SHAPES
OF BOOKS 林哲夫装幀作品集』という小冊子も初売りです。
●「文字力100冊」、佐野本三冊目になってしまった。やはりこの手書き文字を一冊入れないわけにはいかない。また、昨日の『筑摩書房の三十年』について吉岡実の研究者である小林一郎氏より《『筑摩書房の三十年』に装丁者名のクレジットはありませんが、吉岡実によるものと愚考いたします。――詳細は、以前「吉岡実の装丁作品(11)」
http://members.jcom.home.ne.jp/ikoba/YMnohon.html#anchor20040531
に書きましたので、ご笑覧いただければ幸いです。》とのご指摘をいただいた。たしかに、あのシンプルさ、キリリとした印象は並の感覚ではないと思ったが、考えてみれば、吉岡であってしかるべきだ。ご教示に深謝です。ということで、吉岡本二冊目は『美貌の青空』。屋島(香川県)の「ブ」で買った。
・85 御身 源氏鶏太 中央公論社 昭和三十七年九月二十日 装幀=佐野繁次郎
・86 美貌の青空 土方巽 筑摩書房 一九八七年三月三十日 装幀=吉岡実
・87 夏の花 原民喜 晶文社 一九七〇年七月三一日 装幀=駒井哲郎
・88 空中楼閣夢のノート 川田絢子 書肆山田 一九九一年六月三〇日 装画・装幀=加納光於

2005年10月24日(月)相撲腹ななつ成りたるカリンかな
●散歩の途中のお屋敷にカリンの樹がある。路次の中程まで枝を伸ばし、栄養がいいのか、まるまると太った実がその枝に七ツ八ツもたわわになっている。まだ今のところはうすい青緑なのだが、十一月になると黄金色に変わるだろう。
●『筑摩書房の三十年』(筑摩書房、一九七〇年)を取り出して、和田芳恵の「あとがき」を読む。
《古田さんは、なんの前触れもなく、いつも風のように出現して風のように去る。》《古田晁という人は、意あって言葉がたりないようだが、言葉がたりないためにかえって意を通じる妙なところがある。》《筑摩書房の創業精神は純粋孤高でありすぎたため、どう考えても、出版界の荒い波風にたえがたい体質をそなえていたように私には考えられた。それが現在に生きのび、さらに将来があることは、ほとんど奇蹟のように思われる。》
ところが、この八年後、一九七八年七月に筑摩書房は会社更生法の適用を受けたのである。今でも鮮明に当時のことを憶えている。『古本デッサン帳』にもちょっと書いているように(p49)、御茶ノ水駅前の丸善の店頭広場で、筑摩の本をたたき売っていた(特価販売)。新刊書のディスカウントなど滅多に見られない時代だったので、驚いて覗いたのだった。で、何か買ったかというと、何も買わなかった。今考えれば記念に(何の?)何か買っておけば良かった、少々残念。
どうして御茶ノ水にいたのかと言うと、古本屋めぐりをしていたわけではなく、その頃、アテネ・フランセへ通ってフランス語会話を習っていたのである。入門から始めて、モジェ(モジェ先生の作った教本)のあたりまで進んだところで、ヨーロッパへ渡るチャンスを得たので、それぎりになってしまったが、アテネ・フランセはいろいろな生徒がいて、大学までのおおよそ同年齢の生徒ばかりで構成されているクラスにはない楽しさがあった。東大の学生も多く、たまたま西洋美術史を専攻していたK君と親しくなり(たしか入学したてだったから四つくらい下だろう)、京都へ引っ越してからも訪ねてきたりして、思わず長い付き合いになっている。彼は大学院を出て西洋美術館に入り、イタリアに留学もしたが、いつか美術館を辞めて駒場で教え始めた。数年前、久しぶりで個展に訪ねてきてくれたときには、ちょうど独立行政法人になった東京芸大に転職したばかりだと言っていた。なんとなくエリート・コースを徐々に外れていったようで、うだつの上がらない我が身を棚に上げ、友の内心を少し案じたりするのである。
●「文字力100冊」
・81 薔薇色の十字架第一部セクサスI ヘンリー・ミラー 大久保康雄訳 新潮社 昭和二十九年十二月二十五日
・82 ダンナさまマーケットに行く 瀧澤敬一 暮しの手帖社 昭和三十四年七月二十日二刷 装幀=花森安治
・83 試練、悪魔祓い ミショー 小島俊明訳 思潮社 1964年9月15日 カバーデザイン=瀧口修造
・84 筑摩書房の三十年 和田芳恵 筑摩書房 昭和四十五年十二月二十五日

2005年10月23日(日)熊架(くまだな)のずぼらに表紙裂け落ちる
●椅子の上に胡座をかいたまま手を伸ばして歳時記を取ろうとしたら、つかんだ場所が悪く、ビリリと表紙が取れてしまった。熊が木の枝に作った座り込む場所を熊架というそうだ。冬になる前に木の実などをたらふく食べるためだとか。
●ナンダロウアヤシゲな日々(10/22)に永山則夫がバイトしていたジャズ喫茶は「ジャズ・ヴィレッジ」なのか「ビレッジ・バンガード」なのかという疑問が出ていたが、も〜、『喫茶店の時代』の索引を引けばバッチリなんですけど(!)、240〜242頁に出ています。後者。
●ジャン−ミッシェル・フォロンがモナコの病院で二十日の朝に亡くなった。一九三四年、ブリュッセル近郊の Uccle(ユクル?)で生まれ、七十年代のフランスで有名になった。ウンチクは、八〇年にエクス・アン・プロバンスへセザンヌのアトリエを訪ねて行ったとき、町中でたまたま見つけた小さな画廊でフォロンの水彩画と版画の展覧会に出くわした。これがとてもステキだったのでフォロンの仕事に注目するようになった。それ以前にも日本でも展覧会は開かれていたようだが、直接作品を見たのはこのときが初めてだったような気がする。
それからずっと後、モランディの花の絵ばかりを集めた洒落た画集を手に入れたところ、フォロンがそれを編集しており、解説の文章も書いていた。その文章がなかなか良かった。『FLOWERS
BY GIORGIO MORANDI』(RIZZOLI INTERNATIONAL PUBLICATIONS、1985)。装幀はボローニャの美術学校でモランディに教えを受けたミルトン・グレイザーである。
●『深沢紅子と立原道造』(佐藤実、杜陵高速印刷出版部、二〇〇五年)を岩手の知人より贈られる。立原が盛岡を訪ねたときの「盛岡ノート」について、深沢紅子との関係を考察しながら、丁寧に調べた本である。ちょっと編集や図版の処理が粗雑だが、立原ファンなら読んでおいて損はない(ウンチクはべつにファンではないが、臼井書房との関係をちょっと書いたことはある)。
「盛岡ノート」がコピー版ながら全ページ複製されているのがとくにいい(現物は立原記念館蔵)。
野村英夫の追悼文(『四季』立原道造追悼号、昭和十四年七月号、掲載)のなかに《町で見つけて来た、小山内薫の北欧旅日記だの、トーマス・マンの短篇集なんかを読んで居られた》(p180)とあるのを、盛岡の古書店で入手したものとして、著者が当時(昭和十三年)の古書店を数え挙げているのは面白い。加藤健という地元の詩人が立原を案内したのだという。
《中津川沿いの道の、次の通りの一本の道筋に、三店の古書店が点在していた。擬宝珠の橋、上の橋際の紙町(現、上の橋町)に東光社書店、よの字橋際、火の見櫓の一軒おいた隣の、紺屋町(現、同)の小田島書店、その先の呉服町(現、肴町)に盛文堂書店で、この外にも市内には数軒の古書店が開業していた》《なお、東光社書店以外、現在は廃業している》(p180)
深沢紅子に興味のある者にとっては貴重な書物かもしれない。杜陵高速印刷出版部=盛岡市川目町23-2、tel.019-651-2110。著者・佐藤実=盛岡市厨川1-4-2。
●「文字力100冊」、77のマチスは文春が直接八十二歳のマチスに依頼したもの。『Jazz』(TERIADE,
1947)と同じ切り絵の手法に没頭していた最晩年の仕事である。
・77 別冊文藝春秋 第二十一号 文藝春秋新社 昭和二十六年五月二十日 表紙=マチス
・78 神戸俳句 第四巻二、三号 神戸俳句社 昭和二十八年三月一日 表紙=津高和一
・79 季刊審美 第三号 審美社 昭和四十一年七月十五日 表紙=室田武二
・80 詩と批評 第二巻第四号 昭森社 昭和四十二年五月一日 題字=高橋錦吉 画=野中ユリ

2005年10月22日(土)浦塩の初雪われの襟立てる
【ナベツマ通信《トラブル回避法、その1》】
オークションにトラブルはつきものだが、深刻なケースに陥らないためにも幾つかのアドバイスをあげておきたい。
まずは、出品物自体のチェック。その説明情報をよく見てよく読み込むこと。ナベの場合では、大きさ・容量・重さ・色合い・年代・コンディション等々。特にコンディションは、写真だけではなかなか分かりにくい場合が多い。直接出品者に質問し確かめること。
次に、出品者のチェック。その評価を見て、もし悪い評価がある時にはその内容をチェック。取引する相手が信頼がおけるかどうかは、評価が一番の基準となる。あとナベツマは、初めての出品者には必ず某かの質問を行ない、その返答に要する時間とその受け答えの的確さや丁寧さ、感じの良さで判断している。相手にとって不利な場合でも、きちんとその情報を出すかどうかも入札の決めてとなる。
そして支払い。ヤフオクでは、詐欺等のトラブル回避のためにやるべき必須事項がある。オークション終了メールにある「確認しよう!7つのポイント」をご覧あれ。なかでも重要なのは、次の2点である。
1.落札後の出品者からのメールに、出品者の氏名・連絡先・住所などの情報が明記されているかどうか。
2.振込先がトラブル口座リストに掲載されていないかどうか。
ナベツマなどは、一度出品者が連絡先(電話番号)を明かさないので困惑したことがある。なぜ困惑したかというと、万一ヤフオクで詐欺にあった場合、相手の氏名・住所・電話番号を確認せずに取引した場合は補償対象外となるのだ。{ヤフオクでの補償は、最高50万円(ただし落札価格の20%を控除した額が補償)、一人につき1年に1回まで。}
このときは、相手がやだ!というのを、携帯でもいいから番号を知らせて、とメールで説得した(もちろん知らせてこないかぎり振込はできないと相手に告げたので、最終的には知らせて来たが)。評価がいくら良くても、何かあったときには直接話し合う必要も出てくるはずなので、連絡先は必要不可欠だ。
あとトラブル口座リストというのは、ヤフオクに報告されている振込トラブルがあった口座の山ほどのリストである(振り込んだのに商品が送られて来ない、といった詐欺に使用された口座のリスト)。以前は目を皿のようにしてチェックしたものだが、この10月17日から「口座番号検索」が採用され、非常に楽に確認できるようになった。このリストに載っている口座に振り込んでしまった場合は、先の補償も受けられないので要チェックである。
2005年10月21日(金)均一に屈む背中を紅一葉
●山崎書店二階京都パラダイスへ展示パネル(本を並べるための)を運び込んで、展示壁面の確認、レイアウトをざっと考える。帰途、水明洞の均一をのぞく。『六法全書』(共同出版、一九二一年改訂三十版)、タテ16cm、ヨコ10cm、厚さ8cmという茶色い厚紙の箱にすっぽり入っていて、しかも箱の上下は錨で留めてあるというシロモノ(小振りな枕ぐらいにちょどいい)、をただ単にその形に惹かれて買ってしまう。
昼は烏丸高辻の角の牛たんの店でシオタンランチという贅沢(なにしろ1580円だ!)。新宿のねぎしに初めて行ったとき(タン塩の店が流行るずっと前)には感激したものだが、ここはいただけなかった。固かった。河原町六条通西入るのタキモトでオーストラリア・ワインの安物赤を三本ほど。「ソムリエがおります」というので、びっくりしたが、店の若奥さんのようだった(楽天三木谷夫人もソムリエだってね)。ワインセラーはなかなかのモノに見えた。
五条の「ブ」に寄って『ミスター・ビーンの秘密の日記』(二見書房、一九九八年再版)を105円で、面白い。ある一ページは下記のようなもの(ノンブルがない。原文手書き。訳文はウンチクが手を加えた)。
19 Tuesday
12.15 Lunch
in PARK [公園でランチ]
12.25 Leave Park(Too much Poo) [公園を出る(うんちがいっぱい)]
20 Wednesday
9.45 STILL too much
Poo in Park [やっぱり、うんちがいっぱい]
DOG DEVICE[犬用新案]〈犬のイラスト〉―CORK[コルク栓=おしりに挿入している]
Mr. Been[コピーライト=ミスター・ビーン]
●「日本の古本屋メールマガジン」32号に「櫻井均と櫻井書店の昭和」展の告知あり。櫻井毅著「出版の意気地」刊行記念展示会(10月21日〜26日)、東京古書会館2階情報コーナー(10〜18時)、初日(21日)午後2時から櫻井毅氏のミニ講演。櫻井書店本がズラリと並ぶようである。
●別冊『紙魚の手帳』田中栞責任編集・特集「おしゃれな蔵書票」本文64頁+カラー表紙、定価840円(税込)が年末頃には刊行になるという報せが田中女史より。エッチング貼込の特別限定版も製作されるそうで、お問い合わせは大貫伸樹氏まで。md9s-oonk@asahi-net.or.jp
また、これまで多川精一氏の編集されていた『紙魚の手帳』はこの号から田中女史と大貫伸樹さんのお二人が一切を引き継いで発行されるとのこと。さらに、さきほど大貫氏より《公式には11月11日発表ですが、たった今、平凡社から連絡がありまして、拙書「装丁探索」(2003年、平凡社)がゲスナー賞「本の本部門 銀賞」を受賞しました》というおめでたいメールが届いた。古本ソムリエお二人が作る新生『紙魚の手帳』、どうなるのでしょう。
●「文字力100冊」、そろそろ戦前ともお別れと思いながら、岸田劉生と青山二郎を入れ忘れていたので。75、昭森社の本にしてはすっきりしていてとてもいい。北園の意向か(クレジットはない)。『智慧』の版元は大阪だが、京都で編集されていたアカデミックな雑誌。編集人は八束清(北白川追分町一となっているので臼井書房や進々堂と同じ町内だ)。三巻六号までは刊行されていたことが確認できる。
・73 幸福者 武者小路実篤 叢文閣 大正九年六月二十五日十二版 装幀=岸田劉生
・74 テスト氏 ヴアレリイ 小林秀雄訳 野田書房 昭和九年十月十五日 装幀=青山二郎
・75 郷土詩論 北園克衛 昭森社 昭和十九年九月二十日
・76 智慧 第二巻第五号 秋田屋 昭和二十二年十一月一日
