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 ◆11月11日〜20日


2005年11月10日
(木)尾花蛸墨染衣に遭う日和

三月書房でS書房さんと待ち合わせる。その前にまずは尚学堂をのぞくも空振り。歩き出したところで扉野良人に出会った。二条寺町交差点にある梶井基次郎「檸檬」で有名な「八百卯」の前。先日も地下鉄の烏丸御池駅のホームでバッタリだったし、いくら京都が狭いといってもかなり高い遭遇率である。

 久しぶりの三月書房。岩崎美術社のディスカウント本が目についた。噂に高い青木正美『古書肆・弘文荘訪問記』(日本古書通信社、二〇〇五年)と臼井捷治『装幀列伝』(平凡社新書、二〇〇四年)を購入。広島からの帰途というS書房さん見える。続いて尚学堂でお詣り(もち、古本まいり)を済ませた扉野が来る。しばし立ち話。彼はこれからまだ仕事があるので店の前で別れる。すぐ向かいのデコイでSさんとコーヒーを飲む。大阪での収穫を何冊か見せてもらうが、さすが選りすぐりの本ばかりだった。なんと『マン・レイ』(南天子画廊、一九七三年)をお土産にいただく。貴重な図録である。有り難し!

 デザイン=松村定育

帰りの電車の中から『古書肆・弘文荘訪問記』を読み出す。評判通り面白い。よく自分の手紙の写しまでとってあるものだ。

『未来』11月号、向井氏より。さとし書房の巻。古書店という職業はさておいて、すなおに一庶民の歴史として読んでもとても興味深い。《記憶に残らない毎日が続くだけであった》などという表現に実感がこもっている。

 まったく関係ないが、京都パラダイスで『筑摩書房の三十年』(筑摩書房、一九七〇年)を読んでいて、これぞ「プロジェクトX」文体の元祖ではないかと、ハタと思い至った。「〜した」「〜だった」と短いセンテンスをたたみかけてゆくリズム。

『出版ニュース』11月号届く。スムース文庫08加能作次郎 三冊の遺著の紹介記事が掲載されている。深謝。

『海会』28号が海文堂書店より。11月13日開催の『カミシバイウォーズ2』幻堂創作紙芝居大会2&演芸&トークの告知あり。中村ようさんのコンサート・チラシ同封。12月18日に神戸北野の楽屋にて。



2005年11月9日(水)露寒やおどろくべきはその寛容

「アメージング・グレース」が毎日くりかえしTVから流れるので、つい口ずさんでしまう。この歌の作詩者はジョン・ニュートン(John Newton)。彼は一七二五年にロンドンで生まれた。父は地中海を航海する貿易船の船長だったので、父とともに何度か航海をしたようだ。一七四四年に海軍に入り、あまりの待遇の酷さに脱走。捕まってヒラの船乗りに降格されたため、自ら望んで奴隷船の召使いとなった。ここでまたこき使われて、一七四八年にようやく父の知人に助けられた。そして今度は自分の船で奴隷貿易を始めた。あるとき、その航海中に大嵐に遭遇し、神の恵みを乞うて、無事助かったことをきっかけとしてキリスト教に帰依した(母は宗教心が篤かったそうだが、幼い時になくしている)。帰依してからもしばらく奴隷貿易は止めなかったようだ。ただ、奴隷の処遇は良かったとか。

 船を下りてリバプールで働いているときに、カルヴィン主義メソジスト教会のリーダー、ジョージ・ホワイトフィールドやメソジストの創設者ジョン・ウェズレーを知り、熱心な信徒となる。勉学に励んだ結果、ついにバッキンガムシャーのオルネー(Olney)で牧師補に着任することができた。その説教はたいへん受けが良く、各地に招かれるほど人気を博した。一七六七年に詩人ウィリアム・クーパーがオルネーに住み着き二人で賛美歌を数多く作った。一七七九年に『オルネー賛美歌集 Olney Hymns』の初版が刊行され、そのなかに「アメージング・グレース」も含まれている。ただし、このタイトルはオリジナルなものではなく、歌詞も後年に追加されている。

Amazing grace! (how sweet the sound)
That sav'd a wretch like me!
I once was lost, but now am found,
Was blind, but now I see.

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears reliev'd;
How precious did that grace appear,
The hour I first believ'd!

Thro' many dangers, toils and snares,
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

The Lord has promis'd good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, who call'd me here below,
Will be forever mine.

 メロディの出所は知られていないが、奴隷たちが船の中で歌っていたメロディではないかと推測する研究者もいる。一七八〇年にニュートンはロンドンへ移り、多くの会衆を魅了する説教を続けた。その聴衆のなかに奴隷解放に尽力することになるウィリアム・ウィルバーフォースもいたという(以上「Amazing Grace: The Story of John Newton」by Al Rogersより)。ちなみにイギリス議会で奴隷の理念上廃止が決議されるのは一八三三年である。

筑摩書房よりジャケットの校正紙が送られてくる。先にちょっと触れた間村さん装幀の『文士風狂録 青山光二が語る昭和の作家たち』(大川渉著)に拙作油彩画を装画として使ってもらったのである。凝った紙を使っている。

5日に扉野たちと行ったときに閉まっていた「図書館」、営業は午後八時半頃からのようだ。少し早すぎた。

 画=宇崎純一、『婦人雑誌』大正六年九月号



2005年11月8日(火)新米や新古書店のツリ多し

山崎書店へ搬出に出かける。京都パラダイス、明後日からは「トゥ−ラ・モイラネン ブックアート展」11月10日(木)〜20日(日)が開催される。以前デイリー・スムースでも触れたフィンランドの女性。

 帰途、丸太町通を西へ。太秦にできた「ブ」のぞく。105円文庫から柴田錬三郎『デカダン作家行状記』(中公文庫、一九八九年)を拾ったていど。荷物をわが家へ入れるのに一苦労。

ビデオ録画で「スウィング・ガールズ」(矢口史靖、2004)を見る。いまいち。とにかく突然演奏がうまくなるのは解せない。そのへんの演出の組み合わせ、積み上げ方に問題が多い。ラストの演奏も型通りで、スウィング・ガールズらしいユニークなアイデアを期待したかった。竹中直人を使うな、ちゅうの。

スタニスロース・ジョイス『兄の番人』(MY BROTHER'S KEEPER、もう少しいい訳語はなかったのかなあ)のなかに、家族そろって散歩に出かけ、遊歩道のところで写真屋に写真を撮ってもらうという記述があった。スタニスロースは《写真屋が、「はい、じっとして」と言うと、途端に私はわざと首を左右に振り、写真屋がどう言おうと、女たちがどう頼もうと、頑として聞かなかった。写真屋は諦め、一同は家に帰った》(p60)そうだが、「はい、じっとして」というのが写真を撮るときの決まり文句なのだろうか。スタニスロースは一八八四年生まれなのでこの逸話は明治二十数年頃のことだろう。原文ではどうなっているのか興味あるところだ(「フリーズ!」とか)。

 また杉山平一「写真」(『背たかクラブ』所収)にはこうある。《写真屋さんが、ハイといってうつしたとき、健ちゃんは、目をつむったような気がして、心配になってきました》(『杉山平一全集(下)』(編集工房ノア、一九九七年)。杉山は一九一四年生まれ、『兄の番人』の訳者宮田恭子は一九三四年生まれ。戦前は「はい(ハイ)」が普通だったか。

 画=宇崎純一、『婦人雑誌』大正六年九月号



2005年11月7日(月)銀杏雨みれんがましき紙魚光る

終日、郵便などの処理。ひと息ついて、西秋氏にもらった新しい「神田古書店地図帖」(二〇〇五年十月現在)と中林久和(nakaban)『御茶ノ水界隈』(トムズボックス、二〇〇五年)をひもとく。午後は銀行、クリーニング店などを車で巡回。ミカンを桂離宮の前の河原で少し遊ばせる。

フランスの暴動について内田樹先生の基本構造講義がたいへん参考になった。

アセテート友の会通信」10号の案内がメールで届く。いつもながら意欲的な企画に取り組んでいる。

先日パラダイスに来場いただいたO氏より葉書。デイリー・スムースを愛読していただいているとのこと、深謝です。そこに《先日の日録(十一月一日)に宇崎純一が出てきましたが、彼の装丁という宇野浩二の処女出版「清二郎・夢見る子」、一度見てみたいものです》と書かれていて驚く。水上勉『宇野浩二伝』(中公文庫、一九七九年)上巻を当たってみると、

《宇野の処女作である『清二郎 夢見る子』は二十二歳のときで、東京と大阪にあった白羊社書店から刊行された。大正二年四月のことである》(p176)

 としか書かれていない。ただ、その少し手前の167頁から、宇野編集の同人雑誌『しれえね』創刊号(明治四十五年三月)について述べられているくだりに、《執筆者は、東京の三上於菟吉(当時の号は白夜)、堀江朔、斎藤寛(青羽)、今井白楊、増田篤夫、宇野浩二、大阪の田村華陽などで》(青木大乗の回想)とあり、田村華陽は宇崎純一の親友なので、宇野との関係も想像できるだろう。『しれえね』の場合、表紙は宇野が描き、裏表紙に青木が宇野の肖像を、挿絵は青木と渡瀬淳子(後に沢田正二郎の妻となる)が描いたそうである。

 画=宇崎純一、『婦人雑誌』大正六年九月号



2005年11月6日(日)下仁田はいずこにありや葱の鍋

朝、雨音で目を醒ます。今日は百万遍最終日。ほんとうなら100円均一コーナーが500円でレジ袋詰め放題に変身する日なのだが、これではビニールシートが開けられないだろう。百万遍は諦めて、ゆっくり朝食。昼前に西秋氏と山崎書店へ向かう。途中、京極と寺町を案内してスマート二階で昼食。三条橋東詰めの「ブ」を記念に(?)ちらっとのぞいたあとパラダイスへ。西秋氏は知恩院観光へ。その後、知恩寺(古本まつり会場、名前が似ているから間違えないように)へ回り、夕食はスタンドで摂って帰京したそうだ。スタンドがいたく気に入ったようすだった。

 終日雨で来場者は少なかったが、海文堂書店の福岡店長の紹介で来られた方はじっくり見て行ってくださった。終了の少し前に海野氏が来る。『日本歌人』創刊号(日本歌人発行所、一九三四年六月一日)を入手したといって見せてくれる。最近は新興短歌について興味をもっているらしい。

 というような話をしているうちに午後六時になり、展示期間終了。会期中、来場くださった皆様、いろいろお心遣いいただいた皆様にお礼申し上げます。お会いできなかった方、ゆっくりお話できなかった方、申し訳ありません。これに懲りず、今後もおつきあいください。

Mさんよりふたたび収穫報告。熱心には頭が下がる。《収穫? 報告です。急な仕事であわや知恩寺最終日は駄目かと。午前中に片付いたので、雨にもかかわらず出かけました。一袋500円はあきらめて思文閣に。50円均一の文庫が魅力的。1時間ほど丹念に見て回りました。小峰書店の「少年少女のための世界文学選」2冊 『パルムの僧院』と『ファウスト』。小沼丹の『ガリヴァ旅行記』があれば、言うことなしですが。『私の国語教室』福田恒存新潮文庫昭和36年初版カバーの上に帯が掛かりさらにパラフィンが。『風俗小説論』中村光夫河出市民文庫。『若い人びとのために』スティヴンスン昭和14年帯に「慰問袋に岩波文庫」、さらに手製と思しきフランス装風のカバーには表紙と背に英語で書名が印刷されています。なんでしょう? 『海の嘆き』生田春月訳新潮社エルテル叢書大正6年天金、これは100円。知恩寺では、ビニールシートの水を指で拭いながら竹岡書店の1冊100円(初日3冊500円)等を見ましたが空振り。阪急の善行堂に寄り新書版の『Klee』を買って帰りました。とにかく行けてよかったです。》

掛野氏より『日本出版史料』第10号抜き刷り「初期「カッパ・ブックス」考」が届いていた。カッパ・ブックスの神吉晴夫神話を検証し直している。とくに「読者へのお願い」を書き出して比較しているのが面白い。また、引用されている林健太郎の「電車の中でものを読むな」(『文藝春秋』一九五六年一月号)に興味を惹かれた。昭和三十年頃の電車での読書風景(!)。

《学生はサラリーマンよりもはるかに多く単行本を読んでおり、同じ単行本でもサラリーマンの読むのは九十パーセント近くは新書であるが、学生の方は文庫本をより多く読み、新書といえば「岩波新書」が圧倒的である》


【ナベツマ・ジャンク《秋のドラマ》】

 漫画が原作のドラマが今期もぞくぞく。まずは「ドラゴン桜」と同じ金曜22時TBS系列の「花より男子」、超人気恋愛コミックが原作である。Nツマは少年漫画が好きなので、少女漫画といえばベルばら以降ハマったのはこの花男(はなだん)くらい。だいたい漫画も映画も恋愛もんが不得意なもんで、なぜハマったのかも未だに分っからないし、おっかしーなあ?? 

 昨夜見ていてハッと気づいたのは、さすがに漫画連載の時期と今回のドラマ化の時期がかなりずれているので、初デートの待ち合わせ場所が「原宿、ハナエ・モリビル前」から「恵比寿ガーデンプレイス、時計広場」に変更になっていた点(クレヨンハウスに出かけたら、ハナエ・モリビルはよく通過したものだけど、そういえばモリハナエは一度破綻したんだよね)。笑えたけど、しかたないよね。

 原作が偉大だと、配役はファンに相当配慮しないと嫌われちゃうだろう。ただ今回のドラマ化では、同様な漫画が原作で映画化ヒット作「NANA」の影響か、配役・ストーリー展開・台詞、いずれも原作にかなり忠実である。特に、ヒロイン&ヒーローやその姉役は結構イメージが合ってるし。その分、視聴率もドラマでは「熟年離婚」(花男が超リッチでセレブな世界のお話で現実にはありえねーけど、この熟年離婚も60近い主婦が、だんなが定年退職になったとたん離婚宣告し、就職してマンション暮らしを始める、充分ありえねー筋立てなのだ)の次に好調のようだ。



2005年11月5日(土)客ありて書を積み替える秋桜

 京都パラダイス展示の一部

ローソンでお茶などを買い山崎書店へ。右文書院・青柳氏、エエジャナイカ主人、前田氏、南陀楼綾繁の一行が百万遍より来場。ベランダで軽く打ち合わせのあとは、にぎやかに雑談。ベランダは暑いくらいの陽気だった。彼らが去った直後に濱田研吾氏と日用帳主人が見える。日用帳のご主人は『ARE』6号を以前イメージ付きでアップしておられたのが記憶に残っていた。戸板康二の専門家である。展示物のなかで『北條秀司 詩情の達人』(田辺明雄、編集工房ノア、一九九四年)を手にとって熱心に見ておられたので、なるほどと思う。

 西秋書店の西秋氏が百万遍からどっさり仕入れてやってくる。夕方から扉野良人と三人で飲みに行く約束をしていた。扉野の方は村山知義の珍しい装幀本を三冊千円のコーナーで見つけていた。そのときちょうど熱心に展示を見てくれている男性がいたので声をかけると、次号から『BOOKISH』の編集に参加することになった江川氏であった。驚いたことに、西秋氏とは谷中安規本を介して旧知であり、扉野とは次号の特集(杉山平一特集とは別に美術展図録の特集もやるらしい)に関して近代ナリコさんへ原稿依頼をしており、まったく初対面ながら、みょうにつながっているのだった。

 濱田氏、日用帳氏が引き返して来て、彼らもまた『BOOKISH』の寄稿家なので、さらに奇遇は続くのであった(単に世界が狭いだけ?)。五時半頃に皆で会場を出て、西秋、江川、扉野、ウンチクはすぐ近くの星野画廊で開催中の「玉村方久斗遺作展」を見る。大正から昭和戦中期までの軸物や色紙といった日本画作品を集めている。珍しい展覧会だ。

 その後四人は阪急の善行堂へ向かったのだが、歩くかタクシーかで、少し迷い、荷物もあるのでタクシーにしたところ、案の定、四条通に入る手前で動かなくなり、結局は降りて歩くことになった。西秋氏は善行堂のあまりにゆったりした展示に対してカルチャーショックがあったもよう。「上の方、スカスカじゃないですか。どうして本を並べないのかなあ?」などとぶつぶつ言いつつ、UBCの参考にしようと目論んでいるようだった。

 飲む場所は扉野に任せていたが、一度入ってみたかったという無謀なアイデアによって導かれた葱や平吉へ。ねぎ鍋を初めて食す。悪くない。いわずもがなの古本談義。食後にそこからごく近くの図書館(okatakeの日記にも登場)というバーへ。残念ながら休み。ではと、四条を渡って木屋町から東にちょっと入った一養軒という洋食屋へ。昨年のスムース展のときに立ち寄った、時間が止まったような雰囲気の店。オードブルとウイスキーのロックでさらに古本談義。江川氏は、ダダイストとして知られるフーゴ・バルおよびドイツ神秘主義がご専門とのこと。九時過ぎまであれこれと。

 西秋氏はウンチク宅に宿泊。



2005年11月4日(金)初見草京の人みなおくゆかし

 高木卓『むらさき物語』雲井書店

正午前に山崎書店へ入る。みずのわ主人来場。目下進行中の装幀の文字について打ち合わせ。以前使用した文字が、印刷所の完全コンピュータ化によって使えなくなった問題について、いかに解決するか。フォントをダウンロードする方法と、出力した文字をスキャンする方法があるが、フォントそのものが廃棄されており、かつダウンロード・メニューにないものは、お手上げ。

 山本氏来場。阪急の善行堂は評判も売り上げも上々のようである。岡崎が百間の『居候匆々』(小山書店、一九三七年)を三冊五百円で見つけた「事件」について真相を聞く。竹岡さんだったそうだ(ウンチクもひととおりチェックしたんだがなあ・・・)。「それでも、岡崎は、その本のスゴさがよう分かってないみたいやったな。分かってなくても見つけるんやから、かなわんな。百間といっしょに買うてたんも大正時代のチラシの本で、ある意味、そっちの方が価値あんのかもしれんからな。もし、あんとき十番勝負やってたら、確実に僕の負けやった」

 また、思文閣の初日は、山本が並んだときには、すでに四十人ほどの行列ができていたそうだ。先頭は、例の海鯛先生だったそうで、先生は開店四十分以上前から並んでいたとのこと。参りましたというかんじである。山本にお祝い代わりに高木卓『むらさき物語』(雲井書店、一九五七年)もらう。雲井書店、いい。

 九月なみの暖かさ、ベランダにて、山崎さんも交え、出版不況をいかに乗り切るか、という永遠のテーマを侃々諤々喧々囂々。結果、今回の展示『文字力100冊』を単行本にするという無謀なアイデアをみずのわ主人が提出する。こっちはいつでもオーケーだが、売れないよ・・・。山本は仕事に出かける。そのすぐ後、加藤一雄のお嬢さん、加藤類子さんが見える。山崎さんの古くからの顧客だそうだ。背筋の伸びた小柄な美しい婦人である。山崎さんが加藤一雄の『京都画壇周辺』を評価する人が多いという話をすると、「おやじでいいのは『無名の南画家』だけですよ」と羞じらい気味にもらされた姿もうるわしかった。言うまでもなく、類子さん自身も美術研究者でいらっしゃる。

 扉野が妹さんを伴って来場。彼女は日本画の材料でピエロ・デッラ・フランチェスカを模写している。製作途中の作品は、先日、徳正寺で見せてもらった。ピエロの雰囲気と顔料がよく調和していたように思った。お会いするのは初めて。もの静かな様子は、日本画、たとえば小林古径の絵のなかから抜け出てきたような娘さんである。扉野に菓子をどっさりもらう。サンクスです。

 その他、多数の方に来ていただいた。お礼申し上げます。

そういえば、扉野より、昨夜、収穫メールが届いていたので紹介しておく。《今日の思文閣は期待しすぎてハズレでした。しかし一冊50円、100円均一で、そんなにほしくない本でも、気づくと十二冊も手にしていました。/本会場にもどるとこちらのほうが、初日からの追加補充あってか、渡辺一夫装の福本和夫『北斎と印象派の人々』(彰考書院/昭22)と西村晃の父、西村真琴『絵入随筆集凡人経』(双雅房文体社/昭11)を3冊500円のところで見つけました。》・・・『凡人経』が三冊五百円とは、困ったもんだ(!)。

カロニュース」52、《買い付けならぬ「買出し」から戻って1週間ほどが過ぎました。ようやく来週あたりからプラハで買ってきた古本やアンティーク雑貨などを店頭に出せそうです。切手もあります。ぜひ覗いてみてください。ベルリンからやってきたものは、一足先に大阪梅田イーマ地下の cafe and books bibliotheque の企画展「デザインブックカフェ フロム ドイツ」で、合わせて販売していただいています。こちらも覗いてみてください。



2005年11月3日(木)錆び鋸を買いて暖め酒恋し

 横光利一『考へる葦』創元社、一九三九年

青空の初日に扉野良人が「これ、佐野ですか。いります?」というので、譲ってもらう。200円。佐野本ではないだろう。モノクロームのペイズリーというのがとてもシャレている。

ナベツマと二人で山崎書店へ。昼は近所の桝富という蕎麦屋へ。手打ちのざる蕎麦(機械打ちもあり)定食を頼む。北海道産の新蕎麦を使っているとのことで味は悪くない。ただ、つゆに力が足りない。食後、山崎書店へ戻る道筋で古道具らしきものを売っていた。「オール500円均一」とある。ジャンクばかりかというと、そうでもなく、微妙なところ。壁際に立てかけてあった大きな鋸の刃(長さ60〜70センチ、柄はない)を見つけて求める。売っているおやじが「何にしやはるの?」。そう言われても・・・困る。「これから考えます」と答えるしかない。オレンジ色に錆びの吹いた大きな鋸を片手にぶらさげて帰る。

 山崎さんはその鋸を見るやいなや「あ、あそこで買ったんでしょ! 山崎書店で個展してるて言えば値引きしてくれたかもしれんよ」などと。やっぱり仲良しだったのね、雰囲気が似てたもの。で、その山崎さんは、店屋物の出前に使う木箱をどこかから買ってきた。そこに文庫本(ぴったりサイズ、文庫本は丼の直径と同じだった!?)などを並べて「出前書店百円均一」というシールを貼った。「林さんの個展の間だけ、開店だよ」だとか。さっそく『亜米利加の旅』(蜂谷径一、研文館、一九二五年再版)など数冊購入。

 ナベツマのナベトモ、コトコさんに、小西さん、そして箱庭の幸田さん、見える。小西さんに「西賀茂チーズ」という一口サイズの柔らかいチーズケーキいただく。賑やかに歓談。ちょうど小雨になったが、すぐに止んだ。さらに、うらたじゅんさん、大島なえさん来場。お二人にナベツマを紹介すると「えええ、うそ〜」という反応があり、こちらが驚く。いったいどんなナベツマを妄想していたのだろうか(帰宅後、ナベツマは「きっと南海キャンディーズの静ちゃんみたいなのを想像していたのよ!」と断定したけど、いくら鋳物鍋が重いといってもそれはないでしょう)。大島さんに「ほんの手帖」27、阪神バカヤロ号をもらう。コトコさんも熱烈な阪神ファン、敗戦話で盛り上がる。

 その後、ちょうちょぼっこの真治さん来場。森茉莉などの古書をぶらさげておられる。思文閣での収穫だとか。今日から始まったんだ。その他、『サンパン』11号を求めて来られた大阪の方には申し訳なく、たまたまサンパンは置いていなかった。郵送させていただくことに。山崎さんの自宅を建てた建築家の方や泉屋博古館の学芸員の方などとけっこう長話をする。『林哲夫装幀作品集』が売れ行き好調。



2005年11月2日(水)ひとひらの言葉染まりて古書の市


昨日のリルケ『神について』と挟まれていた佐竹昭広の葉書。消印は昭和二十九年四月十三日。佐竹妙子宛で、住所は麻田弁次方となっている。麻田は日本画家。文面は近況と十六日に京都へ行くという内容。また、Mさんより昨日の収穫メールが届いていた。《今日買った本の一部は見ていただきましたが、蛇足ながらこんな本も買っています。
  堀口大学詩集 昭和54年 五月書房 
  杉本秀太郎献呈署名本 2冊
  伊東静雄全集 昭和36年 人文書院 限定1200−894番 裸本
  エドガア・ポオ小説全集 第一巻 第二巻 春陽堂版 山名装
  戦争まで 中村光夫 垂水書房 青山装
百円均一または3冊5百円ばかりで、テントの中は殆ど覗いていません。6日の日曜日は棚にささった本も見てみます。》

今朝は十一時に阪急へ。五階の善行堂に直行。ブティックだった(マーガレット・ハウエル?)スペースを棚などそのままに使用して、ゆったりとオシャレに展示している。値段も買いゴコロをくすぐるビミョーな線である。ガケ書房で買い切れなかった北園克衛装幀本(表紙に傷あり)を600円で。ご祝儀だ!(って、ビンボくさ)。山本夫人と話していると(むろん山本は百万遍参り)、正装の扉野が登場する。白い装束に真っ黒な衣を着て下駄ばき。こちらはもう見慣れているが、山本夫人は「まあ!」と驚いていた。十二時前に山崎書店へ入る。

 西宮から見えた男性、海文堂書店でいろいろ拙著を買ってくださったとのこと。しばらく話し込む。そこへ東京からリコシェの阿部さんと母上が見える。昨日は大阪の古書店めぐりだったとか。東京たまごの「ごまたまご」お土産にいただく(回文になっている!)。ごちそうさまです。皆さん、百万遍へ向かわれた。

『喫茶店の時代』の表紙写真の作者大田さん見える。久しぶり。やはり古本好きな方で、神戸のモトコーで森山大道の初期の写真集が五千円で出ていたのを持ち合わせがなく買わず、三日後に出かけてみると定休日で、一週間後に覗いたときには売れてしまっていたという悲劇を人事でなく聞く。

 ラトナカフェのご夫妻が、京都在住四年にして、はじめて東山方面へ来ましたというかんじで来場。それ以前は神戸に居られたので、ご主人は今でも神戸新開地のパルシネマへ通っておられるそうだ。京都の町屋が買い漁られているらしいという話を聞く。「京都」と付いた本がよく売れるらしいし、ちょっとした京都バブルなのかもしれない。

 積ん読帳主人来場。これまで二度ほどご挨拶しているが、初めてそのブログを教えていただいた。昨日はやはり百万遍へ来て居られたそうだ。今、積ん読帳を拝見すると、たしかにデーンと知恩寺の山門写真がアップされていて臨場感バツグン。甲鳥書林に興味をもたれているとのこと。『sumus』4号(甲鳥書林特集)も残部がまったくないのです。申し訳ない。本の置き場所問題について熱く語る。

 その他、存じ上げない方々が何人も来て下さった。感謝しております。

帰宅すると慣れない水商売、あ、いや、客あしらいでぐったり。夕食後、DVD「マイ・ボディガード」(トニー・スコット、2004)を炬燵にもぐって見る。クィネル「萌える」じゃない「燃える男」(MAN ON FIRE)が原作だそうだ。ナベツマはこれを読んでおり、デンゼル・ワシントンではイメージが違うを連発、子供を殺さないアメリカ映画のお約束通り原作をかなり変形しているのも気にくわない様子。原作はイタリアが舞台、映画はメキシコ。かつて「ミッドナイト・エクスプレス」(アラン・パーカー、1978)はトルコ政府から抗議を受けたらしいけれど、「マイ・ボディガード」もメキシコ政府が不快感を表しそうな設定だ。出来はまずまずか。

塩山氏より『記録』11月号。今回は『三国一朗の人物誌』(毎日新聞社、一九八二年)を絶賛する内容だ。神保町の山陽堂書店は《岩波書店の刊行物を主として扱う、ヘンテコと言うか酔狂な古本屋》だそうだが、それだけに岩波以外の本は捨値で穴場だという情報があった。三国本はそこで三百円だったとか。

田中栞さんより、下記のようなお知らせが届いていたので紹介する。また、火星の庭での「書肆ユリイカの本」展は好評により六日間延長と決まったそうだ。同サイトでの連載「書肆ユリイカの本」もまだまだ続く。

第290回本の会「書肆ユリイカの本に魅せられて」講師・田中栞(書物研究家、古本屋の女房)
伝説の詩書出版社「書肆ユリイカ」の美しい本を多数お見せします。東京で初めての装丁・造本談義、ついに開講!
2005年11月16日(水)午後7時〜8時半頃(午後6時半開場)
場所 文京区男女平等センター(東京都文京区本郷4−8−3)会費 3000円
本の会(代表 大出俊幸)問合せ先 パピルスあい内 鵜飼えりか



2005年11月1日(火)忘れないカリン色づく百万遍


十時ちょうどぐらいに知恩寺の百円均一のテントへたどり着く。初日なので本堂では数珠繰りが行われており、ブルーシートが開かれたのは十時を十五分ほども回ったころだった。岡崎、山本、扉野夫妻、Mさん、その他、見知った顔がちらほら。テントが開かれると一斉に餓鬼どもが食らいつく(!)。こちらは、開かれた瞬間、目の前にあった『コロムビアレコード総目録 洋楽一九三二年版』他をパッとつかんで、あとは後ろへ退く。そうしないと押しつぶされそうだった。

 口開けの熱気が退いた頃、ゆるゆる見て回った百円均一で、リルケ『神について』(大山定一訳、養徳社、一九五〇年再版、国文学者佐竹昭広の葉書が挟んであった)、『立原道造詩集』(角川文庫、一九五二年初版)、銀座・三昧堂の書皮付き英語の教科書など。竹岡書店の三冊五百円で源氏鶏太『万事お金』(毎日新聞社、一九六三年、装幀=佐野繁次郎)、塚本邦雄『けさひらく言葉その一』(毎日新聞社、一九八二年、装幀=政田岑生)など。赤尾照文堂五百円均一で谷譲次訳『猶太人・ジュス』(中央公論社、一九三〇年)、森田草平『煤煙』(植竹書院、一九一四年)、そして昨日話題にした「雪」が収録されている『測量船』(第一書房、一九三〇年)・・・・の復刻版(でも背革装)。とこのへんで時間切れとなり、山崎書店へ出勤。

京都パラダイスに着いてしばらくすると、百万遍でも会った砂の書さんが来てくれる。ちょうど昼飯にしようと思っていたところだったので、バゲットとチーズ、ビールをふるまう。さすが、リブロに勤めていただけあって(上野文庫さんは上司だったそうだ。)話題が広くて(?)、ばかばかしいアイデア(古本フィーリング・カップルだとか古本マージャンなど)を繰り広げては二人で馬鹿笑いした。

 岡崎、Mさん、にとべさん来場。岡崎に『おに吉』3号をもらう。今回も穂村弘、三浦しをん、南陀楼綾繁、みやこうせい、漫画「おに吉の冒険」(文・岡崎武志、え・久住卓也)というシブイ執筆陣で楽しめる古本ガイドになっている。岡崎に虫(虫三つの字です)文庫さんの話など聞く。全国いろいろ古本屋を回っている岡崎が太鼓判を捺す、虫文庫さんはとくべつ変わっているらしい。倉敷なので、いっぺん帰郷がてら足を伸ばしてみたいなあなどと思う。

 高橋輝次さん来場。例によっていろいろ安くて珍しい本を買っておられた。宇崎純一の口絵が四点入っている『婦人雑誌』一九一七年九月号(婦人雑誌社)を譲ってもらう。

 近代ナリコさんと山下陽子さん来場。ちょうど五時過ぎで、ベランダからの夕焼けがとてもきれいだった。山下さんより出来たばかりの『黄金の馬車』11号(書誌啓祐堂)をいただく。ナリコさんは、近々、河出書房新社から出る本の装幀校正が届いたところだとのこと。その表紙の話を聞いただけでもシャレた本になりそうだ。期待してます。