daily sumus TOP
 ◆11月01日〜10日 ◆11月21日〜30日


2005年11月20日
(日)菊冷えて文庫四冊もの足らず

 『みづゑ』第399号、一九三八年五月号、春鳥会、表紙=長谷川三郎

みづゑ』のタイトル文字にはかなりの変遷がある。これはたしか恩地孝四郎のレタリングで、多少のレタッチはあったが、終刊まで使われていたと思う。

朝起きてテレビをつけるとちょうどTBSの「儲かりマンデー」の時間である。いつもはそのままサンポに出かけるが、今日のゲストは幻冬舎の見城徹氏なので終わりの方まで見てしまった。男性雑誌を創刊した話題を中心に。激戦区に殴り込んだわけだ。さすが強気である。「オリジナル」と「極端」があって自分がおもしろいと思った作品を多くの人に読んでもらいたいそうだ。

『ぼくの早稲田時代』にトラブル発生。メールでもらった写真は使用許可が下りなかったとのことで、急遽、ジャケットの方を昨日届いたものに差し替える。イメージは多少変わったが、それはそれでよしとする(こういうところは好い加減というか臨機応変に)。

昼食はいつものラトナ・カフェへ。安ワインを買って、五条「ブ」へ寄って文庫四冊。帰宅後は『ぼくの早稲田時代』レイアウトのつづき。夜までに一応仕上げてしまう。



2005年11月19日(土)菓子つまむ手を引込める宗旦忌

 堀田善衛『広場の孤独』中央公論社、一九五二年五版、装幀=辻一

終日、『ぼくの早稲田時代』に取り組む。写真を使うことに決めてあるので楽は楽だが、文字体と配置にはいつも苦心する。これでいいのかどうか、迷いに迷うのだが、答えはひとつではない。本そのものとして良いかどうかもあるし、内容や著者との連関も考えねばならない。また書店で目立つのかどうかも重要だ。目立つだけでもだめだし。要するに、それは考えてどうにかなる問題ではないのである。「これでいいのだ!」と思い切れれば、それでいいのだ。

 などと迷っているときに装幀用の追加写真が届いた。ジャケット用はメールで送信してもらったが、今届いたものの中では全線座をぜひ使いたいなあ。

『一寸』24号が届いていたのをパラパラ読む。山川方夫の父が日本画家山川秀峰で祖父が染物の模様師だったとか。秀峰は挿絵画家としても多くの仕事をしている。かんらん舎から『谷中安規の楽しい世界』(一九七七年)という展覧会図録が出ていて稀覯本になっているそうだ。分離派の建築家としてスタートした堀口捨己の仕事の紹介が興味深い。板垣鷹穂と共同編集した『建築様式論叢』(六文館、一九三二年)の装幀文字力がいい。



2005年11月18日(金)重き血や彼方の山に樹氷あり

 ルナアル『博物誌』白水社、一九四一年五版

公園で本を撮影していると鳩が近付いてきた・・・というか、みょうに人になれている鳩たちで、こちらが接近してもまったく動じないのだ。さすがに三脚を立てると「おっとっと」という感じで引き下がってしまったが、本を草の上に置いて、少し離れ、餌を放るような素振りで小石をそのあたりに投げてみると、鳩は本を覗きに来て「なんだなんだエサじゃねえじゃねえかよ」と文句を言ったのであった(そんな顔をして目を丸くした)。本の題名は『博物誌』なり。よく売れたらしく、版型もいろいろあるが、この枡型本がお気に入りだ。ルナールの描写も絶品、ボナールの一筆書きも見事。今日でだいたい100冊分を撮ってしまった。少しの入れ替えはあるかもしれない。

川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』束見本が届いた。さっそくレイアウトにかかる。一九五〇年代の早稲田界隈の写真を使う予定。

 同封されていたのが暮尾淳『ぼつぼつぼちら』(右文書院、二〇〇五年)。堀切直人氏編集。詩と俳句とエッセイ。石垣りん、伊藤信吉、岡村昭彦に関するエッセイが印象深かった。

松本れいさんより著書『大切にしたいもの』(文芸社、二〇〇五年)も届く。松本さんは『サンパン』3期7号で扉野良人がインタビューしている方で、平井功の父平井成の最初の妻平井喜久智の孫にあたられる。本書は言葉をめぐるエッセイというか、自伝的な回想でもあり、祖母喜久智が何度も登場するが、土佐で豪族の家に育った女性の芯の強さがうかがわれるように思う。

はっきり言ってショックだった。以前行った血液検査の結果がやっと来たのだが、中性脂肪が「異常」だったのだ。そ、そんな! 慌て気味にネットでいろいろ検索してみても、酒煙草はやらないし、外食もさほどせず三食キチンと食べてて野菜は好きだし、ストレスもあまりない・・・ということは、まったく高脂血症には当て嵌まらない条件なのだよね。最近はやや運動不足ではあるにしても、お腹は出ていないよ。痩せていて体脂肪率が低くても血液中の脂肪の量とは直接関係ないという説明などもあり(でもほとんどは肥満が大敵)、ぎょっとする。ただし、検査日に「スマート」で知人と洋食ランチを食べて、食後二時間で検査をしたのだったから、空腹時に検査すべきというのが救いである。いずれにせよ摂生するにこしたことはない。



2005年11月17日(木)総ルビの書を指枝折る新酒かな

 大江健三郎『われらの時代』中央公論社、一九五九年再版、装幀=渡辺一夫

本日も「文字力100冊」の書影撮影。「ソーシャル・ネットワーキングサイトmixi」へある人に誘われて加入しているのだが、そこで「渡辺一夫の装丁」というコミュニティを開始された方から参加しませんかとメールをいただいた。覗いてみると『われらの時代』の話が出ていたので、おおそうか、これも文字力だったと思い出したしだい。たしか初版も持っているはずだが、この再版は梁山泊で100円だった。ほとんど同じデザインの新書サイズも出ている。なお背景は愛車のエンジンルーム。

晶文社WONDERLANDで荻原魚雷の連載が始まった。坂崎重盛翁、内堀弘さんも同時スタート。内堀さんの献呈本の話はさすが古本屋ならではの逸話なり。


ナベツマ・ジャンク《悶々・・・》

 eBayで落札した鍋が届かない・・やられたか??・・いや、これはあのおおバカ者のせいでは???

 みなさんご存知かと思うが、最近落日の憂き目に遭っているので、気分直しに日いづる国にちょいとやってきて、大渋滞を引き起こし、市民ならびに観光客に多大な迷惑をかけ、さっさと隣国韓国に移動した某国の大統領がいる。

 そして、そのことが「郵便事情」にも多大な被害と悪影響を与えたかもしれない疑いが、某ナベ買いの一家にもたらされている。なぜなら、発送の連絡からかれこれ6週間以上経過しているにもかかわらず、ナベが到着しない。思うに、税関で足止めをくっているだけではなく、多分、来日前に日本に到着したあらゆる「ブツ」を開封してとことん調べているのではないだろうか(そーいえば昨日のボジョレーヌーボーの栓は緩かった?)。

 これまで1年間、外国から送付されてきた小包が開封された跡は皆無だった。今度届く小包はよおーく調べてみよーと決心したNツマであった。ぷんぷん。



2005年11月16日(水)落葉忌や愚かさばかり散り積もる

 『ウェスカー全作品3』晶文社、一九六九年三刷、装幀=平野甲賀

某国大統領が入洛(じゅらく)している。わざわざ移動用に運んできた大統領専用ヘリが飛んでいるところをナベツマは目撃したそうだ。辛酸なめ子さんは結婚するし・・・(?)、たいへんなんスから、もう。というようなことにはかかわりなく、風がめっきり寒くなった桂川の公園で「文字力100冊」の撮影する。書を持って「町へ」じゃなくて「野へ」という感じになってしまった。

ボージョレー・ヌーヴォをある方より頂戴する。先日の装幀展のときに手ぶらで出かけたからとのこと、ご丁寧にどうも。バブル期に個展で上京していたとき、モノレール浜松町の近くに泊まっていたが、「本日発売!」とか叫びながら、改札口に箱を積み上げて売っていた。あの少し前から爆発的に人気が出たらしいけれど、今年はかつてないほど大量に輸入されたようである。プチ・バブルかな?

スムース文庫を注文してくださった高砂市の方より届いた払い込み用紙にメモあり。《先日、山口晋平「白い役人」(昭和27)繙きますと、彼は成城出身、大岡昇平、河上徹太郎、富永太郎、中原中也と交わっています。Liberal な彼から山口二矢が生まれるとは》とあった。山口二矢(やまぐち・おとや)は社会党浅沼稲次郎委員長殺害犯、大江健三郎「政治少年死す」のモデル。

N氏より『極私的東京名所案内』が東京堂書店で第一位になったという報告あり。欲しくなる装幀だし、内容もコンパクトでいい。バンバン売って彷徨舎ボーナス出しんさい(!)。また三省堂では「古本」本フェアー開催中、そこにウンチクの著書も並んでいるそうだ。



2005年11月15日(火)見つけたり男の嘆き村芝居

数々の「書肆ユリイカ」本に接するチャンスが東京でも。第290回本の会「書肆ユリイカの本に魅せられて」講師・田中栞(書物研究家、古本屋の女房)。東京で初めての装丁・造本談義が開講される。
2005年11月16日(水)午後7時〜8時半頃(午後6時半開場)
場所 文京区男女平等センター 東京都文京区本郷4−8−3
東京メトロ丸の内線・都営大江戸線「本郷三丁目」駅から徒歩3分 電話03-3814-6159

たつの市立龍野図書館などから『大正ニュース事典』(毎日コミュニケーションズ 、一九八六〜九年)や『大日本地名辞書』(富山房、一九六九〜七一年)などが大量に盗まれていたと聞いて驚く。TVニュースによれば、数冊ずつ持ち出したのだろうと言う。気づかない方もおかしいが、そんなもの転売できないだろうし、どうするんだろう。

三月書房販売速報[083]によれば、恵文社の冬の大古本市に参加するそうだ。《「三月書房の売れ残り」ということで出品の予定ですが、ショタレばかりを並べるわけにも行かないので、1960年代から70年代にかけての、ミニコミ、サブカル本、絵本、児童書などを実家の物置から掘り出す予定です。珍品といえそうなものも、少しはないこともないのですが、今年は初めてなので安いものばかりにして様子見をするつもりです。》とのこと。いよいよ年末のケイブンシャ、おもしろくなってきた。

『日本古書通信』916号、樽見博氏の「北園克衛 橋本健吉時代の詩」を興味深く読む。橋本健吉は北園の本名。兄が彫刻家の橋本平八である。他に亜坂健吉、橋本虎之助などのペンネームを使っている。『文章倶楽部』および、都崎友雄(ドン・ザッキー、ダダイスト詩人、古本屋高松堂書店を経営)が主宰していた『世界詩人』(一九二五〜六年、全三号)に北園が発表した詩を紹介(部分引用)している。

「文字力100冊」の単行本化に向けて、まずは本の写真を撮ることから始める。しかし、図版に使うと考えると難しい。書を捨てよではなくて、書を持って町へ出よ、という雰囲気でやってみたいのだ。展示した100冊から中途半端な洋書を省いて再構成する予定。

 串田孫一『考えることについて』光の友社、一九五五年



2005年11月14日(月)極私的空なくもなき鰯雲


書肆アクセスより坪内祐三『極私的東京名所案内』(彷徨舎、二〇〇五年)と大貫伸樹『製本探索』(印刷学会出版部、二〇〇五年)届く。『極私的東京名所案内』は坪内氏が「坪内祐三」になりはじめた頃に『彷書月刊』に発表された文章で(一九九四〜七年連載)、ある意味、坪内エッセンスと言える内容である。東京という三次元のなかに歴史の異界を探りつつ、自らを投影してゆく手法が確立されている。

 『製本探索』では、「装釘」という用語をめぐって、実際に「釘」が使われている本(博文館の雑誌『太陽』など)を見つけだす話はたいへんに面白い。また同時に『紙魚の手帳』35号も届いていたが、ここでも大貫氏は恩地孝四郎がシュトルム展(一九一四年)以前にカンディンスキーなどの知識をもっていたことについて証明しようとしている(氏のブログで公開されていた内容)。氏の論点は直接的かつ具体的で分かりやすい。また、後記に編集・発行が多川精一氏から大貫伸樹氏へ移行することが報告されている。

『古書肆・弘文荘訪問記』を読了。なかなか刺激的な内容だ。古書業界の非常にリアルな記録である(実際はもっときわどいやりとりがあったのだろう、たまたま彷徨舎でお会いした青木氏自身が(5/9)そうおっしゃっていた)。日記やメモから構成されているので、部外者にとっては説明不足と思われる記述も少なくないが、それで面白さが殺がれるというほどではない。

 最も印象深かったのは、例えば、こういうところ(p169)。問いはテレビの対談者、答えが反町。

「古本の価格はどうやってきめるのですか?」
「それは、その本の価値。稀覯性。需要性(流行性)でしょうか。この三つを掛けて出た答えが値段でしょう(略)」
「本はどうやって見つけるのですか?」
「努力、チャンス。(略)」

 古本の価格については、死期も迫った入院中の反町が青木氏に熱っぽく語った古本屋の未来像でも繰り返される。

《古本屋の商品というのはね、古典籍から明治物くらいまでをAとすると、他はただ実用のための古本とがあるんです。Aはそれ自体に値がありますが、Bにはせいぜい流行性くらいしかない》(p292)

 う〜ん、しかし、はっきりいって「本の価値」をどうしてそこまで信頼できるのか、それがまったく解せない。本の価値は関係性のなかから作られるものであって(価格も同様)、本そのものには、おそらく何の価値もないはずだ。本を知り尽くして、その結果、ここで述べられているような境地に到達したとしたなら、それはあまりにも哀しい。反町が「本の価値」と断言するものは、要するに「己の価値」なのではないだろうか。彼は己の価値のみを信頼して一生を通したのである。青木氏はきわめて慇懃に、しかも氏本人にも理解できない衝動でもって、反町茂雄に取り組み、希有の作品を残したと言えよう。



2005年11月13日(日)柚色のコオト求めり荒地あり

書肆アクセスさんへ『SHAPES OF BOOKS 林哲夫装幀作品集』(すむーす堂、500円)、『ナベ・クエスト2』(すむーす堂、500円)、『読む人』(句入り書名本、500円)、『カバン堂目録』(P-BOOK、300円)を発送する。どうぞよろしく。

早稲田古本村通信」第85号、「チンキタ本バカ道中記」(前田和彦・北村知之)は京都の話題。『sumus』に過分な評価をしてくれている。《▼北村 個人的には、それを担っているのは、やっぱり編集人の林哲夫さんなんだと、再確認できる機会やった。『sumus』にリアルタイムで出会えたわけじゃないから、余計にそう思うのかも知れないけど。》・・・うん、うん、北村くん良い子だね(エエジャナイカもいいよ!)。ハルミンさん、引越しご苦労さん。

『映画評論』(映画出版社)一九五二年六月号を拾い読み。「ドイツ零年」(ロッセリーニ、1948)のシナリオ掲載。この年の五月に封切られたらしい。丸ノ内ピカデリーの広告が出ている。他に、花田清輝「ギルブレスの方法序説」、梅崎春生「欲望という名の電車」、福島慶子「巴里の想出」などが掲載されており、それなりに読める雑誌になっている。福島の文章には戦前のパリ滞在時代の物価が記録されている。彼女らは一九三三年まで住んでおり、当時十円が百十フランぐらいになったそうだ。街のカフエでコーヒーが二フラン(前のレートなら十八銭、当時銀座で二十銭ぐらいだった)、横浜マルセイユ間の三等船賃が三百円ぐらい、文部省の留学生は月三百円(三千三百フラン)の給費だったそうだ。

 表紙=中原史人

 中原史人は、検索してみると、高柳重信の第一句集『蕗子』(東京太陽系社、1950年8月25日、限定120部、製本=池上浩山人)を装幀している。塚本邦雄の『水葬物語』、本島高弓の『幸矢』も同じ装幀・造本。東京太陽系社は高柳の經營する「火曜印刷」のこと。中原史人装幀の和綴本が氣に入った高柳は、同じく塚本邦雄、本島高弓の句集も造り、三句集を「姉妹本」と称したという。また『探偵小説三人集』(共著=江戸川乱歩、大下宇陀児、木々高太郎、白亜書房、昭和二十二年十二月二十五日)の表紙・挿絵も中原史人である。



2005年11月12日(土)シャリシャリと黄袋嗤う山おろし

四条烏丸地下のくまざわ書店でナベツマと待ち合わせ。坪内日記立ち読み。いつもの「味禅」で昼食。新蕎麦を賞翫する。ざるの蕎麦粥セット、とりなんば。

 食後は単独行動。仏光寺通を東へ歩き寺町通にぶつかったところが三密堂。表の百円台から『アサヒカメラ』の昭和十一年十月号と十二月号の付録を見つける。文字力(モジリキ)なり。


 寺町を上がってストアデポでちょっと買い物。三条の「ブ」へ。ざっと見て二冊ほど拾ったところで、山本が急ぎ足で入ってきた。こちらの顔を見るなり
「今日は何ですか?」
「何ですか」と言われても・・・「ブ」もうでです。こちらが手に持っている本をチラリと見て、腕時計をのぞきながら
「仕事に行かなあかんから、十分ほどしかないんやけど」
 というので、じゃあまた、と別れる。湯川書房にちょっと寄る。腰の調子は相変わらずのようだが、お元気そうだった。

みずのわ出版よりメールあり。ホームページを開設しブログを始めたとのこと。みずのわ編集室、ちょっと読んでやってください。そうそう、ずっとストップしていた本の街日記がまた動き始めた。神田の古書店ライフがよく分かる。蟲日記ののんびりした古本屋ライフもよいです。たまたま見つけた洋書もある大阪の雑貨屋さんcolomboも楽しめる。



2005年11月11日(金)シール取り爪うすくして残菊

【ナベ通《うっとり・・》】

 ナベツマは9月末にeBayで2つの鍋を落札した。が、船便なのでまだ届かず、ちょっとぷんぷん。そういう訳で、みなさんのためにもここはひとつ何か落とさなくっちゃ! とヤフオクでがんばってみました。

 落札したのはル・クルーゼのキャセロール鍋。いわゆるオーブン料理に使用する。もちろん一般のオーブン用キャセロールと違って、ル・クルーゼのこの手の鍋は直火でまず調理をし、その後オーブンに、という使い方が可能である。イタリアのペルージャの民宿のおばーちゃんが教えてくれたローストポークは、まずこのようなキャセロールに、ニンニクとオリーブ油を入れガス火にかける、そして塩胡椒した豚のかたまり肉を鍋の中でこんがり焼いてから、ぽんぽんとローズマリーの小枝を2本程投げ入れ、その後白ワインをどばっ! 急いで蓋をして、あとは弱火でコトコトと45分くらい、もしくはオーブンにて1時間だとさ。ぽたぽた、よだれ。ね、便利でしょ!?

 ところで、ヤフーのオークションでは時々ガレージセールのような出品がある。このキャセロールも出品者の説明によると「1990年代の最初のころ個人輸入にハマっていました。最近家を建て替えるので屋根裏を整理していたら出て来たのがこのキャセロールです。」とのこと。みなさん、いろいろ事情があるんですね、ほんと。

 

**サイズ表示は26。容量2.5L、重量3.5kg。オリジナルの箱に同梱の説明書によると、92年の製造。未使用らしく、キャセロール側面や底にシールが貼ってある。やはり「白」はうつくしい・・うっとり。


伊達得夫『詩人たち ユリイカ抄』(平凡社ライブラリー、二〇〇五年)が届く。ひさしぶりで読み返す。初読のときにはさほどとも思わなかったが、今読むと、じつにしみじみとしていい。こちらも少し年齢を喰ったか。伊達という男の丹念なところと投げやりなところ、ロマンチストとレアリスト、そんな錯綜した想いがあふれていて印象深い。

 稲垣足穂に「ユリイカ」という出版社の名前を相談に行くくだりはとくに好きだ。伊達が足穂を初めて知ったのは一九四六年の『新潮』誌上で「ヰタ・マキニカリス」を読んだときだった。それからおよそ二年後、早稲田のグランド坂に沿った四畳半の下宿へ足穂を訪ね、数日前に呑み屋で足穂から教わった「ユリイカ」という単語を出版社名として持ち出して相談したのだ。すると足穂はこんな反応を示した。

《ぼくが出版屋をはじめるのを祝うあまり、「ユリイカ」の名もぼくが自分で考え出したかのようにほめるのであった。ぼくはほかに「オリオン」という名も考えていた。しかしどちらがいいかという問に対してかれは、「ユリイカ」の方がはるかにコスミックな名だといった。「しかしあなたには牧野みたいな首吊りの感じがある……」と念を押した。》(p24)

 また、こういうぼやきも随所に見られる。本が売れないなど、今に始まったことじゃない。

《ぼくが手工芸めく詩書の出版をはじめて十年たっている。十年坐りつづければ石の上だってふかふかのクッションかもしれぬ。しかし面壁九年の果にダルマ大師は手も足も失っていた。》《十年このかた、「喫茶店だかバーだか」の二階のうすぎたないオフィスで「ユリイカさーん」「はーい」というような商売をつづけていることに、ほとほとやるせない思いだ。ぼくはすでに二百点に近い詩書を世に送って来た。しかしその殆どがコマーシャリズムに乗らなかった。せいぜい五百部。最高で千部くらいしか売れていない。炬燵に入ったままで、もとでなしに出来る遊び。「ダルマさんダルマさん、ニラメッコしましょ」そんなむなしさに、ぼくは飽きた。》(p110)

 口絵図版、とくに表紙を開くとすぐに目に飛び込んでくる『からんどりえ』(伊達田鶴子氏所蔵)の、すばらしさ。平凡社ライブラリーに再刊が決まるにあたっては田中栞女史の慫慂があったと聞いた。女史の火星の庭における「書肆ユリイカの本」連載も好評のうちに番外まできている。

 『詩人たち ユリイカ抄』平凡社ライブラリー

Kさんよりメールで以下のご教示をいただいた。

ところで、スムース2号の特集、宇佐美圭司の装幀ですが、(古い話ですね)、すでにご存知とは思いますが、以下の2点も彼の装幀でした。

天沢退ニ郎「血と野菜」思潮社1970年9月15日発行
中井英夫「暗い海辺のイカルスたち」潮出版社1985年12月20日発行

西岡武良氏とは1970年ころからの古いお付き合いです。俳句の加藤郁乎氏を介して知り合いました。お互い、水木しげるの貸本漫画を集めていました。中井英夫氏の本は、氏から戴いたものです。》