恵文社
 冬の大古本市12月20日〜2006年1月9日


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 ◆12月09日〜20日 ◆トルコ紀行1 ◆トルコ紀行2 ◆トルコ紀行3



2005年12月31日
(土)大晦一冊つくる電話口

西村氏より佐野繁次郎表紙の雑誌コピーをいただいた。深謝です。『婦人サロン』(文藝春秋社、昭和四年九月〜昭和七年十二月)の昭和五年五月号と、六月号である。五月号には小野勇が「春と憂鬱な大学生(帝大)」というエッセイを寄せている。彼は大正十四年入学だから、このときには卒業していたろうが、その情景描写はなかなかのものである。

《午後五時。本郷三丁目で、夕刊売りの鈴が騒がしい。馬力とタクシーとが並んでゐる。その間に令嬢が挟まつて泣きさうだ。大学生は、各々の薄汚い室で、座つたり、立つたり、腰掛けたりして、下宿の鯛を突つついてゐる》

 この表紙画は佐伯祐三の「ロシアの少女」を写したものであろう。佐野は佐伯の遺作展にショックを受けていた。

 表紙=佐野繁次郎

『日本古書通信』918号の巻頭が松本八郎翁の連載「書物のたたずまい」に変わった。第一回目は赤塚書房・新鋭文学叢書である。今後が楽しみだ。また岡崎武志氏(すでにお気づきの方もおられると思うが、これまで同人には敬称を略してきたのを、改めることにした)が「「古本の世界6」講座を終えて」と題して中日新聞と明治大学における古本講座について書いている。古本現在形のたいへん分かりやすい見取り図になっている。

岩手のCさんより『六花』22号(中谷宇吉郎雪の科学館、二〇〇五年十二月)のコピーをいただく。生活社から昭和二十二年に刊行された中谷の『春艸雑記』について山田功氏が考察している記事をまず読んだ。生活社の鉄村大二が昭和二十年に焼け出された仮事務所で「日本叢書」を手作りをしていたこと、敗戦後の本作りを見据えながらも、昭和二十一年七月に病没したことが、『春艸雑記』の追記に記されているという(『春艸雑記』は所持しているはずだが、記憶になかった)。

 生活社とは、佐野繁次郎も全面的に係わっていた『くらしの工夫』などの戦時中の庶民生活シリーズ(花森安治の『暮しの手帖』誕生に大きなインスピレーションを与えた)を刊行していた版元である。「日本叢書」に見るようにたいへんアカデミックなタイトルも多く、鉄村大二という人物の生い立ちなどにも興味が引かれるが、その点については、松本翁が嘆いている赤塚書房・赤塚三郎と同様、ほとんど何も分からないようである。


【ナベツマ・ジャンク《ほら予測は当たったでしょ??》】

 今年の正月、ナベツマは恒例の景気動向調査に出かけて「好景気!」との予測をたてた。どお? まっ、当たったけどそれがどーした!? と言われればどーってことないけど(弱気)。

 さて、あわただしい年末だが、TBSでここんとこ「ドラゴン桜」が再放送されていたのをみなさんご存知だろうか? こちらはついついまた見てしまった。でも、なかなか、えーこと言ってるやん。昨日は受験生の親たちを集めた懇談会をやっていたが、主人公の桜木弁護士(元暴走族)が親たちに家で心がけることについて一席ぶっていた。

「まず子どもの言ってることに耳を傾けること。話をよく聞いてやり、それを繰り返すこと。それによって、子どもは自分のほうに親の関心があることを理解し、そして安心する」

 なんだなんだ、これって小さい子どもとの向き合い方とおんなじじゃん! そーか、今は大きくなった子どもたちにもこんなことが必要なんだ。つまり小さいうちからやって来なかったことを遅ればせながらやる必要があるんだな。ふむふむ。

 偏差値36の潰れかけ私立高校の再建に雇われた桜木弁護士の話術はそーとーうんまい! 「あんた、口だけは犯罪的にうまいな!」と生徒の一人に言わせていたがそのとおり。弁護士なんだからそりゃとーぜんだろうが、こと子どもたちに対峙する時には、とにかく真摯に正直にまっとうに正攻法でいくしかないのだ! つまりそれは「おだてる、だます」ではなく、「本当のことをはっきり告げる」ことに他ならない。

「バカとブスこそ東大に行け!」、これがドラゴン桜のキャッチコピー。なるほどねえ、理にかなってる(取り柄がないなら勉強しろ! ということ)。ちなみに今年の東大への出願率はこの漫画のおかげか2割増えたそうだ。


2005年12月30日(金)鼻水のしずくが垂れて暮れてゆく

昨夜、TVで阿久悠のヒット・メドレーを放送していた。初めの方だけしばらく見ていたけれど、すべての曲を知っていたことに、ちょっとショックを受けた。一九七〇年代が青春だった・・・か。それにしても、阿久悠のヒットしなかった曲ばかり集めたら、さぞ壮観だろうなあ。

恵文社で買った『エプタメロン』下巻を眺めていると、tom というサインがあった。村山知義の装幀だということになる。ジャケットや函もあったのだろうが、この表紙だけでも十分奇抜である。『エプタメロン』はナヴァル女王マルグリットが著したとされるフランス版デカメロンだが、マルグリットという女性はフランスという国家を考える上でも、かなり重要な女性のようである。

 渡辺一夫『世間噺・戦国の公妃―ジャンヌ・ダルブレの生涯』(筑摩書房、一九七三年)によれば、マルグリットはフランソワ一世の姉としてヴァロワ家に生まれ、一五二七年に三十四歳でアルブレ家のアンリと再婚してジャンヌを生んでいる。ジャンヌはブゥルボン家のアントワヌと二十八歳でやはり再婚してアンリ四世を生み、アンリ四世は一六〇〇年にマリ・ド・メディチと結婚し、ルイ十三世〜十四世〜とブゥルボン王朝の礎を築くことになる。マルグリットはカソリックだったため、再婚時(むろん政略結婚である)に改宗を迫られたけれども、それだけはウンと言わなかったそうだ。

 『エプタメロン』下巻 装幀=村山知義


2005年12月29日(木)火の番の拍子木しみる浅き傷

Mさんより本多顕彰『文学の知識』(作品文庫、作品社、一九三八年)をいただく。いつも有り難うございます。作品社の本、ぼちぼち溜まってきた。むろんまだ半数には達しないが、気長にいこう。また、松尾邦之助『とるこ物語』(竹内書店、一九四七年)とアラン『家族の感情』(串田孫一訳、風間書房、一九四六年)が届く。後者は装幀も串田孫一だろう。検印紙もそうのようだ。風間書房は千葉県市川市が所在になっているが、現在も出版を続ける同名版元であろう。『とるこ物語』の竹内書房は住所が「上野公園不忍池畔」となっており、国会図書館には同書房の刊行書が八点所蔵されているものの、松尾の著作以外は、実用書ばかりで、どさくさ出版という雰囲気濃厚。ちらちらっと読んだところではけっこう面白そうだ。

 アラン『家族の感情』

終日、頼まれたイラスト制作と年賀状の印刷、着色。ナベツマは友人と昼飯を食いに出かけた。少々気の早い年越し蕎麦だったようだ(もちろん「味禅」なり)。

トルコ紀行3


2005年12月28日(水)声荒げ思い直した餅始末

『図書』12月号をトイレで見ていたら、平出隆「海辺の小屋」というエッセイが目に止まった。編集者時代、川崎長太郎のところへ通った思い出を書いている。一九七八年頃だそうだ。面白い。ただ、後半はテキストに言及しバシュラールで終わっているが、もっと川崎その人についての体験を聞かせて欲しかった。


【ナベ通《祝30個!》】

 「一体ナベは幾つになったのだ?? 古家は大丈夫か?」とみなさまにご心配をおかけしているナベツマです。はい、おかげさまで今回のナベで「30個」になりました。おめでとうございまっす! 自分で祝ってどーする!?

 さて記念すべき30個目はルクルーゼのフォンデュポット、深い作りになっている。このナベ、現在の名称は「ウィンザーポット」という。なんで「ウィンザー」なんだ? と調べてはみたが、名前の由来は出て来なかった。フォンデュなんてめったにやらないだろうから、使用用途はいろいろだが「2〜3人分のスープ作りに便利」というお料理大好き奥さまのHPにあった。なんでもバーミックスでかき混ぜる時に、ナベが深いため飛び散りが少ないからだそう。ふ〜ん、そーなんだ、といたく感心。でも未使用でしかもシールが貼ってありコレクタブル品なので、使えそーもないな。

 

**直径16cm、高さ12cm、容量1.7L、重量2.3kg。「マットブラウン」という光沢のないタイプの色合いでグラデーション入り。陶器のよう な質感である。

***これで押し入れは一杯。客用布団を処分しなくっちゃ。10年間ほぼ未使用のダブルサイズの敷き掛け布団が1セットあります。敷きは羊毛固敷マットタイプ。掛けはポリ綿です。洗濯済の布団カバー付(保管は圧縮袋にて)。ご要望の方は(無償、but 送料着払い)、sumus_co@yahoo.co.jp まで。


2005年12月27日(火)年の瀬や浅き柾目を斜に構え

松屋浅草古本まつり』の目録届く。このところずっと慌ただしく、いろいろもらってもほとんど目を通せない状態だった。ところがこれにはイチローくんの手紙が同封されていたので、ざっと見せてもらう。16ページに『VOU』151〜158号バラ六冊が。一冊5,250円は高くないだろうと思う。思うだけで注文する勇気がない(勇気じゃなくて、別のモノでしょ、ないのは)。

 なにしろ、まだ年賀状も作っていない。例年ならとっくに投函している時期なのに。年末までに制作できるかどう。文字通り年賀として正月に出すことになりそうだ。言うまでもなく、わが家は毎年、戌年である。来年でちょうど一回り。

 年賀状はプリントゴッコで印刷することが多い。ところが、近所の量販店には、一部のインク以外の備品をまったく置いていない(シーズンはずれには、どこかから仕入れてきて並べているようだけど)。当てにしていた文房具屋は潰れているし、困ったものだ。仕方ないので木版画にしようかなあ・・・芋版とか・・・、消しゴムもあるな。

恵文社の古本市、バンバン売れて、棚がスカスカです、というメールが担当さんより届いていた。う〜む、と唸って、大きめの段ボール一箱分を追加用に選別する。一月九日まであるというから、もう一回くらい追加が必要かもしれない。

『座右宝』19号(座右宝刊行会、一九四八年八月一日)を先日、文庫堂で100円で買ったのだが、パラパラめくっていると、岸田麗子の創作「乳房」が掲載されていた。エッセイのような小説のような、日常の暮らしから題材を取った作品だ。麗子には著作が何かあるのかと思って国会図書館を検索してみても『父岸田劉生』(雪華社、一九六二年、他)が四種並ぶだけ。もう少し読んでみたいような気もする。

 挿絵=ボナール


2005年12月26日(月)襟巻きの裾で眼鏡を拭く夜かな

紙魚の手帳』36号(紙魚の手帳社)、「おしゃれな蔵書票」田中栞責任編集、が届く。女性ばかりの多彩にして奥深い蔵書票の世界だ。蔵書票の世界、ひいては古書の世界のウーマン・パワー(少々古くさい表現ではある)というものをひしひしと感じさせられる。巻末「紙魚のあしあと」に田中女史が高校一年生の乙女から蔵書票集を贈られたことを書き留めているが、この世界にも浅田真央ちゃんがいたようである。書肆アクセス他で入手できる。

『coto』11号届く。古書へんぺん記7「ヤフオク、負けるが勝ち」を寄稿している。デイリー・スムースでも書いたことのある、例の事件について。ご注文は kitora@sikasenbey.or.jp まで。

表紙画=庄野予侑子


2005年12月25日(日)降誕祭蕪村のむなし空模様

蕪村の忌日、天明三年(一七八三年)十二月二十五日。

『彷書月刊』一月号。特集・リトルマガジンズ。荒川洋治さんが雑誌自分史を語っている。高校二年のときに『とらむぺっと』という同人誌を創刊したそうだが、その同人に町井豊子さんがおられるというのが、説明すると長くなるので、はしょってしまうが、まったく奇遇である。《詩集や詩雑誌の装幀ってあんまり凝ったものは好きじゃないんです。どこか一つ抜けたところがあるぐらいがいい。飾り気がなくて、思わず中身を読むしかないような雰囲気にする。そういう簡素なもののほうが、いいんだな》・・・参考にさせていただきます。ウンチクも『帖面』『文学雑誌』『手帖』『書彩』についてごく簡単にスケッチしている。

プラハの田中大氏よりクリスマス・カードいただく。何やら、デイリー・スムースでも以前紹介したアッセマーニ写本のファクシミリ版(一九二九年)と活字になった校訂本とを同じ週に別々の古書店で発見したそうだ。そういう不思議、古本の世界にはときどきあるものだ。よかったですねえ!

 プラハから届いた切手(パリの古本屋)

西村氏より素敵なクリスマス・プレゼントをいただく。ジイド著、淀野隆三訳『日記抄』(文圃堂書店、一九三五年)。淀野訳、文圃堂(野々上慶一発行、検印紙は青山二郎作)というだけでもウンチクには有り難いものだが、その上、麻布六本木・誠志堂書店のレッテル、何拍子も揃った本がたったの200円とは(鉛筆で記入あり)。そうそう、お返しに(?)、ヨシケン最新情報をひとつ。光文社文庫から、来年二月頃に、吉田健一の食随筆を集めた『酒肴酒』が出る予定とか。同文庫で絶版になっていたものを一部編集し直して復刊するとのこと。編集長から聞いたので間違いないよ。

 麻布六本木・誠志堂書店のレッテル

 ジイド『日記抄』奥付

古書現世より、結城素明『芸文家墓所誌』(学風書院、一九五三年)と鬼海弘雄『ぺるそな』(草思社、二〇〇五年、装幀=間村俊一)届く。『ぺるそな』は大判の『PERSONA』(草思社、二〇〇三年、装幀=間村俊一)の増補普及版として刊行されたもの。大判は一万円だったので買い控えてしまったけれども、そのうち入手したい。素晴らしい写真である。『芸文家墓所誌』も以前から欲しかった本で、今日はいい日だ。

 鬼海弘雄『ぺるそな』装幀=間村俊一

Mさんの古本メール。《恵文社に行きたいところですが、大阪の古本屋で我慢。それでも、『牡蠣と岬』吉田瑞穂昭和10年椎の木社限定400部300番裸本600円、『詩日記』大手拓次昭和26年龍星閣函600円、『立川文庫第五篇智謀真田幸村』大正5年150円なんてのが見つかりました》・・・ど、ど、どこですか!


2005年12月24日(土)ゆるゆると栞の進む冬籠

名古屋震源の地震あり。グラッときたので、一瞬、冷や汗。ニュースで見ると京都は震度1程度だった。一階にいたナベツマは気づかず。

昨日、恵文社で『古書肆マルドロール目録』11号をもらった。巻頭に写真入りでアンドレ・ブルトンの『Martinique Charmeuse de Serpents』(J.J.Pauvert, 1972)が出ている。8000円(ちなみにalapage.comで調べてみると35ユーロでLibrairie aulnisが出品していた)。吉岡実『ムーンドロップ』(書肆山田、一九八八年)毛筆署名入りが12,000円。その他シュールレアリスム関係書に徹底する。

このところ佐野繁次郎本に収穫がなかったが、古本散歩の取材のおかげで二冊ほど発見した。中野実『千曲川通信』(文藝春秋新社、一九六一年)100円、福田屋書店にて。


◆トルコ紀行2 さらに写真を追加しています。


2005年12月23日(金)背の割れし『温泉がいど』雪落ちる

今日は寒いけれども快晴。京都古本散歩という企画をある雑誌に頼まれていて、朝からその取材と撮影に出かける。まずは恵文社に集合する。担当編集者、カメラマン氏と助手君。少し早めに来てしまったので、大古本市をもう一度ゆっくり見て回る。砂の書さんから数冊買う。やはり「草星」のコーナーに立ち止まってしまい、あれこれ悩んだが、今日はやめておく。しかし、この感じがいい。


 萩書房2、ガケ書房(鍵を忘れて開店できていなかった)、山崎書店、星野画廊、博宝堂。ガケに戻り(無事開店していました)、店主の山本氏が古本市場に勤めていたこともあると知って驚く。水明洞、三月書房、アスタルテ書房(佐々木さん、和服でキメていた)、さいごに京極スタンドでおしまい。午後六時過ぎまで(掲載の目途がはっきりすれば、お知らせします)。


2005年12月22日(木)雪踏めば雪の降る国なつかしき

朝、起き出すと庭はすっかり雪景色。しかもまだしんしんと降り続けている。四国は讃岐の生まれによって、小中高とほとんど積雪というものを知らずに過ごした。たしか、子供の頃に一二度積もったことがあるような・・・ 雪合戦をしていてもすぐ泥にまみれるようなたわいもない薄さであったが。京都はそれでも、ときおり十センチ近く積もることがある。とくに北の山並みはいつまでも雪が解けずに残り、白く遠望できる時期もある。例年ならば、二月初めあたりがもっとも寒いのだが、十二月でこの寒さこの雪は記憶にない。

終日、頼まれている原稿書きに過ごす。装幀の色校が届く予定だったが、雪のために届かず。

 恵文社で買った金属の水差し


2005年12月21日(水)魯山人死したりと知る白き足袋

恵文社へ。店長とちょっと立ち話。昨日の初日は開店前から行列ができたそうだ。三年目だから、クチコミ、パソコミ、初日じゃなきゃだめよ、というふうな噂によって大勢の人が集まったようだ。けっこうなことです。三月書房の棚から『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(ビーチ、河出書房新社、一九八二年再)、モダンジュース古書部から梅原北明訳『エプタメロン(下)』(国際文献刊行会、一九二七年)、書肆砂の書から『COMANCHE KID』(E.S.MANN, EDITIONS FOR THE ARMED SERVICES,INC.)を買う。他に古道具の「草星」のコーナーから金属の水差しをモチーフ用に。ウンチク好みの錆び切った金属ものがいろいろ出ていた。

 恵文社冬の大古本市

蒼穹舎より長野重一『hysteric fourteen』(二〇〇五年)と川延昌弘『一年後の桜』(二〇〇五年)が届く。『hysteric fourteen』は一九五〇年代の都市風景がじつにくっきりと、一枚一枚起承転結を孕んだ作品として焼きつけられている傑作だ。これらの写真は『ぼくの早稲田時代』とほぼ重なり合うのだから、長野の撮った風景のなかを穴虫昭(『ぼくの早稲田時代』の主人公)が歩いていても不思議ではない、というか歩いていたのである(新宿がこんなに牧歌的だったとはオドロキの外ない!)。『一年後の桜』は神戸の震災と芦屋の風景を詩的に配列した作品集。倒壊した家屋のみょうに静かな写真が胸を衝く。

◆トルコ紀行2 さらに写真を追加しています。