◆daily sumus TOP ◆トルコ紀行1 ◆トルコ紀行2 ◆トルコ紀行3 ◆トルコ紀行4
2006年1月15日(日)鬱憤を思わず放ち草萌える
◆恵文社から大古本市の残本戻る。追加も含め昨年と同じくらいの点数を出していたが、返品は四割強。売上げは昨年よりも若干少ないていどだった。今回はリストと照らし合わせて請求書を書くというシステムになったので、チェックしていると、いくつか気付くことがあった。以前も感じたが、案外、理論系の堅い本が売れるということだ。むろん極端に安くはしている。また沢村貞子の本をまとめて出していたのがすべて売れたのが印象的(ひょっとして誰かが買い占めたのかもしれないけど)。澁澤、春樹あたりは手堅い。古本、書物関係も悪くない。中公文庫はほとんど売れてしまった。全般に文庫の販売率がよかった。というようなところ。
◆桂川散歩。暖かのはずだったが、やはり風は冷たい。久世橋のブックオフへ。105円一冊のみ。
・一人の男が飛行機から飛び降りる ユアグロー 柴田元幸訳 新潮社 一九九六年 装画=G.BAXTER
【ナベツマ・ジャンク《ニコンFM3A購入の顛末/買物バトル》】
ニコマート亡き後、どーしてもまだ一眼レフカメラが必要! と主張する蘊蓄。しかたないな、仕事帰りにヨドバシカメラに寄り購入することに。デザインのかっこよさからFM3Aに決定。おやじたちはブラックボディが好みらしいが、あたしはシルバーのほうがカメラらしくてええ、ということでシルバーに決定(安いし)。しかもちょうどレンズ同時購入割引クーポンが届いていたのでラッキー、るんるんでヨドに。
ここはどこ? と思えるほど、客のいないヨドの銀塩カメラ売り場。いるのは、年配のおやじだけ。こんなに収益なさそうな売り場なんかもっと狭くすりゃええのに・・なんて思いつつ売り場の兄ちゃんに声をかける。
**「ニコンのFM3Aをくださいなー!」
@@「はあ、○○○○○円です」
**「えええーっ、ドットコム*では○○○○○円やけど!?」
@@「ああドットコムは人手いらないでしょ、だから店舗より安いんですよ」
**「そんなこと言わへんと、ドットコムと同じ値段にしてよー」
@@「だからーうちのライバルはドットコムなんすよー!!!」
**「だったら尚更ここで買ったほうがええやん。あれ、今日は××さんは?」
@@「××は今日はお休みです」
**「電話で××さんと話をしたときにはドットコムと同じでOKだったんよ。京都の林ですけど」
@@「ほう、ちょっと調べてきまっ!」
・・・
@@「伝言が残ってましたわ、じゃあドットコムの値段で」
**「よかった! レンズはパンケーキ**でね。このクーポン***もお願いね」
@@「えっクーポンも使うんですかあ」
**「だって店舗用レンズ同時購入クーポンじゃん、使わずしてどーする」
@@「まいったなあ・・」
買物のポイントは、できるだけ電話である程度の交渉をすませておくこと。その際に交渉相手の名前を覚えておき、「誰々さんはこー言った」という証拠を残しておくこと。ちょうどこの時期はニコンFM3Aの販促****がかかっていたのでこのような強引な交渉が可能だったのだが、いつもこういう具合に行く訳ではない。(つづく)
*ドットコム/ヨドバシカメラのインターネット店のこと。商品の送料が1万円以上のお買い物で無料になる。店舗ではどんなに高額な買物でも送料は必要になるところから、ネット購入は便利で安く買えて人気。以前は価格やポイントも店舗のそれらとは異なることが多かったが、近年ほぼ違わなくなってきている。
**パンケーキ/レンズ「Aiニッコール45mm/F2.8P」の愛称のこと。カメラボディーに付けた状態のレンズが扁平かつ寸胴でパンケーキ(ホットケーキ)の様に見えるから。この表現は海外では比較的古くからあるポピュラーなもののよう(元祖はやっぱりライカの沈胴らしい)。
***クーポン/ヨドバシカメラが発行している機関誌についてくるお買い物クーポン券。値引き価格だったり、ポイント何千円分だったりいろいろ。このときには2000円分のポイントだった。
****販促/販売促進のこと。メーカーが売りたいとか処分したいとかの理由により値引きが大きくなるのが普通。このときには、通常値引価格より1万円ちかく安くなり、加えてポイントが倍の20%ポイントになっていた。2003年12月のボーナス戦線のときであった。
2006年1月14日(土)こばまれず碗やや重き福茶かな
◆『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』を読み継いでいる。ジョイスの『ユリシーズ
ULYSSES』を初めて単行本として限定出版した顛末はたいへん面白い。当時としては発禁のエロ本だし、ジョイスの校正のすさまじさにも手こずったようだ。こういう記事を読むと、その本が現在ではいったいどのくらいで取引されているのか、猛然と知りたくなる。幸い、最近はネットですぐに調べが付くから、なんとも便利。
限定1000部で内訳は以下のごとし。100部はオランダ手漉紙(ジョイスのサイン入り)、150部はアルシュの透かし入り紙(アルシュはフランスの紙漉で有名な村、ブランド)、残り750部も手漉紙である。表紙は青一色に文字だけ。この青色は「ユリシーズ」にちなんでギリシャ国旗のブルーからきているが、満足すべき色の紙を探すのにそうとう苦労したそうだ。
'This edition limited to 1000 copies: 100 copies (signed) on
Dutch handmade paper (measuring 23.7 x 19.5 cm.) numbered from
1-100; 150 copies on verge d'Arches (measuring 26.2 x 20.1 cm.)
numbered from 101-250 ; 750 copies on handmade paper (measuring
23.7 x 18.5 cm.) numbered from 251-1000.
そして古書価はというと、だいたい初版(一九二二年)の後刷(一九三〇年十一刷までは出ている)が状態によって200〜500USドル、革装に改められているともう少しするようだ。初版は改装されているもので30,000ドル前後、今調べた中では、原装のままの
exceptional condition(極美)として60,000ドルの一冊があった。Manhattan
Rare Book Company (New York, NY, U.S.A.)。初版はフランスのディジョンで印刷されたが、英米へ送付された冊数は、ごく一部を除き、ほとんど廃棄処分となったようだ。アメリカで印刷された最初の『ユリシーズ』は、シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店の一九二七年の九刷を元にして一九二九年に海賊版として出ている。それは数千部刷られており、紙装ながら13,500ドルもするのだ(JOHN LUTSCHAK BOOKS,
BURLINGTON, WI, U.S.A.)。
◆『言語』二月号(大修館書店)が送られてくる。どうして? と思って開いてみると、巻頭口絵「装幀の風景」に拙著『古本スケッチ帳』(青弓社、二〇〇二年)が紹介されていた。臼田捷治さんの連載だ。ジャケットだけでなく表紙の写真もちゃんと掲載されているのがさすがである。というかちょっと恥ずかしい。過分にお褒めいただき有り難うございます。
むかしむかしあるところに貧乏な画学生がおりました。その画学生には同じ郷里のガールフレンドがいて同じ大学に通っておりました。あるとき、そのガールフレンドが専攻した写真の授業でどーしても一眼レフカメラが必要になりました。「何かを質に入れてでも用意しろ!」そう言いはなった講師はその学科お初のプロの写真家でありました。困った彼女は彼氏に相談。彼氏は裕福なおじからもらって蓄えていたなけなしのお金で、駅前のカメラ屋のショーウィンドウに飾ってあった新古品の「ニコマートEL」を買い、彼女に貸してあげたのでした。そして・・・彼女はそのカメラで「白黒フィルム100本」という前代未聞の夏休みの課題を仕上げたのでした。
夏休みが明けて課題の批評会が開かれたとき、100本提出したのはクラスでその彼女だけでした。しかもその彼女が撮った写真とは・・・「犬のポートレート3600枚」だったというおまけつき。「おまえはバカか!!!!!」とその写真の講師は何度も叫んだのでした。ふん!
という訳で、ニコンの一眼レフカメラはその貧乏画学生がその後たいせつに大切に使いつづけ、29年がたったある夏の日、とうとう壊れて使えなくなりました。修理できれば・・と訪問した梅田のニコンサロンで「もう部品がありません。新しいのをお求めください」と最終通告を受けたのであります。(つづく)
Nikomat EL
2006年1月13日(金)呑み初めも読み書き初めものんべんと
◆ユニクロ〜古本市場という庶民の娯楽コースを。後者には正月から少し追加があった。オール105円。
・庶民列伝 野本寛一 白水社 二〇〇〇年二刷 代田奨
・ボージョレ・ワイン物語 デュブフ+エルヴァン 土屋進訳 平凡社 一九九〇年 石川一九
・カラ ガーゾーン 沢木耕太郎訳 小島武画 新潮社 一九九五年 小島武他
・現代の美術2 幻想と人間 岡田隆彦編著 講談社 一九七一年 粟津潔
・現代の美術7 集合の魔術 高階秀爾編著 講談社 一九七一年 粟津潔
『ボージョレ・ワイン物語』によればボージョレはどうやら最近まで二流の産地、ブランドだったようだ。《長いあいだ、私たちのワインは、テーブルの水差しに入れて飲むテーブル・ワインや、カフェ用のうまい地酒というだけで、満足してきたんだ》(p100)、《テーブルの水差し》をキャラッフという。《だから、プリムールは、ボージョレの呼称の中で、言わば正式呼称となったんだ。それによって、喜ばしい成果だけど、シルーブル、ブルイイ、それに全てのクリュ・ワインは、消費者の心の中で、ただ単なるボージョレのラベルとは一線を画すことができるようになったんだ。というのも、それらはプリムール(新酒)を造らないからね》、ということは余所より早く出荷しただけではないのか。《そして、飛躍を遂げ、統制呼称の旗頭となる高級品のボージョレとして、認められるようになったんだ》(p103)
第二次世界大戦中にフランスを占領していたドイツ軍はフランス全土のワインを十二月十五日まで酒蔵に集めておくように規制したが、《それで損をすることのない占領軍は、プリムール(新酒)を一カ月早い一一月一五日に解禁することに、合意したんだ。行政府に残されたのは、新酒ワインを指定し、プリムールの伝統地域を特定することだけ、うまいこといったもんだ》《戦争も終結し、自治権を取り戻したフランス政府は、占領軍によるこの法規を再構成し、より堅固なものにし、改良を加え、一九五一年に公布し、一九五三年には細部を整え、一九六七年には一層、磨きをかけ、まあこんな具合にプリムールが君臨することになる枠組みが作り上げられたってわけさ》(p104)
一九八四年からボージョレ・ヌーヴォの出荷日は十一月の第三木曜日と決められている。伝統的には十一月十一日がワインが酒蔵に収まる日で、契約労働者は仕事納めとなり、実質的にヌーヴォはこの日から飲むことができるそうである。
◆フィルム・カメラの話題を取り上げたとたん製造中止のニュースが流れた。一部のカメラには買いが殺到し、ウンチクが先年買ったニコンFM3Aももうどこにも売っていない(?)とか。
ニコンFM3A
2006年1月12日(木)太箸や三年越しの焦げぐあい
◆ちょっと長すぎたかなと思いつつ(十枚というところを倍近く書いた)、年末の「京都古本散歩」の原稿を送ったところ、内容は気に入ってもらえたようだが、さすがに字数は多すぎて、一度削って送り直したのだが、さらに減らして欲しいというファックスが届いた。編集者の人があちらこちら短くする箇所を指定してくれている。その端折り方が的を射ていたため、ご自由に直してくださいと返事をしておいた。長い原稿を縮めるとけっこう締まった文章になる。しかしながら、プロとしては(いちおうプロのつもり)、字数にピッタリ収めるのが芸というものだろう。少々反省。
◆◆トルコ紀行を終えたので、トルコの絵を本格的に描き始める。デジカメの写真をもとにしてアレンジしてゆく。印象が鮮やかなうちにある程度の枚数を下書きしようと思う。
◆『書架』73号。このところカラー口絵は絵画がメイン。今号は、浜松の内田六郎という人のコレクションが中心のようだ。小出楢重の色紙「人形」38万円はさすが。秋野不矩書簡(内田ちま宛、一九八六年)が8,000円。秋野さんは扉野くんの祖母。ホクト社の『ぱんふれっと』創刊号(一九三四年)26,250円の奇抜な文字力に感嘆する。編集後記には櫻井毅『出版の意気地』に出てくる天城画廊・天城俊彦(高崎正男)の「明治初期洋画史」原稿を櫻井氏に見せてもらった顛末が語られている。えびな氏よりも先に同じことを依頼した人物がおり、それは《A氏(明治美術研究の大長老である。櫻井さんの本を読みすぐさま行動に移すなど流石です)》とあるから、青木茂氏であろう。
『さんちか古書大即売会』目録(1/26〜31)、神戸の「さんちか」はオープン四十年になるとか。いころび堂の写真ページに芥川の『傀儡師』が出ている。大正9年、初版、¥5,000とあるが、初版は大正八年のはずでは? 写真を見るかぎり函付のようで、初版とすれば、格安だ。
◆さきほど、近所から火災報知器のベル音がけたたましく聞こえてきた。はっきり言って、木造のうえに燃えやすいものが山積みなのだ、わが家は。あわてて持ち出すものをアレコレと考えているうちにベルは鳴りやんだ。
◆奈良で写真を撮って、やっと去年からの24枚撮フィルムを使い切った。デジカメを使うようになると、フィルム・カメラはたしかにまだるっこしいが、とにかくまだ同時プリントは近所のパン屋に預けて翌日受け取りというシステムが機能している。498円。これも昨年初めまでは378円だった。そのうち扱わなくなるかもしれない。子どもの頃はカメラ屋に預けて何日も待ったものだったが、じきにそういう時代に逆戻りして、さらにはフィルム・カメラはマニアの道楽になるのだろうか。デジカメのプリントはセブン・イレブンで30円。
フィルムもISO100は売っていないことが多い。400ばかり。ISOも昔はASAといっていたが、ASA(American
Standard Association)とISO(International Organization for Standardization)は同じで、ドイツ系のDIN(Dentsche
Industrie Norm)が使われなくなったということらしい。フィルムがなくなれば、この指標も不用になるわけだ。
奈良の酒屋
◆年末から読んでいたオルハン・パムク『わたしの名は紅』(和久井路子訳、藤原書店、二〇〇五年二刷)を読了。トルコへ旅行したということもあり、オスマン・トルコ時代の細密画師が描かれていることもあり、期待して読んだ。ま、簡単に言うなら、トルコの『薔薇の名前』というところ。殺人犯捜しと恋愛がからみ、『薔薇の名前』よりは小説の体をなしている。「藪の中」のように話者が章ごとに変わってゆくのが面白いと言えば言える。人だけでなく犬だとか、筆、悪魔、紅といったものまでが事件についてお喋りをはじめるのだ。そう、たしかにトルコ的に饒舌である。3700円なので二刷になっているのはかなりのもの。
《かわいい「むすめ」は昨日の残り物の、しかしまだカリカリしているほうれん草入りパイを出した。昼食のために卵を沢山入れて梅で少し酸味をつけた羊肉のシチュウを作っていた。せっかくの勧めを断るのも悪いので、できるのを待って、焼きたてのパンと共に二杯食べた。彼女は干し葡萄を煮たものを温めた。これも遠慮せずに、薔薇のジャムをもらってそれに加えて飲んでから、悩めるシェキュレに手紙を届けに行った》(p212)
《無関心、年月、災害によって写本は破壊される。装丁に使ったアラビア糊は魚や骨や蜂蜜を含んでおり、頁は卵白と澱粉で作られた艶出しを使っているから、飢えた恥知らずな鼠が貪り、白蟻や蛆虫やその他の無数の虫が本を蝕み食べてしまう。巻はばらばらになり、頁は剥がれる。料理女たちがかまどにそれで火をつけたり、泥棒や無関心な使用人や子供たちが考えもせずに頁や絵を破壊するだろう。幼い皇子はおもちゃのペンで挿絵の上にいたずら書きをして、人の目を黒く塗りつぶしたり、洟を拭いたり、黒インクで縁をかいたりする。》(p266)
◆年賀状がまだ届く。キトラ文庫さんのは俳句入り。
本の山運び残して年暮れる
一月二日
初売りや本に倒さる還の歳
棚崩す催事の終りの古本屋
(有子)
句入りと言えば、間村俊一さんは毎年一句の年賀状。今年は《八犬傳讀みつつあらばひむがしの空に妖しき星ひとつ生る》という前書があってこの吟。安房國にルビ「あはのくに」。
冬ざれの犬恐ろしき安房國
◆『本棚』23号、けっこう迷う内容だ。どれにしようかな・・・。『古本倶楽部』175号、特集・色紙短冊。短冊にひとつどうしても欲しいのがある。どうしてもとは言っても予算があるので、ひどく悩ましい。ちょっと年明け早々支払いがあったので苦しいのだなあ・・・。
◆恵文社冬の大古本市は昨日で無事終了した。売上げ等についてはまだ分からないが、まずは好評だったらしい。ご足労いただいた皆さん、とくにすむーす堂からお買い上げの皆さんに感謝です。
◆トルコ紀行4、完結。
2006年1月9日(月)東向北町あたり人と成る
◆午後から奈良へ出かける。川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』の出版記念会が宇多滋樹さんの古書喫茶「ちちろ」(ならまち文庫の北店、奈良市南半田西町18-2)へ。近鉄奈良駅から北へ五六分、NHK奈良放送局の北側。宇多さんの自宅でもある町屋。途中、古い商家などあり、写真を撮りながら行ったので午後四時スタートのジャストに到着。川崎さんを中心とした同人誌『黄色い潜水艦』の方たちなど四十人ほどがすでに着席していた。顔を赤くした久保田一さん(『虚無思想研究』発行人)が「乾杯の練習と、練習の練習をやったんだよ、がはは」と。
『ぼくの早稲田時代』の他に三輪正道氏、林田佐久良氏の著書も併せた合同出版記念会とのこと。車椅子の川崎さんもお元気のようすで何より。青柳さんが右文書院の社長・三武氏を案内して来場、ようやく正式の乾杯となる。南陀楼綾繁氏は京都、奈良での古書収穫を膝元にどっさりと。中尾務さん、年末に怪我をされたとのことだが、相変わらず。『ぼくの早稲田時代』の出版について三武氏、南陀楼氏、青柳氏らがマイクでひとくさり。右文書院としては初の小説出版だそうだ。堀切直人氏の著書とともに、au
の携帯サイト「声の図書館」に登録されているとのこと。音声で朗読を聞くことができるらしい(携帯をもってないので詳しくは分からないけど)。
編集工房ノアの涸沢さんも東京で出版されたことに意義があるとあいさつ。ノアさん、お酒が入ると大胆になるタイプのようだ。ノアの装幀をよくしておられる粟津謙太郎さんも見えていた。うらたじゅんさんも準備から当日の世話までたいへんな奮闘ぶり。とにかく川崎さんが多くの人たちに慕われる存在だということを強く感じさせられた。川崎夫人と久保田夫人がまたすばらしいキャラクターだった。青柳さん、久保田夫人に可愛がられて(?)いた。川崎さんが「今日は成人の日ですが、わたしはまだ未成年ですから、これからもがんばります」と挨拶したのが印象に残る。
古書喫茶なので、当然、書棚がめぐらされ古書が並んでいる。宴もたけなわ、おてもやんなどが楽しく踊られているのを脇目に、こちらは来場者が背にしている書棚をカニ歩きでめぐる。
・実存 第九号 実存主義研究会/金子武蔵 一九五六年十月五日 岡村夫二
・縞しまのチョッキ 今江祥智 青土社 一九八四年 宇野亜喜良(装幀・挿絵)
・木立の中の日々 デュラス 平岡篤頼訳 白水社 一九六九年再 北園克衛
・悪い仲間 ウィルソン 工藤昭雄+鈴木寧訳 白水社 一九六八年 北園克衛
・柳田國男全集7 ちくま文庫 一九九〇年 安野光雅
以上計2,000円也。まだまだ宴会は続いていたが、一足お先に失礼して帰宅。とてもいい会だった。
◆女王禄(わうろく)は宮中行事の一。紫宸殿で女王に絹・綿などの禄を賜う儀式。正月八日に行われた。昼過ぎに、右文書院青柳氏、南陀楼綾繁氏と四条烏丸のくまざわ書店で待ち合わせて、大丸地下のイノダ・コーヒーへ。ここで「アラビアの真珠」と名付けられた珈琲を飲む。美味なり。
いよいよ古書現世向井氏の著書のゲラが出た。青柳さんにゲラをもらう。今月中に装幀を仕上げてということなので、来月中には刊行されるだろう。『ぼくの早稲田時代』の評判、そして今後の刊行予定などの話題。これは書いてもいいと思うが、高橋輝次さんの創元社HPでの連載が右文書院から出ることに決まったそうである。ご本人の年賀状にそう書いてあったので確かめると、四月か、そのあたりを考えていますということだった。南陀楼氏は、また別に、とても素晴らしい企画について教えてくれる。これはまだ書かないけれど、絶対いい本になるに違いなく、今から刊行が待ち遠しい。
ガケ書房から恵文社へ向かうという二人と別れて帰宅。電車の中で向井氏のゲラを読む。巻頭の「大雪の夜」は十九歳のときに初めて書いて目録に載せた文章だとか。天才じゃないの、ひょっとして。「店番日記」に馴れているせいか、「いこいさん」が出てこないのが少々さびしいけれど、珠玉短篇集のおもむきあり。後半に収められた日記は、ブログ日記で見せる軽妙さとはひと味ちがった向井氏の内面がストレートに出ていて、これはこれで大切な部分だと思った。早稲田古書街の記録としても意味があるだろうし。
帰宅してさっそくデザインのプランを立て、ある方に写真を使わせてもらえるように依頼する。快諾を得る。あまり古本、古本していないジャケットにしたいので、本の図像は使わないつもり。
◆Mさんより今年最初の古本メール。《阪急古書の町は月初めのセールかと思いきや店頭にワゴン無し。がっくり。林さんおなじみの梁山泊の均一で『けさひらく言葉』塚本邦雄文春文庫識語落款入りを拾えてラッキー。他も回りましたが記すべき成果無く、すごすご家に戻ると、一栄堂の目録で注文した『魯庵随筆気紛れ日記』双雅房昭和11年函が届いていました。これは嬉しい。双雅房の本もいいですね。喜んだりがっくりきたり、相変わらずの古本生活がスタートしました》、本年もどうぞよろしく。
◆くまざわ書店で『アイデア』314号を立ち読み。ペンギンブックスのタイポグラフィを特集していたのが、まさに「文字力」で唸ってしまう。
2006年1月7日(土)水がらし苺もならぶわが七日
◆水芥子(クレソン)は春、苺は夏の季語だが、最近ではいつでも口に入るので、あえて三重季。
◆ポイントをためるのはリコウじゃないなどと例の本の広告に出ていたので、さっそく古本市場のポイントを使ってしまう(洗脳されやすし)。たいしてたまっていないのだが、105円を五冊ほど。だいたいが装幀で買っている。
・サイダーハウス・ルール(上) アーヴィング 真野明裕訳 文藝春秋 一九八七年 山本容子
・夏の家、その後 ヘルマン 松永美穂訳 河出書房新社 二〇〇五年 かとうゆめこ/grass design
・朗読者 シュリンク 松永美穂訳 新潮社 二〇〇〇年十四刷
・サンタクロースの冒険 ボーム 田村隆一訳 扶桑社 一九八九年 和田誠
・赤目四十八瀧心中未遂 車谷長吉 文藝春秋 一九九八年三刷 関口聖司
『朗読者』を読み始め、あっという間に読んでしまう。さすがよく売れている本だけある。映画を観ているようだ。ある意味でそれが欠点にもなっている。映画化される予定とあとがきに書かれているが、されていない?
《ナチの犯罪に手を染めた者、それを傍観していた者、目をそらしていた者、あるいは一九四五年以降においても戦争犯罪を追求しないどころか、戦犯を受け入れてしまった者――そんな人間が、子どもに何を言う権利があるだろう。しかし、親を責めることができない子どもや責めたくない子どもたちにとっても、ナチの過去というのは一つのテーマだった。ナチズムの過去との対決は世代間の葛藤のヴァリエーションではなくて、自分自身の問題だった》
◆『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』をぼちぼち読む。パリのオデオン通にあるアドリエンヌ・モニエ書店では「書物友の会」として読書会が頻繁に開かれたそうだ。第一次世界大戦の最中のことである。
《未発表の原稿を作者自身が、あるいは、ジィドがヴァレリーを読むという具合に、作者の友人が朗読するのをみんなで聞きました。私たちは、この小さな書店に大勢で押しかけ、机に向かっている朗読者のほとんど足もとまで近寄り、息を殺して聞き入ったものです》《時どきエリック・サティやフランシス・プーランクらによって音楽の催しも行われました。それから――これは、シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店が「書物友の会」に加わった後でしたが――ジェイムス・ジョイスが現れました》
2006年1月6日(金)移りましたむすばれましたの年始状
◆書評のメルマガの原稿を書いてしまう。正月から縁起でもない葬制の話。初場所が近いが、相撲というのは葬儀の際に儀礼として行われたそうである。内陸ユーラシアの遊牧民に一般的な習俗だった。すなわち朝青龍のふるさとである。そればかりでなく、古代ギリシャのオリュンピア祭典も、そのルーツは同じく内陸ユーラシアの葬送儀礼にあるらしい。
そもそも文政十年(一八二七)、両国(本所)回向院に相撲の本場所が定められたというのも、古代以来の死者の供養と相撲との関係が途切れていないことを示している。両国回向院は、明暦の大火(1657=明暦3)の焼死者10万8千人を葬った万人塚を基とし、さらにその後の安政大地震などによる水死者や焼死者、刑死者、無縁仏なども埋葬する施設であった。一七八一年(天明元)以降には境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源となったそうである(旧国技館の場所)。まさに葬送・鎮魂のために相撲は行われてきたということになる。
トルコの新刊書店 ◆トルコ紀行4
2006年1月5日(木)油売り戸ごとに詫びる初商い
◆灯油販売のトラックが来たので呼び止めた。な、なんと、18リットル、1490円だ。年末には1370円だったか。「すいません、どこの店も一斉に値上げしてますんで」と謝っていたが、それにしても、昨シーズンは800円しなかったことを考えると、驚くべき値上がり。
◆小川菊松の『いしずゑ』は誠文堂新光社の礎を築いた三つの著作、渋川耳玄『わがまゝ』、米窪太刀雄『海のロマンス』、加藤美侖の『處世禁物百ケ絛』(『是丈は心得置くべし』の原題)を創業三十周年を記念して抄録した書物だった。
そのなかの渋川耳玄『わがまゝ』を拾い読んでいると、漱石に猫を預けた顛末が書き留めてある。東京を去って中国へ渡るとき、ミイという愛猫の始末に困り、《漱石氏に彼が将来の保護を託した所、幸に氏が一諾を蒙つて磐石の想ひを為して、心おきなく渡唐の途に上つた》ところが、帰国して旧居の近くの友人宅を訪ねると、ミイが野良猫になっているのを見かけたよと教えられた。そこで漱石を訪ねて様子を訊いた。すると『貴方に申訳が無い事がある、猫が居なくなツてネ』と言われる。事情はこうだった。
《或日の事気が付いた、ミイが居ない様だ、家内に訊くと、えゝ昨日から居ませんよと答へて平然として居る、彼程にして保管を受負つたものを、えゝ居ませんよで済まして居るのが癪に触つたから、僕も黙つちやつたんだと、語つて漱石氏は余憤未だ消えやらぬ様子である》
なんとも漱石らしいというか、夏目家の日常を浮き彫りにするようなエピソードではないだろうか。ちなみに川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』(右文書院、二〇〇五年)には戦後の鏡子夫人を五反田に訪ねる話しが出ていて、なかなか面白かった。漱石の孫松岡新児(文中「峰松進児」)がやはり早稲田の露文科だったのだ。
2006年1月4日(水)吹切れぬ思い吹切る三日かな
◆『月刊百科』一月号、伊藤礼氏が志賀直哉と佐木隆三の自転車について語っているのが面白かった。明治二十八年に米国製のデイトンを百六十円(現在の物価に照らすと一万倍以上か)で買ってもらった直哉少年と三十六歳で初めて念願の自転車を知人からもらった佐木との文章を引用しながら、自身の父伊藤整に言及する。ちなみに、吉野孝雄『宮武外骨』(河出文庫、一九八五年)によれば、外骨が神戸の外国人居留地で自転車を買ったのは明治十六年だったそうだ。なんと三百円だった。
◆終日、装幀レイアウトのため
iMac とにらめっこ。どうも迷いが出るとダメだ。
◆トルコ紀行4
2006年1月3日(火)ひと癖もふた癖もあり宝船
◆Yさんより段ボール箱が届く。何かと思って開いてビックリ。以下のような書物が詰まっていた。大感激。何もお返しはできませんが、とにかくお礼申し上げます。
・ヘンリ・ライクロフトの手記 ギッシング 藤野滋訳 春秋社 一九二五年五版
・田螺の唄 石塚友二 永田書房 一九七三年
・自選自解 石塚友二句集 白鳳社 一九七九年
・自註現代俳句シリーズ 石塚友二集 俳人協会 一九七七年
・句作の道 評釈篇 富安風生他 目黒書店 一九五一年八刷
・フランスの芝居 岩田豊雄 生活社 一九四三年
・筑摩書房の三十年 筑摩書房 一九七〇年
・いしずゑ 小川菊松 誠文堂新光社 一九四一年
・落札価格年報 反町茂雄編 明治古典会 一九六八年 限定三百部
・便利な文庫の総目録92 柿添昭徳編 文庫の会 一九九二年
・県立神奈川近代文学館収蔵文庫目録9 中川孝収集実篤文庫目録 神奈川文学振興会 一九九八年
・主婦の友社八十年史 主婦の友社 一九九六年
・主婦の友社八十年図書総目録 主婦の友社 一九九六年
『ヘンリ・ライクロフトの手記』の表4には岩波書店のレッテルが貼ってある。これは初めて目にするもの。黒地に赤文字というのは以前紹介したペリカン書房と同じ(2005/1/25)。

『フランスの芝居』は佐野装幀の生活選書の一冊、『いしずゑ』口絵に加藤美侖の肖像写真と墓が出ている(『sumus』11号参照)。また『中川孝収集実篤文庫目録』は甲鳥書林の『甲鳥』が揃っているというありがたいコレクションである。『落札価格年報』の巻末「昭和四十二年の明治古典会」(反町記)の意気軒昂たる書きぶりには明治百年をテコにした古書業界の驀進というものを感じる。これはバブル崩壊まで続くことになるだろう。
◆カエさんよりメールをいただいた。《昨日のデイリースムースに『秘境ブータン』のことが書いてありましたね。著者である中尾佐助(故人)さんは植物学だけじゃなく民俗学や地理・歴史、登山、秘境探検と、フィールドもスケールもとても大きい学者さんでした(私は面識無いけど)。彼の長女と私は台北で出会って20年来の友だちなんだよね。んなわけで、数少ない私の京都訪問履歴って東山の近代美術館以外は紫野の中尾佐助宅(現在は長女夫婦が住む)なのでした。庭には植物が多く、見事なシャクナゲの樹もある。娘たちの名前には植物の名が付けられていて、ミカンによう似た犬(ハナちゃん)もいて、グリとグラ(ゴミの日に拾われた兄弟猫)もいるよ。》・・・・たしかに、いい本ですよ、『秘境ブータン』。
【ナベツマ・ジャンク《1年は巡る・・》】
さて、恒例になった年初めの景気占いというべき「デパートウオッチングの日」。そーいえば、年末に早々と福袋なぞも配られていたなあ・・・なんかスゴそう・・・。予想は的中で、京都大丸は開店5分前にはもう開店していた。人の出足も買物意欲もはげしー!!! おっそろしい勢いで人人人の波。こちとら、バーゲンになったタイツと靴下ごときに10分少々も列に並ぶというおまけつき。なんとまあ・・。
なんとまあ、といえば「ヤフオクの福袋オークション」。去年も気づいてたけど、今年の出品、はやっ! 1万円で買って3〜5倍で売るつもりのもよう(中身は10万円以上だってさ)。一店舗で10袋限定のブランド物だからこそ、並んでも元がとれるのかしら??? ほんと、いろんなお商売があるんですねー。
2006年1月2日(月)あまた尾の集い来し朝息白し
◆昨日の文庫、五冊と書いたが、一冊忘れていた。
・秘境ブータン 中尾佐助 現代教養文庫 一九七六年五刷
ブータンには「門松の礼」というのがあるそうだ。客人が泊まるバンガローの門やテントの周囲には、枝葉つきの生木が日本の門松そのままに植えてあったという。《木の種類は日本のような松竹梅でなく、もて手近な林の木だった。照葉樹林のカシの木がたびたび使われていた。玉串みたいなその枝葉には、しめ縄の代りに、点々と花をつけた縄が張りめぐらしてあることもあった。もっと高地へ出ると松の木やシャクナゲが門松になっていたこともある。これはブータンで貴人を迎える礼儀である》《チベット風の強い北部ブータンではこの門松の礼を見なかった。この風習も南部ブータン人のものだろう。つまりヒマラヤ的な風習である》
◆海文堂書店より『海会』30号届く。オリジナルフェアとして日本初の『ビッグイシュー日本版』バックナンバーフェアを開催するそうだ(1/16〜2/28)。ホームレスの自立支援のために発行されている雑誌なので書店では買えないが、PRの意味で特別に販売されるそうだ。京都では四条河原町の北東角で売っている。奈良美智の表紙の二〇〇五年十二月号がここにある。
奈良と言えば、『ちくま』の表紙が一月号から彼の絵になっている。表2に詩も発表しているが、これは、ま、お好きにどうぞ、というかんじ。絵はいいよ。上述『ビッグイシュー日本版』十二月号のインタビューでは、画学生の時代には、作品を発表する気もなければ、作家になろうと考えたこともなかった、《僕のはいってみれば、自己満足と自己慰安。だけど、自分として生きているという自信があった》と語っている。うむ、それしかないだろう。
◆数少ない手持ちDVDの「メトロポリス」(フリッツ・ラング、1927/幻の洋画劇場、日立インターメディックス)を
iMac G5 にインサートして見る。何度見てもスゴイの一語。二十世紀の映画を完全に先取りしている。
2006年1月1日(日)黄袋に文庫五冊の初詣
◆予想に反して快晴の元日となった。久しぶりにBOOKOFF太秦店へ。正月から太秦映画村には人だかりができていた。五冊ほど105円コーナーで。
・日本ぶらりぶらり 山下清 ちくま文庫 一九九八年
・美しき拷問の本 桐生操 角川ホラー文庫 一九九四年再
・やんごとなき姫君たちの寝室 桐生操 角川ホラー文庫 一九九九年四版
・姥ざかり花の旅笠 田辺聖子 集英社文庫 二〇〇四年
・グリーンベレー ワールドフォトプレス編 光文社文庫 一九八八年九刷
『グリーンベレー』はベレー帽に以前から興味があって、グリーンベレーの由来を知りたかったため購入。一七五四年から一七六三年、北米大陸においてフランス軍とイギリス軍が戦い、フランスの敗北、カナダ領割譲によって決着をみたフレンチ・インディアン戦争というものがあった。その最中に結成された偵察や奇襲を専門とする部隊ロジャース・レンジャーズが被ったのがグリーンのベレーだった。第二次大戦後、西ドイツに派遣された米陸軍のSF(特殊部隊)が一九五五年ごろからグリーンベレーを制帽として着用するようになったが、正式に採用されたのは一九六一年にベトナムへ派遣されたときで、JFKの助言によると書かれている。
いわゆるベレー帽のルーツは、スペインのバスク地方で用いられるバスク・ベレーだとされている。円くて平たい純毛の縁なし帽。大崎正二氏によれば、フランス・スペイン国境に位置するバスク地方では密輸が盛んで、ベレーの機能・形態は、夜陰にまぎれて森や谷川を通行するのにもってこいなのだそうである(『遙かなる人間風景』弘隆社、二〇〇二年)。ということは元々からゲリラ戦のために作られたようなものだった。実際、ナポレオンの軍隊はベレー帽着用であったというし、フランス語でベレー・ド・マリンと言えば海兵帽を指す。またイギリス空軍の軍帽もベレーである。
他にジャズのCDでも買おうと思ったのだが、ブは何故かジャズCDが高い。定価よりも高いほど。もっとベンキョーしてや、と言いたい。1000円だった
PLANET jazz シリーズの「Jelly Roll Morton」を買う。一九二七〜九年の音源からのコンピレーション。S.L.Steinのノートに「red
light district of his native New Orleans」という一節があって、「赤線地帯」と訳されていたが、これは「紅灯の巷」という言うべきで、中国だけではなく、アメリカでもこういう表現を使うことに興味を引かれた。「赤線」は取り締まり上の用語なのでまったく語源が異なる(意味するところはほぼ同じだから誤訳というほどではないとは思うが)。
◆正月そうそうウンチクに終始してスタート。本年もよろしく。なおTOPページの壁紙はイスタンブルの古書街である。コーランをずらりと展示してある書店。