◆daily sumus TOP ◆トルコ紀行1 ◆2006賀状
2006年1月25日(水)花八つ手ふんばりどころじゃ土黯し
◆『暮しの手帖』20号届く。拙文「はさまれた青春」が図版とともに四頁カラーで掲載されている。写真がシブイ。近代ナリコさんも「彼女の冬」を寄稿。ぜひ書店でご覧下さい。

◆『彷書月刊』2月号。グレちゃんの休日サイコー。特集はアナキスト金子文子。金子ふみ子獄中手記『何が私をかうさせたか』(春秋社、一九三一年)の書影あり。すごい文字力だ(タイトルは藤森成吉の『何が私をそうさせたか?』のもじり)。春秋社の沿革について小田光雄氏が触れているのが参考になった。処女出版の相談を受けた直木三十五が『トルストイ全集』を企画して、木村毅、柳田泉、浜田広介を雇ったというのだから驚く。これが大ヒットした。それはともかく金子文子の短歌を三首ほど引用してみる。歌としてはどうだか分からないが、リアルには違いない。「他人」にルビ=ひと、「倒」にルビ=さか。
指に絡む名もなき小草つと引けば
かすかに泣きぬ
「われ生きたし」と
うつむきて股の下より他人を見ぬ
世の有様を
倒に見たくて
ダイナマイト投ぐる真剣さもち床の上に
彼はぶちまけぬ
冷えし紅茶を
岡崎武志氏の新著『気まぐれ古書店紀行』の書影が出ていた。坪内氏とのトークショーはすでに満員だとか。古本酒場コクテイルで記念ライブありとのこと。okatakeの日記参照。
◆『乾河』45号届く。斎藤健一さんより。市島三千雄(1907-48)という詩人について書かれている。生涯に二十一篇しか詩を作らず、作れず、夭逝した。彼に関する書物は『市島三千雄詩集』(越後屋書房、一九九〇年)、『市島三千雄の詩と年譜
』(市島三千雄詩碑再建の会 、一九九三年)がある。他、創元社『日本詩人全集』にも選入されている。「屋根と夕焼」全行。
うわさの中に私はいました
だまってまた自分をうわさしながら私もいました
どっとうわさが笑いました
みんな好奇な眼で人気を一層あげました
色々の口が同んなじうわさをしました
黄色い石の三角のピラミッドが
赤く埃をまく口のように並んだ瓦の屋根――
無数の口とこの夕焼
◆『西田書店目録』9号届く。古書全般に渡る正統派の目録である。こういうタイプは期待できないことが多いが、今回は一点発見。注文しよう。
◆ある方に加藤一雄の「無名の南画家」と「蘆刈」を併せて一冊として刊行するという企画があると教えていただいた。もし実現すれば、これはちょっとしたニュースである。
◆市島三千雄について、扉野氏より、メールにて教示いただいた。以下全文引用しておく。没年は訂正しました。
《市島三千雄についてひさびさに思いだしました。
創元文庫『日本詩人全集 第九巻 昭和篇(4)』と角川文庫『現代詩人全集 第二巻 近代U』に収録されています。デイリー・スムースで生没年は1907-1927となっていましたが、上記二冊解説では没年がともに1948年となっています(前者には四月没と)。後者の解説が詳しいので引きます。おそらく伊藤信吉の執筆と思われます。
市島三千雄 明治四〇年(一九〇七)−昭和二三(一九四八)。新潟市に生る。新潟商業中退後、家業の洋品店を経営したが、その後上京して寒河江眞之助の店に勤務した。詩の発表は「日本詩人」(大正一四年二月号)に、萩原朔太郎の推薦で入選したのが最初といってよく、このとき萩原朔太郎は「市島三千雄は天才的である」という意味の評価をした。昭和年代に入ってから興隆したシュール・レアリスムともちがう、その発想や表現手法には「現実」と「超現実」との溶けあったようなところがあった。大正一五年、寒河江眞之助・八木末雄・新島節らと新潟市で雑誌「新年」を発刊した。詩集未完。
あしくくたばる [「日本詩人」(大正一四年二月号)]
ねむい野原に
青いいきれた臭気をはなつて
三角にあばらの出た俺はむせてむせて窒息の状となつてしまふた
しなだれかかる草の上に病気的胸を延ばして
ひからびる真似をした蛇が中毒意見をドクロ形に巻いてしまふた
なんて見にくい権化だらう
日も乾いて湖水の蒸気が上つて
ガマノホも。蘆。藻はものういに恋愛を粗末に無視してしまふた
抱き合ふたあとの疲れで瞼を重もうして
日影生の毛髪をさらす
あついいきれの午前についきんちようを切らして──
片方の足は延ばし他はちぢめて
永遠に痩せつつ見にくく痩せて
とび出る目玉をとじて
ネツキストの濃艶
女蛇を夢むよう。可愛さうあばらを刺して
ああ縊死 縊死のためについつい縊死をしてしまはう。みにくい下品に顔反けられる程
痩せて痩せて乾物とならう。
最後の二行あたり大正のアナキスト詩人の香りがするようで、好きな詩人でした。詩集がでているとは知らなかったです。 扉野良人》
2006年1月24日(火)その角のごとく歩めよ雪ふぶく
◆ジョイスの『Pomes
Penyeach』について十三個一ペニーと書いたが、十三個一シリングの写し間違いだった。ペニー・イーチなのだから当然「各一ペニー」(1
penny = 1/12 shilling)のひっかけ。訂正しておく。また、リンゴ pommes と詩 poems をかけたのはその通りとして、『兄の番人』(スタニスロース・ジョイス、宮田恭子訳、みずす書房、一九九三年)によれば、ジョイスの父が嘲って言うときに、「詩人
pote」、「詩 pomes」と発音したのであり、それをジョイスは口真似していた(p289)。
こういう駄洒落は、ピカソのキュービスム絵画と同じで正面、横、上から見た形がひとつに重なっているようなものだ。ジョイスとピカソはとてもよく似ている。祖国を捨てて生涯のほとんどを外国で暮らし、時代ごとに作風を大きく転換させて革新的な仕事を残した。個人的にはピカソなら青の時代、ジョイスならダブリナーズが好きなのだが。
◆もうひとつ、岩波文庫版『ユリシーズ』は四冊と思っていたら、五冊目が少しおくれて昭和十年十月十日に刊行されていた。これも訂正する。森莊已池『ふれあいの人々』に賢治の「小岩井農場」と「ユリシーズ」を比較している箇所があって、そこに五冊とあったので確認してみたら・・・というわけである。森の著書の紹介を続けると、宮沢賢治全集三巻本(文圃堂書店、一九三四年)の内容見本についての記述がある。(同全集の書影はデイリー・スムース2005/10/20)
《表紙には高村光太郎さんが書かれた「宮沢賢治全集」が大きく》《中身は八ページ。短文の執筆者は、高村光太郎、辻潤、佐藤惣之助、関豊太郎、菊地武雄、横光利一で、あと二ページに全三巻の目次と、小活字二段組みの「略歴」、表紙裏に「毎巻約五百頁」「全三巻」「頒価毎巻弐円五拾銭送料弐拾弐銭」とある。/表紙裏に有名な賢治の土地を見つめている洋服に帽子をかぶった立ち姿、裏表紙裏に詩の原稿の写真がある》p59
こんな内容見本、手に入れたいものだ。ところで、どうして文圃堂から出たのか? 経営者だった野々上慶一の『さまざまな追想』(文藝春秋、一九八五年)を見ると、友人の石川湧に誘われて銀座の喫茶店「羅甸区」(資生堂パーラーの真向かい)へ行ったとき、そこでバーテンのようなことをしていた草野心平に賢治の話を聞かされ、熱心に依頼されたため、全集出版に踏み切ったそうである。昭和八年のこと。
◆石神井さんより本が届く。いろいろ迷ったすえの選択だった。耕治人はばちぼち集めている作家の一人。『みえ』は雲井書店版なので。小林一三は「未来の喫茶店設計図」という一章にひかれたため。内容の大半は欧米旅行記、あとは感想と電力について。内堀さんのメモによれば、晶文社の文芸部門からの撤退は決定的のようである。
・詩人蘿月 耕治人 感動律俳句会 一九六四年
・懐胎 耕治人 芳賀書店 一九六六年 配(クサカンムリあり)島庸二
・みえ 室生犀星 雲井書店 一九五七年
・次に来るもの 小林一三 斗南書院 一九三七年二三版
タイトルはH.G.ウエルズの「THINGS
TO COME」(1936)から
◆木辺弘児さんより新著をいただく。
・日々の迷宮 木辺弘児 編集工房ノア 二〇〇五年 粟津謙太郎
2006年1月23日(月)一本の枝を手にする雪明かり
◆ひさびさ古本らしい一冊が届く。劉生装幀『一本の枝』。『本棚』目録で注文したもの。函があれば、とうてい手の出ない値段(『古本倶楽部』に39,900とある)。函ナシ、背ヤケ、少書込アリながら、やっぱり劉生だなあ、と満足。
・一本の枝 武者小路実篤 新潮社 一九二〇年 岸田劉生
後見返し、「文泉堂書房・京都農大前」レッテル
◆朝から雪が降り続け、寒くてしようがない。今日は読書日に充てることにし、終日炬燵に入ったまま、あれこれ読みふけった。『スタムブウルの春』と『春陽堂物語』を読了。ロチは、小説としては甘っちょろいものではあるが、十九世紀末のイスタンブルへ誘われるような、きらびやかな情景描写とその観察力はなかなか鋭く、最後まで読ませる。『春陽堂物語』の方は、春陽堂というよりも、雑誌『新小説』を軸とした明治から大正にかけての文壇史という書き方になっている。例えば、
《小波が紅葉に連れられて当時の社交場芝紅葉館に出入りするようになったのは、明治二十三年ごろ》p110
という一行に目がとまったのは、坪内氏の『極私的東京名所案内』(彷徨舎、二〇〇五年)を読んでいたからだが、坪内氏は紅葉館に関する様々な記録を渉猟してその本質を暴いていくのだけれど、その客層が貴族から書生化したことを説きながら《「書生化」の中で『金色夜叉』のモデルとなった巖谷小波、大橋新太郎、お須磨の「三角関係」が起きたとも言える》(p62)と指摘している。ただ『春陽堂物語』によれば「三角関係」というのは紅葉の創作であって、小波には別に意中の女性がいたらしく、どうやらおすまの片想いだったようだ。小波が日の出新聞へ入社して京都へ去った後、おすまが札びらを切る大橋になびいたのが気に入らなくて、彼女を蹴とばしたのは、紅葉その人だったという。
他にも、露伴が新人の作品を丁寧に読んだとか、村上浪六のボヘミヤンな生活だとか、国木田独歩の臨終などは印象深い。独歩の療養する姿を描いた小杉未醒のデッサンがいい。明治時代の男性は帽子好きだったらしいけど、挿入された肖像写真を見ると、作家たちも、コミさん帽に負けない、ミョ〜な帽子を被っているぞ。
◆森莊已池『ふれあいの人々』より、続き。《のちに十字屋書店版宮沢賢治全集を刊行した酒井嘉七さんに会ったとき、「春と修羅」を発行した関根喜太郎サンは、神田の書店組合長だったが、ひどいケチンボウで「ケチネ」と仇名(あだな)があったと聞かされた。「なんで関根に宮沢さんが頼んだので――」と聞くと、「組合長だからではないんですか」と答えた》《組合長も、売れる本だとは思わなかったでしょうが、委託販売ということで、何冊か販売を依頼されたのでしょうネ」と、言うことであった。/古本ではないのである。/ところが。大正十四年、私が上京したとき、「春と修羅」は、神田の古本屋ではなくて、夜店の古本屋に出ていた。/神楽坂、本郷、新宿、渋谷、神田のアセチレンのひかりの下に、二、三冊ずつ、一冊二十銭也でゾッキ本にまじって売られているのを見た。》p32
《私が「岩手詩人協会」をつくったとき、賢治は機関紙「貌」の刊行費にと、「春と修羅」と「注文の多い料理店」を三十冊ずつくれた。私は、それをどうすれば、売れるのか知らない中学生だった》《私は上京するとき、「春と修羅」を売って、「貌」の印刷発行費を作ろうと、東京に運んだ。/だがケチネ氏が、売り払った大量?の「春と修羅」が、二十銭、三十銭で、神田や本郷、新宿などの夜店の古本屋に、二、三ずつ出回っていたので、驚いて皆寄贈してしまった》p33
2006年1月22日(日)顔を埋めてまなこ閉じたり枯野原
◆岩手のC氏より賢治関係の本を二冊いただく。深謝です。とくに森莊已池『ふれあいの人々』には本好きを刺激する興味深い記述がたくさんあって面白い。まずは著者が岩手師範の生徒だった知人の照井壮助から『春と修羅』を見せられたときの様子。照井は関徳弥(賢治の親戚で親しかった)と縁続きだった関係から二十冊預かったのだという。一冊二円四十銭。大正十四年のこと(出版は大正十三年)だから仮に五千倍として現在の一万二千円だ。
《関は、どこか大ザッパで、その上商人であった。押し付ければ、何とかなるだろう――ぐらいに考えたフシがあった。/「二十冊か、ヒデえなァ」と、私はたまげ、「コマッたすな」と壮助が言った。私の月謝は一円八十銭。交友会費五十銭。しめて二円三十銭が「大金」の生徒が、仲間に何人もいる》p15
《本はなかなかケースから出たがらなかった。やっと取り出して、私は読み始めた。/しばらくして壮助が「ナジョナモンダベ」(これは、どういうものだろう)と、聞いたが、私は黙して答えなかった。二度聞いても私は無言。とうとう三度目に、気の短い壮助が、ドンと私の背中を押した。/そばに壮助がいることに、びっくりして私は言ったという。/「コイツハア、テエヘンダ、テエヘンダ、テエヘンダー」》p16
森莊已池はこの年の秋、羅須地人協会を訪ね、賢治に親炙することとなる。
・ふれあいの人々 宮沢賢治 森莊已池 熊谷印刷出版部 一九八八年 装画=田中文子
・賢治小景 板谷栄城 熊谷印刷出版部 二〇〇五年 装画=田中文子
◆河原散歩。短時間だったが、いい日射しだった。帰りに古本市場。文庫に少し変化あり。レジで精算していると、大箱で持ち込みの本が運ばれてきた。明日も来なきゃ・・・
・ノートル=ダム・ド・パリ ヴィクトール・ユゴー文学館第五巻 辻昶+松下和則訳 潮出版社 二〇〇〇年 鈴木成一デザイン室
・解読古代文字 矢島文夫 ちくま学芸文庫 一九九九年
・増補幕末百話 篠田鉱造 岩波文庫 一九九七年九刷
【ナベ通《アメリカ人もびびるデカさ・・》】
久々だねえ・・・何がかというと、でっかい皿。言わずと知れたルクルーゼのオーブン皿である。サイズは36、つまり36cm。両取手を含めると全長41.5cm、我家のメインバンク京都銀行同様に「なが〜いおつき合い」になりそうだ。これまでのところこの36サイズ以上のでかいオーブン皿はeBayでも見かけたことがないので、多分一番でかいのかも。どおりでいまいちオークションに乗りがなかった。落札する前に何度も我家のオーブン庫内を計って、それでも入るかどうか確信がなかったのだが、現物を入れてみりゃあ、どんぴしゃり入っちゃった(斜め置きだけどね)。
未使用でぴっかぴかだから、これもオーブンに入れようなんて実際はできそうもない。この皿の出品者はテキサス在住で船便の送料に加えて少々の手数料を取ったが、受け取ってみりゃそのなかで保険をかけてくれていた。さんきゅ! 全米で肥満率ワースト1位、ブッシュのお膝元、全世界に悪名高い石油産業やら軍産複合体やら牛肉業者やらがてんこもりのテキサスだが、ことeBayで関わりがあったこれまでのテキサン(texan/テキサス人のこと)はみんな親切で正直でいい人たちばかりだ。
ところで、何でもデカいことが自慢のテキサス人が、あるとき広大なオーストラリアに出かけて放った負け惜しみジョーク。「おたくのよく跳ねるバッタはテキサスのより少々大きいようですね。(フン!)」
(注/この場合の「おたくのよく跳ねるバッタ」とは『カンガルー』のこと。)

**お色はターコイズ。サイズ表示は36。全長41.4cm、重量2.8kg。蓋なしでこの重さ。テキサス州Garlandという街のある婦人の遺産整理のセールで出品されたもの(あたしが死んだら蘊蓄はナベをどうするのかしら???)。
Grasshopper
A Texan lands in Sydney, and is picked up by a taxi. After
requesting a tour of the city, he starts into atirade about the
small town airport and how in Texas they have larger runways on
their ranches.
They are soon crossing the Sydney Harbor bridge, and the man
is further unimpressed - "I have a duck pond bigger than
that harbor, and an ornamental bridge to span it that makes this
look like a toy".
The Sydney-Newcastle expressway also gets his scorn, "Is
this a road, or a track?"
So when a kangaroo jumped out in front of the cab, causing
the sudden and severe application of the brakes, the driver couldn't
help himself - "Stupid grass hoppers!"
2006年1月21日(土)あらまほしイスタンブルの春だより
◆坂崎重盛さんより新著『「秘めごと」礼賛』(文春新書、二〇〇六年)をいただいた。「ひ・め・ご・と」う〜ん、レトロな響き。さすが坂崎翁、いいところに目を付けられた。二年半をかけた書き下ろしとのことで、谷崎、荷風、乱歩、つげ、吉行、啄木、学海、茂吉、順、秋声、武田百合子、女流短歌、向田邦子、伊藤整、中村真一郎、そして坂崎重盛まで、秘め事にまつわる名文を選りすぐってとりまとめている。その手並みは見事。近年、つぎつぎと著作をものされている翁ではあるが、これは格別な一冊と思う。図版がまたいい。武田花の撮った両親の奇怪な写真など傑作中の傑作だ。
・「秘めごと」礼賛 坂崎重盛 文春新書 二〇〇六年
◆昨日、扉野くんの書庫に入ったとき、ピエール・ロチの『アヂィアデ』(佐藤輝夫訳、岩波文庫、一九五二年)を持っていないかどうか訊ねてみた。というのは松尾邦之助『とるこ物語』(竹内書房、一九四七年)のなかで頻繁に引き合いに出されているので、一度読んで見たかったのである。ネットで調べると、岩波文庫版がけっこう高値で出ている。また新書館が工藤庸子訳の新版『アジャデ』(二〇〇〇年)を出しているようだが、どちらもちょっと注文する気にはなれなかった。扉野くんは「ロチはありますけど『アヂィアデ』じゃないですね」と言っていた。ところが今日、彼から荷物が届いたので開いてみると『スタムブウルの春 AZIYADE』ではないか。白水社版もあったのだ。《これですよね。林さんたちを見送っても一度さがしたらやはりありました。本が呼んだのでしょう》とのこと。ありがとう!
・スタムブウルの春 ロティ 岡田真吉訳 白水社 一九三九年

◆『ku:nel』18号に海月書林さんが六頁にわたり紹介されている。リビングのすっきりした書棚がステキだ。今年の予定には「入籍」の他に、荻窪のカフェギャラリー「ひなぎく」内に実店舗を構えるとある。その他の記事ではマイク・エーブルソンの「ものを運ぶということ。」が面白かった。いろいろな運ぶ人、運ぶ道具をコラージュしている。仲間たちとPOSTALCOという店をやっているらしい。そのサイト情報によれば、今、ちょうど「MAPS」という展覧会をやっているが、それは手書きマップを集めたものだそうだ。じつはウンチクもこういう手書きマップ(ようするに、場所を教えるためなどに、走り書きした簡単な地図)を長年集めているので、やられたなあ、というかとても見てみたい気がする。
2006年1月20日(金)旨酒や切子に映る寒の海
◆湯川書房で扉野、山本両氏と落ち合い、しばし雑談。山本氏が、最近買ったという福原清や小野元衛らのとてもいい本を見せてくれる。値段は少々張ったようだが、いくら赤貧でも「ぼくも年に二回ぐらいは高い本も買いますよ」とのことである。扉野氏に『1934』という映画雑誌を譲ってもらう。彼はタイトルが『1929』などに似ているからと買っておいてくれたのだが、これは表紙が山田伸吉、発行人が千葉吉造という「松竹座」の雑誌で、たいへん興味深い(詳しくは拙著『古本スケッチ帳』p154参照)。
・1934 「一九三四年」社 一九三四年一月一日 表紙=山田伸吉

その後、三人で麩屋町四条上のヴェトナム・フレンチ料理店スアンへ。フォー・ランチ、カレー・ランチ。『sumus』の続刊についてなど。二人の企画を聞く。お茶は扉野氏の実家でよばれることに。そこでまたひとしきり文学、古本談義。すると「もうほとんどないんですけど」と扉野母上がスコッチのシングル・モルト、アードベッグ(Ardbeg)のボトルを持ってきてくれる。猪口のような切子に注いで、ちょうどそれぞれ一杯ずつ残っていた。すばらしい風味。バランタインのブレンドに使われている七本の柱の一つ(とこれは付け焼き刃のネット情報)。スコットランドでも北アイルランドとの海峡に面する島アイズレー(ISLAY)で醸造されている。一九八一年に一旦閉鎖されたが、九七年に製造を再開したとのこと。四十度とラベルにあったようなのでおそらく十七年ものではなかったか。忘れられない味になった。
扉野氏が、最近、整理をして書庫にしたという物置を見せてくれる。六畳ぐらいの部屋にぐるりと本棚が廻らされ、中央のテーブルにパソコン、コピー機もあり、すぐにでもネット古書店が始められそうな雰囲気だ。几帳面に整頓されているのも彼らしい。
◆湯川さんへ行く前に京阪書房で買った本(合計140円、今年はどんな本も全て記録しておくことにする)。『英語研究』は一月号がエジンバラ・タブリン、二月号がオカルティズムの周辺、三月号がパリと英文学(中山末喜によるシェイクスピア・アンド・カンパニイ書店の紹介記事あり)の特集。タイムリーなので買っておく。
・英語研究 63巻11号 研究社 一九七五年一月一日 表紙=斎藤梅
・英語研究 63巻12号 研究社 一九七五年二月一日 表紙=斎藤梅
・英語研究 63巻13号 研究社 一九七五年三月一日 表紙=斎藤梅
・老境について キケロ 吉田正通訳 岩波文庫 一九五二年五刷
2006年1月19日(木)大寒を膝の教える窓の鳴る
◆やっと年賀状の番号調べを。アタリ三枚(切手セット)。いただいた年賀状のなかで気に入った図柄を選んでみた。こういうところにハッキリとその人のセンスというものが現れる。人間、センスが全てではないことは言うまでもないが、仕事柄、そういうものにはうるさいよ。気に入ったものをごくごく一部だけアップして紹介します。◆2006賀状
いただいたなかで、笑えたのは、「謹賀新年」と赤のサインペンで大きく書いてあり、その脇にボールペンで「どうぞ長生きして下さい。」と小さく添えてあったOさんのハガキ。毎年、ちょっと変わったことを書いてくる人なのだ。また、某氏がくれた谷崎潤一郎記念館の『刺青』絵葉書(春陽堂版『刺青』の表紙が印刷されている)にはギョッとした。だって人間が釜ゆでになっている横に牛鬼が差す叉をもって立っている図柄、地獄絵図なんだもの。正月早々「メメント・モリ」ってことですか。冥土の旅の一里塚・・・ナムダイシヘンジョウコンゴウ(林家は真言宗なり、空海の地元ゆえ)。
ウンチクの賀状(木版手彩色)
2006年1月18日(水)泣き初めや蜂の大群踊らされ
◆『春陽堂物語』(山崎安雄、春陽堂書店、一九六九年)をMさんよりいただく。安く入手されダブリ本だからと。有り難うございます。さっそく読み始めるが、なかなかいい本だ。うれしい。
◆『石神井書林古書目録』68号届く。買い物からもどったナベツマが、郵便受けから透明なビニール袋に入った目録を持って来ながらこう言った。
「あなたの大好きなものが届いてるわよ。表紙に《お手紙拝受しました。まことにありがとう。》って書いてあるけど、手紙出したの?」
「え? 出したかなあ。あ、ほんとだ・・・、おい、おい、これは印刷だよ!」
要するに富士正晴の筆跡が表紙になっていたのであった。写真ページからして今号はいつもに増して見応えがある。富士の絵や原稿類、小熊秀雄のデッサン八点(面白い!)、朔太郎『月に吠える』の感情詩社版(一九一七年)とアルス版(一九二二年)、斎藤秀雄『蒼ざめた童貞狂』(長隆舎書店、一九二六年)、岡本潤『夜から朝へ』(一九二八年)などなど恐るべきタイトルが並んでいる。
ま、そういうのは横目で、こちらは例えば、昨日話題にしたジョイスの翻訳書に釘付けだ。あれは国会図書館のNDL-OPACで調べただけだったが、この目録には、『一片詩集』(北村千秋訳、椎の木社、一九三三年)と『短篇集』(永松定訳、列冊新文学叢書、一九三二年)、および『ジョイスの文学』(永松定訳、現代の芸術の批評叢書、一九三二年)が掲載されているではないか! 昭和七年は日本におけるジョイス年だった。ちなみに『一片詩集』とは、シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店が刊行した『Pomes Penyeach』(一九二七年)というジョイスの十三編の詩を収めた詩集のことだろう。Pomes はリンゴ pommes と詩 poems をかけたジョイスお得意の駄洒落で、十三個一シリングのリンゴを老婆がダブリンのリッフィ河(RIVER RIFFEY)の橋上で売っているんだそうで、それにひっかけて、それくらい安っぽい詩集という意味のタイトルだとか。「一片」としたのは一ペン(ペニー)をかけた苦心の邦訳か。
結局は、巻末の1000円均一から数冊注文してお茶を濁す(といってもいい本がありました)。驚いたのは『春陽堂物語』に12,600円(!)と付いていたこと。Mさんに再拝深謝。
【ナベツマ・ジャンク《ニコンFM3A購入の顛末/店員の逆襲
》】
いい買物だったと、喜んで帰ろうとしたナベツマに店員が忍び寄る・・・。
@@「お客さま、今ニコン製品のお買い上げでポスターとカレンダーがダブルでプレゼント! よかったですねえ、なんてラッキー♪♪」
**「えっ? いや、もう荷物が一杯なんで・・・」
@@「はあ、何言ってるんですかあ、ニコンですよニコン、プロの撮った写真ですよ、プロ!!」
**「ありがたいようなそうでもないような・・」
@@「まじっすかあ!!!
ちょっと見ませんか! ほら、こんなにすばらしい写真ですよー!」
**「・・・・・」
@@「みなさん、すっごく喜んでくれるんですよー」
**「そおぉ・・」
@@「・・・・・」
**「じゃ、そーいうことで、ちゃお!」
@@「おっ、おきゃくさま〜! それは買い逃げじゃあ???」
この会話は多分に脚色されてあります、でも内容は本当のことです、あしからず。

2006年1月17日(火)注連明けて忘られぬこと忘れぬ日
◆『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』を14日に話題にした海賊版のところまで読み進む。米国内では発売禁止になっているわけだから著作権の保護は当然まったくなかった。だから海賊版がいろいろ現れた。《この贋出版は、シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店が発行者となり、印刷者の名前さえも記されていますが、本物の出版を知っておれば、この出版が贋物であることは容易に見分けられました――テキストも変えられ、紙と活字も同一のものではありませんでした》、そして次のくだりは興味深い。
《海賊たちは一様に、彼らがジョイスの「大変な賞賛者」であると宣言しておりました。そして、彼らの行為によってこれを証明していたわけです。ジョイスは彼の「賞賛者」を遠く離れた日本にまで持っていました。つまり、私は御丁寧に発行者の挨拶と一緒に部厚い四冊の『ユリシーズ』を東京から送られたほどです。私がこうした窃盗に対して抗議すると、いつもきまって私が作品を独占しているということで非難されました》(p251-2)
この部厚い四冊の『ユリシーズ』というのは岩波文庫版であろう。昭和七年(一九三二)に刊行されている。森田草平、名原広三郎、瀧口直太郎、小野健人、安藤一郎、村山英太郎の共訳である。ジョイスの翻訳出版としてはそれ以前に平凡社の『新興文学全集』第十二巻に「姉妹」(鑓田研一訳)があり、同じ昭和七年には小野松二・横堀富雄共訳の『若き日の芸術家の肖像』(作品社)もある。同作は昭和十二年に名原広三郎訳で岩波文庫からも出ている。まあ、シルヴィア・ビーチの憤慨の仕方からみて、どれひとつとして著作権料に類するものは支払っていないにちがいない。
◆立石書店から『これくしょん』第一号(これくしょん社、一九五八年七月五日)届く。洲之内徹が出していた、いや一号だけ出して潰れた雑誌である。以前、所持していたのだが、洲之内徹の著書を集めている知人に譲った。すぐに見つかるつもりで十年。やっと入手できた。
◆『早稲田古本屋日録』の束見本届く。これがセドロー向井氏の著書のタイトル。漢字がズラリなのでどういう文字体にしょうか迷う。散歩のついでに古本市場でジャケットの見本紙を探す。そこで一冊。
・反戦の手紙 テルツァーニ 飯田亮介訳 WAVE出版 二〇〇四年 松田行正
2006年1月16日(月)鏡割り七年たたるは後の日に
◆鏡割りは鏡開きに同じ。土地によって日は違う。むろん鏡を割るわけではないが、西洋には鏡を割ると七年間たたるという迷信があるらしい。007「ダイ・アナザー・デイ」のセリフにあった。
◆田中栞さんより『手づくり豆本と私』(紅梅堂、二〇〇六年)届く。82×58mm
のまさに掌にすっぽり収まる愛おしいサイズである。印刷はオフセットながら和綴じ製本は著者自らの手になり、一冊一冊表紙も異なるという。本文には、王道というか、さすがと感嘆するしかない田中さんの豆本歴が綴られている。恵文社、書肆アクセス、呂古書房にて販売中とのことです。
◆高松での蟲文庫出張販売の様子がアップされている。高松にもこんな場所ができているんだなあと感心する。今年は都合により年末帰郷しなかったものでなおさらオドロキ。
◆『ifeel
読書風景』冬号。特集・脳と心を読み解く。山本善行氏が文庫・新書レビュー「すでに古本の匂いのする文庫」を執筆している。夢野久作、井上究一郎、バーナード・リーチ、福原麟太郎、小山清、村山槐多というラインナップ。なるほどそうきたか、という書名である。
後記に次号春号で休刊とあった。田辺茂一時代の紀伊國屋は常に同人雑誌の発行元になっていたし、もちろん自社の雑誌もあった。リアル書店のナンバーワンがこのていどの雑誌一冊続けられない、続けない、とは。時代が変わったでは納得できない。
◆かもねぎショットの新春増刊公演「あの家」が中野のテレプシコールで開催される。2月3日〜5日。
◆みずのわ出版主催で佐野眞一講演会が開かれる。1月23日午後6時半〜大阪府立青少年会館
第5会議室 。《『宮本常一のまなざし』初刷3000部が2003年1月の刊行から3年かけて品切となり、1月23日(月)の大阪での講演会に合わせて増刷の運びとなりました。別冊附録「宮本常一のまなざしとその精神をリレーする人々」(米田綱路、図書新聞2618号、2003年2月15日より)付、です》とのこと、めでたい。