古本者 岡崎武志さん“神戸乱入”サイン会 2月18日(土)午後2時〜3時 海文堂書店


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 【ナベツマ・ジャンク】独立! ◆トルコ紀行1


2006年2月10日
(金)色たがえ温みたがわぬスイトピイ

またしてもゾッキ市場に拙著『古本デッサン帳』が流れ出たようである。まあ、仕方のないことだ。数日前にアスタルテ書房さんが十冊ほど仕入れたので署名を入れて欲しいという電話があった。二十冊注文したのだが、十冊しか入らなかったとのことで、ゾッキ市場では人気(?)などと・・・。ということで本日署名してきた。今年初のアスタルテ詣で。ジャンジャック・ポヴェールを一冊発見したので確保する。

・MADAME EDWARDA, G. BATAILLE, JEAN-JACQUE PAUVERT, 1967

『マダム・エドワルダ』は一九三七年に書かれたもののようだが、四一年と四五年にごく少部数発行され、それをポヴェールが一九五六年に公刊した。ただし初版と同じくピエール・アンジェリックという偽名を用い、バタイユが序文を寄せるという形での発行だった。ビブリオテック・ナショナル(国立図書館)のスタッフだったので、この内容ではちょっと実名は使えなかったようだ。一九六二年に没した後、一九六六年になってようやく実名で再刊されることになる。

刊行者のノオトの最初にモーリス・ブランショの言葉が引用されている。いわく《もっとも突拍子もない書物が、結局のところ、もっとも美しい書物であり、そしておそらくもっとも柔らかで、それは、いや、まったくもって破廉恥なのである》(ウンチク訳なので誤訳の可能性大なり、あしからず)。


ついでに京阪書房の表から三冊。

・夏目漱石 松岡譲 河出文庫 一九五六年
・MAIN STREET, SINCLAIR LEWIS, SIGNET CLASSIC, 1980, il.R.CRAWFORD
・ロジェ・カイヨワ講演集 日本放送出版協会 一九七三年三刷



2006年2月9日
(木)遠吠えに首かしげてみる春の雪

1月24日に、野々上慶一の『さまざまな追想』(文藝春秋、一九八五年)を引用して、宮沢賢治全集の版元となったきっかけを、友人の石川湧に誘われて銀座の喫茶店「羅甸区」(資生堂パーラーの真向かい)へ行ったとき、そこでバーテンのようなことをしていた草野心平に賢治の話を聞かされ、熱心に依頼されたため、全集出版に踏み切ったそうである、と書いたが、別の証言もあることが判った。それは草野心平の回想「宮沢賢治全集由来」であって、白山のN氏からご教示いただいた。

草野によれば、書物展望社版は横光利一の推薦で岡村政司が高村光太郎のところを訪ね、高村から草野を紹介され、それを受けて草野が宮沢家に伝えた。すると清六による清書原稿がどっさりとどき、それは編集担当の石塚友二に渡された。内容見本も作られた。しかし

《私は連絡のため週に一度位の割で書物展望社に出掛けていつたが、原稿は積まれたままになつてゐた。どうやら刊行に危惧の念でも出たらしく、そのまま手がつけられずにゐるやうな感じだつた。石塚君は色浅黒くずんぐりして素朴で、東北あたりのどつかの村長のやうな感じなので、私はいつの間にかイーハトーヴの村長と呼んでゐた》

《そんななかでの或る日、私が独りで銀座を歩いてゐると武田麟太郎と野々上慶一君に会った。武田は近くの不二屋の二階に案内し、そこで野々上君を私に紹介した。野々上君は当時の「文学界」(戦前の、そして文藝春秋社に買ひとられるまで)の刊行者で「文圃堂」といふ東大前の古本屋の店主でもあつた。武田麟太郎は「文学界」の編輯をしてゐた。/宮沢賢治全集刊行に就いて私は武麟に話したことはなかつたが、彼は噂で知つてゐたらしく、その進行状態を私にきいた。私はありのままを話した。すると武田麟太郎は、/「君のところでやつてみないか」/といつた。/「やりましょう」/と年少の野々上君は即座に答へた。》

どちらが真実なのか、草野の方がそれらしいような気もするが、人の記憶というのはかくも食い違うものなのである。気をつけなければ。もうひとり証言者が欲しいところだ。なお「羅甸区」についてはこう書かれている。《その頃亡弟天平が銀座七丁目の電車通りに「羅甸区」といふ喫茶店を経営してゐたが、そこに在京岩手の人々が二、三回集つて相談したこともあつた》。また森莊已池(惣一)の名前が草野のこの文章にも一カ所だけ出ている。《私は全集刊行中に南京に転住したが、その後森惣一氏が新たに編纂者のなかに入つた》。

もうひとつN氏が添えてくれたコピーには第一回配本の第三巻には七部限定の特装本(賢治の生原稿貼り込み)があり、その写真が載っていた。現存四冊のうち中島健蔵宛献呈本。

鳥影社『季刊文科』32号、33号届く。32号は古木鐵太郎の特集。こきかほるさんと大河内昭爾氏の対談、「紅いノート」の再録がある。33号は津村節子特集。寺田博氏の連載「文芸誌編集覚え書き」が『文藝』時代を克明に回想する内容でじつに興味深い。で、この雑誌が届いた理由はウンチクに「本」についての連載をという依頼があったからである。あまりにも文芸的な内容の雑誌なのでちょっと緊張してしまう。リラ〜ックス。



2006年2月8日(水)水取ややぶれ靴下沁み通る

ひぐひぐさんよりメールをいただいた。《さて、すでにご存知のこととは思いますが、古本市のお知らせです。

  第3回 てんま天神梅まつり古書即売会
  
主催 大阪古書研究会
  
100円均一、荷造り発送サービスもございます!
  
日時:平成18年2月11日(土)〜18日(土) AM10:00〜PM4:00
  
場所:大阪天満宮
  
会場直通電話(090-6327-9466)

 秋の古本市よりも店舗数は少なめですが(12軒)、ご都合よろしければどうぞお越しくださいませ。ただ、厳寒の中での古本市ですのでくれぐれも充分に暖かい格好でお越しくださいますように》

天神さん、行きたいのはやまやまなれど、このところいろいろと事情があって(ふところ事情はもちろんのこと)遠出できないのです。申し訳ない。読者の皆様にはぜひぜひお出かけあれ!



2006年2月7日(火)灯油売り百円下げぬ春立ちぬ

正月明けに突如1590円になった灯油が昨日は1490円に下がっていた。安いのは有り難いが、そうするとどうしても1590円が釈然としない。京都は全国的に見てもガソリンも高いのだ。125円のガソリンスタンドに行列ができている。

『ほんの手帖』29号届く。古本ばかり買っていると新刊書が高くて手が出なくなる、《ということを言う人は多いんだが、中にご自分の本を出されて、そんな時は新刊を買ってくださいと大変熱心に宣伝される。そんな時、この人は自分は新刊を一体どれ位買っているのかなぁと思ったりする。やっぱり人様に本買ってと言うなら、本人も新刊を買わなきゃね。と思うのは、当たり前だろうね》と書いてあって冷や汗をかく。新刊を買わなきゃ、新刊を出せないとなると、これはちょっとコマッタことになる。

ROBA ROBA cafe のいのまたせいこさんより「“本”というこだわり “紙”でできること vol.3」へのお誘いをいただいた。『sumus』として関連書を展示販売することになるだろう。会期は4月29日〜5月14日。まだ少し先だ。

古本者の一人Tさんから、先日、耳寄りな、しかし同時に恐ろしくもある情報が寄せられた。それはある古書店の目録に作品社のまだウンチクが把握していなかった本が掲載されているという話なのである。これは耳寄りだ。しかもその著者は布上芳介(駒沢文一)である。要するに小野松二とともに作品社を経営していた人物というか、おそらく資金的援助をしていた人物である。何かその辺の事情が書かれているかもしれない。ぜひ読みたい、というよりも欲しい。しかし、恐いのはその値段。ウンチクの財布にとってはかなりの高額だ。

こういうときはまず情報をと思い、あちらこちら検索をかけてみる。すると、国会図書館に一冊所蔵されているが、Webcat ではヒットしない。ところが「日本の古本屋」にあきつ書店が驚くべき値段で出品しているのを発見した! 小野松二の『十年』も高価だったが(ただし後で次々安い『十年』が現れて閉口した)、その比ではない。知る人ぞ知る一冊だったのだろうか。あきつ書店は店舗を持たず目録販売のみのようだが、古書展ではいい本を安く売っているらしい。南陀楼綾繁氏の帝都逍遙蕩尽日録にそう書いてあった。

また布上芳介をググると「井伏鱒二:荻窪風土記:阿佐ヶ谷文士」という奇特なページにブチ当たった。これはすごい。そして布上芳介が『作品』創刊号に「感情」という作品を寄稿していることが判明した。こうなるとなんとか入手したい。出品書店はとらや書店という水戸市にあるちゃんとした本屋である。茨城県関係の文献が中心のようだ。HPを閲覧しても『墓』は出ていないようだったので、メールで問い合わせをした。折り返し連絡があった。こうなると、結局は注文してしまうのだ・・・。蔵書の処分の算段をしなければならなかったが、それが都合良く行ったのも幸いした。ということで届いたのがこれである。むろん函付き。

・墓 布上芳介 作品社 一九四〇年 著者自装

 表紙

内容はこれから読んでみなければ判らないが、前書きに小野松二との関係が記されていた。これだけでも貴重な証言のように思われる、思うしかない。ここで一句「とらよりもとんぼの高き墓の上」。



2006年2月6日(月)ひりだして彼の実と識らず春の鳥

近所のファミマまで車でちょいと出かけた。近道をすいすい走っていると、フロントガラスにボタボタボタと降りかかるものがあってビックリ。よく見ると、なにやら少しトロッとした透明の液体にオレンジ色の断片が混じっている。その液体はたら〜と目の前をゆっくり流れ下りていった。鳥は飛びながらでも脱糞するのだろうが、走行中に直撃をくらったのは初めて。ウンがつきました。

向井氏が日記に表紙をアップしているので、こちらも本紙校正を掲げることにする。三月二日頃配本の予定だそうだ。

 向井透史『早稲田古本屋日録』右文書院 写真=田中美穂[蟲文庫]

吉田健一『酒肴酒』(光文社文庫、二〇〇六年)が届いた。解説は坂崎重盛翁である。久しぶりに読み返すと、いや、ほんと、吉田の文章は独特である。多少の好き嫌いはあるかも知れないが、ハマってしまうと堪らない魅力なのだろう。ちょっと強引で、どこかスネていて、破滅の寸前にありながら踵で耐えている感じ・・・

《博物館を廻ったりしてから、人間はバーや飲み屋に行くようになる。あるいは、必ずしもそうでなくても、そういう場合があることをここに記しておきたい。そして博物館に行って我々が求めるものが芸術や文化や教養や知識とはきまっていないのと同様に、バーにあるものが人生だなどと、勿論、誰も思ってはいない。バーや飲み屋にはそんなものよりももっと貴重な酒があって、人生の方は我々がどこへ行っても、いやでもついて来る》(「バー」p335)

『古本倶楽部』176号。戦後号、草稿・原稿特集。澁澤龍彦「新ジュスティーヌ」訳稿566枚、315万円。種村季弘「毛皮を着たヴィーナス」訳稿644枚、157万円。それから、池田文痴庵草稿13枚、8,400円もあるよ。

海文堂書店福岡さんが出版関係のPR雑誌をまとめて送ってくれたのであれこれ読んでみる。『ちくま』二月号で、田中純が蒐集狂だった神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世とアルチンボルドが描いた皇帝の肖像に触れながら《蒐集家の精神にはこうした憂鬱が巣くうのか、それとも、メランコリカーは絶えず壊れて断片化してゆく世界を救うために、そのかけらを蒐集せずにはいられないのか》(p16)と書いている。コレクターとは憂鬱なる党派だったか。

フリペになった早稲田文学『WB』二号、津島佑子が『小公子』(岸本佐知子が『ちくま』の連載で《そして『小公女』と『小公子』の違いは、いまだにわからない》と書いているが、小公女はA little Princess で女の子サラ[セーラ]のお話、小公子は Little Lord Fauntleroy で男の子セドリックのお話)の翻訳者若松賤子は『女学雑誌』の主宰者岩本善治の妻だったと書いており、『本』二月号の石原千秋によれば、二葉亭の『浮雲』(一八八七〜九連載)の女主人公は『女学雑誌』を読む女性であって、それは《カッコイイと思ったことに次々と関心を移していく「軽い女」として語られているのだ》そうである。津島によれば、賤子の父は会津藩士で維新後流刑になり、母を失い、孤児として横浜のミッション塾に預けられ英語を学んだ。『小公子』は一八九〇年に『女学雑誌』に連載され、口語的な平易な文体で高い評価を受けたとのこと(具体的には樋口一葉に影響を与えたそうだ)。その冒頭の一部、傍線、ルビは省略。

《セドリツクには、誰も云ふて聞かせる人が有ませんかつたから、何も知らないでゐたのでした。おとつさんは、イギリス人だつたと云ふこと丈は、おつかさんに聞いて、知つてゐましたが、おとつさんが、おかくれになつたのは、極く小さいうちの事でしたから、よく記憶えて居ませんで、・・・》

なかなかいいかんじ。一方、『浮雲』の冒頭はこうだ。言文一致といってもまだ戯作風が抜けきらないようではある。

千早振る神無月ももはやあと二日の余波となッた二十八日の午後三時ごろに、神田見附の内より塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸き出でて来るは、いずれも顋を気にしたもう方ゞ。しかしつらつら見てとくと点検すると、これにも種々種類のあるもので、まず髭から書き立てれば、口髭、頬髭、顎の髭、やけに興起したナポレオンの髭に、狆の口めいたビスマルク髭、そのほか矮鶏髭、狢髭、ありやなしやの幻の髭、濃くも淡くもいろいろに生え分かる。



2006年2月5日(日)水なめる音の沁みいる春立つ日

『一冊の本』(朝日新聞社)二月号に四方田犬彦氏がアルバート・アイラーについて書いている。一九六七年二月、ヴィレッジ・シアターでアイラー兄弟が行った演奏会にコルトレンが来ていたことを語り、《わたしは彼が演奏後、コルトレンがただちに舞台に駆け寄り、アイラーにむかって言葉をかけたはずだと確信している。彼らがもし興奮の冷めやらぬままに、二本のテナーサックスを抱えてバトルを行っていたらと、恐ろしいことを想像する》。そしてその年の七月にコルトレーンは亡くなり、三年後、アイラーも三十四歳の短い生涯を閉じる。《それは奇しくも三島由紀夫が市谷自衛隊駐屯地で自決した日のことであり、この日を境としてフリージャズは衰亡に向かい、政治と芸術の前衛たちが親しげに呼応しあう時代は終わりを告げたのである》。

ということで、このときのライブ盤が以前に書いた「ALBERT AYLER IN GREENWICH VILLAGE」で、偶然にもこの四方田氏の記事を読む直前にこれを聞いていた。思わず引き込まれる、というか、フリーズしてしまうような音だ。原稿の最後を四方田氏は《アイラーについて語る人はもはやほとんどいない》《中上健次が死んだ後、わたしはアイラーについてただ一度しか、人と言葉を交わしたことがなかった》《わたしも長いこと、アイラーのことは忘れていたのだった》と結んでいる。

そのような理由からアイラーをBGMに絵を描くということはできないので、あれこれCDを探していると、なんと、ワールド・ミュージック・ライブラリー「オスマンの響き〜トルコの軍楽」(KING RECORD, 1987)が現れた。◆トルコ紀行3 に書いた軍事博物館で聴いた演奏そのものである。これはかなり以前、ひょっとして神戸時代?、に買っていたのをすっかり忘れていたのだ(モウロクした!)。向田邦子原作のTVドラマ「阿修羅のごとく」に使われていたのは「古い陸軍行進曲「ジェッデン・デデン」」だった。現地でも最初と最後に演奏されて、とても印象深い曲である。また、軍楽とは別にトルコの古典音楽も入っており、そのなかではケメチェ独奏「ベステニガル旋法のタクシーム」がしっとりとした名曲。録音は小泉文夫と小柴はるみ。


聖智さんより二冊届く。岡村夫二の装幀本は注意して集めている。

・怪盗五人女 邦枝完二 同光社 一九五六年 装幀=岡村夫二
・京都画壇周辺 加藤一雄著作集 用美社 一九八四年

『第15回サンシャインシティ大古本まつり』目録、昨日来ていたのを書き忘れていた。にわとり文庫や頭突書店の写真ページに見入ってしまった。昭和九年の『拳闘ガゼット』三冊並んでいるのが目を引いた。『極私的東京名所案内』で戦前のボクシングについての記述を読んでいたから余計である。



2006年2月4日(土)ユウマスト・ビリイヴイン・スプリング

最近読んだ(まだ読んでいる途中)小説で「これは面白い」と思ったのは石川桂郎の『剃刀日記』(角川文庫、一九五五年)だ。この文庫本は昭和三十年七月十五日発行である。小生の誕生日の十日ほど前。誰だったか、誕生日付けで発行された本を探している人がいたと思うが、そういう本探しもあるのだなあと感心するというか、あきれたけれど、それを知ってしまうと、自分の生まれた日に生まれた本を確認しないわけにはいかなくなる。

で、同じ石川桂郎の『俳人風狂列伝』(角川選書、一九九〇年再版)を読了した。やはり面白かった。とくに面識のある俳人(というか俳句を作っていた変人たち)に関する記述はバツグンだ。高橋鏡太郎、伊庭心猿、岩田昌寿、岡本癖三酔、田尻得次郎、松根東洋城、相良万吉、阿部浪漫子・・・(親炙した西東三鬼についてはさほどでなかった)。人が破天荒だから俳句がいいとは限らないが、俳句は人なり、はまちがいないようだ。

石川桂郎は東京三田の理髪店に生まれ、父の命で学業を諦めて家業を継いでいたが、石田波郷の門に連なったところから石塚友二と知り合うことになり、石塚にすすめられて小説を書き始めたという。それが永井龍男に認められ、『文藝春秋』誌に掲載された。戦後は俳句雑誌を編集している。『妻の温泉』(俳句研究社、一九五四年)で直木賞候補になった。一九七五年十一月六日没。

野見山朱鳥『続忘れ得ぬ俳句』(書林新甲鳥、一九五五年)には《作家である友二と同じやうに桂郎の場合も文章の方が俳句より少し面白いのではないかと思ふ》(P161)とある。たしかにここに載っている作にはピンとくるものが少ないが、なかではこの一句が好きだ。

  毛虫這ふごとき寡き銭妻へ

蟲文庫さんよりお葉書をいただく。《デイリー・スムースでご紹介下さるなどいつもいろいろとありがとうございます。この度の向井さんの表紙のことも、本当に光栄に思います。ところで、おかげさまで蟲文庫は今年13年目に突入となりました。厳しいながらも愉しい毎日を過ごすことができております。又、機会ができましたら覗いてやって下さいませ》《高松では「おふくろ」という汁もののお店がよかったです》。いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました。今日、オビのレイアウトの校正も終えました。おそらく半月もしたら見本が出来てくるのではと思います。見本ができて一週間ほどで店頭に並ぶはずですので、今月末か来月初頃には全国の書店に平積みだ〜(と思います、書店関係者の皆様よろしく)。

 さすが蟲文庫さん、マリモの絵葉書(オリジナル)



2006年2月3日(金)代済みて財布のなかの豆三粒

まずは捜し物のお願い。知人の翻訳家から以下のような問い合わせがあった。もし、お持ちの方はご一報ください。sumus_co@yahoo.co.jp

ウジェーヌ・シューパリの秘密』江口清訳、集英社、全4巻

この本、どこを探してもなく、逗子の図書館にあることだけわかっておりますが、小生には借りる資格がありません。また日比谷の図書館は貸し出し中です。目下この本のあらすじを書く仕事があり、既訳書のある場合、用語の統一にも配慮しなくてはならず、頭を悩ませている次第です。他社刊の『パリの秘密』はいずれも抄訳なのです。

すでにokatakeの日記で告知されているが、岡崎武志氏が神戸の海文堂書店でサイン会を行う。

 古本者 岡崎武志 神戸乱入サイン会
  『気まぐれ古書店紀行』(工作舎) 出版記念
  とき : 2月18日(土) 午後2時〜3時
  ところ : 海文堂書店 1F・中央カウンターサイン会
《「ブログ」を読んで来ました、と言ってくだされば、その場で、サインとともにお客様の似顔絵を描いてさしあげます》とのこと、ふるってお出かけくださ〜い(!!)。

 店長の福岡さんよりも《今回のサイン会、岡崎さんが「海文堂で―」とおっしゃっていただいたと聞いております。チョーうれしいです》という手紙をもらった。



2006年2月2日(木)如月の震えは爪の先までも

『季刊銀花』校正と追加記事の執筆。昼前、急用で外出した。その間に聖智文庫古書目録『ぶらりしょうち』が届いたらしいが、EXPACKだったので再配達になり、夜になってやっと手にした。探偵小説がほとんどだから、とても勉強になった。うわさに聞いていた角川文庫の横溝正史、なるほどそのくらいの値段なのだ(!)。長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)のオビ付きが63,000円なり。これはたしか長嶋氏が『ブルータス』の記事だったかで、オビがどうのこうのと話していたような記憶がある。加藤一雄『京都画壇周辺』(用美社、一九八四年)も出ている。12,600。shouchi@trust.ocn.ne.jp

『ぶらりしょうち』創刊号

Kさんより、年末に差し上げた本のお返し『都市風景』が届く。これはうれしい。函はないが、あればそれなりの値段になろう。何より内容も造本もいい。また西田書店の目録で注文した『勇敢なる兵卒シユベイクの冒険上巻』も。1000円だから安いと思ったら奥付が破られていた。NDL-OPACではヒットしなかったので、Webcatを試みると、神戸市図書館他にあったが、いずれも上巻だけ(下巻は未刊?)。ググると大田書店に7,000円で出ていた。

・都市風景 谷崎精二 砂子屋書店 一九三九年
・勇敢なる兵卒シユベイクの冒険 上巻 ハシエーク 辻恒彦訳 衆人社 一九三〇年 il.ヨセフ・ラーダ

  表紙/見返

Mさんより続報あり。《うかつでした。『続々文芸評論』ですが函が変です。函の背が右側にあります。本の表紙と函の表が合いません。それでout of jointなのでしょうか。こんなものに検印紙は貼れない。となったのでは。珍本?ですかね。》・・・・珍本です!



2006年2月1日(水)尾が揺れて影もあと追う春近し

昨年暮れの京都古本散歩は、じつは『季刊銀花』春号のためだったが、今日、その校正紙が届いた。内容的にはまったく変わり映えしないな、とは思うものの、雑誌の性格からして、こんなものだろう。同誌では昨年すでに戸田勝久さんが山崎書店などを紹介されているので、重複するところもある。ただ、意外にもアスタルテ書房が『季刊銀花』初登場とか。発売は今月25日。

アセテートの中谷氏よりメールあり。《さて今度当方より出す新刊 July2001〜May2004 Ryoji SUZUKI Architect について、報告がございます。特装版の仕様についていろいろ考えていたのですが、どうしても林さん装丁のご自著『帰らざる風景』の巻きケース仕様のことが忘れられず、今回特装版仕様に参考にさせていただきました。その巻きケースの内側に鈴木さんのスケッチを裏ばりして屏風のような仕上げにしました。どうぞお許しくださいませ。とりあえず報告です》。どうぞどうぞ、ご自由にお使い下さい。こちらも松本八郎翁の作った画集を参考にさせてもらったのですから。アイデアの連鎖ということで、いい本がどんどんできればそれでいいじゃないですか。

塩山芳明御大より『記録』2月号が届く。今回、俎上に登るのは、おお、『ぼくの早稲田時代』(川崎彰彦、右文書院、二〇〇五年)だ。絶賛の嵐・・・なわけないが、とにかく通読してくださったもよう。金を払った人は何を言っても表現の自由なり。それにしても、さすが、ホンネの本読み。関係者には申し訳ないけど(あ、小生も関係者なり)、いちいちまったくその通りと思う。御大はさても完璧な編集者であらせられるに違いない。


【ナベツマ・ジャンク《かつてホームレス・・・》】

 2005年12月号

 ナベツマのささやかなボランティアは、梅田を通過する際の「THE BIG ISSUE」という冊子購入である。ビッグイシュー日本版は1冊200円、そのうち110円が販売者であるホームレスの人たちの手取りとなるシステムになっている。元々は英国で始まったホームレスの就業支援と自立が目的の事業であり、編集発行を手がけている有眼会社ビッグイシュー日本の拠点は大阪にある(大阪と言えば日本全体のホームレスの1/3が住んでる都市)。冊子としての楽しみは巻頭のインタビュー、今号は日本サイドがやなせたかし、英国サイドがナベツマの好きな英国人女優エマ・トンプソンであった。彼女は2度アカデミー賞を受賞しているが、ナベツマはどちらかというとアカデミー賞受賞を逃した「父 の祈りを」の弁護士役が好きである。

 さて、ホームレス、大阪で有名なパン屋もある靭公園でテントの撤去が行なわれたことは何度もニュースで流れたのでみなさんご存知かと思う。新聞やテレビでも様々なコメントが飛び交っていた。でもあえてひとこと言いたい。寒い冬に一晩でもいいから野外で寝てみろ! 

**この下は、某局プロジェクトXの田口トモロウの口調でお読みください。

 ナベツマ&その家族は阪神の震災で避難民となった。住んでた家は全壊で傾き居間から空が見えた。地震当日の夜に避難した中学校では教室の固い床で毛布にくるまれて眠った(眠ったと書いたが、横になっただけ、その固さと寒さでとうてい眠ることなどできなかった)。人が大勢集まってくると、まず問題が出るのがトイレだった。地中の下水道が壊れてしまったから、流れないトイレに糞尿があふれ出た。あるときなど、大きな避難所に食料をわけてもらいに行って、ついでに運動場にある簡易トイレに入ったら、なぜか便器の真中から長い棒が1本つきぬけているところに遭遇した。「あにこれ?どーすんの?」・・・ 不思議に思って覗き込んだら、もう9分目まで○○○がてんこ盛りなのだ。つまりその棒で○○○をかき分けて排便せよ、ということだった。絶句した。95年の冬は寒くて情けなくてつらい始まりだった・・・。

 避難生活とはプライバシーのない生活のこと。そういう意味ではホームレスの収容施設もカーテンだけで仕切られた避難場所なのだろう。そこはまるでこの国の憲法下ではない別世界のような気がする。そうすると、青いテントの中は国民としての最低限の生活を保障する場所にならないだろうか?


細川新書のこのオビのアイデア、オリジナルなのだろうか。

 阿部友二『黒い影』細川書店、一九四九年