daily sumus TOP 【ナベツマ・ジャンク】 ◆トルコ紀行1
2006年3月10日(金)知恵が出ずくさめばかりや薄霞
※牧寿雄についていくつか情報をいただいた。お礼申し上げます。まずKさんより。
《牧寿雄には京都のマリア工房から出た図案集があります。石神井さんに聞けばもうすこし詳細なことがわかるはずです。実は私も、なーにも知らなかった。出身、あるいは在住神戸かもしれません。岡本唐貴らと交友があったはずです》
なるほど。マリア工房はマリア書房?(マリア書房の現在のサイトではヒットしませんが)。うっかり忘れていた国会図書館を検索してみると、牧寿雄『新希臘派模様』(内田美術書肆、昭和2、和装)という本が所蔵されていることが分かった。内田美術書肆は京都の版元で図案関係の出版物が専門だったようである。もうひとかたEさんより。
《牧寿雄について、手持ちの資料から若干連絡いたします。『極東ロシアのモダニズム』図録によると、生没年、生没地ともに不明。以下は引用。
「マヴォ」の同人。機関誌『マヴォ』においては海洋施設や劇場建築などの図面や写真を提供する。1925年6月には神戸のカフェークロヴァーで「第一没落期作品展覧会」を約1カ月間開催し、この直後には当時関西で活動していた岡本唐貴や浅野孟府らと「グルップ造型展」を開催する。また1926年5月には「マヴォ」の再建を図った「マヴォ大聯盟」の創立メンバーとなるが、実質的な活動はほとんど行われなかった。1927年2月には京都で『MAVO染織図案集』を編集し、村山知義や吉田謙吉らの作品を掲載した。(引用終わり)
牧はMAVO6号の『滞神雑記』(神戸滞在記)では「俺が久しぶりで帰京した晩に岡田龍夫への、土産話に・・・」と書いているので、東京在住のように思えますが、MAVO7号では「怪公」という寄稿者の『人間建築一労働者の雑記』に「話しは別だが牧壽てえ男は面白そうだだね、早く東京に来るといい」とあります。これでは居住地もはっきりしません。(推測:関西に実家、東京に下宿)。また、MAVO復刻版別冊の、著作権関係で連絡が取れない人名リストに牧寿雄の名前があります。》
なるほど、なるほど。深謝です。それにつけても、MAVO復刻版、欲しい(欲しい本が多すぎ)。また牧寿雄については今後も注意を怠らないように努力したい。さらなる情報も歓迎です。
※国立国際美術館でのシグマー・ポルケ展の案内届く(4/18-6/11)。上野の森美術館から大阪へ巡回するらしい。それはともかく国際美術館の英語名を今はじめて知ってちょっと首をかしげる。THE
NATIONAL MUSEUM OF ART, OSAKA って大阪国立美術館じゃないか。国際はどこへ? 略称もNMAO、ンマオ? NO
MORE ART OSAKA にならないよう期待したいものだ。
※東京での個展のDMが出来てきた。3月30日から4月5日まで、岸本画廊(中央区銀座6-12-15西山ビル3階、電話03-3571-5122)にて。「遅日小品展」と名付けてみた。遅日は永日と同じ、春の日永ということである。場所は松坂屋の東側の通り二本目(三原通り)の東側。初日は終日、画廊に詰めている予定だが、それ以外の日は東京をうろうろしているかもしれない。
※江原小弥太『我が人生観』(越山堂、一九二六年十九版)はかなり以前に買ったものだが、「人生の意義」「未来生の事」「宗教の意義」「罪悪と懺悔」「法律と行為」などという目次だけ見て、説教くさい本だろうと、ずっとうっちゃっておいた。ただ、表紙がステキだったので「文字力」の一冊に取り上げることにして、ざっと目を通してみて驚いた。説教くさいどころか、自我教そのものである。唯物主義、快感原則、ようするに大正実存主義(こんな言葉あるかどうか知らないけど)の成果を示す内容なのだ。
《私はどこから来たものでもない、私はこの世に初めて生まれたものだ。私はどこへ行くのでもない、私はこの世に終に死ぬものである。生は私の初めてゞ死は私の最終だ。私の人生は生まれてから死ねまでの間の数十年間で、その間に於て「よく生きて楽しめ」ばそれが充分且つ必要であるのだ》
《要するに普通の言葉に於て、神もなし、仏もなし、未来生もなし、罪もなし、たゞ自然現象と自分の性格と運命との赴くがまゝに生活して、死ぬ時には死ぬといふことが私の宗教であるといふことを言ふにあるのだ》
江原小弥太は明治十五年に新潟県に生まれ、教員、新聞記者、会社員などを転々としたのち文筆家として成功した。親鸞やキリスト、または良寛などを自分なりに研究した後、自我教(これはウンチクが仮に名付けたもの)にたどりついたらしい。このような思想は二歳年下の辻潤のエゴイズム・ニヒリズムに共通するものではないだろうか。ただし少々悲惨な死に方をした辻とは違って九十六歳という長寿を全うしている。
表紙の装幀者・牧寿雄についてはよく分からない。MAVOの同人で、萩原恭次郎『死刑宣告』(長隆舎書店、一九二五年)に立体作品の写真が掲載されており、岡田龍夫や高見沢路直らと京都で「マヴオ創作舞踏発表会」「劇及び舞台装置展」を大正十五年に開催している。関西出身のようである(五十殿利治『大正期新興美術運動の研究』スカイドア、一九九五年、p544-546)。ご教示を乞う。
装幀=牧寿雄
※『サンボーホールひょうご大古本市』の目録届く。雑誌が安い。『戦旗』創刊号が2,000円とか『モダン日本』が1,000円とか。街の草の出品に君本昌久の詩集(蜘蛛出版)が二冊出ている。埴谷雄高「闇のなかの黒い鳥」・・・て、ほんとに出版されていそうな誤植タイトル。これは「古書目録の誤植コレクション」に加える価値があるだろう(なんでも集める男なり)。以下傑作誤植集。
・ニッパン日記 マーク・ゲイン 筑摩書房 (ニッポン日記です、これじゃ取次の日記だよ)
・山下宗二記の研究 桑田忠親 (「やまのうえ・そうじ・き」、上下関係には注意!)
・ラブレター覚書その他 渡辺一夫 (傑作! もちろんラブレー覚書)
・改訂増補明治大正詩史 日夏恥之介 (日夏耿之介に恥をかかせましたね)
・歴程 7号 0,000 (サービス品?)
・北大路魚日山人 白崎秀雄 (実際は縦書きなので魯山人と読めないことはないですけど)
・マリー・ローランサン ピエール著 B五 三三〇〇頁 (広辞苑第四版でも2,900頁ですから)
※『早稲田古本屋日録』増刷決定! じつにめでたい。
※ストローよりもスプーンのほうがずっと多い。そのなかからコーヒー用のスプーンをごく一部だけ紹介する。一番上は東海道新幹線のコーヒーに付いてくる。下から二番目はカフェ・ド・ポッシュで出た木製、その上は紙製である。

※『古本倶楽部』には珍しいフランス語の本が出ていたので買ってみる。サドの未刊作品と書簡。ジルベール・ルリ(GILBERT
LELY、1904-85)はシュールレアリストであり詩人。メルキュール・ド・フランスから三巻本の全詩集(一九九五〜二〇〇〇年)が出ている他、『サド』(ガリマール、一九六七年)、『マルキ・ド・サドの生涯』(メルキュール・ド・フランス、一九八九年)の著作があり、またサド全集の編者でもある。表紙と扉をミシェル・ジューニアク(MICHEL JOURNIAC, 1935-95)のオブジェ作品が飾っている。海外での古書価を調べてみたが、ほとんど同じ値段だった。
・LE PORTEFEUILLE DU MARQUIS DE SADE, GILBERT LELY, EDITION
DE LA DIFFERENCE, 1977
※【ナベツマ・ジャンク】本日更新
※暖かだったので河原へ散歩に出る。パン屋でサンドイッチ、セブンイレブンで「バリスターズカフェ」のカフェオレを買って河原で食する。UCCとオハヨー乳業が作っているらしい。缶コーヒよりは多少ましだ。その容器に伸縮するストローが付いていた。焦げ茶のボディでカッコイイので捨てないで持ち帰る。ストローやスプーン、フォーク、ナイフ……プラスチックなどでできた使い捨て食器を集めるともなく集めている。
※晶文社のHP連載で内堀弘さんが《「柴野」という名前を見て、ふと「柴野君」を思いだした。いや、思いだしたのはその人ではなくて「シバノクン」という響きだ。当時私は高校生だったけれど、「柴野君虐殺糾弾」というその言葉の響きだけが、何故か記憶の底に残っていた。》云々と書いておられるこの柴野春彦は、京都で世界文学社という出版社を戦後しばらく経営していた柴野方彦の息子である。富士正晴にこの事件にも言い及んだ「柴野方彦誄」という追悼記事がある。『軽みの死者』(編集工房ノア、一九八五年、初出『文学界』一九八〇年一月号)に収められている。追悼原稿ばかり集めた見事な一冊だ。
ところで「誄」はどう読めばいいのだろうか。音読みなら「ルイ」だが、「しのびごと」だろうか。意味は死者を悼む言葉・文章のことで「哀誄」(アイルイ)という言葉もある。

※「前田藤四郎“カフェ・エピナール”ふたたび」の案内をもらう。大阪心斎橋長崎堂にて21日まで。大阪市立近代美術館心斎橋展示室で前田藤四郎展が開催されているので、それに合わせたイベントである。前田藤四郎には注目だ!
※【ナベツマ・ジャンク】本日更新
※このところ「君が代」がTVから流れることが多くて、日の丸もよく目にするようで、ちょっと、くらくらしている。たまたま書棚にあった芥川也寸志『私の音楽談義』(青木書店、一九五六年)を開くと、「「君が代」御免蒙りたし」というエッセイがあった。「君が代」のことをこてんぱんにこき下ろしているのだ。曲と歌詞が合っていないとか、編曲者エッケルトはなんてヘンテコリンなメロディなんだろう!と心中あざ笑い、最初の二小節はまったくハアモニィを思い浮かべることができなかった、とか、かなり厳しいツッコミを入れている。ただし、最初と最後のユニゾン(斉唱)については、当のエッケルトはこう言っているらしい。
《日本の国体を考えるならば「君が代」の発声たる「きみがよ」の部分は男子たると女子たると日本人たると外国人たるを問わず、二人でも三人でも十人でも百人でも、たとえ千万人集まって歌おうとも、いかほど多数の異なった楽器で合奏するにしても、単一の音をもってしたい。》(http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tpnoma/kimi/kimigayo4.htmlより)
芥川の意見を邪推として退けるとしても、エッケルトのこの言い分ははなはだ巧妙である。ならばいっそ和声はいらなかったのではないか?(サッカーの国際試合で声張り上げてるみたいに)。むろん、陸軍軍楽隊のために作ったわけだから、それでは演奏にならないけれど。いずれにせよ、芥川はラ・マルセイエーズのように民衆が自ら選択した国歌が欲しいと言いたいのである。
『私の音楽談義』口絵写真
※文芸書から撤退すると噂のあった晶文社。HPに《今後も、私どもは文芸書の新刊を出版し続けてまいります。これまでの活動の果実ともいうべき既刊本の重版、販売も続けてまいります》という「ご挨拶」が掲示されてファンたちは一安心した。ただ、その継続の内容が如何なるものかはまだ分からない。単純に喜んではいられないような気がする。その証拠にHP上で始まったばかりの、坂崎、内堀、魚雷氏らの連載が一斉に終了してしまった。坪内、高橋、内堀各氏らの編集を担当した中川六平氏も社を去った。今後の動きに注意したい。
※ロバート・ゼメキスの「ホワット・ライズ・ビニース」(2000)をテレビ録画で見る。いや、なかなか面白かった。まったくのヒッチコック・タッチ(音楽も似せている)。心理的な恐怖を少しずつ積み重ねてゆく。途中ですぐに犯人の目星はついてしまうのだが、そこからもうひと山あって結末に雪崩れ込む。ミシェル・ファイファーは好演。ハリソン・フォードは悪くはないが、もっとはまる役者がいるような気がする。
※『古本倶楽部』177号。巻頭に江戸時代の本がまとめて出ていた。
2006年3月5日(日)麗らかやひねもす木立に筆入るる
※「煮詰まる」という表現をよく耳にするようになったが、「行き詰まる」という意味で使われることが多い。とくに若者はほとんどそういうふうに使っているようだ。もともとは料理が煮えてちょうどいい具合にできあがってきた状態のことであろう。それが人事にも応用されて、結論が見えてきたようなときに「議論が煮詰まってきた」などと使っていた。
どうしてそれが「煮詰まる=行き詰まる」になったか? まったくの仮説にすぎないけれど、英語の
jam と関係があるのではないか。jammed とか be in a jam という表現には「動かなくなった」(例えば、栓がきつく締まってしまったとか、交通渋滞とか)という意味があり、ようするに「煮詰まった」状態を指す。ジャムだから煮詰まっているのは当たり前だ。ただし英語のジャムがどうしてそういう意味をもったかは不明とのこと。
※海文堂書店福岡店長からチラシなどいろいろいただく。多謝。『カイエ』32号の海文堂書店オリジナルフェアが楽しい(詳細はHPで)。またここで連載されている平野義昌さんの「本屋の眼」が今秋単行本化されることが決まった。骨っぽいところが近ごろ珍しい人気エッセイ。また中村よお氏の『トオリヌケ・キ』253号も同封されていたが、中村さんすごい読書家である。『酒肴酒』も紹介してくださっている、感謝です。ジョン・レノン
IN NEW YORK CITY ボブ・グルーエン写真展のチラシなども。グルーエンは一九七〇年代にジョンの専属写真家だったそうだ。

※弥生美術館での「松本かつぢ展」(4/1-6/27)案内。ニッポンのかわいいもの文化の元祖だそうだ。
2006年3月4日(土)土を蹴る前足の土春匂う
※出久根達郎『風がページをめくると』(ちくま文庫、二〇〇六年)が届く。ちくま文庫の表紙を拙作が飾るというのは、やはり感慨深いものがある。むろん間村俊一さんのおかげです。深謝。担当編集者は岡崎氏のちくま文庫も手がけている青木氏。内容も出久根氏らしいコクと芸のある書評集である。
装幀=間村俊一
※先日の吉田健一『酒肴酒』(光文社文庫、二〇〇六年)の書影も掲げておく。『風がページをめくると』の表紙になっている絵はかなり前の作で、実を云えば、『文士風狂録』の候補としてポジフィルムをいくつか送っておいたなかの一点なのである。ところが、『酒肴酒』の方は描き下ろし。昨年、トルコから帰ってしばらくしたころ、間村さんから新作を頼まれた。年末進行ということもあり、けっこう時間的な制約もあったのだが、なんとか年内に間に合わせることができた。吉田健一のエッセイに似つかわしいかどうか? 実際はもっと横長の作品である(『風が〜』も右がばっさりトリムされている、それが間村さんの「芸」である)。
装幀=間村俊一
※『ガーネット』48号届く。阿瀧さんの日録を読む。撫子小野賢一郎のことが触れられている。永田耕衣に古美術を教えた(影響を与えた)と書かれている。小野の『鶏頭陣』に永田が加わっていたためらしい。撫子は石塚友二伝にも出てくるが、翼賛的なヒールとして扱われている。阿瀧氏の近作俳句。「東京タワー跡地裸地ばいまはし」「ちらばりて肉煮はじむる三島の忌」他、いずれも秀句なり。
※『第9回フジサワ湘南・古書まつり』目録届く。多彩な内容で眺めるのが楽しい。個性的な古書店が集まっている感じだ。
2006年3月3日(金)わが庭は水はけわるし沈丁花
※池上博子さんより『ハンコ通信』2号。月暦如月朔とあり、志賀勝『月的生活』(新曜社、二〇〇六年)が話題になっている。この本、面白そうだ。右が通信で左は同封されている池上書と印(直筆実押)。久々にハンコ彫りがしたくなる。先日Yさんに印章を頼まれたのだが、ばたばたしていて放置したままだったので、この機会に彫りにかかる。しばしお待ちを。

※石丸澄子さんより、コクテイル書房での「新作てぬぐい二人展
くすすみ てぬぐいしりぬぐい」の案内葉書(2/15-3/15)。惜しいなあ、月末なら拝見できたのだが。
※okatakeの日記から工作舎のHPを覗くと、編集担当の石原氏による次のような楽しみな一文があった。
《関西赤貧古本道 山本善行(新潮新書) 岡崎さんの盟友にして炎のライバル。この本では、永田耕衣の猛烈な書き込みがある文庫本を入手したくだりが印象深く、写真入りで紹介されているのを見て、今回の『気まぐれ古書店紀行』の仕掛けを決意したしだい。山本さんと岡崎さんの関西弁での掛け合いを目の当たりにしたことはないのだが、おそらく本を一冊作る価値はあると思う。タイトルは『古本漫才』。井上ひさしの「てんぷくトリオ」のコント集のイメージで、二人の掛け合いを収録する。実在する古本屋を舞台に各章を構成してもいいし、特定の作家、本を題材にしてもいい。「エンタの神様」出演を目指して、岡崎さん、山本さん、どうでっか?
》
※【ナベツマ・ジャンク】本日更新
2006年3月2日(木)猫の恋ここかとおもえばまたあちら
※ナベツマが近所のコジマ(家電量販店)へ商品を検分に出掛ける(買うわけではない)というのでドライバーとしてお供する。家電のパンフをあれこれ集めるナベツマ。何を買うにしてもいつも情報収集に余念がない。そのなかにオシャレなパンフがあった。GEコンシューマー
& インダストリアル(株)発行のもの。最近、アメリカのブック・デザインを見直しているところなので(このパンフがアメリカのデザインかどうかはともかく、GE
imagination at work とあるが)、ほっほーお、と思う。

※アセテートから鈴木了二『JULY
2001〜MAY 2004』(編集出版組織体アセテート、二〇〇六年)が届く。建築家・鈴木了二氏の金比羅プロジェクトに関わるエスキースノートを複写する形で再現している。随所に挟まれている工事中の写真もとてもいい。およそ四百ページの厚冊。造本のあらゆる細部にアセテートの(中谷礼仁氏の)デザイン思想が反映されていて、ある意味、この本自体が一個の建築物のような存在感を主張している。これで通常版3300円は安い(以下の写真は特装版=売り切れ!)。


2006年3月1日(水)情けあらば書を避けくれよ春の雨
※ちょうど一年前から東横インの会員になっている。今月末の上京時にも後楽園の東横インに泊まるつもりで予約した(神保町に一番近い支店)。昨日、会員各位様宛に代表取締役・西田憲正の名前でお詫びの手紙が届いたので、ごく一部を紹介してみる。
《この度、ホテル東横インの建物の増改築、駐車場、付帯設備などについて、各地で数多くの違反が指摘されております。法令の精神を尊重せず、かかる事態を招いたことを深くお詫び申しあげます。》《また、本件にかかわる記者会見の場で、極めて不適切な発言や態度を行ったこと、未熟・粗雑な点がありましたことも、深く反省しております。私の不徳に対し、多くの方々からご叱責をいただきました》《この度は誠に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます。》
最初の会見のときから、この調子で詫びておけばよかった。人間とは、つくづく謝るのが苦手な生き物らしい。他人事ではない。ナベツマの怒りが暴発せぬよう、すぐに謝ることにしなければ・・・
※岡崎武志『気まぐれ古書店紀行』(工作舎、二〇〇六年)に阿佐ヶ谷の古書店地図が出ている(p188)。例によって岡崎氏手書きのきわめて分かりやすい略図である。それによれば、二〇〇五年現在、阿佐ヶ谷駅周辺には以下の九軒の古書店が営業しているようだ。石田書店、ゆたか、銀星舎、今井、千章堂、穂高、風船舎、阿南古堂、ブックギルド2。
一九八〇年八月発行の『別冊アングル・街と地図の大特集』(主婦と生活社)に載っている阿佐ヶ谷の商店地図から古書店を探し出して、岡崎古本地図と比較してみると、その数こそ同じ九つだが、共通する店は千章堂書店と穂高書店の二店だけしかない。川村書店、栗田書店、佐伯書店、こがね書店、金子書店、うつぎ書房、星野書店が二十五年の内に消えたことになる(あるいは移転したか)。
ちょうど一九七八〜九年頃に阿佐ヶ谷に住んでいた。あの当時は、さほど熱心に古書店廻りをしていたわけではないが、栗田書店ではいつもご主人がFMの語学講座を聴いていたので、こちらはダースイダーニャ、シーユードゥーブルベ……などというセリフを聴くともなく聴きながら、安い美術雑誌のバックナンバーなどを漁っていたものだ。また、阿佐ヶ谷文士村を連想させる品揃えだった(ような気がする)うつぎ書房では複数の猫を飼っており、その尿の匂いが強烈に店内を支配していたという印象が今もはっきりと鼻腔の奧に残っている。
ついでだから、もうひと時代古い資料も引っ張り出してみた。昭和三十四(一九五九)年版『中央沿線古書店案内図』(東京都古書籍商業協同組合中央線支部)である。『おに吉』の大先輩。その頃の阿佐ヶ谷には十四軒の古書店が営業していたようである(おそらく組合に入っていない店もあったろうが)。その内で一九八〇年の地図にも載っているのは千章堂、川村、栗田、金子、うつぎの五軒である。岡崎地図にも挙がっているのは千章堂のみということになる。堅実のように見えて、古本屋というのは、なかなか浮き沈みの激しい商売だ。古本一代か。

※『一栄堂書店古書目録』60号届く。例によって実用、戦記、探偵が中心の眺めるのに面白い目録。純文芸ものは少ないが、なかに松根東洋城の『黛』(秩父書房、一九四一年)が千円なのでちょっと心が動いた。ただ「日本の古本屋」にも1000円でいくつか出ていた。