林 哲夫「遅日小品展」3月30日〜4月5日
岸本画廊(東京都中央区銀座6-12-15 西山ビル3階 電話03-3571-5122)
daily
sumus TOP 【ナベツマ・ジャンク】 ◆トルコ紀行1
2006年3月20日(月)枯芝にひとすじの春砂の庵
※雑誌の取材を頼まれて、というかこちらから提案したものを採用してもらったわけだが、徳正寺さん(すなわち扉野氏のご実家)で行われる煎茶の茶会へお邪魔した。
ちょっと時間に余裕があったので大丸で開催されているジョン・レノンの写真展へ。ジョンとヨーコのベタベタ写真が多く、写真自体もいまひとつだった。ジョンの恰好を真似たお兄さんたちが会場で演奏をやるらしく、準備を行っていた。ビートルズ時代からのアルバム・ジャケットがずらりと展示してあったのが良かった。
カメラマンのY氏と烏丸のくまざわ書店で合流。待っている間に『論座』の坪内さんの雑読系を読む。『ARE』4号に掲載された岡崎武志×山本善行対談のなかにある、まだ名前が出始めた頃の坪内さんに言及した発言、《武藤康史と並んで、常に注目していかなあかん人や》を、活字になった最初の坪内評価ととらえ「はげみ」になったと書いている。そうだったのか、坪内さんは褒められたり、貶されたりしたことを忘れない人だから。
気になっていた『アイデア』も立ち読み(眺め)。これはかなり欲しくなった。宇野亜喜良特集他、空中線書局など、見応えがある。岩波文庫の『村井弦斎』を買おうかなと思ったら、下巻しかなかったので止めておく。これから訪ねる茶室は藤森照信氏の設計なので『人類と建築の歴史』(ちくまプリマー新書、二〇〇五年)を参考資料として購入。
徳正寺山門
徳正寺は四条通のジュンク堂の横の筋を南に下がってすぐの、まさしく町の真ん中(一般公開はしていない、念のため)。今日は鶴見俊輔さんを囲んでの茶会があるので、そこに参加させてもらうことになった。会の始まる前に茶室とその周辺の撮影。一応、茶室の由来などを秋野等さん(扉野氏の父上)からうかがう。以下、詳しくは雑誌に書きます。
また茶会とは別に、アセテートの中谷氏、北浦さんが前田氏、扉野氏と『きりん』の打ち合わせをやっていた。山本氏も呼ばれていたので、茶会までの時間に最近の収穫を見せ合う。竹中郁、上林暁の珍しい本、今話題の中林洋子。こちらは先日の布上芳介『墓』などである。聞いてみると、山本氏、けっこういい値段(むろん相対的には安いのだが)の本を買っている。「ほんまにガケっぷちですわ」と赤貧らしい発言あり。
今日のさし絵
008 日本の美術絵はがき1900-1935 生田誠 淡交社 2006/絵葉書=鏑木清方

2006年3月19日(日)草青しギロ目ひとつと睨み合ふ
※昨夜は大阪の本町で「たまや」三号刊行の記念会があったので、しばらく見合わせていた外出を決行する。間村俊一さん、季村敏夫さん、瀧克則さん、三人の同人と寄稿者その他十五名ほど。「たまや」の制作費を聞いた。予想はしていたが、そこまでとは思わなかったので、仰天する。それを三人で均等に負担しているとか。部数は1200とのこと。
※ついでに梅田大丸の「パウル・クレー展」と大阪市立近代美術館の心斎橋展示室の「前田藤四郎展」へ。クレーはいつ見ても心が洗われるようだ。展示の規模としては物足りない感じもしたが、質的にはいうことなし。前田藤四郎展はぜひとも見ておく価値がある。とくに昭和初期の作品は、なんというか、一種独特で、大阪のモダニズムを考える上では、決して通り過ぎることができない作風であり技法である。21日まで。
梁山泊の100円均一台から背の取れたフランスの本を。日本の堅い本を出している版元の本が何故白っぽいのかというと、おそらくフランスあたりの本を真似しているからではないかと思う。
・Le retrait du politique, editions galilee, 1983
ボンドが弱かった?
※『山崎書店美術書在庫リスト
工芸編』届く。京都パラダイスでの田中喜一うつわ展(3/21-4/2)の案内状と、なでしこの種(山崎書店名前入りタキイ種苗のたね袋)が同封されていた。種付き古書目録は世界初(!?)
今日のさし絵 007 日本の美術絵はがき1900-1935 生田誠 淡交社 2006/絵葉書=村山知義

2006年3月18日(土)淡き雪とけてながるる翠髪
※カチューシャがまたまた流行しているという。1960年代、90年代にも流行ったらしいが、そもそもの名前の由来は大正時代の松井須磨子の役名からきている。
カチューシャかわいや
わかれのつらさ
せめて淡雪とけぬ間と
神に願いを、ララ、かけましょか
大正三年に大流行し日本の歌謡曲第一号ともいわれている「カチューシャの唄」。島村抱月と相馬御風が作詩、中山晋平が曲を書き、松井須磨子が歌った。よく知られるように、抱月が須磨子とダブル不倫をして坪内逍遙の文芸協会を飛び出し、芸術座を旗揚げしたのが大正二年。「カチューシャの唄」は翌年三月にトルストイの『復活』を上演したときに劇中歌として作られた。それが大ヒットしたので日活が完成したばかりの向島撮影所で映画版を作った。十月に封切られたが、歌舞伎役者の中村芝鷺助が立花音二郎としてカチューシャの役を演じた(映画女優はまだいなかったのだ)。相手役は関根達発。劇中でカチューシャが付けていた「カチューシャどめ」も大流行した。
『復活』は、青年貴族が復活祭の夜に娘カチューシャに手を出して妊娠させてしまう、もちろん、紙幣を握らせただけで、知らぬ顔を決め込んで姿を消す、後年、陪審員になった青年は、娼婦となりはてた被告カチューシャに再会する・・・というようなお話。
今日のさし絵
006 日本の美術絵はがき1900-1935 生田誠 淡交社 2006/絵葉書=渡辺与平

2006年3月17日(金)青草を踏むこともなし夕暮れて
※知人のMさんよりこんなメールが届いた。娘さんはアメリカへ嫁いでいる。
《先月、娘の嫁ぎ先のオバアチャンが亡くなりました。アメリカ人と違ってチャイニーズアメリカンだから、お香典の風習があります。なんと、ネットでも受け付けているんです!! だから、広東省の人達からも「集金」がたやすくできたとか・・・一般紙に死亡通知欄があって、故人のカラー写真・略歴・葬儀の日程など掲載してくれて、約1万円らしいです。そこに載せると、ネット上にものるみたいです。》
そういえば、ナベツマがアメリカのオークションで鍋を買ったときに、梱包に使われていた新聞紙にそういう死亡通知欄があった。参考にとってあったので紹介する(皺皺なのは鍋のせい)。これはシンプルに文字情報だけだ。

※ナベツマはミステリーファンだということは以前も書いたと思う。昔はクリスティーが好きでほとんど読破したそうだ。たしかに背の赤い文庫本がズラリと彼女の本棚に並んでいたが、神戸の地震の後にすべて処分されてしまった。今になってもったいなかったと後悔しているらしい。
そんなナベツマが「MURDER IS EASY」の邦訳題名が『殺人は癖になる』で、うまい訳だわ、と感心していた。これはデイリーのネタにいただき、と思って、クリスティ全作品リストなどをあれこれ調べてみたところ、「MURDER IS EASY」はそのまま『殺人は容易だ』であって、『殺人は癖になる』(厚木淳訳、創元推理文庫、一九七八年、二〇〇三年)というのはポアロ・シリーズの「MURDER
IN MESOPOTAMIA」(『メソポタミヤの殺人』高橋豊訳、ハヤカワ・ポケットミステリ、一九五七年/同ハヤカワ・ミステリ文庫、一九七六年/石田善彦訳、クリスティー文庫、二〇〇三年)だった。しかも他に『メソポタミア殺人事件』(蕗沢忠枝訳、新潮文庫、一九八六年)というヴァージョンもある。一つの作品が三種類の邦題を持つということだ。最近の『星の王子さま』と同じような現象。厚木淳訳『殺人は癖になる』はハヤカワ・ミステリ文庫の二年後に出ているわけだから、敢えてタイトルをまったく違ったものにしたのかもしれない。ダブリで買う可能性もある。
ちなみにクリスティ全作品リストには、Murder
とタイトルに付いている作品が10点、Death が4点、Dead が2点あった。九十作前後の小説を発表しているわけだから(他に戯曲、詩集、自伝などもある)、意外に少ないのかもしれない(?)。
※淡交社より、生田誠『日本の美術絵はがき1900-1935』が届く。スムース文庫09『明治美術絵葉書』をフルカラーにしたような内容で、すばらしい。よくぞ集めたものだ。貯金に回していれば、自動車どころか、きっと家でも買えるだろう。それもごく短期間のうちにである。あの集中力には脱帽するほかない。ただ、個々の作家についての「解説」はスムース文庫09の方が詳しい、とはいうもののほとんど残部がなくなっているけれど。
今日のさし絵 005 日本の美術絵はがき1900-1935 生田誠 淡交社 2006/表紙=一条成美

※『日本古書通信』920号。松本翁は得意中の得意、ダヴズ・プレスについて。コブデン=サンダースンとエマリー・ウォーカー。「座談会 古本屋になるまで」は前号からの連載。扶桑書房東原氏と石神井書林内堀氏が自らの出発を語っている。内堀さんの話のなかにこういうくだりがあった。
《独立した時、神戸の黒木書店さんへ挨拶に行ったんです。そうしたら、いきなりどうせ貧乏するんだったら、古本屋らしい本を扱って貧乏したほうが幸せなんだと言われました。そのとき見せて下さったのが、瀧口修造の「妖精の距離」と、西脇順三郎の「スペクトラム」だったんです。どちらかが八十万でしたが、そんな高い本は自分にはリアルな商品ではなかったんです。しかしこれが高いからといって、自分には縁の無いものと思ってはいけないと言われました》p20-21
石神井書林の目録16号「特集 Rien の時代」の書影が添えられているが、縦長の洒落たデザインだ。

※ちょっと珍しい本が届いた。そのうち紹介するが、いまは伏せておく。代金はすぐ払うほうなので、郵便局のATMコーナーへ向かった(徒歩数分)。四月から窓口で支払うよりもATMの方が手数料が20円安くなる。ところが、近所の郵便局には、窓口は三つあるものの、ATMは一台だけ。機械の前にはたいてい列ができている。
今日は誰もいなかった。よっしゃ、まずはお金を出して(これは別件、支払いはカードや通帳でもできる)、続いて振替用紙で送金する。振替用紙を差し込もうとしていると、後ろに人影が・・・扉野良人君!ではなかった、お年寄りがぴったりとくっついてきたのである。操作している肘がぶつかりそうな距離である。脇の下から老人の足許が見えた。杖をついている、その杖が微妙にトントントンとイラついている。
振替送金というのは、住所が書かれいますか、確認してください、からはじまって、手書きの文字が読みとれず、入力してください、確認してください、確認してください、確認してください、確認してください、電話番号を入力してください、確認してください、などと、けっこう時間がかかるのである。トントンが見えているとあせってしまう。やっと出てきた伝票をむしり取って、お釣りを出そうとすると、小銭をモニターの上にジャラジャラジャラとこぼしてしまった(小銭、取り出しにくいよ)。するとATMから音声で「わすれものがあります!」、うるさい。
ご老人に場所をゆずり、一メートルほど離れたところでお釣りの勘定をする。問題なし。財布にレシートをしまっていると、ATMの音声が
「もういちどさいしょからやりなおしてください」
やれやれ、振替も「郵貯インターネットホームサービス」を利用してパソコンから直接払うようにすれば、窓口より30円安い110円なのだ。登録しようかなあ。

※「カニクロス」をご存じだろうか。蟹の肉を食うのは苦労する、というわけでは決してない。カニというのはイヌである。カニがイヌならエビはネコかという、そういう問題でもない。横文字で綴れば
canicross である。canis ラテン語で「犬」。クロスはクロスカントリーの cross「道や川などを越えて行く、渡る」、これは英語だろう(ラテン語だと
crux )。は、や、い、は、な、し、が、犬を腰に紐でつないで犬と一緒に走るスポーツ。ヨーロッパ起源のようで カ ニ ク ロ ス というぐらい各国で行われているし、canicross
という言葉も共通である(フランス人だけはわざわざ cross canin と言いかえることもある)。犬を人よりも先に走らせるのが決まりで、犬スキー(犬にスキーを引っ張らせる)から発展したのではないかともいう。それならカニスキーだけどね?
※三月七日付の朝日新聞で丸谷才一がパリントンとリチャード・ローティのアメリカ観を比較していた(連載「袖のボタン」)。そのときは読みすごしていが、野球の誤審でにわかに次のような語句が想い出された。《パリントンの考え方は、アメリカという歴史のない土地を宣揚するためのもので、ヨーロッパと違って因襲的な過去がないから自由であり素朴であり理想がある、というのだった。》ところが、ローティは《潔白だと思い込んでいた過去がずいぶん汚れていることに気づいた》とき、《現在わが国の犯している悪はわが国の本性ではない。もともと合衆国は歴史は持っているが本性は持っていない。合衆国は試行錯誤をしながら自己形成をつづけてゆく》というふうに考え《それなら未来を立派なものにすればいいし、またそれしか手がない》と結論した、というものである。
これをウンチク流に解釈すれば、ようするに、パリントンは、アメリカ人は根はいいやつだけど、素性がはっきりしないから悪いことばっかやってんだよね、と考え、ローティは、悪いことばっかやってきたけど心底悪人じゃないから改心だってできないことはないよ、そのうち、と考えた。どちらにしても、アメリカはずっと「悪」の国だったということじゃないのか? 少なくとも丸谷のエッセイだけから判断するとそう思えるのだ。これ、丸谷流レトリック?
まあ、ペルリにこじ開けられた開国からしてそうだが、近代日本は良かれ悪しかれそのアメリカに育てられたようなところがある。とくに戦後は占領されていたし。「ポチ」と呼ばれるゆえんであろう。だから腰にくくりつけられて先走りをすべきだ、と言いたいわけではない、念のため。
今日のさし絵 002 女性に関する十二章 伊藤整 中央公論社 1954 カバーカット=花森安治

2006年3月13日(月)いく日と数ふる指をなごり雪
※午前中に「[書評]のメルマガ
」255号が配信されて驚いた。つばめさんの「楽しみと日々古書展と書簡をめぐるあれやこれや第2回、失われた「手紙」その2」【ある読者からの手紙】の冒頭に拙文「高桐書院と淀野隆三」が言及されており、詳細な淀野隆三の家族に関する考察がそれに続いていたからだ。筑摩の『梶井基次郎全集』の誤りも指摘されている。
実を云えば、つばめさんの連載第一回を読んでいなかった。つばめさんから淀野関連書簡を入手したので何か書きたいということは聞かされていたが、「つばめ」というペンネームだとは思いも寄らなかった、つい見過ごしてしまっていた、申し訳ない。当の書簡はここしばらくある古書店の目録に掲載されていたが、売れていなかった。むろんウンチクとしても入手したいのはやまやまだったが、ビンボー人なので、見送らざるを得なかった資料である。つばめさんが手に入れたのなら好都合だと思ったしだい。
おくればせながらバックナンバーを読み返すと、《ある仏文学者が「同学の先輩」に宛てた数十通の書簡》とあって、「同学の先輩」が淀野に該当することが分かる。【ある読者】さんは「高桐書院と淀野隆三」の記述との比較によってそのことを確認している。まあ、べつに問題ないと思うので書いて置くが、【ある読者】は淀野のお孫さんの一人であろう。デイリー・スムースでもちょっと触れたように昨年メールをいただいた。
そのときのメールの書きぶりがじつにしっかりしておられたので、淀野隆三についてぜひ調査されるようにお願いしておいたのであるが、今回のつばめさんへの「手紙」を拝見して、その思いをいっそう強くした。淀野隆三は京都伏見に生まれ、三高から東大へ、『青空』に参加して編集にも携わる。卒業後、左翼と前衛の嵐のなかで、三好達治をはじめとした多くの文学者を援助し、自ら多数のフランス文学を翻訳紹介、出版にも手を染めていた。左翼弾圧で郷里に戻り、戦中は家業と地方政治に、戦後も京都の民主化運動と関わりながら出版社を経営して失敗。ふたたび東京へ移り、編集、翻訳をこなし、そして大学教授として終わった。三巻本『梶井基次郎全集』には心血を注いだ。これほど波乱に富み、しかも貫く棒のような信念をもった人物はそうはいない。ぜひとも本格的な「評伝」をお願いしたい(青柳いずみこさんによる青柳瑞穂の評伝は面白かった!)。
※「今日のさし絵」という企画を思いついたのでスタートしてみる。トップページに掲載した後、デイリー・スムース本文に移す。ヒマとネタとやる気のあるかぎり続けます。

※京都大学のそばに息子が住んでいる。ちょっとした用事があってそのアパートを訪ねた帰り、福田屋書店の表をのぞいた。
・戯曲論 ストリンドベーリ 千田是也訳 早川書房 一九五二年
これが100円は安かろう。戦争中にドイツ語訳から千田が翻訳したもの。《しまつて置くのももつたいないから本にしたらと云う話があり、私の名は出せないので、遠藤慎吾氏の名前を借りて出版することにした。いろいろ手続きのうるさかつたあの時期に、やつと紙型が出来るところまで漕ぎつけたが、空襲のために神田ですつかり焼けてしまつた。さいわい稿正のゲラ刷りが私の手もとにのこつていたので、やはり遠藤氏の関係して居られる早川書房の御すすめにより、今度七年ぶりでやつと陽の目をみたわけである》(あとがき)ということだそうだ。遠藤は翻訳家であり演劇雑誌『悲劇喜劇』の編集長。

もっと他に何かないかな……などと、あれこれ物色していると背後に人影が・・・「はやしさん」とわが名を呼ぶのは扉野良人君であった。制服(僧侶のかっこう)である。尚学堂の前ならまだ分かるけれど、ここで出会う確率はむちゃくちゃ天文学的に低いぞ! 午前中のお勤めを終えてこれから昼食だというので、ふたりで御蔭通りの「ひらがな館」という定食屋へ入る。ヤサイバーグ(肉の入っていないハンバーグ)定食850円を注文。
話題になっている村上春樹の翻訳原稿について。売りに出していた古書店を扉野君に教えてもらう。安原顯の手元から生原稿が多数流出したというのは何年か前に物議をかもした。たしか坪内氏が批判していたはずだ。それにしても、生原稿もそうだが、書簡や葉書も古書界では売買の対象になる。その流通にすべて原著者の許可が必要だとしたらかなりやっかいだろう。原稿や書信の「内容」だけでなく「筆跡(カリグラフィ)」としての知的所有権も主張できるという理屈は成り立つような気もするが。
※個展案内状の宛名書き。終日。松本翁より『サンパン』の進行状況についての手紙。一部の原稿が遅れており、まだしばらくかかるらしい。数日前には中尾さんと江川さんより『BOOKISH』遅延のお詫びをいただいたが、まあ、ぼちぼちやりましょう、という外ない。
※遅れていると言えば、去年刊行の予定だった『たまや』3号が、ようやく完成して、今日届いた。144頁もある。追悼種村季弘。未発表作品「夢記」掲載。これがみごとな作品だ。また多田智満子の未発表俳句九句も良かった。
水切りによき石拾ひ水切らず
ふはりと生きふはりと死ぬによき夜長
餅の黴いくたび削いで逝きし母
岡井隆、加藤郁也、高橋睦郎の並びは壮観。熊田司さんが柳屋と三好米吉について書いておられるのが意外だったというか、おもしろい。
造本・装訂=間村俊一