daily sumus デイリー・スムース

[林蘊蓄斎]

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2004年6月30日(水)七十余頁にあふるるべいさの実

 べいさの実は長野県飯田の方言でカリンのことだという。

 『関口良雄さんを憶う』(私家版、一九七八年)が石神井さんより届いた。山本は先月、松本からもらったと言っていたし、『ナンダロウアヤシゲな日々』にも登場しているので、思い切って注文してみた。A5判中綴じ七十頁余りのつつましい追悼集である。石神井さん自身、『石神井書林日録』(晶文社、二〇〇一年)で《まるでその人の生き様が刻み込まれたような一冊》として挙げている。ほんとうに関口さんの人柄がにじんむ追悼、回想ばかり。結城信一のバスの窓から店を見つける話もいいし、野呂邦暢のまけてくれと頼んで叱られる話もいい。

 銀杏子関口良雄の俳句にも取るべきところがある。「春の市万巻の書の崩れ行く」、「永き日の話の腰を折られけり/古本くるむ風呂敷の瘤」(付け句は川崎展宏)、「でこぼこのおやじがくれし榠〓(べいさ)の実」・・・

 《山王書房というところ、ええ、あそこには、店の脇の小さなウィンドウにときおり草花なんか活けてありましてね、いまどきめずらしい、いい古本屋さんでした》(保昌正夫)

 関口さんはそうとうな話好きだったようだ。初対面の人でも気が合えば何時間も語って倦まなかった。先日の月の輪目録で入手した洲之内徹『絵のなかの散歩』(新潮社、一九七三年)は関口良雄旧蔵本らしく、関口宛て洲之内の葉書(昭和四十四年八月十五日付)が挟まれていたが、その書き出しもこうである。《先日はおそくまで話しこんでしまつてご迷惑をおかけしました。まだまだ話は尽きないようで、そのうちまたお邪魔をいたします。「鬼涙村」たいそう面白く、なつかしく、いま読んでいます》。洲之内は大森海岸の近くに住んでいたから(差出人住所は銀座の現代画廊)、山王書房まで歩いてもそう時間はかからないだろうが、葉書を出すというのも改まった感じがしていいし、その葉書が四年後に刊行された洲之内の著書に挟まれていたというのも味がある。

 「鬼涙村」を読み返す。



2004年6月29日(火)梔子の雨に打たれてならぬ恋

 ならぬ恋はミカンと近所の雄犬カイとのこと。

 かもねぎショットの公演案内が届く。高見さん、多田さんとはかなり以前からの知り合いだが(高見さんは恩師高見堅志郎先生の令嬢です、高見先生のことは拙著『古本スケッチ帳』参照)、関西に住んでいるため公演は二度ほどしか見ていない。どちらもとても面白かった。今回の作品「窓」は松田洋治らとのジョイント。

 『サンパン』次号の原稿を書き始める。うっかりと取りかかるのを忘れていた。中等学校野球について。阪急電鉄(箕面有馬電鉄)と阪神電鉄の争いは球場建設でも熾烈だったようだ(豊中グラウンドと鳴尾運動場、これは阪神鳴尾の勝ち)。昭和になると子供たちは「一回乗っても南海(何回)電車、全身乗っても阪神(半身)電車、特急に乗っても阪急(半急)電車」などと言い合っていたが、直線コースをパンタグラフを使って走る阪急神戸線のスピードはピカ一だったという(阪田寛夫『わが小林一三』河出文庫、一九九一年)。

 妻が久々にアップされた岡崎日記を読んで一言、「中野翠、ふん!」


2004年6月28日(月)短夜や素足重ねて書にひたる

 今日はスイスの絵葉書が届く。ALBERT ANKER(1831-1910)という画家の作品だが、素足で読書する女性の図。なかなかよろしい。

 古書目録もバタバタと。『苔花堂書店古書目録 本の庭』1号、表紙裏表カラーのなかなか楽しめる目録。雑誌『スタイル』19冊30,000円が欲しい。中野書店『古本倶楽部』157号「句集特輯∞句集と句集」、句集にいくつか目が止まったが、里見勝蔵『赤と緑』(昭森社、一九四二年)が1,575円なので注文してみる。『金沢友古会古書目録』19号、『本棚』21号、どちらも引っかかるものがあった。いつもながらの嘆き、もっと〇があれば・・・(キリないのだが)。

 『モクローくん通信』17号「まるごとガツンと一号ツキノヴァ特集」訂正版届く。どこが訂正されたのか分からないけど、もう一度読む。希望者は→ kawakami@honco.net

 UBC展の写真が藤城さんより。ありがとうございます。



2004年6月27日(日)夏草に明日はシエナとしたためる

 昨日、スペコラ(MUSEO ZOOLOGICO LA SPECOLA, UNIVERSITA DI FIRENZE)の絵葉書がフィレンツェより届いた。臓物を露わにした全裸の乙女が横たわる図柄(蝋人形か)。これは凄い。究極のエロスだ。

 よく知られているらしいが、作者不詳のこういうおとし話がある。バグダッドの街中である召使いが死神にぶつかった。死神は「おやっ?」という顔をした。召使いは泡を食って主家にもどり、主人にわけを話して馬を借り、バグダッドの北郊の町サマラまで必死で逃げて行った。そのあと、主人が死神に出会う。すると死神はこう言った。「あの男とはサマラで会うはずなので、ちょっと意外だったよ」。サマラ(samarra)でよかった。サマワ(samawa)じゃ、笑えない。



2004年6月26日(土)灰空の憂さを晴らせよわすれぐさ

 立原道造の『萓草に寄す』(風信子叢書刊行所、一九三七年)を取り出して読み返す(むろん複刻版)。甘っちょろい。しかし、今なおファンを引きつけてやまない理由も分かる。萓草(わすれぐさ)はヤブカンゾウ。腰に付けておくとイヤなことを忘れるという言い伝えがあるそうだ。ちょうど散歩に出かける桂川の堤にオレンジ色の花を咲かせている。ただ『萓草に寄す』に出てくる「ゆふすげ」とは少し違って花は八重である。ユウスゲよりも見苦しい。

 昨夜、TVで「ハリー・ポッターと賢者の石」Harry Potter & The Philospher's Stoneを途中まで見た。今日から新作「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」HARRY POTTER & THE PRISONER OF AZKABAN(2004・米)が公開されるということでその宣伝だったようだ。感想は、ま、もっと上手に作れるはず、というところか。そのとき新作のCFを見た妻が「エマ・トンプソンが出てるじゃない!」と叫んでいた。

 妻はエマのファンで「奈良岡朋子なんかじゃないわよ」とあるウェッブ日記を読んで憤慨していたが、それはともかく「ハワーズ・エンド」(1992)、「日の名残り」(1993)、「いつか晴れた日に」(1995)などで好演していて印象深い女優である。また「いつか晴れた日に」ではアカデミー脚本賞も獲っている。エマ自身が何年もかかって書き上げ、制作にこぎつけたという。ゲーリー・オールドマンの方はともかく、エマがハリポタというのは多少場違いな感じもするが、ここで稼いで自分の好きな映画を撮るというなら一理ある。妻のお気に入りは「父の祈りを」(1993)だそうだ。出てたっけ? 「後半に弁護士役で出てくるのよ」、さようですか。

 「いつか晴れた日に」はもちろんジェーン・オースティンの小説「Sense and Sensibility」が原作なのだが、この邦訳題名は「分別と多感」とされるのが普通である。伊吹知勢が1947年に翻訳刊行した『分別と多感 : エリナとメアリアン』(新月社)が定着したものか。1996年、映画に合わせて刊行されたタイトルはチャッカリと『いつか晴れた日に―分別と多感』(真野明裕訳、キネマ旬報社)。理知と感情に支配される二人の姉妹の物語。《智に働けば角が立つ。情に棹させば流される》という『草枕』の冒頭など漱石はこの小説をチラッと念頭に置いていたのかもしれない(?)。



2004年6月25日(金)雨音はMJQか辻が花

 三島書房の貸本漫画について高橋明彦氏よりご教示をいただく。楳図かずおだけでなく、少なくとも二十種ほども発行していたそうだ。高橋氏のサイト「半魚文庫」は→ http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/
 『彷書月刊』7月号「特集・ギャンブル・ブック」、楽しく読んだ。和田誠さんインタビューがいい。久住昌之さんの縁日の話も共感を覚える。なお、将棋はギャンブルじゃないが、先日の名人戦、森内が強さを印象付ける四勝二敗で名人位に返り咲いた。

 読者の方よりメールのお便りあり。《過日、送っていただいた「ミカン ア・ラ・モード」。由ありまして三枚ほど密かにさる女性に。結果、驚くほど歓んでしまいまして…明日全て渡そうと。何があったのかあるのか知りませんが、元気だしてねの結果、そんな歓んでもらえるなんて、別にワタシの描いたものではないけど、けっこう嬉しいな。職場ではまごうことなき宴会部長。ワタシの名で開催をつげると、完璧な参加人数。あっあの奥様何か心に雨雲が…そっと手渡す「ミカン ア・ラ・モード」…》、喜んでいただけて何よりです。いやし系ミカンの本領発揮(実体は、いやしい系ですが)。



2004年6月24日(木)菜園の胡瓜おさなく半ひねり

 美術館「えき」(京都駅、JR伊勢丹)で「知られざるロバート・キャパの世界」(〜27日)を見る。スペイン内戦を撮ったオリジナル・プリントを中心に来日時(1954)の写真なども展示されていた。1935年、ユダヤ人迫害をのがれてパリに来ていたキャパ(本名エンドレ・フリードマン)は、モンパルナスのカフェ「ル・ドーム」で大阪毎日新聞の特派員・城戸又一と親しくなった。写真を優先的に渡すことを条件に城戸からライカを貸り、そのライカで1936年7月に勃発したスペイン内戦を撮りまくったという。

 純粋に写真としてどうなのか、むろん下手な写真ではないが、やはりその本質は兵士とともに行動するという一点に存在するように思われる。スペインで撮った一枚、野原を行軍する民兵たちを後ろから写した写真は、1954年にベトナムで撮った最後の写真と瓜二つである。やはり草原を進んで行く兵士たちを背面からとらえている。その直後、地雷に触れて死亡したわけだが、文字通りキャパの立場がはっきり示されている。

 京都駅ビル10階、京都拉麺小路の「桂花」で太肉麺(ターローメン)900円を食す。「桂花」は1955年に熊本で開店、1968年に東京新宿に出店したそうだ。ウンチクは1974年に武蔵野美大に入学、上京してしばらくしてから新宿伊勢丹の東側、新宿スカラ座の裏(末広亭の前)あたりにあった桂花で初めて桂花ラーメンを食べた。白いスープ、歯ごたえのある麺、玉子、チャーシューなど、どれもユニークだった。カルチャー・ショックだったと思う。スープを一滴残さず飲み干した最初のラーメンでもあった。新宿駅東口のアルタ(二幸)の裏と富士銀行の裏に二つの支店があり、そちらの方によく通った。残念ながら京都駅店にはそのころの鮮烈さはなかった。なお京都拉麺小路には六店舗が入っているが、京都・宝屋の行列がいちばん長かった。

 地下鉄で東山駅まで。山崎書店へ。「Grammar of Ornament vs 萬國図案大辞典」を見る。世界の文様を集成した文様帳(要するにデザイナーや装飾関係者のネタ本)を種々取り揃えて影響関係を示している。明治古典会の七夕目録、今年はウンチクのところには届かなかったのでちらっと見せてもらう。むろん見るだけ。目録の内容はweb上でも閲覧できる→http://www.kosho.ne.jp/~meiko/Frameset.htm

 ギャラリー16で日高理恵子展。図版からするとけっこう写真的かな、と思っていたが、実作はゴツゴツした手書き感が効果的。鉛筆画が良かった。

 水明洞、とくになし。湯川書房のぞく。湯川さんがワープロに向かっていたのでちょっと驚く。「手書きより時間がかかるとこがええ」とのこと。



2004年6月23日(水)大蟻の五匹縦列黙々と

 レイ・ブラッドベリがマイケル・ムーアの『華氏911』(Fahrenheit 9/11)に対して自作『華氏451度』(Fahrenheit 451)の題名をパクッていると非難したという記事(朝日新聞6/11)を読んだ。ブラッドベリはブッシュが好きなのかな?(ミッキーマウスは大好きらしい)。Fahrenheit 451はマッカーシズムに対するあてこすりだったと松岡正剛の「千夜千冊」に書いてあったが・・・。

 ところで、世界標準は氷点と沸点の間を100分割した摂氏(TC)なのに、どうしてアメリカ人は今もって華氏(TF)なのか。正確でもないし、アメリカ人が考案したわけでもない。そのへんがアメリカらしい中華思想かとも思われる。交換式はTC=5/9(TF-32)なので、華氏451度はおよそ摂氏232度。華氏911は、9/11(9÷11)なら、およそ摂氏マイナス17度ということになる。

 ついでに調べてみると、摂氏と華氏という訳語は、もともと中国語で、発明者セルシウスの名を摂爾修斯、ファーレンハイトを華倫海と当てたところからきている。摂氏と華氏の伝記はこのサイトに詳しい→ http://www.gi.alaska.edu/ScienceForum/ASF13/1317.html



2004年6月22日(火)石神井の遠くに思わるる夏蜜柑

 『石神井書林目録』63号届く。「小特集・俳句の前衛へ」。先日話題にした山頭火の『草木塔』(八雲書林、一九四〇年)が73,500円で出ている。同じく石塚友二が三冊、これは買えない値段ではない。少し検討しよう。どれでも買っていいよと言われたら、「日の移ろい」の自筆原稿かなあ。『日本人名録』(東洋出版、大正八年)英仏在住邦人の人名録、これにもちょっと惹かれる。

 昨日届いた『逍遥』61号、あれこれメールで注文しても、ぜんぶ売り切れ(といっても2冊だけですが)。みなさ〜ん、古書現世さんはバンバン売ってますよーと、どこかの中心で叫びたい気分。

 さておやつにしようかな、と思っているときに、小包が届いた。な、なんとイナムラ・ショウゾウ(シュウゾウと誤っていました、訂正します。またも人名の間違い、錯覚イケナイ、ヨク見ルヨロシ)のマロンケーキである。「東京ちかてん日記」を読んだΝ秋さんがわざわざ妻のために送ってくださった。しかも絶妙のタイミング。感謝。

 「[書評]のメルマガ」168号(購読手続きは http://www.mag2.com/から)に吉田勝栄氏の「まだまだ謎が残る「立川文庫」の研究を前進させるためのメモ」が掲載されている。姫路文学館編『大正の文庫王 立川熊次郎と「立川文庫」』図録批判。せっかく立川文庫が集まったチャンスにちゃんとした書誌的図録を作りなさいとのお叱りである。並べて喜んでるだけではダメです。ごもっとも。なおこの展示は27日まで。



2004年6月21日(月)大風の過ぎて瓦の落ちどころ

 昼頃から風雨強くなる。大島なえさんより先日のトークショーの写真が送られてきた。左からウンチク、生田、荻原、岡崎、南陀楼、松本(マスク)、田村さん。苗カメ日記にはぎょっとするアップが。謝謝。また、南陀楼からも聞いていたが、大島さんの報告では、三月書房で拙著『古本デッサン帳』が半額ディスカウント販売されているそうだ。青弓社にどうこう言う気持はまったくない(言ったってはじまらないし)。これが売れない本の宿命である。裁断されないだけマシと思う。

 「東京ちかてん日記」

 マン・レイ石原さんの日録特別編、福井県立美術館マン・レイ展「私は謎だ。」がアップされた。写真も多数使われており、臨場感たっぷり。マン・レイへの純愛と忠誠。そして悩めるコレクターぶりがいとおしくさえある。山高きがゆえに尊からずですよ(?)。



2004年6月20日(日)在らぬ間に百合みな開くガルシンか

 ガルシンの「四日間」にひっかけて作ってみたが、「か」がまずい。

 朝のTV番組「儲かりマンデー」(TBS系)で100円商品の特集をしていた。そのなかに17日にもめたハンバーガーも取り上げられていた。仮にハンバーガーを100円だとすると、原価は95円だそうである。これをポテトやセット・メニューの利益で補っているらしい。同じく100円寿司は輸入ものの冷凍エビ、イカで儲けているそうだ。なるほどね。

 『ナンダロウアヤシゲな日々』が毎日新聞の書評欄に取り上げられていたとK美術館の越沼さんよりメールが入る。越沼さんの「日録・日々の沫」を拝読する。いずこもおなじ「ブ」の風かな。



2004年6月19日(土)焦がれても固き葡萄の垂れるのみ

 『虚無思想研究』18号届く。辻潤信者の久保田一さんが編集している雑誌。ウンチクも寄稿している、「わが町の七不思議」。築添正生さんの「祖父・奥村博史」連載が楽しみ。今回は平塚らいてふが奥村博史に突きつけた質問状について。《一、今後、ふたりの愛の生活の上にどれほどの苦難が起こってもあなたはわたしといっしょにそれに堪えうるか》など八項目。この答えは一言《大丈夫》。らいてふのお嬢様ぶりと博史のおおらかさ、こだわりのなさがよく出ている。発行は『虚無思想研究』編集委員会(601-1357 京都市伏見区醍醐僧尊坊町1-143 久保田方)。

 また『coto』8号も届く。こちらにもウンチク執筆あり、「神の足を持つ人々」。中綴じ40ページ、このくらいの雑誌がいちばんいい。発行はキトラ文庫 <kitora@sikasenbey.or.jp>

「東京ちかてん日記」

 ロンドンの The Times Book-Club の書店票



2004年6月18日(金)亡き友の姿をさがす夏垣根

「東京ちかてん日記」アップしました。



2004年6月17日(木)夏帽子、臙脂表紙の旅支度

 東京では今回もさまざまな出来事があった(くわしくは別にまとめますのでしばしお待ち下さい)。地下室展はとにかく盛況でこちらが驚いたくらい。若い人が多かったそうで、それも何より。

 留守中に届いていた書籍などにざっと目を通す。

●南陀楼綾繁『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版、二〇〇四年)
●赤松健一『喫茶して去れ』(新風舎、二〇〇四年)
●松尾尊兌『戦後日本への出発』(岩波書店、二〇〇二年)
●宇江木リカルド『花の碑 第壱部第八巻』(ウエキ文芸工房、二〇〇四年)
●『漂着物考 浜辺のミュージアム』(INAX出版、二〇〇三年)
●石井忠『新編漂着物事典 海からのメッセージ』(海鳥社、二〇〇二年二版)
●瀧本二郎『増補欧米漫遊留学案内 欧州の部』(欧米旅行案内社、一九二九年増補三版)臙脂色の表紙
●『港や書店古書目録 CONSTRUCTION』25号(港や書店、二〇〇四年)特集・建築工芸雑誌壱千冊
●『みはる書房目録』44号(みはる書房、二〇〇四年)
●『日本古書通信』899号(日本古書通信社、二〇〇四年)

 『港や書店古書目録』は初めて注文して送ってもらったが、噂通りのスグレモノ。これらの他に以前から紹介している『BOOKISH』7号、最新刊が昨日届いた。ウンチクも寄稿している「特集・書店の記憶」。ブルーの表紙がなかなかいいかんじ。ページ数のわりにはてんこ盛りの濃い内容である。735円。問い合わせ注文は八子博行氏へ(ckabb222@sutv.zaq.ne.jp)

 これも既報の『BRUTUS』7月1日号「さあ、ブックハンティングの季節です!」発売中。山田五郎ってそういう趣味だったんだねえ。首をひねる対談もあったが、古本をちょっとしたこだわりで楽しもうというお手本集。京都では、山崎書店、書肆砂の書、アスタルテ書房、遅日草舎、ガケ書房、Green e Books が紹介されている。

 このところ妻の体調すぐれず、昨日の昼食は「ビッグマックを買ってきてね」と言われる。いままで一度たりともなかったこと。ハンバーガーはモスバーガーと決めているが、たまにはいいかとドライブスルーでビッグマック二個、ポテトの大を一袋買って帰宅。レシートを渡すと妻が「あれええ、ビッグマック200円じゃなかったの!」。おそらくビッグマックを食べるのは人生で二度目か三度目じゃないだろうか。ま、そんなにまずくはない。食後、妻が電話をしていると思ったら、マクドに確認している。期間限定値引きだったようで「昨日までだったんですか〜!?」と声が引きつっている。受話器を置いて憤然とする妻。「それならハンバーガー2個ずつ買ったのに! そのほうが絶対お得やわ!」、ハンバーガー84円、ビッグマック262円。やれやれ。



2004年6月10日(木)近づけば蛙とびこむジュボックフ!

 上京の用意、ほぼ終わる。明日、藤沢に寄って鎌倉泊、あさって神田でアンダーグラウンド・ブック・カフェ地下室の古書展(13〜15日)の展示。13日はトークショー、14日に用事を少々、15日帰洛という予定。その間、デイリー・スムースお休みです。

 月の輪さんから葉書。《上京のこと、神保町の東京堂書店をぜひのぞいて下さい。「坪内祐三コーナー」に目録13号が平積みされています》、おお、それはぜひ拝んできます。

 名前を間違う話。寺山修司は自分宛の郵便物の宛名が間違っていたとき、ゴミ箱に放り込んで省みなかったそうである。修二とか修治と書いてくるのは許せなかったらしい(前田律子『居候としての寺山修司体験』深夜叢書社、一九九八年)。作家高倉輝(本名輝豊)は高倉褌と誤植されて高倉テルと名前を変えたし、手塚治虫は手塚泣虫という誤植に泣かされた。名前にはくれぐれも気をつけましょう。蘊蓄斎のことを雲谷斎などと書いてはいけませぬ。



2004年6月9日(水)一本の日傘にあまる娘らよ

 「sumus」12号の拙稿、書肆季節社の政田岑生の読みを「まさだ・みねお」としたのは、生前の政田と親しかったSさんに確認したからだった。しかし、政田本人より「きしお」だと聞いた、というご教示をある読者の方からいただいた。そこで改めてSさんに問い直すと、本人に尋ねたことがないので本当のところは分からない、という答えである。う〜ん、初めにそう言って欲しかったが、これは筆者であるウンチクの迂闊以外の何物でもない。他に調べる方法はいくらでもあったはずだと深く反省。

 中野朗さんより『山口瞳通信』(其の参)をいただく。山口瞳という作家、ウンチクにとっては将棋の自戦記である『山口瞳血涙十番勝負』(講談社、一九七二年)、『続・山口瞳血涙十番勝負』(講談社、一九七四年)がすべてに等しい。しかしこの雑誌を読んでいると、山口瞳のことがとても気になってくる。「山口瞳の会」のサイトも必見である。

 血涙十番勝負で思い出した。名人戦七番勝負、第五局が終了し、羽生名人が二勝目をあげた。二勝三敗。四つ負ければ終わりだから、ぎりぎりのところで踏ん張った。『週刊将棋』(毎日コミュニケーションズ)6月9日号の棋譜によれば、かなりの熱戦だったようだ。挑戦者森内、大胆な受けによって勝ちになっていたのだが、考慮時間がなくなったため、終盤にわずかな失着が出た。次の一局(10、11日)は見逃せない。



2004年6月8日(火)ポン菓子の昔なつかし南天花

 南陀楼よりメール、《『ナンダロウアヤシゲな日々』の著者分、さっき仕事場に届きました。手に取るときにはさすがに緊張しました。仕事場のみんなに配ったけど、とりあえずカバーを見るだけでウケてくれたので、まあイイかと思います》とのこと、おめでとう。処女作というのが意外だね。

 レーガン元大統領没。Ronald Reagan は日本では俳優時代から「リーガン」と表記されていた。それがどうしたことか、1980年頃を境にして「レーガン」と書くようになってしまった。清水俊二『ベバリーヒルズにこだわるわけ』(TBSブリタニカ、一九八三年)によれば、リーガン本人の注文で「レーガン」になったのだそうだ。理由までは書いていなかったが、誰かと同じ表記なのが気に入らなかったのかもしれない。ちなみに阪神タイガースのリガン投手はJerrod Riggan 。

 昨日届いた『季刊本とコンピュータ』夏号。永江朗「出版社はなぜ消えないのか?」に、書店が価格を決められないことが書店が消えていく原因になっていると書いてある。出版社には価格決定権があるから容易に土俵を割らない。当たり前のことである。当たり前が当たり前でないのが新刊書籍流通の世界。新刊書店よ、棚貸しはやめなさい。買い取りにしなさい。古書店になりなさい。

 臨川書店『和洋古書善本特選目録夏期特集号』も昨日届いた。さすが博物館モノばかりである。巻頭、古活字版『大和物語』や『住吉物語』の版面のうつくしさ、ためいき。高浜虚子の短冊・軸物などがかなり出ている。字も悪くないしうまい俳句だが、ここで引用するほどのものはない。他に、デュシャンの「La Boite en Valise」(シリーズD、1961)は1600万円余り。デュシャン、マン・レイの『New York DaDa April 1921』が357万円。コーベルガー刊の『聖書』(1483年、いわゆるインキュナブラ)が3000万円余り。ごちそうさまでした。



2004年6月7日(月)家が建つ、玄鳥(つばくろ)のいそがしく、家が建つ

 玄鳥は春の季語だが、いま、近所の軒下でまさに活動している。建っているのは人間様の家。ああ、わたしの家ではないけれど(by 中也)。

 砂の書で買った植草甚一『ジャズの前衛と黒人たち』(晶文社、一九七三年、一七刷、初版は一九六七年)を読む。ジャズの本などほとんど読んだことがなかったので、とても面白い。JJ氏のコラージュ作品とまったく同じフィーリング。ライズナーの『バード』をかいつまんで紹介しているページがなんともいい。バード(チャーリー・パーカー)が窓から飛び降りて自殺を企てたなどというくだりを読んだときに、若手俳優がマンションから飛び降りたというニュースが入ってきたのもふしぎな符合。《全訳が出たら、どんなにいいことかしれない》とJJ氏は書いているが、一九七二年に『チャーリー・パーカーの伝説』(R・G・ライズナー、片岡義男訳、晶文社)が出ている。

 海文堂書店で7月11日に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)出版を記念して、sumusと幻堂出版の合同サイン会が開催されることに決定した。「sumus」&「幻堂出版」真夏の ドサクサ・汗だく サイン会というサディスティックな企画だ。モクローくん、この機会にスリムになろうという腹づもりか? このイヴェントを楽しみにして梅雨を乗り切ろう!



2004年6月6日(日)茄子の花うなだれかげんに灯ともす

 なんと、花の都パリに「ブ」が開店したそうだ。《6月1日、パリにブックオフができました。そのかわり新刊本の文化はなくなったようです。》《これでパリの新刊本屋はジュンク堂だけ(その他小規模なものが数件)になりました。パリの日本人は今では新刊本をアマゾンで買っているのでしょう》とパリ通のH氏よりメールが届いた。http://www.bookoff.co.jp/shops/kaigai06.html

 パリではどう見られているのか、検索してみたが、まだあまり書き込みがないようだ。マンガ・ファンのサイト「マンガ・トリイ」(漫画鳥居・・・ヘンな名前)では好意的に紹介されていた。
http://www.manga-torii.com/default.asp?page=Boutique&id=34

 「[書評]のメルマガ」167号、『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、ようやくとうとう6月10日頃に出来上がることになったそうだ。やれやれ、一月から告知しているので、どうなることかと思ったが、やっとですか。アンダーグラウンド・ブック・カフェ地下室の古書展(13〜15日)で初売りになるらしい。書店特集だという『BOOKiSH』最新号も同じくそこで手に入るはず。13日午後3時からトークショー、ふるってご参加あれ。

 『扶桑書房古書目録』70号、昨日届いていた。『梶井基次郎全集』(六峰書房、一九四〇年)上下、4,500円は安いと思ったら、函なしだ。函は必要である。雑誌『作品』(作品社)の復刻されていない号を注文するかどうか迷う。

 妻が録画してあった「GO! GO! L.A.」(ミカ・カウリスマキ監督、1998)を見る。ヴィンセント・ギャロが例によって竹中直人状態である。こういう役者は使い方が難しい(実際にマニアらしいけど、ギター・ショップのシーンが良かった)。監督のミカはアキ・カウリスマキの実兄だそうだ(ミカとアキじゃ、日本語に似ていて、姉妹みたいだが、フィンランドでは男性名。逆の例で「牧場の少女カトリ」というアニメもありました)。レンニグラード・カウボーイズ、ジョニー・デップ、アヌーク・エーメらが特別出演。アキ作品とは作風もかなり違って、エンタメの予定調和。

 マン・レイ石原さんの日録が更新された。上京中お休みだったので、渾身の写真入りレポートになっている。必見。



2004年6月5日(土)麻衣、字引の折れをのばし居る

 マン・レイ石原さんよりお電話いただく。ハウス・オブ・シセイドウのマン・レイ展の図録をくださるという。有難く頂戴に飛んでうかがう(わが家からドア・ツー・ドアで30分弱)。ボックス・セットとでも言うのか、ブックレット、ピン・バッジ、ジグソーパズル、マッチと見せかけたメモ帳(すべて表面はマン・レイ作品で飾られている)が書籍サイズの黒い段ボール箱に入っており、タイトル・シールでぴったり封がしてある。オープンするためにはこのシールを剥がすか、切るかしなければならない。デザイン=平林奈緒美、味なことを。結局、値札はがし液をたっぷり使って開封してみたが、中身は上述の通り、シックなお遊びごころであった。深謝。

 その後、四条の味禅で妻と蕎麦を食し、別れてから五条堀川の書肆砂の書へ行ってみる。地下鉄五条駅から歩く。少し開店時間(午後一時)には早かったが、寺井氏がちょうど出勤したところだった。倉庫状態です、というわりには、どうしてどうして、とても楽しめる棚作りになっている。神秘主義、外国思想・文学が中心、美術、音楽も少々、和モノも寺山・澁澤あたりから藤枝静男などを集めているところは渋い。CDはいろいろディープなものが。いずれも通販がメインとのこと。100円均一のバスケットが用意されているのはうれしい。

 砂の書の寺井氏と雑談していて、遅日草舎の話から生田耕作さんの話になり、生田ファミリーってすごいよね、誰か生田耕作伝を書いてくれないかなあという方向へ盛り上がる。波瀾万丈のストーリーになりますよね、とふたりとも無責任に伝記待望論をブチ上げた。でも、ほんと、誰か本気で取り組めばこれは貴重なものになるはずだ。

 永井龍男の『東門居句手帖・文壇句会今昔』(文藝春秋、一九七二年)に、昭和十二、三年頃、文壇人らによるいくつかの句会がもたれていたことが記されている。なかで横光利一は「十日会」を石塚友二、清水基吉らと開いており、一途に句作に打ち込んでいたようだと回想されている。横光の句としては「蟻台上に餓ゑて月高し」がよく知られているが、その他には? と思って野見山朱鳥の『続忘れ得ぬ俳句』(書林新甲鳥、一九五五年)を取り出してみると、「梅散りて白磁の鉢の夜夜ひとり」他十数句が引用されていた。野見山は横光の句に対して否定的で、《百句近く見たがやはり余技といふところである》と書く。横光自身は本気だったわけだから、厳しい見方とも思えるが、たしかに「機械」「悪魔」といった小説と比較できるほどの俳句ではないようだ。

 野見山は続いて石塚友二を取り上げていて、句の自解が句よりもはるかにおもしろいと言う。石塚は沙羅書店の経営者でもあった。昭和十年から十六年頃である。横光や石田波郷などの本を出している。中野重治『子供と花』(一九三五年)を架蔵しているが、青山二郎装幀のなんともゆったりした本である。そういう本造りに励んだ結果、「金借るべう汗し廻りし身の疲れ」とか「百方に借あるごとし秋の暮」などという身につまされる句を残した。文芸出版にそれほどの魅力があるのだろうか、あるのだろう。



2004年6月4日(金)黒き犬、緑陰に伏せる。耳平らか。

 アンダーグラウンド・ブック・カフェ地下室の古書展の目録が出来上がってくる。巻頭に、sumus「小出版社の冒険」展の記事が10ページ。本の写真は「sumus」よりも鮮明に出ている(紙質のせい)。目録の方もかなりの充実度である。個人的にはリトル雑誌、『白痴群』5号(東省、1927年1月)15万円、『一家』1号(竹中郁、1923年4月)7万円、『月曜』5号(井上多喜三郎、1938年10月)25,000円あたりが目に止まる。むろん止まるだけ。他には、北園克衛『詩集黒い火』(昭森社、1951年)18万円、梶祐輔『海の小娘』(横尾忠則+宇野亜喜良・絵、朝日出版、1962年)65,000円などもある。古版経切9点、68,250円、こういうのも好きだ。

 中野書店在庫だより『古本倶楽部』156号も同時に届く。特集・江戸〜明治を歩く。約15,000点掲載だから強烈です。これだけ並ぶと目移りしてあせるばかり。三島書房版の井伏鱒二『風貌姿勢』(1946年)が8,400円ですか・・・。

 勉強書店より目録7号(tel.078-221-7137、fax.221-7138)。いつもながら社史の数がすごい。雑誌『VAN』(イヴニングスター社)が八冊で30,000円とは、手が出ない。

 間村俊一さんより『季刊銀花』138号いただく。装幀はもちろん、先日も書いたように俳句がいい。「六月の雨賣りに來る男哉」「岩波文庫「ボヴァリー夫人」にとまる蝿」「白桃や女の舌のよく動く」。

 神奈川県立近代美術館の美術館だより『たいせつな風景』1号届く。A5判で用紙もマット系というのが新鮮だ。近ごろの美術館報はだいたいA4判が多いように思う(昔はB5判がふつうだった)。最近、拾ったのでは丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の『MIMOCA NEWS』10号がオシャレだったが、これもA4判。A5判だと同人雑誌みたいで一味違う。内容は、池内紀の他は、館長(酒井忠康)はじめ学芸員諸氏のエッセイ。土方定一館長時代(1967年)に1号だけ出た同名雑誌があるということで、それがとても気になる。


2004年6月3日(木)烏の横死す雨上がりのアスファルト

 O先生より《諸星大二郎の最近のシリーズ『栞と紙魚子』はご存知ですか?『栞と紙魚子と夜の魚』という巻に「古本地獄屋敷」という話があります.古本マンガとしては,傑作ですね》とのメール。存じません。今度、探してみます。

 山本より《先日、ブックオフ、岡崎が真鍋を買った同じ棚で、辻まこと「山の画文」を450円で買いました》とのメール。負けてませんなあ。

 『ちくま』6月号、半藤一利「荷風の戦後」に永井荷風の「断腸亭」は荷風が庭に植えた秋海棠(別名断腸花)からとられたとある。これはちょっと役立つムダ知識だ。秋海棠はベゴニアの一種である。すると「断腸亭日乗」は「デイリー・ベゴニア」ということか(違う?)。

 この前フリで、半藤氏は「断腸」についてひとくさり漢詩などを引用したあと《日本人ならば、哀愁惻々胸が痛む、胸に迫るといいたいところを、中国人は「腸が断たれる」とやる。喜怒哀楽を感ずる「こころ」が、日本人や韓国人と違って、中国人は胸にはなくて腹にある》と書いておられるが、そんなことはないだろう。何より「断腸」は子を失い悲しみのあまり死んだ母猿の腸が細かく断たれていたという故事(『世説新語』)からきているのだから人間の腸とは無関係だし、胸中、胸底、胸裏などの語が示すように中国人だって「こころ」は胸にあると思っていた。単純すぎる文化比較は誤解を生む。自戒自戒。

 プラハ便りいただきました。《プラハというのは、歴史地区はともかく、行政区画上はかなり広い町です。その町のあちこちに古本屋が点在していて、「今日はあそこへ行こう」と思い定めないと行きにくい、というところがあります。日本のように、インターネット目録のまとまったものもあるし、新刊書店も古本屋さんも、大小はともかく、ちょっと街を歩けば見つかる、というのとはちょっと状況が違います。国が小さい分、書店を通して注文しても、手に入るまでの時間は日本ほどはかからない、というのはメリットですが。最近は街の中心地域はものすごく家賃が高くなっていて(日本と変わらない。物価から考えればものすごい金額です)普通の古本屋はやっていけなくて、周辺地域にだんだん動いているような有様です。観光客が増え、EUに入り、その分物価は上っていく、古書の値段はそれほど上りはしませんが、外国で人気のある作家のものは手に入りにくくなっていく。なかなか難しいものです。(チャペックの本などは、版がいくらもありますから、ただ読むだけならばどうでもいい話ですが、カレル・タイゲの装丁による初期の版などは、ずいぶん高くなってきました。日本の物価感覚からすればさほど高くはありませんけれども、並みの古書価から考えれば、ちょっとなぁ、という値段です。)》、EU圏拡大はヨーロッパをどんどん変えているようである。


2004年6月2日(水)紫陽花の重くして花落とされる

 またもや、やりきれない事件。大人の世界が暴力で満たされているのだから、子供たちが変になってもおかしくはない。子供だって同じ世界を生きているのだ。

 産経新聞5月31日号届く。連載「絵ハガキ珍列館」、ウンチク斎の担当3回目。その隣りに「セカイチュウ」人気の理由という記事が出ている。セカイチュウ? ピカチュウの友だちか? と思ってポケモン博士の愚妻に尋ねてみると、「そんなのいるわけないでしょ、ジコチュウの親戚じゃないの?」という返事。で、読めばいいのだ、《『世界の中心で、愛を叫ぶ』の略称。版元関係者はそう縮めて呼ぶ。周知のようにこの長ったらしいタイトルは一斉を風靡したSFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のTV版最終回タイトル「世界の中心で愛を叫ぶけもの」を踏まえたもの。更に元を糺せばSF作家ハーラン・エリスンの同名作品にまで遡れる》(武田徹)、なるほど、そういうことか、ジコチュウと無関係でもないような。

 なお引用文中「一斉」はママ、また、エヴァの最終回のタイトル、正しくは「世界の中心でアイを叫んだけもの」。ハーラン・エリスンの方は『世界の中心で愛を叫んだけもの』The Beast That Shouted Love At the Heart of the World(浅倉久志訳、早川書房、1973年)引用は正確にしたいもの、他山の石としよう。エヴァのふぬけた最終回は見たような記憶があるが、タイトルまでは覚えていなかった。それに表紙が極私写真(?)で人気の川内倫子(かわうち・りんこ)だとは知らなかった(だって手に取ったことないもの)、ベストセラーというものはやっぱり「時代」が集約されているようだ。

 『未来』6月号。古書現世の向井氏が「早稲田古書店街外史」連載を開始している。「店番日記」と違って、いたくまじめな筆致。この文体もいいじゃないですか。巻末に社主西谷氏の「東京国際ブックフェア」についての感想がある。sumusのような極小出版社にまで参加を呼びかけるファックスとメールがうるさく届いて閉口したが、バーゲン・セール大盛況というところだったらしい。

 松尾尊〓(兌の別字、新字源463/たかよし)先生より「sumus」12号についてのお手紙をいただく。淀野隆三に関して、東大新人会への参加、戦後京都における民主活動についてなど、ご教示をいただく。淀野という希有の人物について本格的に調べる人が出てきて欲しいものだ。

 吉岡実『うまやはし日記』(書肆山田、1990年)を拾い読む。昭和十四年六月十二日、《朝、徴兵検査の件で、区役所へ行く。四、五人しかいないのですぐ済んだ。三つ目通りの古本屋でポール・モラン『夜ひらく・夜とざす』二十五銭で求めた。》、この『夜ひらく・夜とざす』は堀口大学訳、昭和四年、新潮文庫だろう。『うまやはし日記』には俳句もいくつか見えている。「蜘蛛の吐く糸やはらかく黄昏るる」「ゆく春やあまき切手の舌ざはり」「品川や馬糞はなるる白き蝶」「梨畑の花の中より夕煙」「秋の蚊に踊子の脚たくましき」など、佳作。吉岡実、二十歳。


2004年6月1日(火)古袷、飴色になったテープ跡

 立川文庫の展示会が姫路文学館で開催されているというTVニュースを見た。立川文庫を壁状にタイルのように並べたおもしろい展示だった。27日まで。この文学館の建物は安藤忠雄設計。二度ほど訪ねたことがあるが、どうも好きになれない。(http://www.city.himeji.hyogo.jp/bungaku/tokubetsutenn/tatukawa/tatukawa.htm

 プラハ在住の読者の方からメールをいただいた。京都で学生をされているが、留学中ということらしい。《二条寺町少し上ったところにある川越芋のおばちゃんに、以前うっかりと「今、この大学芋何ぼですか」ときいて、「今も昔も、かわらへん!」と一喝されたりしました。そこで300gばかり大学芋を買って、(ちゃんとかばんに入れてから)お向かいの三月書房でフラーっとほんを見てた、なんていうのも思い出します。あぁ、早いこと一時帰国したいものだ…(こういうのは、プラハでは味わえません。何ぼ古本屋回りをこっちでしても、どうも満足しきれないのであります。珍しい本や、自分のどうしてもいる本を抜いたときの楽しさはありますが。)》、しっかり古本屋まわってください。