2004年9月30日(木)秋の蚊に雨後の静けさひき裂かれ
コリント・ゲームは何故コリント・ゲームというのか? 昔から不思議に思っていた。パチンコの原型となったゲーム盤。たまたま桑原武夫『人間素描』(文藝春秋新社、一九六五年)を読んでいると、ギリシャの都市国家コリントの王様はシジホス(Sisyphos、シシュフォス)で、ゼウスがシジホスに与えた刑罰が、転がり落ちる石を際限なく岩山の上に持ち上げるものだったから、と書かれていた。しかし、これは単なるおとしばなしであって、実際は、戦前、小林脳行(現在は小林製薬に吸収されている)が日本で発売したときに「コリント」と名付けたとされている(小林=コリンからとか)。昭和の初めに流行した。
欧米では「バガテル Bagatelle」と呼ぶのがもっとも一般的のようである。その名の由来は十八世紀、ルイ十四世にまで遡る。ルイ十四世がパリ郊外の城(バガテル城、取るに足りない城と言う意味らしい)を弟のアルチュール公爵に与えたが、その公爵がギャンブル好きで、普通の半分しか幅のないビリヤード台を備えたゲーム室を作り、そのゲームが流行したところからバガテルの名前が広がった。バガテルの原型は古来から伝わるピンをボールで倒すゲームの一種だったが、人気が出たためピンを置き直す手間を省く工夫から穴の中にボールを入れるやり方に変わったとも言われている。もちろん現在の「ピンボール」もそこから発展したゲームである。
たしか妻の実家に古いコリント・ゲームが一台あったが、捨ててしまったろうか。
漫画屋より『記録』10月号届く。塩山芳明氏の「奇書発掘」45回、末井昭『絶対毎日スエイ日記』(アートン、二〇〇四年)は90点の仕上がりだそうだ。いつもながら無忌憚書評に脱帽。
《大正7年の創刊以来,月刊『印刷雑誌』は1000号を迎えました》という未承認広告が来る。『日本古書通信』が900号を超えたところだから、上には上があるものだ。内田百間の『無伴奏』(三笠書房、一九五三年)に「雑誌べんがら巻末言」というものが収録されているが、そこにはこうある。《3 本誌がなぜ半年以上の御申込を受けないかと云ふに、/4 どうせ潰れます。/5 古来つぶれなかつた雑誌はない。》・・・続いている間は潰れません。
内田百間『無伴奏』三笠書房、昭28
岡崎日誌の9月26日に《国立「ブ」で、東京人「遊園地の誘惑」200円。花月園のこと、出ていないかと思ったがなかった。初田亨の「モダン東京に生まれた夢」でも触れられていない。今日、読み返していた谷崎潤一郎「痴人の愛」には、花月園のことが出てくる》とある。花月園は横浜なので出てないのでしょう。こういうのはネット検索が便利。
百合昭平個人文芸誌『丘陵地方』第二冊が送られてくる。小成丈夫さん(=百合昭平)という未知の方より。短編小説二編とコラムから成るA5判48頁の小冊子。巻末に《うねうね山の/はしっこで/馬齢いやはや/七十五/はしる月日に/気もつかぬ/のんびり まぬけな/小説を/読んでくれろは/そりゃ むりか》と戯歌あり。ざっと読みましたが、けっこうラーメン屋の話は面白い、もう一息。これからいよいよ「文学老人」の時代である。
先週末、フランソワーズ・サガンが没した。AFPの記事は「小説の登場人物として」歴史に名前を残した、世界で最も有名なフランス人作家だが主要な文学賞は受賞していない、などとちょっと酷な書き方だった。彼女の文庫本はかつて森村桂とともに無数に見かけたが、たしかにどちらも一冊も読んだことがない。映画「悲しみよこんにちは」(1956、オットー・プレミンジャー監督)はセシル・カットのジーン・セバーグが可愛かった。それにしても、島田清次郎の最期もベルナール・ビュッフェ(彼の画がサガンの文庫本のカバーになっていた)の最期も幸福ではなかった。若くして有名になるというのは相当キビシイものらしい。
岩手のキャンベル葡萄をネット通販で購入。妻はこの葡萄でジャムを作り始める。香り、酸味、甘みが大事なのだそうだが、昨今の果物や野菜は極端に甘いものが多すぎると愚痴ること愚痴ること。昔ながらの甘酸っぱい香りが家中に充ちる午後だった。
『一粒の葡萄』、売り切れという返事あり。がっかり。葡萄が山のように届いた日に限って・・・一粒くらい(?)
内田百間『全輯百間随筆』版画荘、昭11(奥付頁全体)
2004年9月28日(火)露草は灯しおれども墓地昏し
実家の庭に樹高2メートルほどのすだちがある。緑色をしたゴルフボール大の果実を段ボール箱いっぱいに収穫して帰った。独特の酸味と風味は、サラダによし、すだち醤油によし、レモンの代替品として重宝する。ただし、数百個のすだちをそのままにしておくと、徐々に乾燥してしまうし、黄色くなって果汁が甘くなる。だからすべて絞ってしまい、瓶とプラスチックの容器に入れて、それぞれ冷蔵庫と冷凍庫に保存する。「絞って」と簡単に言っても、小粒な果を半分に切って、ひとつひとつ絞るのが一仕事。一時間ほど単純作業に没頭した。
石川淳についての草稿を仕上げる。しばらく寝かせておく。『諸國畸人傳』(中公文庫、一九七六年)の「鈴木牧之」に《数丈の雪の下といへども、人間の住むところ、またおのづから土地固有のよろしきもの、すなはち後世の俗悪な流行語でいへば、文化がひそんでゐた》などとあるが、「俗悪な流行語」とはまさにその通り。ごく最近も「野球は文化だ」という声をしばしば耳にした。書物も文化だそうだし、相撲だってなんだって、都合が良ければ(悪ければ)みんな文化だ。
『説苑(ぜいえん)』(前漢末、前一世紀)は《文化不改、後加誅》と使っている。文徳で教化せよ(すなわち文化)、それでダメなら罰をくわえろ、という天子に対する教えである。で、文徳とは何かというと、礼節と音楽である(『論語』)。礼節とは何かというと貴人に対する礼儀である。分かりやすく言えば、「この印籠が目に入らぬか!」というのが文化で、それでも刃向かう奴ばらはスケさんカクさんがやっつけてしまうよ、ということだ。あらゆるもの「文化」などと呼ばれるようになったらお終いであろう。「カルチャーはオモチャーである」(by
山口昌男)、楽しくなければ。「礼」と「楽」なら楽でしょう!
ジッド、石川淳訳『法王庁の抜穴』岩波文庫、昭11七刷
2004年9月27日(月)雨音はトレーンの響き秋深く
トレーンはコルトレーンのことなり。
留守中の配達物いろいろあり。『彷書月刊』10月号、特集・蔵書のゆくえ。都道府県の図書館に所蔵されている〇〇文庫のリストは参考になる。蔵書家の悩みのひとつは死後の愛蔵書の行方にちがいないから、現役の蔵書家にその処置についてアンケートしてみても面白かったろう。小生、残すような本は持っていないに等しいのでほとんどツブシになってしまうはず(せめて百均にでもなればさいわい)。一応、古本屋は指定しておくつもりだが・・・。
『山崎書店美術書庫リスト』41号、特別記事=山口須美夫「明治期の写真・印刷と出版事情」。審美書院の美術書についても記述あり。毎号、いろいろ工夫が見える目録だ。山崎さん、御父上が亡くなられたとのこと、ご冥福をお祈りします。
「アンダー・グラウンド・ブック・カフェ」のチラシ。南陀楼綾繁、池谷伊左夫さんが八木福次郎さんにいろいろなお話をうかがう催しが10月19日午後7時から東京古書会館地下ホールにて開催。他にも河内紀さんのトークライブなど催し物盛りだくさん。詳しくはサイトで確認を。
『萬巻』15号。おおっと思う一冊を発見。10月4日抽選だそうだから注文葉書を出す。『みはる書房目録』47号(神保町1-20小川ビル2F、店舗は休業中)、芸能中心に文芸、風俗など、とてもおもしろい目録だが、いざ注文するとなると決め手がない。
『中野書店在庫だより 古本倶楽部』160号。欲しかった林芙美子『一粒の葡萄』(南北書園、一九四七年)を発見。松本竣介装幀。
扶桑書房より『作品』1935年2月号届いていた。『作品』は「クロニクル」欄が注目。この号には《横光利一氏「時計」を創元社より上梓》《中原中也氏
詩集「山羊の歌」を文圃堂書店より上梓》《山中散生氏 アラゴンの「放縦」をボン書店より上梓》《中野重治氏 淀橋区柏木五ノ一一三〇に転》《北園克衛氏
大森区馬込町西一ノ一六四九に転》などなど。
『作品』1935年2月号
2004年9月26日(日)ふるさとはツユクサの青
蛇の道
多事だったが、無事、帰洛できてホッとしている。古書店を回るヒマはなく、「ブ」一軒とブックマーケットを二軒覗いただけ。奈良美智の画集(ドイツの出版社と角川書店が共同で刊行したもの)300円、これが一番の買い物だった。ウンチクが文庫を漁っている間に妻は『ダヴィンチ・コード』(角川書店、二〇〇四年)の上巻を半分以上読んでしまう(年末の帰郷時にもう一度来る予定でシオリを挟んでおいたとか!)。で、買うのは文庫が出るまで待つというから気の長い話だと思ったら、なんの、文庫が「ブ」に出るまで待つということだった。
買った文庫本のなかでは杉森久英『天才と狂人の間―島田清次郎の生涯』(河出文庫、一九九四年)が面白かった。『地上』(新潮社、一九一九年)の第一部は印税ナシだったというから驚く。無名の新人の作だとしても、ゼロとは思わなかった。今時のどこやらの出版社と同じ条件だったとは・・・。鈴木真砂女『銀座に生きる』(角川文庫クラシックス、一九九九年再版)まずまず、もっとさらけ出せばなお良かった。「秋風や裸足の爪の貝と化し」「割烹着ぬぐとき時雨きゝにけり」。句を刻んだ墓石というのも悪くない。
他に石川淳をあれこれ読む。『諸國畸人傳』(中公文庫、一九七六年)を中心に、小説もぱらぱら。漱石〜龍之介〜淳という系譜になるはずなのだが、どうもそれではしっくりこないのは何故か。来月の書評のメルマガには石川淳のことを書く予定。
『L
magazine』(京阪神エルマガジン社)9/25〜10/24日号、ずっと通いたい本屋大特集。カロさんのおすすめ本の一冊として『ミカン ア・ラ・モード』が写真入りで紹介されている。うれしい。ほんと親バカでございますよ。この雑誌、いつもながらよくできている。ほとんど一人で編集していると聞いたが、大したもの。
『中等教育新代数』修文館、昭和2再
2004年9月18日(土)しのばせる書物あれこれ夜業かな
昨日、恵文社の古本コーナーで買ったジッド『法王庁の抜穴』(石川淳訳、岩波文庫、昭和十一年七刷)を読む。LES
CAVES DU VATICAN が原題で、直訳なら「ヴァチカンの地下蔵」、ジッド流のミステリー小説(sotie とジッドは区分した)。河盛好蔵はパリでこの石川訳を読みふけり、ついに原本を読まなかったと回想している。昭和三年に林達夫の紹介で岩波文庫から出版された。本格的に小説を書き始める前の翻訳家石川の仕事のひとつ。名訳かどうかは分からないが、すでにたしかに石川淳ではある。それにしてもこの岩波文庫は活字の欠け(空白)がやけに多い。七刷なのにこのざまではそうとういい加減な出版社だと思われても仕方がない。
『閑々堂美術書目録悠々』61号。今回は書物関係書および文学関係書が充実している。詩集も多い。雑誌『書物の趣味』(昭2〜7)7冊揃、35,000円。佐岐えりぬの著書が四冊出ていたのがなぜか気になった。
『マリー・クレール』50周年だそうだ。記念10月特別号、表紙はヴァネッサ・パラディ。
明日から一週間ほど帰郷します。亡父三回忌のため。しばらくお休みです。
五十嵐力『訂正中等新作文
巻二』至文堂、大正9再
2004年9月17日(金)まじまじと見る曼珠沙華
日は駈ける
頼まれて芝木好子の本を探して注文した。文庫本ばかり十数冊。芝木本にそこそこ値段が付いているのに驚く。ファンが多いようだ。「日本の古本屋」から一度にこれほど注文を出したのは初めて。気持ちよかった。
恵文社一乗寺店へ。「ミス・ペテン」を見る。鴨居羊子のイラストや油絵、下着なども展示されており、楽しめた。'60sの雰囲気というか、ある種のエロ・グロ・ナンセンス、ウーマンリヴ、傍若無人な時代がなつかしいような感じさえした(田舎の小学生でしたけど)。ギャラリーで古いベルギーのチョコレート型と、1911年のパリの画材商ブルジョア・エネ社の商品カタログを購入。現在はたしかルフラン・ブルジョア社になっているはず。商品の図版が多くてこれはいい買物だった。
東大路通の消防署の向かいにあるタケリア・パチャンガでランチ。コリアンダーの香りがさわやかなサルサで食がすすむ。ビールが飲めれば言うことナシ(車なのでダメ〜)。
帰宅すると佐藤清三郎遺作展が新潟の旧日本銀行新潟支店長宅で開かれるという案内状あり。洲之内徹の本にも出てくる画家。
喜多村拓『古本迷宮』が送られてくる。青森の古書店林語堂店主の古本エッセイ・小説集。いつも別の方からもらう『乾河』という詩誌にも参加されているように詩人でもあり、文章はとてもこなれていて読みやすい。古本屋の顧客話には「ホントかなあ?」と思わせるものが多い(セドローくんの店番日記もそう!)が、これは創作と割り切っていても、巻中「恐妻家」とか「探求書」とか「望郷古書店」などはヒヤリとさせられる。《売れれば本、売れなかったら紙屑》というセリフ、二度は出てくる。ちょっと寂しい。そう自分に納得させている著者がいちばん寂しいかもしれないけど。
喜多村拓『古本迷宮』青弓社、2004(表紙は三上於莵吉『首都』プラトン社より)
2004年9月16日(木)落丁は冷や水のごとき秋の風
ミカンがときおり縁の下にもぐり込んで出てこなくなる。犬は本来、オオカミと同じで、穴の中で暮らしていたのだろう。しかたなく、縁の下の入り口に金網を張りめぐらして入れないようにした。金網をカットするのにペンチを使ったため手にマメができてしまった。すねたミカンは庭の隅を浅く掘り返してそこにうずくまっている。
『扶桑書房古書目録』72号届く。『高原』(岩瀬書店、大正15〜昭和2)12冊、600,000円。『レスプリヌウボオ』創刊号(ボン書店、昭和9年)58,000円。一番気になったのは『記録』復刊1号(松山市記録社、昭和15年)、洲之内徹がやっていた『記録』(昭和13年、洲之内が大陸へ渡るとともに終刊)の復刊ということのようだが、洲之内関連の記事があれば欲しい。
掌サイズの歌声歌集を一昨日の水明洞で買った、100円。昭和三十三年、京都四条寺町パンス一階、歌声ホール炎発行。レパートリーは、しあわせの歌、カチューシャ、トロイカ、トラジ、どじよつこふなつこ、五木の子守歌、赤とんぼ・・・そしてオリジナル「炎の歌」まである。カラオケにはないでしょ?

2004年9月15日(水)ザクロの葉
箒休めど 降り止まぬ
「[書評]のメルマガ 」179号、塩山さんの角川書店の巻、壮烈だ。そういえば、『太陽』特集・俳句の魅力に角川春樹作も出ていた。「黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎに来る」とか「向日葵や信長の首斬り落とす」とか、やばいよ、これは。
「[書評]のメルマガ 」180号では「下連雀しゃんしゃん日録」に《誰とは言わないけれど、このうちの或る人物曰く「動かない本はもっと値上げするんですよ」。間、髪を入れず、ハルミンさんが「賛成! 私もそうします」。えっ、え〜、みんな、強気だわ。》とあったのはコロンブスの卵だった。すむーす堂も参考にしよう(最近ほとんど動かない、手入れもしてないからなあ)。
川島幸希氏の『英語教師 夏目漱石』(新潮選書、二〇〇〇年)読了。面白かった。なまじの漱石伝よりよほど漱石の性格を理解できるような気がした。漱石はジェーン・オースティンの『高慢と偏見』を愛読していたそうなので、『分別と多感』を『草枕』と比較した(デイリー・スムース6月26日)のもあながち的はずれではなかった。英語教師としての漱石は会話を重視し(これはテキスト読解重視の岡倉由三郎らの方針と対立する少数派だった)、非常に丁寧に授業をすすめたようである。むろん会話、解釈ともに英語力は抜群だった。漱石の英語の発音を中勘助は《恐ろしく気取つた……それだけ正確な……発音のしかたで、少し鼻へぬける金色がゝつた金属性であつた》(「漱石先生と私」)と回想しているそうだ。現代のサッカー選手ベッカムと比べるのは何だが、ベッカムの発音にもそういう鼻へぬける金色がゝつたところがあるように思う。
丘浅次郎『近世動物学教科書』開成館、明治41十一版
2004年9月14日(火)窓口に蜻蛉迷い居り冊子投ず
百万遍の古本まつりのポスター原画を山崎書店まで持参する。店に入ったとたん、猛烈なにわか雨がくる。屋根をたたく激しい雨音のなかで雑談。種村季弘の蔵書はどうなるんだろう? と言われて、さすがと思う。水上勉の方は京都の某店が扱うだろうとのこと。大阪の古書組合が移転したそうだ。京都の組合の方は、移転話はあるものの、簡単にはまとまらないという。そのうちに雨が上がったので辞去。
水明洞の表で『文学界』(昭和十六年一月号、文藝春秋社、表紙・挿絵=青山二郎)100円。甲鳥書林の広告一頁あり。また河上徹太郎の後記に《文藝春秋社内の異動で、徳田雅彦君がやめて庄野誠一君がはいつて来た。》とあり、奥付欄に《編輯兼印刷兼発行人 庄野誠一》と明記されている。太宰治の「東京八景」が読ませる。他に古教科書数種、絵葉書一枚。三条の「ブ」へ回って『芸術新潮』を一冊105円。メディア・ショップ店頭のご自由にお持ち下さい箱からポスターを数種いただいき、高島屋のフォションでバン・ド・ミ、ブールなど買って帰宅。
『日本古書通信』902号届いている。大貫伸樹さんの挿絵画家の署名集大成、ぜひやってもらいたい。高橋輝次さんが女流作家(林芙美子、真杉静枝、武田百合子)たちが古本を売るときの様子を仔細に覚えていることについて書いているのは面白かった。あっと思ったのは森井書店の目録。結城信一宛の書簡が四点並んでいる。畦地梅太郎、岡鹿之助、北川冬彦、駒井哲郎。とくに駒井の書簡は昭和43年・毛筆・便箋二枚・封筒付=21,000円、これは欲しいなあ。そのうち種村季弘宛書簡なんかが出てくるのだろうか。
「[書評]のメルマガ 」179号。ロゴス・ギャラリーの「印刷解体」近くだったらぜひ見たい。モクローは会場で活字の「古」を買ったらしいが、ウンチクは六月に日月堂さんで「本」を買った。
『古本共和国』19号も届いている。岡崎武志の2ページ漫画、長髪が時代を感じさせる。
早稲田青空古本祭(10月1日〜6日)
2004年9月13日(月)受箱に枯葉一枚 休刊日
昨日買った『太陽』の一九八七年八月号に高見秋子(高見順夫人)さんのインタビューが載っていた。昭和八、九年頃、銀座のバーでマネキン・ガール(女給?)をやっていて、コロムビア・レコードに勤めていた高見順と知り合ったという。武田麟太郎が『銀座八丁』(単行本は改造社から昭和十年に出ている)を書いていたころで、彼女はあるとき武麟にえらく怒られた。《「きょう、高見君、来てないね」っていうから、「さあ、いないけど、また下手な小説でも書いてるんじゃないのかな」っていったの。あとからきつい手紙がきまして、君はどんな文学少女か知らんけど小生意気な口きくなって。有名無名は別として、高見は下手な小説なんか書いてないぞと。君が下手な小説と決めつける資格はないんだと。ほんとにギョッとしたわね》だとか。いい話だ。その場でたしなめず、手紙を書くというのが武麟の性格を表しているようにも思える。
啓祐堂ギャラリーからDM。「le greal 羽田野麻吏製本工芸展」9月17日〜27日。le greal はどういう意味だろう、壺?
美術店絵草子の「浮世絵新入手速報」31号。表紙の春信がちょっといい。間判、明和期、無款で380,000円。いちゃつくカップルに賛が洒落ている。遂吹潜開
不待芳菲之候 迎春忽変 将希雨露之恩(かぜをおってひそかにひらく、ほうひのこうをまたず、はるをむかえてたちまちにへんず、まさにうろのおんをこいねがわんと)、う〜ん微妙にエロい。
TVアニメ「犬夜叉」が終了してご機嫌ナナメの妻、書肆アクセスさんのページを開いてキャッキャと喜ぶ。単純である。
『中等学校最近世界地理 下』三省堂、大正14十八版
2004年9月12日(日)ゆうがおは見るかげもなし朝の貌
日本古書通信社より原稿依頼あり。テーマは「最近の古書即売会での収穫と参加古書店への希望」、アンケートみたいなものである。
『サンパン』次号の原稿をほぼ書き上げる。後は日本近代文学館に所蔵されている雑誌の書影を入手するのみ。複写サービスを利用しよう。『サンパン』はこれまで同人が各々の原稿を持ち寄っていたが、特集もやろうという話が出ている。
最新刊『サンパン』3期8号、750円(ご注文はsumus_co@yahoo.co.jp へ、送料サービス)
昼食は四条堀川の「ラトナカフェ」へ。大通りから少し入っており、落ち着ける店。ランチセット800円。カレー二種類(一種は必ずダル・カレー)にサブジー(野菜炒め)、ポテト、ライス、レモンの漬物(?)、チャイ。町家を改造した渋モダンな内装も、経営者夫妻もいい感じ。今日は何事があったのか、初めての満員だった。このあたりも歩いてみると、寂れているだけに、かえって、レトロ建築や古い看板に発見が多い地域である。コイン駐車場で番号を間違えて200円のところ400円払う羽目になった、メルド!
丸太町通千本西入ルの中央図書館へ。『谷崎潤一郎全集』(中央公論社、一九五九年)に当たって「私の見た大阪及び大阪人」をコピーする。宝塚少女歌劇の女優たちの芸名、天津乙女、紅千鶴、草笛美子などという、《あんな歯の浮くやうな名前を気耻かしくもなく、よくも口に上せたものだと思つた》とか、松竹楽劇部に比べると《臭味と云ふ点になると、宝塚の方が余計に臭い。元来此処では男の役までも女にやらせるのだから、そこに非常な無理がある》などと書いている(旧漢字は改めた。初出は『中央公論』昭和七年二、三、四月号)。芸名はたしかに奇妙なのがいまもって多い。妻にこのコピーを見せると、「ほんと、競馬の馬の名前みたいだと思ってたわ」などとヅカファンから剃刀が届きそうな感想をもらした。ちなみにファンは大劇場周辺を「ムラ」と呼ぶそうだ。女優はあくまで「生徒」だし、摩訶不思議な世界。
五条堀川まで戻って「ブ」へ。雑誌『太陽』が安かったので何冊か。特集・俳句の魅力(一九八七年三月号)から、目に留まったものを、「暁は宵より淋し鉦叩」星野立子、「煙突はぽつとけむりを秋めかす」阿波野青畝、「しぐるるや駅に西口東口」安住敦、「スケートの濡れ刃たづさへ人妻よ」鷹羽狩行、「ひやひやと壁をふまへて昼寝哉」「秋深き隣は何をする人ぞ」芭蕉。
『中等学校最近日本地理』三省堂、大正4八版
2004年9月11日(土)ゆうがおにハンケチ手品の花ひらく
ヴェネチアのパラッツオ・グラッシでダリの生誕100年記念の回顧展(300点以上展示はヨーロッパ最大規模)が始まった。その昔、フィゲラス(バルセロナの近郊、ダリの出身地)のダリ美術館を訪問したときのことが思い出される。ダリ的というよりも、なにか、キリコの初期作品のような寂しさを感じた(ま、冬場でしたから、地中海沿岸の街はどこも閑散としてました)。ダリの描く空の色や荒涼とした大地はマドリッドへ向かう列車の窓から眺めた風景にそっくりだった。
『雲遊天下』37号届く。特集は「演劇シーン」。松原利巳「僕の演劇とのかかわり」が必読。それにしても近鉄、2002年に近鉄劇場を閉館して、今年は球団を処分しようとしている。他にすべきことがあるんじゃないの、と誰しも思うのでは? この点は大阪市とそっくりだ。
TV「ビートたけしのこんなはずでは!!」、9/11ブッシュ大統領の陰謀説、面白く観る。たしかにヘンなことだらけだ。陰謀であってもまったく不思議ではない。ちなみに映画「バイオハザードII
アポカリプス」(RESIDENT EVIL APOCALYPSE)が日米同時公開になったが、海外での題名(ゲームソフトも同名)RESIDENT
EVIL を直訳すれば「内在する邪悪」! そして副題の「アポカリプス」は「天啓」または「ヨハネ黙示録」ということだが、本来の意味は「覆いを取り去る」である。まさに、9/11の覆いも取り去られねばならない。あまりにも愚かだ。
『実業学校国語読本一』元元堂書房、大正2再
2004年9月10日(金)菊の酒 挙げて書物に二三献(痕)
昨日の補足。「おおまつよいぐさ」は北アメリカ原産、荒れ地に咲く。英名は
Evening
Primrose(Oenothera Biennis)、直訳すれば「宵桜草」である。アメリカ原住民は食用として、または薬草として古くからその恩恵を受けてきた。花はサラダに添えて、葉は野菜として、根は茹でて食べる。また種子から採取したオイルは万能薬。心臓病、高血圧など数々の病に効き、コレステロールを下げ、精力剤としても効果があるそうだ。黄色い花はしぼむとサーモン色になる。花言葉は「自由な心」とか。
TVで「人間の証明」の最終回を見た。任意で警察に呼ばれた松坂慶子が西条八十の「麦藁帽子」にホロリとなってゲロするというあっけない結末。刑事の竹野内豊がボロボロになった角川文庫『西条八十詩集』(西条嫩子編)を読んで聞かせる。文庫のよれよれになった感じは気に入った。ただし、これ、一九七七年初版発行ではないのか? それなら角川文庫版の『人間の証明』が発行されたのと同じ年だ(単行本は一九七五年刊)。おそらく大ヒット作『人間の証明』に合わせて『西条八十詩集』も文庫化されたのだろう。だいたい、このTVドラマ、敗戦直後に端を発するはずなのに「現在」にきわめて近い時代に設定したところに無理がある。三十年近いタイムラグ、「白い巨塔」以上に辻褄が合わなくて当然だ(面白ければ、それも許せるけど)。
文部省『尋常小学校読本五』国定教科書共同販売所、明治39
2004年9月9日(木)秋の蚊を逐って思わず書を敲く
『AMENITY』22号(「拡声器騒音を考える会」発行)が漫画屋の封筒で送られてくる。社会派でありながら、けっこうマニアックな雑誌だ。22号も出ているのがすごい。塩山芳明さんも「富岡「騒音」日記」を執筆されている。テンゴー(冗談)という言葉は香川県でも使うので驚いたが、兎にも角にも余計なお世話の騒音がたしかに多すぎる。身近で特に感じるのはしゃべる家電、「お湯が入りました」とか「扉が開いてます」とか、ただただ「ピーピーピー」とか、うっせーんだよ。湯沸器のスイッチを押すたびにピーッと高音を発するので、メーカーにこれを止めてくれと頼んだが、できませんときた。何考えてんだか!
『美術館だより』78号(弥生美術館・竹久夢二美術館)、石川桂子さんの「〈月見草〉と〈宵待草〉に関する一考察・前編」を面白く読んだ。「宵待草」(よいまちぐさ)は竹久夢二の造語だそうだ。植物の名前に「待宵草」(まつよいぐさ)はあっても「宵待草」はない。しかも夢二が「宵待草」とか「月見草」と呼んでいるのは、その絵柄からして「おおまつよいぐさ」なのである。いずれもアメリカ大陸原産の「あかばな科」に属し、幕末〜明治初年頃に渡来し帰化した植物なので、それぞれまったく無縁というわけではないが、形状はかなり異なる。とくに「月見草」の花は白く、葉が鋸歯状になっているが、「おおまつよいぐさ」の花は黄色でほっそりとした葉をもっているし、背丈も高い。また「月見草」は園芸植物であって、《弱いために遂に野生化せず、今日ではほとんど見られないようになった》(『牧野新日本植物圖鑑』図鑑の北隆館、一九七四年、二十八版)そうである。太宰治が《富士には、月見草がよく似合ふ》と書いたのも、正しくは《富士には、おおまつよいぐさがよく似合ふ》とすべきなのであった。
植物の話のついで、鬱金(うこん)にはアルツハイマー病を予防する効果があるという話を今日聞いた。鬱金はターメリックの原料、例のカレーの黄色の元である。だからインド人のアルツハイマー病発症率はアメリカ人の四分の一なのだそうだ。ちなみに額縁を包む袋は今でも黄色いのが普通だが、これも鬱金染めが本当らしい。虫除けになるという。また『鬱金帳』(鬱金帳発行所、大正十五年)という、泉涓太郎、堤青柳斎ら早稲田・帝大の学生を中心とした同人誌があったが(昭和二年に『象徴』へ移行。象徴社、大泉黒石編輯)、この雑誌名はビアズリーで有名な「イエロー・ブック」のからきているにちがいない。
文部省『尋常小学校読本四』国定教科書共同販売所、明治39
2004年9月8日(水)ハラハラと速読上手よ大風は
昨夜、にとべさんよりメールあり。《今、荻原魚雷さんの文章にハマっています。「皓星社通信」はもちろん、「借家と古本」も何度か読み返しています。スムース文庫での魚雷さんの小説、ぜひ実現してください。読者からの熱い要望です!》、ということですので、魚雷くん、よろしく。
ケープタウンで絵を裏返しに展示した展覧会をやっているそうだ(First
Art Newspaper on the Net / Sep. 8, 2004)。フランス・ハルスとかヴァン・ダイクとかそういう古画を額縁のまま、絵の面を壁に向けて裏側を見せている。学芸員氏は「専門家はつねにウラを見る」と言っているらしい。西宮の大谷記念美術館で額縁の展覧会が開かれたとき、似たような試みがあったような気もするが、たしかにウラが見たくなることはしばしばある。ただ、表が見られないんじゃ意味がない。表裏一体なのだ。
『東京人』10月号誌上「古書目録の読み方、楽しみ方。」のモクローのイラストがヘンだということで南陀楼がかなり不機嫌になっている。ウンチクは「けっこういいじゃん、いつもと違って」と思ったんだけど・・・・ヘタウマ調で。それよりも説明文の番号から地図上の店を探すのが面倒だ。番号を例えば西から東へ順に並べるとか考えるべきだった。とにかく内澤さんの発熱が心配、病院行ったのかい? バリ島帰りだし、気をつけないと。
sumus12号掲載、三島書房の出版リストから漏れていた渡邊均『祇園』を入手。同時に鍋井克之装幀の織田作之助『六白金星』(三島書房、一九四六年)も。
渡邊均『祇園』三島書房、昭22、装幀=田村孝之介
2004年9月7日(火)塀きしむ野分ひたひた雲速し
裏庭の塀を、ありあわせの木ぎれで補強し、耐水性の水性ペイントを塗る。今年はまるでピンボールのように台風が次から次へと日本列島に沿ってカーブする。また小さな地震あり。屋根瓦が大分ズレてきているので心配。さすがに瓦は自分で補強というわけにはいかないなあ。
早稲田古本ネットの店番日記、セドローくんがセドリ、《目白のブックオフは当たると凄いいい本が買える時がある。今日は・・・当たり! ムフフ。木本至の本が買えたのがうれしい》だとさ。「ブ」はちょっとした「市場」ですな。そこから「皓星社通信」へ。荻原魚雷の連載「つまり、そういうこと/第1回 向上しながら滅びる」を読む。魚雷らしい芯のある嘆き節。「スムース文庫」に小説を書くよう要求しているのだが、どうなるか楽しみ。
「創世ホール通信」116号。文化ジャーナル・長谷邦夫さんインタビュー掲載。『漫画に愛を叫んだ男たち』(清流出版、二〇〇四年)出版に関してのあれこれ。(ここでも愛を叫びますか・・・)。「本の街のガリ版展」のチラシ同封。東京古書会館(10月13〜19日)にて。『sumus』が前回お世話になった「地下室の古書展」の第三回展、同時開催企画。
架蔵本・中野重治『子供と花』に付いている古書店票(ガリ版刷り)
2004年9月6日(月)背広をば新調もできず草の道
なんとモクローin
Paris だそうだ! 古書ほうろうでしこたま儲けたか? ごめんメールの読み間違い、「パリ」じゃなくて「バリ」でした。最近、老眼でして・・・
で、こちらには海文堂書店の汗だくフェアー、売上報告書が届いた。100冊近く売ってくれている。有り難いことである。残部も引き続き常備品として置かせてもらえるとのこと。今後ともよろしくお願いします。さっそく請求書の用意、用意。
『季刊・本とコンピュータ』2004秋号、届く。終刊まで[総まとめ特集]第一弾/本のために「コンピュータ」はなにができたか。巻頭の北田暁大、清水徹、永江朗、荻野正昭、各氏の討論をざっと読む。永江氏の発言がいちばんウンチクの意見に近い。《コンピュータ化されていない部分は、物質としての本をつくるごく一部だけであって、流通を含めて前後のところはすべてコンピュータ化されています》とか、「エキスパンドブック」に関して《ビデオゲームこそがじつは「電子本」のもっとも成功した例だとも言える》などなど。最後に置かれている清水徹氏の《本とコンピュータと言った場合に、「本」と「コンピュータ」の両方が補完的に共存するという未来があるんじゃないか、という感じがしています》という意見には頷けない。共存するというなら、現在がそうであって、紙の本に輝かしい未来はないかもしれない。もちろん紙の本が無くなるなんて決して思わないが。問題は多くの人々がどういうものを望むかというところにある。一握りのビブリオフィルの希望的観測とは別の次元に本の未来はあるだろう。
話変わって、この間、山本と会ったとき、中野重治の小説の悪口を言った。それが気になり、もう一度、読み返してみようと思って、『梨の花』(角川文庫)を取り出した。いや、不明を恥じる。すばらしい。
「ほれ、へぶ(蛇)じゃぞ……」
誰かがいうなり、「ひやあつ……」といつて女の子たちが飛びのいた。一人はまつ青になつている。
「どうしたんじやいや、お前ら……」
男の子たちには面白くつて仕方がない。しばらく黙つていた女の子の一人が、それでも勇気を出して「除けてくんないま……」という。
「除けてくれ……何をどけるるんじやいや」
「へぶ、除けてくんないま……」
「へぶ……お、へぶじやな」と初めて気がついたようにいう、「このへぶア、どうしたんじやろ。死んでるぞ。このへぶやア、死んでる。死んでるんじやわ。何じやい、死んだへぶぐらい。わが身で除けて行けやれして……」
かなり以前にこのへんまで読んだ。若かったな、と思う。その頃はこういう少年時代の懐古が好きじゃなかった。とくに田舎の生活を描いた作品というのが気に入らなかった。ああ、年取ったのか、こんな小説に感動するようでは(誉めたことになってない?)。これはまさに石塚三郎らが撮影したガラス乾板写真の世界である(デイリー・スムース8月29日参照)。
新潟の画廊
Full Moon より案内状。大倉宏さんが関係しているようだ。趣味の良い展覧会が続く。近くの方はぜひ。
中野重治『子供と花』沙羅書店、昭和10(表紙、函あり、装幀=青山二郎)
2004年9月5日(日)盛り柚子の崩れるほどのなゐの夜
京都南部は震度3とか。ぎしぎしとかなりの時間(1分?)揺れたので、覚悟はできているつもりなれど、少々肝を冷やした。散歩のときには、雷光が天地をつなぐのを久々に間近に目撃し、強烈な夕立に見舞われた。あわてて「ブ」に避難(?)。地震・雷・火事・大風、そして酷暑にテロリズム。「ブ」が流行るわけだ(?)。
小野高裕さんから貴重なお便りのおすそわけ。《マン・レイと同時代にパリにいた中山岩太の未亡人・正子さんに生前お話を聞いたことがあります.まだ芦屋のアトリエが健在のときでした.「マン・レイは暗い人でね.人付き合いがいい方じゃなかったわよ.私たちがキキと酒場で楽しく遊んでいる時もね,柱の影に立ってじっとこっちをうかがってるような人だったわ」なんておっしゃってましたっけ》、《ぼくがお付き合いした時は最晩年で90半ばでしたがかくしゃくとしておられました》。中山女史には『ハイカラに、九十二歳
: 写真家中山岩太と生きて』(河出書房新社、一九八七年)という著書がある。
セドロー向井氏より《早稲田古本ネットの店番日記、再開しました。これは、普通に毎日のことを書いていこうと思います》というメールあり。みなさん日記書きますね(人ごとじゃないけど)。そういえば、モクローはどこへ行った? 日記がストップしておる。
『軍人青年祝文演説摸範』文陽堂・富文館、明治37
2004年9月4日(土)大文字に十を加えて供養せよ
ワイマールのアンナ・アマリア図書館の火災。30,000冊が破壊され、40,000冊が大きなダメージを受けたそうだ。火と水と人間が書物の三大敵であるが、とくに火はどうしようもない。ちなみに関東大震災のときに帝大図書館で灰となった書物は50万冊とも70万冊とも言われている。
立原道造の葉書に軽井沢油屋の火事を伝えるものがあった。《今は灰ばかりの焼跡に中原中也のランボオの本が、二片三片焦げたのこりの紙にそれと詩の二行三行がよみわけられるのはあはれでした》。
宮柊二夫人英子さんは昭和二十年三月の空襲で家を焼かれた従兄弟の滝口修造の様子をこう伝えている。《佐藤達夫氏とは庭垣をへだてた裏表の庭つづきだったが、ともにたくさんの蔵書が焼あとに本の形を残したままいつまでも燃えくすぶるのを、お互いうずくまったまま眺めた、と両方から伺った》(『非』3号)。
なお昨日の湯川さんの話では、近々宮英子さんの歌集を作るそうである。八十八歳とうかがった。主宰する雑誌『コスモス』、駒井哲郎の版画が表紙を飾っていた時期がある。
妻と夕食。ささやかな記念日。イタリア料理、カンティーナ・ロッシへ。京阪出町柳駅から徒歩5〜6分。住宅街の路地の奥でちょっと見つけにくいが、隠れ家風でそれもよし。印象に残るのは、前菜のルッコラとパルメザン・チーズのサラダ、パスタでは、豚肉とブロッコリーのタイアテッレ、ソーセージとレンズ豆のスパゲッティ。とくにパスタは絶品。自家製麺だという。メイン・ディッシュも悪くない。詰め込んで十人という狭い店、今日は三カップル六人だったのでゆったりしていた。欠点を言えば、料理が出てくるのがみょうに遅いこと(四十歳ぐらいの主人が一生懸命作っている)。注文して前菜が出るまでに三十分・・・エスプレッソ飲み干して時計を見ると二時間たっていた。まあ、そういう夕飯もたまにはいいでしょう。むろんそれは予め分かっていたので、文庫本持参、村松友視『鎌倉のおばさん』(新潮文庫、二〇〇〇年)。ハーブが目白押しに並ぶ小庭、たそがれが迫ってくるのを横目にワインをちびちび。ただし『鎌倉のおばさん』はいまいちだった。小島政二郎の引用が多すぎる。
隣に座った若いカップルの会話。女「ね、今度、MOMA(モマ)でも行こうか?」、男「そういうのよくわからないからなあ・・・」、女「ポストカードになってる絵あるやん、それの本物がバンバン飾ってあるんだよ」。勝手にしなさい。
村上浪六『男山』駸々堂、明治35
2004年9月3日(金)秋暑し 本日休診 揺れている
湯川書房で山本と待ち合わせる。古本棚に永田耕衣の著作が、全句集、全文集を含め六七冊新たに並んでいた(販売中です、湯川書房の場所は河原町カソリック教会の南側の通り中程)。その棚から『すばる』石川淳追悼記念号(一九八八年四月)をもらう。新刊でこの雑誌が出たときに神戸の書店で立ち読みした。今でもその状況をなぜかはっきりと覚えているから不思議。湯川さん、十月には骨董や造形物の展覧会を開くそうだ。「尚学堂の店がもう出来上がっているよと」言われて、ふたりでのぞきに行く。木材を生かして和風にまとめた建物はなかなかいい感じだ。しかし、まだ段ボール箱が店内に積み上げてある状態。ご主人も「いつ開店できるか分かりません」。それでも近々再開は間違いない。ここの平台がないと寺町が寂しすぎる。
河原町通御池下る西側のケララでケララ・ランチ850円を食べながら山本とスムース文庫の今後の企画についてあれこれ相談する。山本と別れ、三条の十字屋で「THELONIOUS
MONK WITH JOHN COLTRANE」のCD、三条寺町の芽亜里でタイの綿布(白無地)を、烏丸まで歩いてブルグでパンを買って帰宅。
『東京人』10月号が届いていた。特集・二〇〇四年版神田神保町の歩き方。侯孝賢の映画「珈琲時光」とタイアップしたような内容で一青窈さんの本を探す姿がいい。荒魂書店で上村一夫を二冊買ったというのもすごくいい。「一万円がっちり買いまショウ」は『彷書月刊』の企画ですな、ま、堀江敏幸氏が一万円を使うというところに新味と興味がある。堀江氏の選択、表紙がスッキリしている。その他、坪内・坂崎コンビをはじめとして神保町ゴロ(失礼!)のような常連さん方が書店などを巡り歩くという記事数本に、南陀楼綾繁が「古書目録の読み方、楽しみ方。」を書き、内澤旬子さんが神田神保町マップを制作、マップと対応する古書店案内を『sumus』の同人が手分けして執筆している。サブ特集の「ATG映画と新宿文化」も貴重、それにしてもみなさんお年を召された・・・1967年だものね。
種村季弘さんが亡くなられた。「うまい酒は水のようだ」は真理である。
中村菴『祝辞文範』誠進堂書店、明治36
2004年9月2日(木)虫の音の耳に立つわれもシミなり
『未来』9月号、向井氏より。早稲田古書店街史、今回は音楽書の多い「ブックス・アルト」。alto
はフランス語でヴィオラのこと、イタリア語の alto(高い)からきている。同誌巻末、西谷能英氏の「青山BCは再生できるのか」に《業界紙によれば、ABCそのものは比較的順調であったが、親会社の不動産投資の失敗によるツケがABCにまわされた》とある。駸々堂書店や京都書院の倒産もたしかそんなふうなことが原因だった。本を売るって儲かるのかも。『本屋さんになる!』を読んでいても、これでよくやっていけるな、という店ばかりで、なんとかやっていけてるのが凄い。
そう『本屋さんになる!』を読んでいて、もちろんこの本ばかりじゃないけど、「立ち上げる」という言葉に何度か出くわしたが、「立ち上げる」はケシカランと阿川弘之が立腹していたのを何年か前にラジオで聞いたことを思い出した。「立ち上がる」を他動詞にするために語尾だけを変化させたわけだろうが、正しくは「立て上げる」かな? ま、みんなが使えば恐くないですか。
『紙魚の手帳』28号届く。平野武利氏の「コロタイプは写真か はたまた印刷か」が参考になった。コロタイプは美術印刷というよりもアルバムの集合写真に使用されるのが普通だったそうだ。拡大してもボケない。現在のオフセットなんか目じゃない。
『彷書月刊』より、珍品オークションへの出品依頼がすむーす堂へ届く。珍品というほどのものはないのだが、やや、珍に近い品物をいくつか撰んで送ることにする。11月号(10月25日発売)で誌上オークションだそうです。お楽しみに。岡崎日誌に《藤原義江『歌に生き恋に生き』文藝春秋、500円。装幀は佐野繁次郎です、林さん》、とあるが、これはチェック済み。またよろしくね。
『サンパン』3期8号、出来上がった。内容目次は以下の通り。かなり読み応えあり。曾根博義「『文学世界』―関東大震災前夜の投書雑誌」/春日井ひとし「戦時下の新進作家・長谷川幸延」/田口親「結城信一追想」/矢部登「結城信一と十和田操」/盛厚三「伊上凡骨の装丁版画芸術(七)吉川英治『貝殻一平』」/宮内淳子「藤枝静男
遺愛の品々」/中尾務「富士正晴、島尾敏雄 2」/島良作「独逸古書日記(その四)」/菅野俊之「白川文学倶楽部の詩誌『非情派』」/南陀楼綾繁「〈聞き書き〉作家・小沢信男一代記(その6)―「この人に食いつこう」と思った」/林哲夫「小野松二と作品社(その七)」/荻原魚雷・書評「月の輪書林古書目録十三」/向井透史「早稲田古本屋店番日記」/他
最新刊『サンパン』3期8号、750円(ご注文はsumus_co@yahoo.co.jp
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2004年9月1日(水) 筆洗のにごりうろこ雲映す
壁紙を新しくしました。やはり夏目漱石の縮刷『文学論』(大倉書店、一九一七年三版、装幀=津田青楓)、ボロボロになっている本が大好きだ。
『ちくま』9月号で坪内祐三さんが内田百間日記に出てくる漱石と紅葉について書いている。漱石は未来のことしか考えていなかったとか。で、それを読んで、本の整理をしていると三國一朗『女たちの風景』(潮出版社、一九八二年)のなかの「漱石の又弟子」というエッセイが目にとまった。中川芳太郎、名古屋の八高で三國の指導教官だった人物だが、彼が東京帝大在学中に『文学論』の講義を漱石に頼まれて出版のための筆記原稿を作ったのだそうだ。その結果に漱石は満足しなかった。ここで念のため検索してみたら、最近、中川芳太郎の『文学論』の原稿が見つかったらしい。漱石というだけでドンドンつながってくるのは流石だ。
『ちくま』9月号の新書アンケートも面白い。アンケートの中身ではなく、答え方がたいへん面白い。要約すると(1)ちくま新書の編集長だったらどんな新書を作りたいですか? (2)座右の新書はなんですか? という質問。(1)はちょっとまずい質問かなと思ったら案の定、斎藤美奈子女史が《質問自体がナンセンス》《企画のヒントが欲しいだけ?》とバッサリ。(2)は「座右」にこだわっている回答が目立った。橋本治氏《「座右の本」というのはありません。座左に辞書があるだけです》。やはり全体としてはブランド・イメージの確立を求める意見が目についた。それだけ混沌としている(リゾーミックな)状況なのだろう。
ウンチクの場合、ここ数年、新刊で買った新書は、荒川洋治『日記をつける』(岩波アクティブ新書)、坪内祐三『新書百冊』(新潮新書)、中一弥『挿絵画家・中一弥』(集英社新書)の三冊だけである。あとはもらったか「ブ」です。
『全盛吾妻太夫』岡本偉業館、明治35