daily sumus TOP 【ナベツマ・ジャンク】 ◆東京遅日日記
2006年4月16日(日)花嵐冷めた珈琲のみほせり
※ROBA
ROBA cafe にて「“本”というこだわり“紙”でできること vol.3」が4/29より開催される。『sumus』も出品します。

2006年4月15日(土)カルモチン嚥みし書肆あり春寒し
※海野弘『海野弘 本を旅する』(ポプラ社、二〇〇六年)を読了。海野弘という名前を初めて耳にしたのは、大学時代、おそらく一九七三年ごろ、デザイン史の授業で、高見堅志郎教授が、たぶんアールヌーヴォーに関して海野氏の書物を紹介したのだろう、前後のことは忘れてしまったが、「ペンネームだろうけど、おもしろい名前ですね、うみのひろし、なんて」といった意味のことを言ったときである。はっきり覚えている。
で、それ以後、海野氏の本を読んだかというと、雑誌などでちょい読みする他には、中公文庫の『アール・ヌーボーの世界』(一九八七年)と『モダン都市東京』(一九八八年)をほんの上っ面だけ囓って、『書斎の文化史』(TBSブリタニカ、一九八七年)を持っている(読んでいない)というていどでしかない。
そう言う意味で、海野弘という名前はよく知っていながら読み込む機会を逸していたウンチクのような人間にとっては、この『海野弘
本を旅する』は絶好の「海野弘入門」の書になっているように思うのである。前半の「百冊の本の再訪」が海野弘はいかにして作られたかということがほぼ分かる自伝的読書記録。恥ずかしながら、百冊のうち、ウンチクが読んでいたのは、フーコーの『知の考古学』だけだ。ただし、海野氏は、ベンヤミンなら『ドイツ悲劇の根源』(線引本を百円で買ったような気がする)、花田清輝なら『アヴァンギャルド芸術』(ああ、持ってるけど読んでない)、井伏鱒二なら『鞆ノ津茶会記』(買おうと思って買ってない)、岸田劉生『演劇美論』(全集があるが、読んだ記憶がない)というように、直球ではなく、カーブやスライダーを投げ込んできているのが分かるので、ちょっとやそっとの読書人では太刀打ちできないようになっている。
なかではハーバート・リード『イコンとイデア』というタイトルが、おそらくこれは挙がっていないけれど、フーコーの『言葉と物』同様、海野弘の世界を象徴しているのではないだろうか。そしてその疑問は後半の「遊歩者の読書術」ではっきりと明かされることになる。パノフスキー『イコノロジー研究』とメルロ=ポンティに触発されて美術と言葉の関係を認識し、ベンヤミンによって中心と周辺ということを教えられた。ロラン・バルトによる想像的なもの(ディテイル)とイデオロギー的なもの(ストーリー)をマクベインの小説に当てはめて解釈するような方法を身につけた。とにかく面白い読書をすると、むしょうにそのテーマに関する本を書きたくなる(何度も出てくるフレーズ)という告白が、なんとも博引旁証の読書の達人を物語って余りある。
結局、海野氏の興味は中心的なものよりも周縁的なもの、アンダーワールドへと向かう。野史、偽史、影の歴史、カウンターカルチャー、ポーノグラフィ、グロテスク、股旅、忍者……。邪道である。山口昌男は「カルチャーはオモチャー」(文化は玩具、軽いと重い、をかけている)という秀逸な駄洒落を吐いたが、海野氏の場合、「邪の道はヘビー」なのだとでも形容したい嗜好ではないだろうか。それでいて、決しておどろおどろしくない。かえってそれがちょっとした欠点なのかも知れないが。紳士というかスマートである。下図は扉の写真、この表情を見てファンになる人は多いと思う。
個人的には土方定一にどやされる思い出話がいちばん面白かった。

2006年4月14日(金)腹さぐるぬらりと花の散りやまず
※『ifeel』春号、特集・私の読書風景[こんな書店に出会いたい!]。巻頭対談、都築響一×永江朗。書店の問題点を的確に指摘している。仕入れという概念がなく、返品は自由にできる《そういうのは商売としておかしいんじゃないかと、最近、思うようになりました》(都築)とか《よく「読書離れ」と言われるけど、それはまったくの嘘ですよね》(永江)など、当たり前のことだが、「そうそう」と思わず首をタテに振ってしまう。活字離れなどというとんでもないことを主張する人たちがいるが、離れも何も、活字なんてとっくの昔になくなっている(ごく一部の例外はあるけど)。質の問題を別にすれば、今ほど文字情報を多くの人間が共有している時代はかつてなかったろう。
書店について書かれたエッセイもどれも面白い。四方田犬彦氏がテヘランの書店で、客の老人がある詩人の新刊詩集を手にとって、朗読しはじめる話を書いている。ムスリム社会では、詩を解釈したり翻訳することは重要ではなく、朗読する行為そのものが批評であり研究なのだという。なるほど、古代社会の有り様をそのまま伝えているかのようだ。ただ、もし日本の書店でひとりの老人が同じことを始めたらどうなるかという仮定をして、氏が《人々が集まって、朗読されている詩にじっと耳を傾けるということはまずあるまい》《わたしはテヘランの書店空間を成り立たせていた文化の厚みと人間の成熟したコミュニケーションのあり方に、かぎりない羨望と敬意を抱いている。日本の書店はいつ、こうした不意の演劇性に到達することができるだろうか》と結んでいるのは「?」だ。そう思うのは勝手だが、そんな演劇性に到達して欲しくない。黙って立ち読みする方がおくゆかしい(?)というものだ。
というようにいろいろ考えさせてくれる『ifeel』、本号にて休刊。一度だけ寄稿させてもらったのがいい思い出です。さよなら。
2006年4月13日(木)雨去りてペエジのほとび梨の花
※樽見博さんの『古本通』(平凡新書、二〇〇六年)が昨日届いた。すらすら読めて楽しい本になっている。新書という限られたスペースによくぞここまで詰め込んだ、というくらい幅広く、古本と古本をめぐる世界について書かれている。痒いところに手が届くかんじ。さすが二十六年間、日本古書通信社に勤めたキャリアは並たいていではない。
なかでは、花田清輝と近藤芳美の本を装幀している上野省策という自由美術の画家についてのくだりは印象深い。樽見さんは内田巌の本を集めたりと、見過ごされた画家に注目する、その眼差しが鋭い。
古書趣味の雑誌というところでは、三頁のなかに『サンパン』や『sumus』、『BOOKISH』、『一寸』、『紙魚の手帳』などにも筆を割くなど、樽見さんならではの目配り心配り。
とりわけ面白かったのは「第五章 蔵書百態」だ。小津次郎、脇村義太郎、鈴木信太郎、林若樹、西原和海、大野正男、高橋新太郎、福田久賀男、中山栄之輔、惣郷正明らの蔵書家と蔵書を語ったところは独立して一冊にしてほしいと思うほどである。

※高橋輝次さんの創元社サイトでの連載が『関西古本探検』として右文書院から出る。その装幀を依頼されていた。今日、束見本が届いた。デザインはもう決めてあるのでレイアウトするだけ。今回はストレートに本の絵を使う予定。発行は五月初めと思う。
※『はぎしょぼ闊歩』48号。前号の反省が書かれている。ガロ系漫画は期待に反して売れなかったらしい。ちょっと波が退いているようだ。巻末に、恵文社冬の大古本市の初日に突入した顛末が記されている。三月書房の棚にあった『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』を在庫があると思って見送った。その後、客注が入り、在庫切れだったことが判明。あわてて恵文社へとって返したが、もう売れてしまっていた。その本を買ったのは私です。
※「旅の表現展」4/12-22 BERN ART GALLERY の案内が山下陽子さんより。新作オブジェ6点出品とのこと。
※かもねぎショット公演「[新編]サークルダンス」シアタートラム(5/25-28)の案内いただく。
※「海野十三忌2006 東雅夫講演会・海野十三とパルプ・ホラーの時代」北島町立図書館・創世ホール(5/14)の案内もいただく。
2006年4月11日(火)春雷にうごめき止みし銀魚の背
※終日雨で暗い。原稿書き。iMacに向かう。『書架』74号が届いていたのを眺める。青木繁の肖像画、玉村方久斗の日本画など書画がカラーページのほとんどを占める。山口長男の水彩画が欲しいナ。『第80回新宿古書展』の目録は今日届いた。ちょっとしたものを見つけて葉書を書く。
※上京中に西村氏からもらった佐野繁次郎装幀本の一冊、源氏鶏太『天下泰平』(朝日新聞社、一九五五年三版)、背が半分とれかかっているが、裏打ち紙が新聞紙である。朝日新聞社発行だけのことはある(?)。

2006年4月10日(月)花濡れて楽あれば苦も書の高さ
※久々に絵筆を執る。個展をすると、たいてい案内葉書の作品に人気が集まる。まあ、自信作を印刷しているわけだから当然でもあり、有り難いことである。が、しかし、作品は一点ものだから、同じような絵が欲しいと言われても、どうしようもないのだ。ただ、どうしようもないところを何とかどうしても欲しいと言い張る人が出てくる。お安いご用と引き受けるのがプロの絵描きというものかもしれないが、ウンチクはどうも気が進まない。けれども、絵が気に入ってどうしても言ってくれる人に対して無下に断るのも申し訳ない。というようなわけで、まったく同じでは芸がなさすぎるので、ほぼ同じような絵を描き始めた。
※昨日の収穫のなかに佐々木三昧『茶碗』(晃文社、一九四七年)があった。ちょっと読んでみると、けっこう面白い。数寄者というのは古本も茶碗もさほど変わらない。佐々木三昧についてはよく知らないが、すでに『茶盈の心得』(河原書店、一九四六年四版)という著作が書棚にあったので二冊並べてみた。
《私はいつもするがごとく、自分の前へ好きな茶碗を置いて、じいつとこれに眺め入るとき、無言の茶碗は親しく私に微笑みかけてくれるのである》(『茶碗』p3)
※このところずっと田中栞さんと大貫伸樹さんが消しゴム蔵書票作りのバトルを繰り広げている。驚くべき創作意欲に脱帽である。興味のある方は「蔵書票楽会」をご覧戴きたい。また《7月に高円寺書林茶房で「蔵書票まつり」というイベントをいたします。この蔵書票バトルは、このイベントで最終決戦を迎える予定です。》問合せ・予約は田中栞さん
koubaido@cam.hi.ho.ne.jp までどうぞ。
2006年4月9日(日)インゴウなババアも見たり花の幕
※息子は神戸の方へ転居したので、京都のアパートの大家に鍵を渡すため、今日は車で出掛ける。花見客を想定して早めに出たのでさほど道路は混雑していなかった。正午過ぎに用事を済ませ、久しぶりに文庫堂をのぞく。おお、さすが文庫堂! というような収穫があった。ボーヴォワール『老い』(朝吹三吉訳、人文書院、装幀=真鍋博)上下二冊200円。井伏鱒二『河鹿』(筑摩書房、一九五八年、1000部限定、装幀=硲伊之助)300円、箱は少し傷んでいるが、本体はスリップも残っている良い状態。谷崎潤一郎『摂陽随筆』(中央公論社、一九三五年)、箱の背傷み・焼けあり、ながら200円。まだ他にもあったが煩雑なので省く。
ボーヴォワール『老い』上、装幀=真鍋博(ビニールカバー欠)
2006年4月8日(土)花の雲古書賈る媼指白し
※息子が引っ越すので手伝いに出掛ける。一昨日、息子は四十度近い高熱を出しているので、まだボーッとしているようだった。引越そのものはクロネコのお兄さんたちにやってもらうので問題ないが、まだ片づいていない品物などを荷造りして、ようやく終了。積み込むのに二時間ほどかかった。帰途、京阪電車から阪急電車に乗り換えるとき、木屋町通りを渡る。高瀬川沿いの桜はみごとに満開だった。
※今日のさし絵はしばらくお休み。四月一杯はちょっとさまざまに忙しく、デイリー・スムースも手短になります、あしからず。
※すきな表紙。『神谷美恵子日記』新潮文庫、二〇〇二年、写真=JOEL
MEYEROWITZ
2006年4月7日(金)大熱を出しても独り花曇り
※海文堂書店より「海会」33号が届く。平野昌義「本屋の眼」に『たまや』3号が海文堂書店に入荷したことが書かれていた。東京では渡辺一考氏の店「ですぺら」で販売している。書肆アクセスにも入荷する予定。
※ユダは裏切り者じゃなかった! という推理小説のどんでんがしえのような文書が発見されたらしい。
2006年4月6日(木)新入生浮かれて浮いて西東
※「探偵!ナイトスクープ」から電話があった。関西では人気の長寿番組。視聴者からの疑問質問を調査して、その過程を撮ったヴィデオを肴にスタジオでコメンテーターがあれこれ談義する。で、「ちちぱん」についてご存知ありませんかとのこと。昔、子供の頃に「ちちぱん」を食べたという人から、あれはなんだったのか知りたいという調査依頼がきているというのだ。
たまたま『喫茶店の時代』のなかで、依田義賢が円山公園のなかにある「チチ・パン」すなわちジャム付きトーストをミルクといっしょに食べられる店、ミルクホールのようなもの、について書き残した部分を引用していた。とりあえず、その程度の情報で、お許しを願った。
先日も、東京のテレビ局から、喫茶店で出すアイスクリームにミントの葉っぱをのせるようになったのはいつ頃で、誰が始めたのでしょうか? という質問を受けた。わかりません。ただ、われわれの子供の頃には、アイスクリームと言えば、ウエハースが付き物だった。ハーブをそのままデザートに添えるという発想は、おそらくヌーヴェル・キュイジーヌあたりからではなかろうか、よく知らないが。
2006年4月5日(水)花濡れてあまたの傘を紛れさせ
※三月書房でAさんと待ち合わせ。途中、尚学堂でひっかかっていたら、Aさんに声をかけられた。デコイでお茶。Aさんは、朝のうち、左京区に住む某蔵書家を訪れ、大量買い付けをしてきたという古書店主なり。「このところ買ってばっかりですよ」とか。森山大道の写真集で、もっとも古書価がつくと思われるもの、譲ってはもらえなかったが、「二十万円ならすぐに買いますと言っときました」とか。某氏はその極美写真集を三千五百円で入手したそうだ。凄い。
すると、偶然にも、宍戸恭一さんがお茶を飲みに入ってこられたので、ご挨拶。しばらくぶりにお会いしたが、お元気そうだった。遅れて用美社の岡田氏が到着し、Aさんに紹介していただく。三人で三月書房へ、宍戸立夫氏に岡田氏を紹介する。杉本秀太郎『半日半夜』(講談社文芸文庫、二〇〇五年)と『みすず』535号(読書アンケート特集)を購入。杉本先生お元気とのこと。さらに湯川書房に寄って、加藤一雄の出版に関する話題をひとくさり。ウンチクは所用があって先に失礼して帰宅。
※小山清『犬の生活』(筑摩書房、一九五五年)届いている。自分の生年月日と同じ発行日の本を探している人がいるということを知ってから、私自身も注意している。惜しくも、この本は昭和三十年六月発行でニヤミス。
2006年4月4日(火)麺すする寄辺なけれど花の下
※東京の桜は満開だったが、京都はまだ五分程度、得したというか、時間が巻き戻った感じ。徳正寺矩庵の原稿を推敲して写真とともに発送。次の装幀の束見本が届く。急ぎのこれを仕上げないと、一息つけない。
※ナベツマ語録。留守中にテレビで「首輪物語」を見たという。おいおいタロジロじゃないんだから。「指輪物語」だろ!
2006年4月3日(月)帰心の矢緑の間に間に富士まぶし
※なんとか無事に濃厚な東京滞在を終えて帰宅した。急ぎの仕事がいくつか入っているので、ゆっくりもしていられない。他にも書肆アクセスさんで「林哲夫が選ぶ書肆アクセスの本」フェアーを開催してくれるということで、こちらの用意も、というか『文字力100』刊行記念という手はずなのだが、まだ三分の一しか原稿が出来ていない。とほほである。東京滞在記はぼちぼちアップしていきたい。